「“DIGITALIZE YOUR ARMS”(デジタルを武装せよ)」というスローガンのもと、DXに取り組んでいる日清食品ホールディングス(以下、日清食品HD)。2019年から同社のDXを推進してきたのが、執行役員・CIO(グループ情報責任者)を務める成田 敏博さんだ。DeNAやメルカリといったITメガベンチャーを経て、ITのプロフェッショナルとして日清食品HDへ入社した。

日清食品HDが注力しているデジタル施策や今後の取り組みについて、成田さんに話を聞いた。

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成田 敏博さん プロフィール
日清食品ホールディングス 執行役員・CIO(グループ情報責任者)。1999年アクセンチュア入社。DeNA(ディー・エヌ・エー)、メルカリなどでIT部門のマネージメントを歴任し、2019年日清食品ホールディングス入社。2021年より現職。

「先守後攻」でデジタル施策を推進

日清食品グループでは2030年を見据えて、以下の5項目を重要なデジタル施策として掲げている。

  1. サイバーセキュリティ
  2. グローバルITガバナンス
  3. 業務部門のデジタル活用支援
  4. 先進ネットワーク/モバイルデバイスの活用
  5. データドリブン経営に寄与する基盤整備

このなかでも、もっとも重要な施策は「サイバーセキュリティ」だと成田さんは語る。

「当社では、施策の優先順位を表す言葉として『先守後攻』を掲げています。守りの部分が崩れてしまったら、攻めの施策をどれほど進めてもまったく意味がありません。

昨今、サイバー攻撃の被害リスクは高まってきています。われわれのような、個人情報をそれほど保有していない食品メーカーは、以前であればリスクはあまりありませんでした。

しかし、いまは状況が変わってきています。担当領域に関わらず、『サイバーセキュリティが最優先であると理解してほしい』とIT部門のメンバーに話しています」

サイバーセキュリティのなかでも、成田さんは「ランサムウェア対策」をとくに意識している。

「いまの世の中、ランサムウェアによる被害のリスクが大きいです。ビジネス上の影響も非常に大きいので、十分な対策を練るべきだと伝え続けています。

ランサムウェアを完全に入り込まないようにするのは不可能と考え、もっとも注力しているのは発見と対策です。入り込まれたとしても決して抜け漏れなく発見し、潰し続けます」

発見・対策という施策に加え、重要なのが「サイバーセキュリティに対する従業員の教育」だ。日清食品グループでは、サイバーセキュリティ施策を開始した当初から従業員の意識向上を図っている。

「とくに力を入れているのは、攻撃型メール訓練です。年に10回以上、不定期でランダムにメールを送っています。役員も訓練の対象です。私自身も、いつ・誰に対してメールが届くかは知らされていません。メールを開いてしまった人に対しては、個別にe-ラーニングで学習してもらいます。

こうした取り組みを粘り強く続けた結果、攻撃型メールの開封率は非常に低い水準になりました。セキュリティ意識の向上に関して、ここ数年で一定の成果が出てきていると思います」

従業員と同様に、役員に対しても事前告知なく攻撃型メール訓練が実施される。役員のセキュリティに対する意識は非常に高く、役員が攻撃型メールを開いてしまったことはこれまでに一度もないという。

現場に入り込んで、デジタル施策を浸透させる

2つ目の重要なデジタル施策「グローバルITガバナンス」についても、優先順位の高い取り組みとして進めている。

「海外の売上を力強く伸ばしていくことが、グループ全体のビジネスを拡大していくうえで不可欠なフェーズです。海外の地域ごとに味覚の特性が異なるので、現地法人による地産地消でのビジネスを基本としています。

ITに関しても、各現地法人の自主性に任せる方針は今後も継続していく想定ですが、セキュリティやIT担当者間の連携、リソースの共有においては、グループでガバナンスを利かせていくことが望ましい。各現地法人をつなぎ、それぞれがなにをしているのかを可視化し、全体的な方向性の認識合わせをしたうえで連携できる体制を構築しています」

グローバルITガバナンスについて、「ここ数年で一定の方向性が見えてきた」と手応えを感じているようだ。

3つ目の重要なデジタル施策である「業務部門のデジタル活用支援」では、現場の業務課題を現場のメンバーとともに洗い出し、どのように改善していくのかを策定する。そして、実際に改善を実行するところまでを進めていく。

