金曜日に情報システムのパフォーマンスが著しく低下するトラブル発生。顧客の影響を考えると月曜日までに復旧させなければならない。週末の間に、原因の調査をおこない解消せよーー。

喉の奥に飲み込めない大きな塊ができてしまうような、心臓がきゅっと縮まるような、多くのエンジニアが一度は通る経験ではないだろうか。サービスを開発して終わり、ではなく、長く運用をするからこそ直面するこうした場面は、業務として情報システムに取り組まないとなかなか経験できない。

完全無料で高度なITエンジニアリング教育を受講できる42 Tokyoでは、本来の学習プログラムの他に、パートナー企業が提供する学習イベントを開催することがある。2023年6月に開催した合宿プログラム「“Tuning the backend” Contest 2023」では、まさに冒頭の状況が発生した想定で、その場でチーム分けされた学生が改善度合いを競うものだった。

プログラムの発案・運営をおこなった株式会社ドリーム・アーツ 取締役 CTO 石田 健亮氏・同 サービス&プロダクト開発本部 SmartDBグループ 高田 佳祐氏に、プログラムの狙いと、実践的なITエンジニアリング教育をおこなう42 Tokyoへの関心を伺った。

左:石田 健亮 CTO、右:高田 佳祐氏

42 Tokyoとの出会い


ドリーム・アーツはWebデータベース+ワークフローを実現する開発プラットフォーム「SmartDB(スマートデービー)」や、多店舗ビジネス展開を支援するクラウドサービス「Shopらん(ショップラン)」などを運営するBtoBのサービス事業社。どのような形で42 Tokyoと出会ったのだろうか。

ーー42 Tokyoとはどのように出会い、どのような協賛をされているのでしょうか。

石田:
42 Tokyoをスポンサードしたのは開校後しばらくしてからでした。開校時から周囲のエンジニアの間では話題になっていましたし、存在も知っていましたよ。単純に面白そう・どんなモチベーションで運営しているのだろう・どのような学生がいるのだろう、と興味を持っていました。

その後、実際にお話をさせていただく機会があり、話を聞くうちにピアラーニングなどのコンセプトにも共感できたためにパートナー企業として支援することにしました。

エンジニアの新卒採用は、大学・大学院や高専を卒業した学生がほとんどです。でもそうした入口でなくてもエンジニアになりたいという意志がある優秀な人材を求めて、その可能性を自分たちの目で判断したいと考えたのが42 Tokyoでした。普通でないという点で、我々にとっても大きなチャレンジでした。

ドリーム・アーツは大企業向けにクラウドサービスを提供しています。

学生の側に立ってみると、BtoBの企業はBtoCの企業と比べるとなじみが薄い存在です。教育機関と関わりを持つことによって、会社の名前を知ってもらおう、という狙いもありました。

合宿プログラム「“Tuning the backend” Contest 2023」


--合宿プログラム「“Tuning the backend” Contest 2023」についてお教えください。一般的なIT関連のコンテストでは、プログラミング技術を競ったり、サービスのアイデアを出したりといった内容が多いと思います。一般的に利用者が意識しない「backend」を対象にしたコンテストであることが印象的でした。

石田:
42 Tokyoの学生が学んでいるカリキュラムでは、まずコンピュータサイエンスの基本、つまり、アルゴリズムやシェルの実装のような領域を学びます。スマートフォン向けのアプリ開発やWebのフロントエンドなどを学んでいる学生は少数派であることから、学生がいま学んでいる技術と近しいテーマにしたいと考えていました。

サービスのアイデアやプログラミングを競うハッカソン的なイベントになると、プレゼンの要素が強くなります。実社会ではプレゼンも大事ですが、エンジニア養成機関でやるからには、そこに時間を割くより、将来必ず役に立つ経験を残してあげたかったのです。

現実的なメリットとしては、パフォーマンスチューニングは数字で表しやすく採点しやすい一面もありました。合宿プログラムは現実に起こった想定で、42時間にわたって行いました。しかしながらスタッフを42時間張り付かせるわけにはいきません。計測可能な内容を採点基準にすることで、スタッフがいなくても集計もフィードバックもでき、長時間にわたるコンテストを成り立たせることができるメリットがありました。

ーー準備にはどのくらい時間をかけたのでしょうか。

高田:
4月から始めて、2か月半ほどかけて準備しています。企業の社員情報を一元管理する、架空のタレントマネジメントシステムを一から構築しました。コロナ禍の中、業績を伸ばして規模が大きくなった企業が、社員情報の管理と社内のコミュニケーション活性化を目的にシステムを導入したが、パフォーマンスで問題が発生した、という設定を作りました。

