2022年11月30日。筆者は正式に会社員ではなくなった。まだ個人事業主の届け出も出していない「ただただフリー(無職)の人間」が世に放たれたのだ。
ちょうど同日、地球の裏側ではOpen AIがAIチャットボット「ChatGPT」をリリースした。卑屈になる余地すらなく、ChatGPTは今後のAI活用にとってエポック・メイキングと記録されることは間違いないだろう。意味は真逆だが、同日に「リリース」された者同士、筆者は勝手に愛着を覚えている。
ChatGPTを礼賛するつもりはないが、その利便性の高さは読者諸氏も実感するところであると思う。現在ではAPIが公開されたことによって、そのユースケースも世界中で出始めている。そこで、筆者はライターなりの(それほど高度なことはできない勢のための)活用法を提案したい。
ChatGPTに仮想の社長を演じてもらい、仮想的なインタビューを実施するという手法だ。本コラムではまず、仮想の社長「ChatGPT氏」の設定、実施までの過程について紹介したい。
※以下のインタビュー記事に登場する人物と経歴・会社名・ソリューション名、人物の画像は、ChatGPTおよびデザインソフト「Canva」の画像生成AIを作成する拡張機能「Text to Image」により作成された架空のものであり、現実の人物・サービス・事象には存在しません。
今回のユースケースの位置づけと手順
2023年2月17日、自民党「AIの進化と実装に関するプロジェクトチーム」(座長=衆議院議員 平将明氏)の第2回会合は、「AI新時代の日本の戦略」をテーマとして開催された。その中で登壇したのが、東京大学大学院工学系研究科 人工物研究センター / 技術経営戦略学専攻教授であり、日本ディープラーニング協会 理事長の松尾豊氏だ。
その資料ではAIの歴史からディープラーニングの仕組み、近年指数関数的に発展を遂げる理由などが、筆者のような文系でこれまでテック領域に触れてこず頭も固い、幅広い年齢層の人材でも理解可能なように解説されている。
相当量のボリュームを割かれたのが大規模言語モデル、つまりはOpen AIが開発した高精度言語AIであるGPT-3の登場と、それと後継モデルGPT-3.5をベースにしたChatGPTについてだ。その中の1ページには、「ChatGPTができること|自然言語におけるユースケース」と題され、現在APIで実装されているような使い方が図式で示されている。
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※赤囲みは当方加工
今回の検証の位置付けは、上図で赤囲みをした部分での活用となる。手順としては以下の通りにおこなった。本コラムで紹介するのは、1〜3までの過程だ。
- インタビュー実施にあたっての諸条件をChatGPTとディスカッション。手法や適切な設定のあり方についてアイデアを出し合う
- 実際の設定についてのディスカッション。会話を通じて具体的な仮想の人物像の策定をおこなう
- 取材の流れと質問案の策定。実質的なオリエンテーションにより、仮想の人物像に適しているかの確認
- 取材実施。仮想の人物を演じるChatGPTによる質疑応答
方向性と仮想のインタビュー対象者の作り方
上記の手順を見ると、かなり綿密なディスカッションをおこなっているように思える。しかし、手順1から3までに要した実質的な時間は20分程度でありながらも、内容は建設的で密度が高かった。チャット上での一連のディスカッションを通して、PDCAを加速度的に後押ししてくれると感じるものだった。
筆者はまず、相談ベースからチャットを始めた。そこにはChatGPT自身が提案する類似する企画が提案されているので、以下にディスカションを参照する。
ここでは3通りの方向性を提案された。いずれも記事の内容・方向性として興味深い。とくに2の提案については、非常に興味を持った。「AI自身がAIを語る」という切り口でインタビューをするのは面白い。ここで方向性を変えたくなったが、今回はあくまで3の提案を意図していたため、こちらは後日試してみたい。
今回、筆者が3の提案にこだわるのは、先述の松尾教授資料の抜粋にある「何かになりきって答える」を検証するためだ。その意図には、筆者のようなライターだけでなく、対外的なコミュニケーションをする職種にも応用できる、再現性の高い検証をおこなう狙いがあるからだ。
たとえば「仮想の社長・ChatGPT氏(仮)」という、仮想的な経歴や事業上の立ち位置、人格を形成できるのであれば、対決裁権者向けの提案をおこなうセールスや事業責任者にとって、格好のロールプレイング(以下、ロープレ)相手になり、テキストを通した思考実験の機会となる。
当然ながら現実に存在する経営者の人格や口頭でのコミュニケーションにおける即興性を完全に再現することはできない。一方で、一連の問答を通して、自身の提案や説明、質問の合理性や客観性については検証できるのではないかと仮定したためだ。
では、有益なインタビュー(ロープレ)をおこなうためには、ChatGPTにどのような設定づけをするべきなのだろうか。
上図での1〜3の事項にあるように、インタビューの有益性は設定の具体性が鍵となる。実は、筆者は本稿の前に同様の趣旨で試験的なインタビューを実施したが、そのときにはChatGPTに「仮想的な社長を演じてほしい」という旨だけで、ほぼ無茶振りで質問を投げかけた。
そのときは会社の事業概要や取り組みといったことはしっかりとした回答がされたが、より具体的な話になると回答の精度が下がる傾向にあった(たとえば社内での人材育成の方向性の話をすると、若干趣旨から外れた回答が出る、または主語が自社でなくなるなど)。人物像が明確であればあるほど演じやすいというのは、人間と同様だ。シチュエーションや設定をカスタマイズすれば、ロープレとしても十分に機能するだろう。