「施策は『デジタル化推進室』という組織が取り組んでくれています。この組織があるからこそ、日清食品グループのなかでデジタルツールが一定期間で現場に馴染む流れをつくれています。このような組織は、今後いろいろな企業でつくられていくのではないでしょうか」

いまから約2年半前に発足したデジタル化推進室は当時、RPAやローコードツールを武器に現場の業務を改善していた。現在は、生成AIを社内に浸透させることをミッションとして、取り組みを進めている。

「カップヌードルシンドローム」に陥らないためのデータドリブン経営

4つ目の重要なデジタル施策が「先進ネットワーク/モバイルデバイスの活用」だ。この施策により、業務効率が大きく高まる。

「ネットワーク技術はつねに進歩していますし、ネットワークのトラフィックは増加し続けています。こうしたネットワークを取り巻く世の中の状況に応じて、つねに当社の環境もアップデートし続けています。

また、通常のパソコンに加えてモバイルデバイスの活用を進めており、いずれはウェアラブルデバイスを活用していくことも視野に入れています。外出先や現場において、今パソコンでできることがモバイルデバイスでもできるなら、いかに業務を進める上で効率性が上がるのか。そこを見いだしながら、場合によっては自分たちでモバイルアプリを内製で開発することもあります」

モバイルデバイスを活用する際には、サイバーセキュリティを意識し、ランサムウェア対策をおこなっている。

「グローバルで日清食品グループが保有する約1万台を超える端末に対し、つねに外部からの侵入を監視しています。これだけの数の端末を管理するうえでは、端末によっては監視機能が非アクティブになってしまうものも出てきます。

しかし、私たちはすべての端末がアクティブな状態であることを愚直に維持し続け、それにより、もし外部から侵入されても決して見落とさないことをセキュリティ対策の柱としています。こうした施策をIT部門全体で総力をあげて、つねに最優先事項として実行しています」

徹底したセキュリティ対策を実行したうえで、モバイルデバイスを活用している。ここでも「先守後攻」を強く意識しているという。

5つ目の重要なデジタル施策が「データドリブン経営に寄与する基盤整備」だ。データドリブン経営を推進するのには、大きな理由がある。

「日清食品グループには『カップヌードル』や『チキンラーメン』など、非常に強力なブランドがあります。このブランド力のみに頼ることは、場合によっては新しいチャレンジを怠ることにつながりかねません。

この状態を社内では、『カップヌードルシンドローム(症候群)』と呼んでいます。そうならないよう、データで判断し、語り、意思決定をする。そんなデータドリブンなカルチャーを持った企業になりたいと考えています」

日清食品グループにはさまざまなシステムが導入されているため、データを活用するにはまずデータを集約する必要があった。そこで、成田さんは2年半にわたり、全社統合データベースの構築を進めてきた。メンバーには「何年かかってでも絶対にやるべき」と話し、粘り強く取り組んできたという。

「データが集約されたことで、データ分析をしようと考えたときに、全社統合データベースを確認すればよくなりました。もともとは、データを確認する目的でつくったデータベースですが、生成AIを活用できることもわかりました。たとえば、カップヌードルの売上実績のデータを生成AIが確認し、前年同月比較のデータをレポーティングするような使い方ができます。

おそらく3年後や5年後には、いろいろなデータベースを生成AIがつねに確認し、定期的にレポートを自動で報告してくれる世の中になるはずです。それに備えて、データの整理は今後もしっかり進めていきます」

生成AIという新たな武器を活用し、成田さんは日清食品グループのデータドリブン経営をさらに加速させていく。

生成AIの活用で年間約9万時間の削減を見込む

ここまでの重要なデジタル施策に関する話でも触れられてきたとおり、日清食品HDは「生成AIの活用」にも力を入れている。2023年4月には、グループ専用のChatGPT「NISSIN AI-chat」を社内導入した。

「NISSIN AI-chat」には日清食品グループの社員のみがアクセスでき、情報漏洩リスクへの対処がおこなわれている。2024年8月時点で全社の月間利用率は50%を超えており、とくに企画やドキュメンテーションに関しての活用が進んでいるという。

