以前、ソフトウェアエンジニアのための「コミュニティ活動」のすすめという記事を書きました。わたしも10年以上QAエンジニアとして楽しく仕事を続けられていますが、これはコミュニティ活動を通じて学んだことや、そこで出会った仲間のおかげだと思っています。

そのため、とくに若手のエンジニアに対しては「コミュニティ活動はオススメだよ」「社外の勉強会にも積極的に参加するといいよ」とよく伝えています。
しかし、コミュニティ活動や社外の勉強会への参加は、わたしが「エンジニアのはしか」と呼んでいる状態に陥ることもあるのです。

“エンジニアのはしか”とは

“エンジニアのはしか”とは、「意識だけが高い状態」や「こじらせた状態」になったエンジニアのことを、病気の「はしか」になぞらえて表現した言葉です。

とくに社外活動をはじめた若手が陥りやすい状態を表すために、わたしはよく用いています。ソフトウェアエンジニア一般に通じる言葉ではなく、あくまでも造語です。

この“エンジニアのはしか”の具体的な症状の例として、次の2つが挙げられます。

自分の会社はダメだ、他社はすばらしい、などと不満を言う

勉強会などで他社のエンジニアの発表を聞くと、自社では考えられないような、とても魅力的な取り組みに見えることがあります。

とても難しい技術を使いこなしていたり、高度な自動化をおこなっていたり。実際には、そうした発表はあくまでも上澄み、キラキラした部分を見せてくれているにすぎません。その裏では泥臭い試行錯誤があったり、嘘ではない範囲で”盛られて”いたりすることも多々あります。

しかし、若いエンジニアはそれを知らずに「あの会社はすごい!」と素直に受け取ってしまう場合があります。

そうなると、たとえば平日の夜にエンジニア勉強会で他社の話を聞いて目を輝かせた翌日、自社でいつものメンバーといつもの業務に向かうと、そのギャップがとても大きく感じられてしまうことも。

そして「昨日話を聞いたあの会社はあんなにすごいのに、なぜウチは・・・」と愚痴を言い、周囲の空気が悪くなったりもします。

社外活動をしていないエンジニアを見下す

他社と自社を比べる以外にも、社外活動に参加している人としていない人を比べる、というパターンもあります。コミュニティ活動や勉強会などの社外活動に参加している人(≒自分)はきちんとしているが、そうでない周囲のエンジニアは意識が低い!やる気がない!と考えてしまうのです。

もちろんこれも、実際には勘違いです。

たしかに、コミュニティ活動や勉強会に参加することは、エンジニアとしての成長に繋がります。しかし、社外活動に参加しているかどうかは、エンジニア個人の能力・エンジニア個人があげる成果と直接的な関係はありません。

社外活動をしていなくとも、高い能力を持って自社の業務に貢献しているエンジニアはたくさんいます。

エンジニアのはしかにかかっていると、本来は多くの学びを得る対象であるはずの尊敬すべきエンジニアを、社外活動をしていないというだけで見下すことがあるのです。

こじらせたエンジニアを放置するとチームに悪影響が出る

上記の例をはじめ、“エンジニアのはしか”になってしまった人を放置しておくと、チームや会社の中にネガティブなエネルギーを拡散してしまいます。また、“エンジニアのはしか”になった人は社外の勉強会に積極的に参加したり「弊社の課題はこれです!」と声高に言ったりすることで、うっかり社内でよい評価をされてしまうことがあります。

しかしこの手のエンジニア、実は社外の勉強会に参加するだけで、自ら発表したり議論したりしていないことも…。実力は変わらず、自意識だけが大きくなっているパターンでは、目も当てられません。

そのような状態では、まわりのエンジニアは面白くありません。不平不満は言う、敬意を欠いた行動をとる、でも評価はされる。周りのモチベーションが下がったり、人間関係が悪化したりと、チームに悪影響が出てしまいます。

エンジニアのはしかへの対処方法

やっかいなことに、“エンジニアのはしか”を自力で治すことはなかなか大変です。本人がとても尊敬している社外の第一人者に叱られるなど、大きな出来事をきっかけに治ることはあります。

しかし、それを待っているわけにはいきません。とくにマネージャにとっては、自チームのメンバーがなってしまった場合は早急に手を打つ必要があります。いったい何をすればよいのでしょうか?

“エンジニアのはしか”になった人は、自己認識と実態とにギャップがある状態なので、そのギャップを自覚してもらうことが効果的です。

個人のタイプによってやりかたはさまざまで、あまりメンタルにダメージを与えるのはよくないですが、たとえば以下の対応を試みましょう。

改善のための行動を促す

本人が感じてしまっている不平不満を、解消する主体として動いてもらう、という方法です。「周りの意識が低いと思うなら、感化するような動きをしてみよう」「学んだことを実際に試してみよう」「じゃあ、君が主体となって解決をしてみよう」などと促します。口だけではなく行動を起こしなさい、ということです。

本人が引き受けて行動を起こした場合、おそらく最初はうまくいかないでしょう。本人にとっては、非常に苦しいところです。しかし、うまくいかない経験を通じて自分ができるつもりになっていたことを自覚し、自己認識と実態とのギャップに気づくチャンスになります。

もし本当に実力があったり、運が良かったりして見事改善を達成した場合は、成果として認めたうえで次の行動を促しましょう。いずれは小さな失敗をしたり、壁にぶつかったりする機会が必ず訪れますし、少なくとも「口だけではなく行動する」という意識が根付いていきます。

社内の優秀なエンジニアとたくさん接する機会を与える

「社外は凄い、自社はダメ」という誤解を解くため、優秀なエンジニアと接する機会をもたせる方法です。こちらも、優秀なエンジニアと自分との差を体感することで、自己認識と実態とのギャップを自覚することができるでしょう。

また、「ウチのエンジニアはダメ」と考えてしまっている人は、社内での人間関係が狭い傾向にあります。つまり、ごく限られた範囲しか見ずに、それが会社全体に言えることだと誤解しているパターンです。

そうした視野の狭まりを解消する意味でも、なるべくたくさんのロールや部署が異なるエンジニアと接する機会をもたせましょう。

部門をまたいだプロジェクトチームにアサインしたり、会社全体が関係するイベントの運営に携わってもらったり、などの手段があります。ただし、直接他部署の方と関わることになるので、普段の態度などには注意が必要かもしれません。

“エンジニアのはしか”を乗り越えて、一人前のエンジニアへ

本記事では、「他社あるいは他社のエンジニアはすばらしいのに、自分の周りはダメだ」といったこじらせをエンジニアのはしかという言葉で表現しました。

実際のはしかは、一度かかると再度かかることは稀だ、と言われています。エンジニアのはしかも同様で、マネージャや周囲の働きかけによって改善すれば、以降は適切な視点で会社や自分、周囲のエンジニアを見られるようになるでしょう。

とくに大切なのは、自社でやっていること、もしくは自社で働くひとたちを正しくリスペクトできるようになることです。

もちろん自社のダメなところもあるでしょうし、自社で働くエンジニアたちに足りていないこともあるでしょう。しかし、それはどの組織でも同じことです。完全な人間や完全な会社はありません。

自分たちが出来ていることや得意なことに目をむける、うまくいっていないところは受け入れて改善に向かう。そうした視点を、エンジニアのはしかを経ることで身につけることができます。

社外活動に積極的に参加しているエンジニアの方や、そうしたメンバーと働いているマネージャの方は、ぜひ一度“エンジニアのはしか”にかかっていないかどうか、気にかけてみてください。

(文:伊藤 由貴

― presented by paiza

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