私は、かれこれ10年以上グラフィックデザイナー・ライターとして活動しています。常に若手気分ではあるものの、それなりの年月を生き残っているからでしょうか、最近はデザイナー志望の人に「デザインの勉強ってどうやればいいんですか?」「デザインのセンスってどうやって磨けばいいんですか?」と尋ねられる場面が増えました。

デザイン初学者ならSNSで披露されているデザインチップスを見るだけでもためになるだろうし、You Tubeでもあらゆるテクニックが学べるでしょう。というかAdobeが公式でチュートリアルを出しているので「それを見てください」の一言です。

一方で、デザイン力(デザインをするための素養・地力みたいなもの)やデザインセンスを磨くための方法は、デザインテクニックに比べてそれほど語られていないのではないでしょうか。テクニックと同じくらい、デザインの素養・地力は重要なのに関わらずです。

それならばと、私がこれまで経験したうえで実際に役立っているデザイン力の高め方を記してみようと思います。

ジャンルレスな中古レコード屋に行く

上述した「デザインのセンスってどうやって磨けばいいんですか?」との質問には、私は必ず「中古レコード屋に行くといい」と答えています。オールジャンル取り揃えた大型店であれば(SP盤は除いて)おおよそ1950年代〜現代までの(当時)最新のアートワークが一箇所に存在しているからです。そのデザインは紙・Webなど媒体問わず、どのような仕事でも必ず応用が可能です。

おおよそ310~315×310~315mmのカンバス内には、古今東西、考えうる限りのありとあらゆるデザインが施されています。レイアウト・配色・文字組みなど、デザインに必要な要素がすべて正方形の中に存在しています。

文字組みひとつとっても大量のインプットができる

たとえば文字組みを例に出してみると、私が最も美しいと感じるベスト・オブ・文字組みはキャノンボール・アダレイの『サムシン・エルス』とジョイ・ディヴィジョンの『クローサー』です。文字組みだけでなくレイアウトも完璧で、実物を手に取っただけで「なんだかデザイン力が上がった」と錯覚を覚えるでしょう。

気に入ったレコードをレーベルやプロデューサーで掘っていくのと同じく、デザイナーでも掘り下げることが可能です。上述した2枚なら『サムシン・エルス』をデザインしたのはリード・マイルスで、『クローサー』はピーター・サヴィル。

リード・マイルスはブルーノート・レーベルのアルバムデザインを400枚以上手掛けていて、作品をざっと並べてみるだけでもタイポグラフィの勉強になるでしょう。ピーター・サヴィルはジョイ・ディヴィジョンの『アンノウン・プレジャーズ』や、ファクトリー・レコーズの一連のデザインワークで有名ですが、レイアウトの感覚がすばらしい。そのままフライヤーやWebデザインに流用できそうな余白の扱いは、ついうっとりとしてしまうほど。

ネタ元の「ネタ元」を発見できることも

ほかにもイエスのアルバムデザインを手掛けたロジャー・ディーンや、ジャケットデザインの歴史上最も重要だと言ってもよいヒプノシスの仕事などは凄すぎてまったく参考にならないケースもあるものの、見るだけでデザインの素養になるでしょう。

加えて、つい最近鬼籍に入ったジェイミー・リード(セックス・ピストルズなどで有名)やジー・バウチャー(CRASSなど一部で著名)のデザインも、代表作をご覧になれば「あれ、これ◯◯がそのままパクってたな」と感じること間違いなし。パクるというと語弊がありますが、デザインをパクるときには元ネタを参考にするのが鉄則です。オマージュの元ネタを知っていれば、何かをオマージュするときにオマージュのオマージュ(つまり、中身がなくて恥ずかしいこと)にならずにすみます。

国内にもある、すばらしきアートワーク

上記はすべて国外のアートワークですが、もちろん日本にもすばらしいアルバムジャケットが数多く存在します。例えばMr.Childrenの『深海』はアンディー・ウォーホールの『電気椅子』をイメージソースとしてデザインされているそうで、アートディレクターはピチカート・ファイブの『ベリッシマ』を手掛けた信藤三雄、実際に海底のセットを作成してカメラのシャッターを切ったのは映画『PICNIC』のスチールを担当した野村浩二。『深海』はCDのみでLP化はされていませんが、ぜひ約30cm四方の大きさで見てみたいものです。

ザ・スターリンの『虫』は丸尾末広だとか奥村靫正はもう全作品凄まじいとか、いくらでもデザイナー名・盤名は出せるのですが、自分で発見する楽しみが奪われてしまうのでこのあたりで。レコード屋に行ってみれば上記の作品はある程度参照できるでしょう。実物は手に取れませんが、ネットでも簡単に確認できます。

ダサいジャケットがあるのもまた魅力、印刷技術を生で確認できる利点もある

またアルバムジャケットには、ダサいデザインがあるのもすばらしい。なにをもってダサいと感じるかは個人の裁量によりますが、明らかに常軌を逸した文字組みやフォントのチョイス、地獄のような色使い、衝撃のファッションセンス、とてつもない集合写真など、珍盤・奇盤の類を見るのも勉強になります。これは失敗例から「こんなふうにするのはだめだろう」と学ぶのではなく「なぜこんなことになってしまったのか」と理由を考えるきっかけになるからです。

アートワークのデザイン以外にも、当時の紙質・インクの質感といった印刷技術を手にとって実際に確認できるのは、ネットでは実現できない貴重な経験になります。経年劣化による紙・インクの変色を味わえば、これだけでも古ぼけた加工をするときに大いに役立ちます。「古ぼけた加工の方法を知っているけれど、実際の質感や手触りは知らない」人と「実際に見た・触った経験のある人」では仕上がりに雲泥の差が出ます。

ジャンル・年代別に見ていくのもおすすめ

ジャンル・年代別で見ていく方法も効率的にインプットが可能です。「この時代のブラックミュージックはとにかく顔面のドアップが流行っているな」とか「Photoshopとかでデジタル処理ができるまでのコラージュはほとんどが切り貼りだからカットした鋭角で味が出ているな」「60年代のグループは全員が歯を見せているかイキった面をしているかどちらかだな」など、おおまかな傾向も簡単に掴めるでしょう。

もちろんジャンル・年代にこだわらず、新入荷コーナーを皮切りに端からザッと見ていくだけでも問題ありません。デザインを詳細に覚えていなくても、脳には確実にインプットされて栄養になっています。目安として旧渋谷レコファンくらいの大型店であれば、およそ4〜5時間くらいかけて回るのを6日連続くらいで続けると、あなたのデザイン力はかなりアップしているはずです。

冷やかしはNG、気に入ったレコードがあればぜひ購入を

最後に注意点として、レコード屋は売り手には商売、買い手には鉄火場でもありますので、冷やかし目的で行くのはやめましょう。あと、玄人ぶってレコードを持ち上げてエサ箱に垂直落下させるのを高速で繰り返すのはNGです。

そして気に入ったデザインのアルバムがあったらぜひ購入してみてください。レコードが聴ける条件が揃っている、あるいは機会があれば実際に聴いてみましょう。そこで「思っていたのと違う」とジャケ買いで失敗するのもまた必要な学びです。

(文:加藤広大

― presented by paiza

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