データベースのインデックスやAPIにボトルネックとなる罠を仕込んでおき、それを発見し、対処し、パフォーマンスが向上すると得点が伸びる仕組みです。

昨年も同様のルールで合宿プログラムをおこなっていたため、同じ原因の対処だけでは得点が伸びないようにするなど、複数回参加している方の対策もしましたよ。

ーー課題に取り組む学生を見てどう感じましたか。

石田:
全体的にレベルは高いなという印象です。改善のポイントを多数用意しましたが「ここまでたどり着くのか」と驚かされましたよ。

合宿の初日にチームアップした即席のチームなのに、それぞれの得意な領域を生かし、協力して改善していこうという姿勢が見えたのが印象的でした。

ーーこの合宿を通して、学生にどのようなことを学んでほしいと考えていましたか。

石田:
本当に社会にでて役立つことを学んで体験してもらいたかったのです。プログラミングの技術だけでなく、何が起こっているかを調べ、分析をする。調べること一つとっても、本を読んだり検索したりするだけではなく、人とコミュニケーションを取ったり、AIを使って情報に当たったりもできます。

実際に存在するようなWebアプリケーションに触れてもらい、知らない領域であっても頑張って調べることで成果を出せる。そんな経験から自信をつけてほしかったですね。解決できるという自信があると普段の勉強でも差が出ますし、実際に社会に出て、こうした事案に相対したとき、「経験がないからできません」という反応が「よしやってやろう」に変わるかもしれません。こうした興味を持って取り組めるかどうかは、エンジニアとしては大きな差になります。

ーーその他、御社にとってのメリットはありましたか。

石田:
わたしたちも事業会社ですので、42 Tokyoの優秀な学生さんがドリーム・アーツに興味を持って、仲間になってくれる流れが継続していることが重要と考えています。実際に、高田は42 Tokyo出身で、去年のプログラムにも参加し、その後、ドリーム・アーツに入社しました。

いまどきのシステムは複雑化・それぞれの領域が専門化しており、一人がシステムのすべてをつくることはあり得ません。高田は、この作問を通して一つのWebシステムをデータベース・Webサービス・フロントエンド・ネットワークなどすべての領域を意識して環境を設計・構築しました。フルスタックで開発する体験ができたのは高田にとってもよい経験になったと思います。

高田:
出身校に恩返しができたのはうれしく思います。去年は参加している側で手も足も出なかったのですが、今年は出題する側に回ることになりました。学生にとって目標の一つになってほしいなと思います。

42 Tokyoはコミュニケーションを好む人が多く、居心地のよい場所です。自分は元々営業でしたが、IT業界に転職したくて前の会社を辞め、42 Tokyoで学び、現職になりました。さまざまなバックグラウンドを持つ人が意見を交わせる場で学べたのがおもしろいと思っています。

42 Tokyoとの今後の取組み


ーー御社は42 Tokyoの学生を採用した実績もありますが、どのような印象でしょうか。

石田:
ドリーム・アーツで採用した42 Tokyo出身者は、いろいろなことを学びたい、学んだことを発信したい、という考え方をしている人が多いように感じています。学生同士が教えあうピアラーニングという仕組みを取り入れていることが影響しているかもしれませんね。

流行のWeb開発やAI・機械学習を学ぶスクールもあります。こうした技術が即役立つケースはもちろんありますよ。ですが、流行の技術には必ず賞味期限があります。その技術で一生食っていけるかというと難しいことが多いです。

コンピュータの基本から勉強を始めている人は、業務に使用する技術をあらためて学習することに時間がかかるかもしれませんが、基本の考え方がしっかりしているため長い期間活躍し続ける下地ができている可能性が高いと信じています。

一時の流行に囚われるだけでなく、企業とはエンジニアの成長の場でもあるという息の長い活動に価値観を見いだせる企業であれば、42 Tokyoで学んだ人はマッチすると思います。

逆に「とりあえずこの技術が使える人、この言語を書ける人が今ほしい」という採用のケースですと、マッチしないかもしれませんね。

ーーエンジニア不足・DX人材不足が叫ばれている日本の現状をどのように捉えていますか。

石田:
人材不足は、単にIT関連の人員が不足しているだけの問題ではありません。単なる作業であればそれを実行してくれる人はいますし、これからはAIがコードを書いてくれるわけです。

本当に不足し、これから必要となるエンジニアは、自分の頭でグランドデザインをおこない、システム稼働までの絵を描ける存在ではないでしょうか。外部のリソースやAIで補完することができないエンジニアを目指してほしいですね。

流行の○○言語が書けます、だけにとどまらず、もっと根本的な技術を理解していることが大切でしょう。教育機関には、そんなエンジニアを育てることに注力してほしいですね。

(取材/文/撮影:奥野 大児

― presented by paiza

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