ただし、もしロープレとしてChatGPTを活用する場合には、設定のために与える情報について注意が必要だろう。
最近ではChatGPTの使用に社内ルールを策定する企業が増加しつつある。この主な要因は情報漏洩リスクを回避するためであり、原則として社内外の情報や個人名、固有の名称などは可能な限りぼかして出力するのが無難だ。その意味では、実際におこなうプレゼンとの具体性には乖離が生まれるかもしれない。
しかし、上記1〜3の事項について深掘りする過程には有益性があるのではないかと考える。実際にプレゼンをする対象者(先方企業の経営者や決裁権者、または自社の役員や事業責任者など)の「職歴や業界知識」「ビジネス哲学や経営理念(ここでは対象者のビジネスで重視する点と置き換えることができるだろう)」「人物像」について深掘りする機会となるためだ。その対象者について持つ自身の情報量が多ければ、プレゼンのスコープが明確化し、確度は上がるだろう。
一方で、この過程は自分自身が対象者へどのようなイメージを持っているかを客観視する機会ともなる。つまり、ChatGPTに出力する情報を精査しながら具体的な情報を集めること、対象者へのメタ認知を高めることの両面において、この過程は有効なのではないかと考える。
できあがった「仮想社長・田中さん」の人物像
ここから、具体的な人物像の設定を行なっていきたい。今回はあくまでChatGPTとのディスカッションを主体として人物像を策定したいため、以下のような情報をまず提供し、具体的な提案を聞くことにした。
余談だが、筆者は上図で仮想社長の人物像を、IT企業「yong株式会社」の30代社長と設定した。これは本コラムをより「インタビュー記事のようなもの」とするためだ。加えて、事前に画像生成AIを活用して仮想社長のイメージも作成することにした。今回使用したのは、デザインソフト「Canva」で画像生成AIが使用できる拡張機能「Text to Image」だ。
上の画像は仮想社長を生成したときのスクリーンショットだが、若手の創業社長をイメージして「young」と入力したところ、なぜか出力された画像は若干中年気味の男性となり、背景には「yong」というロゴが生成された。
そのため、今回は会社名を「yong株式会社」とし、生成された人物像の通り(?)30代後半の創業社長とすることにした。このように出力した情報に対して、ChatGPTからは以下のような提案がきた。
ここで、仮想社長の氏名は「田中優樹」氏となり、yongはAIとビッグデータを活用したソリューションを主事業とするスタートアップとなった。そして、筆者が提案したイメージ(妄想)を膨らませ、より具体的な人物像を提案してもらえた。こうなると、より具体的な経歴まで提案してもらいたい。そこで、経歴についてのディスカッションを進めることにした。
完全なる悪ノリであるが、今回提案された経歴だと、個人的なイメージ(妄想)からは少し華々しい経歴すぎると感じた。
また、事業内容がボーン・グローバルなもので、すでに事業のスケールも成功している企業なのが予想できるので、より「叩き上げのエンジニア」な社長像にすることにした。そのため、経歴については筆者の方で再提案し、決定した。
こうして、「仮想の社長・ChatGPT氏(仮)」こと「yong代表取締役 田中優樹氏」の生成が完成した。画像とともに、以下に田中氏の経歴を記載する。
田中 優樹(たなか ゆうき)氏
1986年、群馬県生まれ。
大学卒業後、ITベンチャー企業・株式会社fictitiousに新卒入社。
システムエンジニアとして技術力を磨いた後、新規事業責任者としてSaaS事業の立ち上げを主導。
2017年にyong株式会社を創業、代表取締役に就任。
インタビュー質問案のディスカッションと策定
実際のインタビュー対象者である田中社長の人物像が固まった。ここからは、具体的なインタビュー質問案の策定をディスカッションすることにした。
まず以下のような質問案を設定し、アドバイスを仰いだ。今回の質問の流れは、「①事業概要 ②創業の経緯 ③経営戦略とその課題 ④人材戦略 ⑤今後の展望」という比較的オーソドックスな企業インタビューの流れとし、質問項目もおおざっぱなものにしてみた。
すると、ChatGPTからはより具体的な質問事項の設定が必要と指摘された。ここに関しても、質問の意図や目的を明確化することで有益な回答が得られる点についてはリアルと同様であり、実際の「田中社長」へのインタビューにも期待が持てる。加筆修正ののち、質問案を再提示すると、ChatGPTからは追加で以下のような質問項目が提案された。
上記の質問内容と話の流れを加味して、質問案は以下のように完成した。
まったくの余談だが、ChatGPTとディカッションをおこなうと「めっちゃ褒めてくれる」のでちょっと嬉しくなる。今回の質問案でも、以下のようなお墨付きをもらえた。本コラムでも明らかな通り、建設的な議論の組み立てやブレスト相手としてとても優秀なチャットAIだと、筆者は実感している。
ここまでで、インタビューにあたっての人物設定と質問案の策定は完了した。次回のコラムでは、実際に田中社長へのインタビューを実施する。
次回のインタビュー記事では、田中社長という経営者像の正確性や事業の整合性、とくにChatGPTとのディスカッションにより策定したインタビューがどれほどの精度で成立するのかについて検証したい。田中社長からはどのような経営戦略や思いが語られるのか、ご期待いただきたい。
実際のインタビューの詳細は【ChatGPTが創造した「架空社長の田中氏」にインタビューしてみた】に続く。
(執筆:川島大雅)