「企画業務では、壁打ち相手として生成AIを活用していますね。人間だけでも考えられますが、生成AIを活用することで、より頭のなかを整理したうえで進めやすくなります。

また、生産現場ではドキュメントを定型フォーマットに落とし込む際に活用しています。いまトライしているのは、工場での活用です。想定外のことが工場で起きた際、徹底的に原因を追究して再発防止に取り組んでおり、社内に何万件ものナレッジが溜まっています。それを生成AIに学習させることで、考えられる原因を挙げたり、再発防止策を提案したりすることが可能になります。今後トラブルが発生した際は、それをヒントに調査をしていこうと考えています」

生成AIを社内に展開する際に、最初にリスク整理を実施した。その理由について、成田さんは次のように話す。

「スピード感を持って着実に進めるためです。リスク整理をしきれていないと、途中で立ち止まってしまうと思いました。リスクとされていたさまざまなことを、『セキュリティリスク』と『コンプライアンスリスク』の2つにまで整理し、社内のいろいろな部署と調整して認識合意を図りました。

セキュリティリスクに関しては入力内容の情報漏洩など、みなさん十分ご存じだと思います。一方、コンプライアンスにもさまざまなリスクがあります。たとえば、生成AIが回答したものを二次利用する際には不適切な流用リスクがあるため、リテラシーが必要です。その対策と管理をしっかりおこなうべきだ、と法務部や内部監査室、リスクマネジメント室などが注意喚起してくれました。

こうした部署の方々に味方となってもらい、迅速に物事を進めました。世の中に出てきたばかりの新しい技術に対して、一緒にトライしてきましたね」

まずはさまざまな部署と連携し、守りをしっかりと固めてから、攻めの生成AI活用を実現。生成AIの活用においても「先守後攻」で進めてきたといえる。

さらに、生成AIを活用するため、業務ごとにプロンプトのテンプレートをつくっている。これを一定の部門で使った際の業務削減効果を試算しており、現時点で年間約9万時間の削減効果を見込んでいるそうだ。

新卒採用によりITのプロフェッショナルを育てていく

日清食品HDでは、内製で社内向けのシステム開発を進めている。しかし、エンジニアの数はまだ少数のため、さまざまなチャネルを活用し、採用していきたいと成田さんは話す。

「今後もIT領域の専門職を外部から積極的に採用していこうと考えており、そのうちの1つがアプリケーションエンジニアです。現時点では、グループ全体で1人しかプロフェッショナルと呼ばれているアプリケーションエンジニアはいません。ただ、プロフェッショナルの卵といえる人材の採用は進んでいます。

いま、おもしろいと思っている採用チャネルは、新卒採用です。エンジニアリング領域について学んでいて、興味のある方に入社いただき、アプリケーションエンジニアのプロフェッショナルを目指していただきたい。そのための組織を徐々につくっています。

当社のエンジニアは、ユーザーと直接会話する機会がとても多いです。基本的には自分たちでシステムをつくり、フィードバックを直接ユーザーからもらって改善していき、それを再度ユーザーに利用してもらいます。このプロセスを何度も繰り返しています。ユーザーとできるだけ近い距離にいたいシステムエンジニアの方にとっては、非常にやりがいを持って進められる環境なのではないでしょうか」

日清食品HDのエンジニアはユーザーと直接話す機会が多いため、コミュニケーション能力が求められる。また、つねに新しい技術を取り入れているため、学習し続けることが好きな人材には最適な職場だろう。

最後に成田さんへこれから進めていきたい取り組みについて聞くと、「生成AIの活用」と返ってきた。

「生成AIは今後も進化をし、できることが広がっていくのは間違いありません。これをいち早く取り入れて、われわれのような非IT企業内でもさまざまな局面で業務をよりよくしていく。そんなユースケースづくりを継続していきたいと思います。データドリブン経営に寄与する基盤の整備を進めてきたなかで、データ活用に生成AIを活かせることがわかってきたため、この部分での事例もしっかりつくっていきたいと考えています」

すでに日清食品グループ内での活用が進んでいる生成AI。しかし、成田さんはさらなる活用を目指す。5つの重要なデジタル施策と生成AIの活用により、さらにDXを推進していく。

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(取材/文:川崎博則撮影:渡会春加

― presented by paiza

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