20代でも30代でも40代でも何代でも、自身のキャリアに関する悩みは働き続ける限り尽きません。

たとえば私はコラムやエッセイを寄稿して糊口を凌いでいるのですが、一向に「人生相談の仕事がこない」のが悩みです。人生相談は「この人に相談したい」と読者が強く思い、投書をして、回答がなされ、相談者は感動し涙を流したり喜んだり、ときには憤激したりして相談終了となります。

私の場合、そもそも「この人に相談したい」という前提条件をクリアできていないため仕事がこないわけですが、信頼のなさに泣いてばかりもいられない。それならば最近流行りのAIに相談者になってもらい悩みを打ち明けてもらえばいいのではないかと、素晴らしく悲しい解決策を思いつきました。それでは第一回の相談者、山田さんどうぞ。

自分の強みや適性がわからない山田

今回の相談者は20代のビジネスパーソンである山田さんを想定し、ChatGPTに悩みを考えてもらいました。

私はベテランリクルーターという設定ですので、山田さんも安心して相談できることでしょう。そのような彼のお悩みはこちら。

丁寧な言葉づかい、相手を持ち上げるスタイル。少々慇懃無礼で煽られている感じがしないでもありませんが、なかなかデキる山田のようです。

さて、山田さんは「自分の真の強みや適性がわからなくて困っている」そうですが、そんなの私だってわからなくて困っています。

そもそも、自分の強みや適性というのは「山田はヨイショするのが得意だよな」とか「山田は飲み会の会場決めに適性があるよな」とか他人が決めるもので、自分で「俺、ヨイショが得意っす」とか「飲み会の会場決めには一家言あります」とかいっていたら実績はさておき、どことなく信用できません。

自分の強みや適性は自負するのも悪くはありませんが、多くは山田さんの周囲にある「社会」が判断します。たとえば山田さんがプログラミングを得意だと思っていても、営業のほうが向いていると査定されれば、自分でどう感じるのであれ山田さんには営業を行うにあたっての強みがあり、適性があるということです。

山田さんが考えている強みや適性は、傍から見れば違うかもしれない

『夫婦茶碗』という町田康の著作があります。主人公の男は生活苦であり、仕事を見つけようと(作り出そうと)あれこれ考えては失敗したり、少しお金が儲かったりします。主人公は「俺はこれが得意だ」「適性があるのだ」と次々に事業を起こそうとしますが、その強みや適性はことごとく覆されることとなります。

男がとるトンマな行動は傍から見ればおかしみがありますが、本人から見れば「なぜうまくいかんのじゃろ」です。山田さんも本作を読めば、自分が考えている強みや適性などは非常にあいまいであり、信頼できたものではないとおわかりになるでしょう。

では、どうすれば自分の強みや適性がわかるのか。これは他人に「私の強みってなんですか? どのような適性がありますかね?」と尋ねてみるのがよいでしょう。人選は好きな人ではなく、信頼できる人に頼んでください。聞く人数は1人ではなく、複数人から意見を伺うと間違いありません。たとえば「山田、お前はコミュニケーション能力が異常に高い」とみんなが口を揃えて言うならば、自分では自信がなかったとしてもコミュニケーション能力を重視される仕事に適性があるということです。

物語の登場人物は、いつでも社会に振り分けられる

自分の強みや適性を自覚しているかどうかに関わらず、仕事やキャリアは往々にして社会によって適切に振り分けられます。映画や小説に登場する物語の登場人物には、本人たちにはわからない強みや適性があり、作者によってポジションを振り分けられるのですが、現実社会もこれに近いといえるでしょう。

『マッド・マックス 怒りのデスロード』という映画がありますが、主人公のマックスは冒頭でいきなりウォーボーイズに強襲され、彼等の勤務先であるシタデル砦でハイオクの輸血袋として振り分けられてしまいます。マックスは運転技術やサバイバル能力が強みですが、シタデル砦側からは輸血袋に適性があると判断され、不本意ながらも車にくくりつけられて砂漠を爆走することとなります。

シタデル砦における社会では実にさまざまな人々が適切に振り分けられ、マックスがやってくるまでは、それなりにうまく回っているのです。山田さんも水が貴重な極限状態において適切に振り分けられた人々を見れば「生きるためには強みとか適性とかいっている場合ではない」と強く感じることでしょう。

ただしシタデル砦でも現実でも、役割を差配する人物が対象者の強みや適性を的確に把握して適切に振り分けられる能力がなければいけません。自分の強みとは関係なく、力を発揮できないポジションに配置されてしまった場合や、明らかにおかしな扱いを受けたなら、これはもうマックスのように立ち上がり、自ら強みと適性を見せつけられる状況にもっていかなければなりません。本作は他人が決めた強みや適性は、適切な場合もあるが間違いがないわけではないことを教えてくれるでしょう。

強みじゃなくても、適性がなくても、続ければ強みや適性になる場合もある

自分では強みや適性があると思っていなくても、また他人から見て違うと思われていても、とにかく続けることによって強みや適性があるとして認められるケースもあります。昔誰かが「またやっているは弱いが、まだやっているは強い」みたいなことをいっていました。

要は「勝つまでやる」で、この場合の勝利条件は何かを継続して、相手に「最初は駄目だと思っていたけど、山田は向いていたんだな」と思わせることです。

ミンガリング・マイクというアーティストがいます。彼は1969年から1976年までに、架空のレコードジャケットをデザインし、歌詞やライナーノーツなども手掛け、レコード本体までもダンボールを用いて製作しています。

彼は数々の作品を作りましたが日の目をみたのは2000年以降で、後に『架空のソウル・スーパースターの驚異的作品』を発表するドリ・ハーダーや彼の友人であるフランク・ベイルートがフリーマーケットで彼の作品を発見し、美術館やギャラリーでの展示を経て注目されることとなります。

その後スミソニアン博物館が作品群を購入するなどしており、美術的価値は間違いありません。マイクはデザインができる強みと、アートへの適性があったことに疑いの余地はないでしょう。

ただ、もし彼が1枚だけ架空のレコードを作ってやめてしまっていたら、おそらく美術的価値はありません。数々のレコードをリリースし続けたから、ミンガリング・マイクは多くの人に認められているのです。

山田さんがもし、好きなことや自分が向いていると思っていることについて周りにとやかく言われているなら、決してやめずに続けてみてください。長年続けていけば、きっといつか「あ、山田向いてたんだな」と認めてもらえる日がくるでしょう。かつてリリー・フランキーがトークショーで「10年続けていれば、誰かが仕事をくれる」といっていました。

もちろん、長年続けて「向いていない」ことに気づいてしまう場合もあります。私だって日々それに気づかないふりをする不断の努力を続けています。強みや適性なんてものは、自分ではなく他人が勝手に判断するものですから、それほど気にせず日々の業務をこなしていくといいでしょう。

山田さんは「自分は本当にこの業界や職種で長く活躍できるのだろうか?」と不安になっておられるようですが、大丈夫です。なんとかなります。そして、なんとかならないことはなんとかなりません。お互い気楽にがんばりましょう。

(文:加藤広大

― presented by paiza

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