インターネットではあんまり教えてくれないデザイン力を上げる方法。前回は「レコード屋に行こう」というアナウンスのもと、巷のレコードショップがいかにデザインの地力向上に役立つかや、デザイナーにとってどれほど興奮する要素が揃っているホットスポットなのかを紹介しました。今回は「語彙力」です。
まず「語彙」とはなんぞやという話から。言葉の定義をはっきりしておかないと後々どえらいことになるのは世の常で、これはデザイン仕事でも同じだといえるでしょう。
目次
今回とりあげる「語彙」「語彙力」とは
上述したとおり、言葉をはっきり定義しておかないとどうなるか。とんでもないことになります。例えば「カツ丼」をデカデカとプリントしたTシャツを作りましょうとなったとき、カツ丼といってもロースカツ丼なのかヒレカツ丼なのか、煮カツ丼または味噌カツ丼なのか、冷やしカツ丼っていうのもありますよね、などと共通するカツ丼感を定義しておかないと、相手はソースカツ丼を想像していたのにこちらは富士そばのカレーカツ丼をアウトプットしてしまい「話が違う」となり、富士そばのカレーカツ丼がどれだけ素晴らしい一品だとしても揉め事の種になる可能性は大いにあります。
ちなみに富士そばのカレーカツ丼は店舗によって味が大きく異なり、手前の縄張りである恵比寿には3店舗ありますが、なかでも味が脳を直撃するのは恵比寿横丁近くの恵比寿店であり2番手は代官山店です。もし上記デザインが「富士そばのカレーカツ丼のイメージで」と双方合意していた場合でも、恵比寿店と代官山店ではアウトプットは当然違ってくるでしょう。
揉め事がないよう事前に対処するのが仕事の鉄則ですから、本コラムで扱う語彙力(語彙)を定義していきます。まず日国(日本国語大辞典)によると語彙力という項目はなく、語彙のみが記載されています。曰く語彙とは「単語の集まり、一言語の有する単語の総体、ある人の有する単語の総体」だそうです。この中では、ある人の有する単語の総体がテーマに最も近いでしょうか。
次にネットを検索してみると、語彙力とは「どれだけ多くの言葉を知っているか」「どれだけ言葉を使いこなせるか」に関する能力を指すとされています。今回の語彙力の定義だと、「どれだけ多くの言葉を知っているか」「どれだけ言葉を使いこなせるか」がしっくりくるので、こちらを採用しようと思います。
デザインの語彙力を考えるうえで、「どれだけ多くの言葉を知っているか」「どれだけ言葉を使いこなせるか」はなかなか良い指標です。多くの言葉を知っている=インプット、言葉を使いこなせる=アウトプットだからです。
多くの(いつ役に立つかわからない)言葉(物事)を知る
多くの言葉・物事を知っていることは、デザイナーにとって大きなアドバンテージです。言葉を知らない、すなわち語彙力が少なければ、デザインをするうえでの想像力は貧弱にならざるを得ません。そしてインプットしたものを上手に扱えなければ、アウトプットは散々なものになってしまうでしょう。
言葉や物事を知るには、とにかく体験してください。映画を観たり本を読んだり、寄席に行ったり飲み屋で人間観察をしたり、方法は何でも構いませんが質より量で、数をこなすことが重要です。よく「これは絶対に観て(読んで)おけ」みたいな話が出てきますが、量をこなしていればマスターピースは必ず通るし、そもそも量がなければ質を測ることができません。
これはデザイナーとして生きていく限り続けなければいけない、即効性のない地道な作業です。頭に知識を仕入れたとしてもすぐに使えるとは限りません。10年・20年後にようやく役立つケースも多々ありますし、終ぞ引き出しにしまったままの言葉もあるでしょう。例えば「最近の卒塔婆はインクジェットプリンターで戒名を印刷する」とか、多分一生使わない気がするので今使いました。とにかく、使える・使えないのコスパは考えずにどんどん頭にブチ込んでください。脳は意外と勝手にインプットしたものを整理してくれるので、情報を入れすぎて困ることはありません。
言葉(物事)を上手に使いこなす
膨大なインプットをしておけば、あらゆる局面で使用できます。デザインの打ち合わせの際に「SFっぽい感じで」と言われたら、それが『スター・ウォーズ』風のSFオペラのような世界観なのか、『ブレード・ランナー』のごとき暗くてハードなイメージなのか、それとも『銀河ヒッチハイク・ガイド』よろしく無限不可能性を感じるデザインなのかなど、瞬時に提案できます。そうすることで「あ、この人できるな」と思わせることができれば、自分の得意分野に持っていける可能性も上昇します。また「ブレード・ランナーいいですよね! ワークプリント版かオリジナル劇場公開版か、完全版かディレクターズ・カット版か、ファイナル・カット版かUltra HD Blu-ray/IMAX版のどれに寄せます?」みたいな話題で盛り上がれば、信頼感はグッとアップすることでしょう。
そしていざ手を動かす段階になれば、どの素材をいかに扱うかが頭の中で明確にできるため、的確なアウトプットが可能です。「ウォン・カーウァイ作品のような色味のポスターを作る」というお題があったとして、WKW映画のポスターデザインが頭の中にあり、クリストファー・ドイルの色彩感覚を把握していて、あの独特なレイアウト感覚を掴んでいればそれほど苦労なくアウトプットできるでしょう(もちろん、めちゃくちゃ苦労するんですが、知らない場合に比べてです)。
なお、語彙力が必要なのは最近の生成AIでも同じです。というか、現状言葉で指示するのがメインのAIで狙いを定めて出力するにはかなりの語彙力が求められるといえるでしょう。例えばAdobe Fireflyで「ブレード・ランナーっぽい街」とプロンプトを入力してみたところ、以下の画像が出力されました。
ブレードどこ行った。以前、Adobe Stockで写真素材を探そうと「ハードボイルド」で検索したら「ハードに茹でられた卵」が出てきたときの怒りを思い出しました。しかし、悪いのは語彙力のない自分です。これを「ブレード・ランナー、サイバーパンク、ディストピア、夜、霧、ビル、風景」で出力してみると、以下のようになります。
そこそこ良くなりました。まだ『ブレード・ランナー』っぽさは足りませんが、AI生成が本記事の趣旨ではないのでご容赦ください。AI生成において満足のいく(仕事で使えるレベルの)結果を出そうとしたら、美術用語・照明の知識・写真の知識・題材とする映画や本の知識など、書ききれないほどありとあらゆる語彙力が必要です。これはおそらく、デザイナーになるより遥かに時間がかかるでしょう。
このように、デザイン能力を向上するうえで語彙力は必要不可欠です。余談ですが、語彙力があると理不尽なクライアントに悟られないよう遠回しに嫌味を言うときにも非常に便利なので鍛えておいて損はありません。
(文:加藤広大)