「あきらめたらそこで試合終了ですよ…?」という有名な漫画のセリフがあります。あきらめることは挫折であり、敗北だ。逆境でもあきらめずがんばってこそ道は開ける……そんな意味でよく引用される言葉です。
私たちは、多かれ少なかれ「すぐにあきらめるのは根性が足りない」「ここであきらめたら今までやってきたことが無駄になってしまう」と言われて育ってきました。
しかし、実際には、あきらめることよりも、あきらめないことのほうがデメリットが大きい場合もあるのではないでしょうか。私がそう思ったのは、斎藤茂太さんの著書『あきらめ力―「あきらめた」とき、新しい人生が開ける』を読んだからでした。

「あきらめたら何もなくなる」というけれど、あきらめない・あきらめられないことで、もっと大切なものを得るチャンスを逃しているのかもしれません。手に入らないものに執着と未練を持ち続けて、未来に向けて動き出すことができないとしたら……。
何かをあきらめることで、私たちは決断ができます。だとしたら、次のステージに進むためには「あきらめ力」を身につける必要がありそうです。
目次
あきらめずにがんばるのが美徳だと思っていた

私はフリーランス20年目に突入した40代のライターです。最初からライターをしていたわけではなく、フリーランス時代の前半は個人でWebサイトを運営し、広告収入を得て生計を立てていました。Google AdSenseの収益が米ドル小切手で届いていたといえば、どれだけ昔の話か伝わるかもしれません。
個人でサイトを運営する人のなかには、サイトそのものを作りたくてそのコンテンツとして文章を書く人と、文章を書くことが好きでその結果としてサイトを運営している人がいると思っています。私は明らかに後者でした。
自分のサイトに文章を書く傍ら、依頼されて人のサイトに掲載する文章を書くようになり、自然な流れでライターになっていきました。当初は売上の9割が広告収入で、残りの1割が原稿料といった具合でしたが、しだいに個人サイトを取り巻く環境が変わって、広告収入を得ることが難しくなっていったのです。
「でも、あきらめずにがんばれば、また前みたいに稼げるかも」
そんな未練があり、相当な時間を作業に費やしました。当時の私は「あきらめずにいい記事を作り続ければ、いつか前のように収益をあげられるだろう」「ここでやめたら今までの努力がすべて無駄になってしまう」と考えていた気がします。
あきらめずにがんばることは美徳で、あきらめるのは弱い人、あきらめないのが強い人だと信じていました。誇れるキャリアもない私が個人で生計を立てていくには、みんなが「割に合わない」と脱落していくなかで、あきらめずにしがみついていくしかないだろう、と。
しかし、時代は変わってしまい、私の能力ではもはや以前のような収入を得ることは叶いませんでした。それで、「たまたま時代がよかっただけで、私には能力がなかったんだな。しょうがない」とあきらめて、ライターとしての仕事を増やしていったわけです。
そう書くとあっさりしているように見えるかもしれませんが、周りには変わらず個人サイトで収益を上げ続けている人たちもいたので、正直にいえば、どこか「負けた」ような気持ちになったし、引け目や恥ずかしさも感じました。
それから数年経ち、現在の私はライターとして複数の企業から適正な原稿料をいただいて、書く仕事で生計を立てることができています。最初からうまくいったわけではないけれど、リソースを投下できたので、取材や執筆の経験を積んで力をつけることができました。
もし、あのとき、「サイトから収益が出るまで絶対にあきらめないぞ」と執着していたら、今の満たされた状態は手に入っていないでしょう。そう考えると、一概にあきらめないことがよいこととはいえない気がします。
あきらめるメリットと、あきらめないデメリット

『あきらめ力―「あきらめた」とき、新しい人生が開ける』の著者・斎藤茂太さん(作家・医学博士)は、1916年(大正5年)に歌人・斎藤茂吉の長男として生まれ、2006年に90歳で亡くなるまで生涯現役で仕事を続けた人です。
精神科医として、日本旅行作家協会会長や日本ペンクラブ理事を務める作家として、多方面で活躍した著者。彼の目には、「あきらめない人」よりも「あきらめる人」のほうが世の中で認められ、周りの人からも頼りにされ、自分の人生を楽しんでいるように見えたといいます。
本書のまえがきには、「あきらめる」ことのメリットと、「あきらめない」「あきらめられない」ことのデメリットがいくつもあげられていました。一部、抜粋します。
■「あきらめない」ことで、とかく人にふりまわされる。「あきらめる」ことで自分らしい、マイペースな生き方ができるようになる。
■「あきらめられない」で、すべてを失うこともある。「あきらめる」のは、損害を最小限に留めたいから。
■「あきらめない」のは、ひとつの生き方に自分を縛りつけること。「あきらめる」のは、自由になること。
あなたが数十年前の日本でレンタルビデオ店を営んでいたと仮定してみてください。時代が変わってきたのに「いや、 私は絶対あきらめない、負けないぞ!」と店を続けることで、道は開けたでしょうか。さっさとあきらめたほうが、早く次のことを始められますよね。
どんな仕事であれ、すべて思い通りになることはありません。組織で働いていれば「どうして私がこんなことをしなくちゃいけないんだ」と思うことも、「正当に評価されていない」と感じることもあるでしょう。
そのとき、「自分が正しいから/この企画はすばらしいから/そのポジションはあの人より自分のほうがふさわしいから、上司にわかってもらわねば!」とあきらめないでいるより、納得できないことも受け入れたり、人に譲ったり、負けを認めたりするほうが、働くことはラクになる気がします。
全部をあきらめる必要はありませんが、今の会社でやりたい仕事をさせてもらえないなら、「今の会社に居続けること」と「やりたい仕事をやること」、どちらか一方をあきらめてもいいのではないでしょうか。上司を説得したり、組織改革が進むのを待ったりするのはあきらめて、やりたい仕事ができそうな会社に転職するのもひとつの方法といえそうです。
「しょうがないよね」と前向きにあきらめよう

人にふりまわされず自分らしく働くためには、「それはそれでしょうがないよね」を口癖にするとよいのかもしれません。
ある仕事から外されそうになったり、親しくしていた人に距離を置かれたりしたときに、「嬉しくはないけれど、それはそれでしょうがないよね」と上手にあきらめられたら、自分もラクだし、新しい仕事のチャンスや新しい人との出会いもめぐってくる気がします。
ところで、私にとってなかなかあきらめられないのは、「よい原稿を仕上げること」です。ライターなんだからよい原稿を仕上げることはあきらめなくていいのでは?といわれそうですが、仕事には納期があるので、100%納得できる完璧な原稿ができるまであきらめないでいたら、関係者に迷惑がかかります。
なぜ私はよい原稿を仕上げることをあきらめられないのか。突き詰めてみると、根底にあるのは、相手(編集者やクライアント)に高く評価され有能だと思われたい、それが叶わないまでも、せめて仕事ができないやつとは思われたくない、そんな「欲」だと気づきました。
しかし、その「欲」をあきらめないと仕事は増やせません。今の仕事を終わらせて次の仕事をしようと思ったら、「限られた時間内でなるべくよいものを仕上げる」しかないのです。Facebook創始者のザッカーバーグも「Done is better than perfect(完璧を目指すより、まず終わらせろ)」と言っています。
「もっと時間をかけたらもっとよいものができたかもしれないけれど、しょうがないよね」「どうにもうまくいかなそうだ、しょうがない、次いこ、次!」というあきらめ力こそが、軽やかに次のステージに進んでいく秘訣なのかもしれません。
(文:ayan)
