旅行業から交流創造事業としてリブランディングしている株式会社JTBは、2030年に向けて大規模な基幹システムを改変中だ。言うまでもなくITの進化のスピードはすさまじく、残り5年となった改革の期間にどのような技術的・構造的革新が起こるかわからない。
進化が早すぎるがゆえに不透明な現代のIT改革において、リーダーはどのような姿勢でプロジェクトを推進しているのだろうか。
常務執行役員 CIO CISOの黒田 恭司氏に話を伺った。
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黒田 恭司氏 プロフィール
1992年日本アイ・ビー・エム入社、ITエンジニアとして官公庁の顧客を担当し、さまざまな大規模プロジェクトでグループリーダー・プロジェクトマネージャー、統括プロジェクトマネージャーを歴任。デリバリー品質マネジメント・コロナ禍の働き方変革リード・リスキリングのリーダーや、サービス部門のビジネス責任者などを歴任する。2023年から現職。外部活動として、一般社団法人 日本情報システムユーザー協会(JUAS)理事も務める。趣味はゴルフと釣り。
目次
トランスフォーメーションの現在地
2030年までのロードマップを立てている、基幹システムのトランスフォーメーション。5年ほど期間を残している現在、どのような地点に立っているのだろうか。
黒田:大きくステージ1からステージ3までのマイルストーンを設けています。ステージ1でメインタスクとして挙げた基幹システムのインフラのパブリッククラウド化は、ほぼ終わりました。また、基幹系や財務会計システムなどの成果も見えてきたところですね。
ステージ2として、2026年の5月ごろまでにバックエンドシステムのマイクロサービス化を終える予定です。
ステージ3として、2030年までに国内外の仕入れや販売など、さまざまなシステムのモダナイゼーションに取り組もうかと。このステージ3が完了すると、一連のトランスフォーメーションが終わるという認識です。
現時点では、ステージ1でインフラの共通基盤が形作られたところなので、これを今後拡張していく流れで考えています。

ーーマイクロサービス化を終えることで、さまざまなコスト低減が期待できるそうですね。具体的にどのようなコスト削減が見えますか。
黒田:システムが整理統合されることとマイクロサービス化で、保守運用コストの低減が図れると見込んでいます。400台以上のサーバーがコンテナ上で動いていますが、これらの運用・保守はもっと軽減されるでしょう。運用・保守の一元化を進めた基盤を構築していくことで、その基盤上で構築するアプリケーションは非常にスピーディーに・安く作りやすくなるだろうと考えております。
システムを統合させることで、クラウド上のセキュリティ管理もよりシンプルになるでしょう。
たとえば事業プロセスのデジタル化を進めることで、現行、手入力をしていたものを自動で取り込めるようにもなります。
APIがない状態からAPIベースでシステムが動くようになることで、宿泊の基本情報や顧客情報を活用した現業の更なるデジタル化の道も開けるようになるでしょう。
ーーステージ3では国内外のさまざまなシステムとの結合が実現することになります。日本と海外における、言語やビジネスの慣習の違いは影響するのでしょうか。
黒田:いま、国内外のシステムがそれぞれ異なっているのは、歴史の中で時代に応じたニーズが異なっていたり、アプローチのための要件が異なっていたりしたから、ということがあると思います。IT以前の話で、こうした業務プロセスを共通化できないのか、我々の本当の強みはどこにあるのかといった見直しから入って、必要なものと不要なもの、また共通化できるものとできないもの、などの仕分けをこれからしていかなければいけません。
これはIT・DXという括りではなく事業側のミッションとして捉えていくことになります。
また当社も旅行業だけではありませんので、地域のDXや地方自治体との連携をはじめ、旅行以外のビジネスもどんどん拡大していっています。そこで連携する際に、新しい業務やプロセスを載せる基盤を確たるものにしていかなければいけない。そんな課題意識を持っています。
テクノロジーの変遷に付いていき、目利きをする

2030年までの長期計画であれば、計画中に新しい技術やサービスが登場することも想定できる。長期のシステム改革計画において新技術への対応をどうしていく予定なのだろうか。
黒田:昨年(2024年)観測していた中でも、新しいサービス・ソリューションが登場してきています。技術トレンドとしてはIT市場全体が生成AIにフォーカスしているなと感じることはありますが、そうしたことも含め、さまざまな企業が提供するサービスは機能が重複する部分がある印象です。
たとえば、これまでは5つの機能を5つのSaaSで実装していたものが1つのSaaSで実現できるのであればいいなとは思うのですが、そうでなければSaaSのベンダーの機能拡張の動向や我々へのフィットを確認しなければなりません。テクノロジーの変遷に付いていき、目利きをしっかりしていくことが私たちの課題だろうなとは思っています。
もしかしたら、いま我々が持っている基幹システムを置き換えられてしまうものも出てくるかもしれません。技術トレンドやサービスのラインナップなど、常に追いかけていかなければなりませんね。
長期プロジェクトにおけるマネージメント成功の秘けつ
長期のプロジェクトでは、その途中で技術や人に大きな変化が発生する。マネージメントをする側が大切にしなければならないことは何だろうか。

