自分に合った仕事ってなんだろう。

社会の一部となってもう走り出している大人には、そんな答えのない悠長な悩みにじっくりと向き合う時間なんてない。

そんな時間があったら、1つでも多くの資料をつくり、1つでも多くの締切を間に合わせ、1分でも長く睡眠を確保したい。「自分の胸に手を当てて、心の声を聞いてごらん?」なんてことができるのは、時間を持て余していた大学時代までだ。

でも、そうして見て見ぬふりをしてきた自分の本音はいつしか思っているよりずっと遠くに行ってしまい、だんだん働いている意味がわからなくなる。

「私、なんでこの仕事してるんだっけ」

私は誰のために、何がしたくて、どうしてここで働いているんだっけ。

そんな大人がいたら、きっと本書に君臨する魔王様はこう言い放つだろう。

「自分で考えてください。大人なんだから」

case.1 誰かに必要とされたい主人公・羊谷千晴

会社に必要とされるため無茶な上司のもとで働き続け、精神を消費し、会社を退職した羊谷。そんなときに出会ったキャリアアドバイザー・来栖。転職の魔王様という異名を持つほどの冷酷無慈悲な来栖に、いきなり現実を突きつけられる羊谷。「自分の価値を他人に委ねるから、こき使われるんだ」と言い放たれ、羊谷の転職物語が始まった。

「このタスクを受けないと、社内での価値がなくなるから」「居場所がなくなるから」という恐怖感や焦りからハードワークをしてしまう。なんて事例は、至るところに溢れている。

実際私の身の回りにも、そういったことで悩んでいる人がいる。本書は転職をテーマに掲げた物語だが、序盤ではまず転職にすら届かない。そもそも仕事に対しての考え方を改めない限り、転職のスタートラインにすら立てないのだ。

主人公の羊谷は、かなり極端な環境下にいる。上司からは「ラム肉の方が役に立つ」と罵られながらも、倒れるまで働いた。そして退職後に来栖とおこなった模擬面接では、「私は私を必要とされるところで働きたい」と答える。羊谷は「誰かに必要とされること」に呪われているのだ。

いったいこの転職は“誰”のためのものなのか? この落とし穴に気づかない人は多いのではないだろうか。求められるままに働き、言われるがままに業務をこなす。会社には感謝されるかもしれないが、そこに自分の幸せはどのくらい残っているだろう。転職とは、大人だからこそ見失ってしまう根本的な気づきをくれる機会なのだ。

case.2 周りに流される事務職・宇佐美由夏 32歳

物語では、仕事に悩むさまざまな大人がフォーカスされる。宇佐美は、周りの派遣仲間が転職を始めるなか、プライベートでは恋人に振られる。32歳という年齢で、失敗を恐れ人生の正解がわからなくなってしまう。そんな宇佐美に来栖は「何が正解かは自分で決めろ」と、突き放すようなアドバイスをする。宇佐美は「大人だからなんでも決められると思うな」ともがきながらも、自分なりの正解を決断する。

人生の正解があるなら、私だって教えてほしい。今の仕事が、この生活が、合っているのか間違っているのか教えてほしい。

この物語に出てくる大人たちには共通点がある。一貫して、自分の道の正解を求めているということだ。その答えを羊谷は周りの評価に委ね、宇佐美は自分と同じような状況の人間に正解を求める。自分で正解を決められない結果、他者に決めてもらうのだ。

だが、その状態のままキャリアアドバイザーを利用すると非常に危険だ。その事実を、キャリアアドバイザーの視点から描いているところが本書の魅力でもある。“キャリアアドバイザーから見たキャリアアドバイザーのうまい使い方”というのを、身内から解説してくれるのだ。

ちなみに私は、周りに流され、自分にとっての正解を誰かに教えてほしいと訴える宇佐美に強く共感する。人生の正解なんて、そんなに簡単にわかるものではない。宇佐美が「そんなのわかんねーよ!大人舐めんな!」と叫ぶシーンでは、私も一緒に「大人舐めんな!」と肩を組んで叫びたいくらいだ。

その問いに来栖は、「何を持って自分の幸せとするのかを明確にしなければならない」という言葉を残している。正解は誰にもわからないけど、自分は何をしているときが幸せなのか。まずは自分が幸せに感じる指標を持つことが、転職の重要なポイントなのではないだろうか。宇佐美と叫びながら、私も自分の物差しを探しに行きたい。

case.3 熱血仮面男・笹川直哉 25歳

会社で爽やかな好青年として働いている笹川。笹川もまた、「入社したら3年は耐えろ」という言葉に呪われていた。担当上司に不満を抱え、キャリアアドバイザーのもとへやってくる。そんな笹川にかつての自分を重ねた羊谷。正当な評価をしてくれない上司から逃げたいだけの自分を評価されるのが怖くて、笹川はなかなか素を出せないまま面接練習を重ねる。はたして、本当の自分を曝け出して一歩を踏み出せるのか?

社会には、うまく仮面を被って面接を突破し、社会を渡り歩くタイプもいる。笹川はそういったタイプで、元気・根性・従順さという3点セットを肌身離さず持ち歩いている。面接でも上司に好まれそうな若者を演じ、大手企業に入社した。だが、その仮面はいつまでもつけ続けられるわけじゃない。その仮面が本当の自分と乖離してればいるほど、それは諸刃の剣だ。

私は、面接が死ぬほど苦手だった。理由は、自分の価値をまったく信用していなかったからだ。もしありのままの自分を晒して、評価されなかったときにはもうどうしたらいいのかわからない。世の中の企業は私のことを必要としていないという裏付けが取れたということになる。もうそんなの、地獄以外の何ものでもない。

そう思う一方で、仮面をつけた自分を採用した世界に希望があるとも思えなかった。大学を卒業して7年。紆余曲折経てようやく私は私を出せるようになった。それは同時に、自分の価値を自分で評価できるようになったということだと思う。自分を出すのは怖い。でも、出さなければどの道、長くは続かない。

来栖は笹川を最後の面接に送り出す瞬間に、このようなメッセージを伝える。「転職を無傷でできると思うなって話ですよ」。自分の価値を自分の目で見なくては、道を選択することなんてできない。たとえそれが傷つくものでも、だ。これは来栖の厳しさでもあり、優しさでもある。これからの人生を少しでもマシなものになるよう願った先に、発せられたセリフだからだ。

おわりに

今回紹介したのは3人の大人についてだが、本書にはほかにもさまざまな大人が登場する。だが、3人のエピソードを紹介したところでなんとなく気づいていると思うが、はたして来栖は本当に冷酷な大魔王様なのだろうか。おそらく冷酷だと感じるのは、歯に衣着せぬ物言いと、発言が核心を突いているからだろう。だがその裏側には、人生にせめて希望を持てるようになればいいというささやかな祈りがある。そんな来栖の姿は、キャリアアドバイザーという仕事の意義を体現しているようだ。

もちろん、物語には来栖の人格形成に至るまでのバックボーンや、羊谷の行く末も記載されている。この2人を通して、あらためて冒頭の『自分に合った仕事ってなんだろう』という問いに、向き合ってみてほしい。

(文:はるまきもえ

― presented by paiza

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