黒田:まずJTBの事業側のスタッフは、業務知識がとても高い分、ITやDXに関する知見は若干低めです。たとえばその比率が9:1や8:2であるなら、7:3くらいには持っていきたいなと考えているところです。
一方、私が統括するIT企画やセキュリティ対策部門では、業務知識とIT・DXに関する知識の平均が5:5くらいにはなっているのではないでしょうか。個々で見ていけば1:9の人も9:1の人もいますけれど、比率だけの話でなく、レベルの底上げをしなければいけないとも思っています。
IT・DXに関わる業務においては、事業とベンダーさんの橋渡しの役割を担うことが多いです。関係者を強力に結びつけたり、与えられた業務や課題に粘り強く取り組める力や、そのようなリーダーシップ・コミュニケーション能力がますます必要になってくると思いますよ。
ーー2030年までの改革が続く基幹システムで、残りの長い時間、メンバーのモチベーションやエンゲージメントの維持・向上をどのように考えていますか。

黒田:年度の初めや中間・期末に、メンバーと設定した目標や進捗の確認をする機会を設けているのはもちろんですが、ほかにもさまざまな対談の機会を設けています。
一つは上司を越えたもう一段上の上長と話すスキップインタビューです。また、職場や会議室では話しにくい内容もあると思いますので、チームや個人などさまざまな単位で食事をするなどしています。
IT企画は会社全体の目線で、いろいろなことを考えなければなりません。各部門の利益よりも、どうやったら会社全体で良くなるかを考えてやっていかなければならない業務が多いのです。
チームメンバーにもそうした意識を持ってもらいたいので、ひとつ高い視座で物事を考えるとか、常に第三の視点を持って物事を考えられるようにするとか、そうしたことを伝え続けるようにはしていますね。
改革を続けるにあたり必要な人材は「意欲」
基幹システムの改革を2030年まで計画しているからといって、2030年にすべての開発が止まるわけではない。そこまでに構築してきたものを活かし、メンテナンスをしながら次のステージが始まる。
改革を続けていくために必要な人材を、黒田氏はどう捉えているのか。

黒田:特定のドメイン領域に強い人材、セキュリティやインフラに特化した資格・経験を持つ人材は、やはり必要になります。また、大きな規模のプロジェクトを率いた経験のある人材・アジャイル開発の経験が豊かな人もニーズとしては高いでしょう。こうした方々を採用することもありますが、いまのJTBの中からそうした人が出てきてくれると、知見をより活かせるようになるでしょうね。
来ていただきたい方の像としては、単に変革意欲のある方にとどまらず、高い解像度で課題設定ができる方ですね。
ーー高い解像度とはどういう意味でしょうか。
黒田:課題を解くだけでは、それって誰のためにやっているのか、いくらお金がかかったのか、といったレベルで終わってしまうんです。
課題を捉えたときに、現場ではどんな弊害や問題があったのか、根本的に課題解決をするための問題点はどこにあるのか。こうした本質を見分けようとする力を持っている人が望ましいです。
これはスキルなのかもしれませんし、意欲なのかもしれません。どちらにしても普段の仕事の仕方に大きく関わってくるところですので、日ごろから深く考えられる人がいいですね。
取材後記:長期プロジェクトならではのシステム観・人間観が見える
ITの進化が早いことを、犬の成長の早さになぞらえてドッグイヤーと言った。いまはさらに成長の早いマウスイヤーなどと言うこともある。
そんな現代において、2030年までのロードマップが敷かれている基幹システムの改革プロジェクトを断行しているJTB。あと5年ほどとはいえ、とても大きな、そして想像もつかない世の中の変化が待ち受けている可能性は低くない。
黒田氏のIT・人材・マネージメントに対する考え方は本質を見据え、いま決まっていることにこだわりすぎずに柔軟性を保っているように感じられる。意志の固さと考えの柔らかさの両面をもって、JTBがどのようなシステム改革を成し遂げるのか、引き続き見守っていきたいと思えるものだった。
