Google検索で「エンジニア マネージャー」と入力すると、サジェストに「やりたくない」という言葉が出てくる。

これまでのキャリアが活かせない、なにをすればいいのかわからない、コードを書き続けたい、責任が重くて大変そう……。このように、さまざまなやりたくない理由があると推測される。

技術評論社から出版された『エンジニアのためのマネジメント入門』(以下、本書)の著者である佐藤大典さんも、以前はマネジメントに苦手意識を持っていた。しかし、いまでは「エンジニアリングマネージャーの仕事は楽しい」と佐藤さん。困難を乗り越えたときにマネジメントの楽しさに気づいたという。

エンジニアリングマネージャーの仕事について、佐藤さんに話を聞いた。

佐藤 大典(さとう だいすけ)さん
1986年北海道生まれ。現在、スタートアップでVPoEを務める。2010年より、音楽スタートアップ企業でソフトウェア開発や新規事業立ち上げに携わる。その後、大手Eコマース企業にて、マネジメントや組織開発に従事。マネジメントに関する執筆活動や講演活動もおこなっている。

はじめてマネジメントに携わったときは不安や恐怖を感じた

佐藤さんは2010年から音楽系のスタートアップで、エンジニアとして働きはじめる。2011年にはチームリーダーという役割で、マネジメントに携わる。

日本には1万人以上のエンジニアリングマネージャーが存在すると考えられるが、定義はあいまいであり、組織によっても役割は異なる。

佐藤さん自身、はじめてマネジメントに携わったときには、なにをすればいいのかわからない状態だった。マネジメントをしても成果が目に見えるわけではなく、不安や恐怖を感じていたという。どのようにマネジメントについて学んだのだろうか。

「マネジメントに関する文献は、いろいろあります。まずは、そうした文献に当たるようにしました。今回、本を書いたのは、とりあえずこれを読めば広くマネジメントの世界観を認識できるような本がほしいと思ったからです。なので、基礎的なところを広く書きました」

 佐藤さんが話すように、本書ではマネジメントに関することが幅広く書かれている。コミュニケーション手法から組織や人材、企業会計など幅広い。基礎的なことが網羅されている、まさにマネジメントの入門書といえる。

リーダーとマネージャーの違い

あなたの会社にも「リーダー」と「マネージャー」がいないだろうか。この2つは混同しやすい。本書のなかでは、リーダーは「組織を指揮して導く者」、マネージャーは「組織をマネジメントする者」と書かれている。役割は似ているが、完全に一致するものではない。

完全に一致はしないが、共通するスキルやスタイルは存在する。リーダーがマネージャーとして振る舞うときもあれば、マネージャーがリーダーとして振る舞うときもある。それぞれの役割は、組織によって異なる。

「たとえばスタートアップと大企業では、リーダーとマネージャーの役割はそれぞれ違いますよね。しっかりと役割を定義することが大事です。現在、僕が勤めている会社では、役割を定義してテキストに残しています。役割を決めれば、なにをやればいいのかが自分だけでなく他人からもわかるようになります。役割が不明瞭だと、どこまでやっていいのかがわかりません」

もしあなたがリーダーやマネージャーになったら、個人の成果というよりもチームの成果を求められるようになる。求められる成果は、目に見えるものから見えないものまでさまざまだ。

自分がなにを求められているのかを上司に確認し、役割を定義するところからはじめてほしい。

エンジニアリングマネージャーとは?

「マネジメントの父」と称されるドラッカーは、マネージャーを「組織の成果に責任を持つ者」と定義した。それをもとに本書では、エンジニアリングマネージャーを「エンジニアリング組織の成果に責任を持つ者」と定義している。エンジニアリングマネージャーとほかのマネジメント職の違いはなにがあるのか、佐藤さんに聞いた。

「誤解を恐れずに言えば、ほかのマネジメント職との違いはありません。違うのはマネジメントの領域です。テクノロジーマネジメントやプロダクトマネジメントといった専門領域が、ほかのマネジメント職と異なります。ピープルマネジメントやチームマネジメントは基礎的な部分で、どのマネジメント職でも必要です」

基礎的な部分はどのマネジメント職でも同じとはいえ、テクノロジー領域の知識がないとエンジニアリングマネージャーになるのは難しい。この知識がないと、メンバーは信頼も相談もできないからだ。なにかトラブルが発生したときに「その知識はないのでわかりません」と言われたら、メンバーは困ってしまう。

専門職のマネジメントをするのであれば、自分も専門知識を身につけなければならない。そこでエンジニアとしてのキャリアが大いに役立つ。

エンジニアとエンジニアリングマネージャーの職務は異なる。しかし、エンジニアとしてのキャリアは、マネジメントにおいても有効だ。佐藤さんは組織をソフトウェアにたとえて、プログラミング思考がマネジメント領域でも役に立つと話す。

「ソフトウェアと同じ感覚で、組織もデバッグできると思っています。ソフトウェアだと、バグが発生するとアラートが発報されて調査しますよね。どこでバグが起きているのか、なぜバグが起きているのかを調べて対処していきます。組織でも同じように、調査をして原因を特定することで対処できます」

組織とソフトウェアが似ているのであれば、エンジニアはすでに多くの経験を積んでいると考えられる。ソフトウェア開発の経験を活かし、組織マネジメントでも高い成果を挙げられるはずだ。

エンジニアからエンジニアリングマネージャーになるために必要なスキル

エンジニアからエンジニアリングマネージャーになるためには、どのようなスキルが必要なのだろうか。佐藤さんは「コミュニケーションスキルは欠かせない」と話す。エンジニアリングマネージャーの業務では、教育や面談、会議や他部署との折衝など、人と関わる機会が多くある。そのため、コミュニケーションスキルがないとうまく仕事を進められない。

多くの企業で導入が進んでいる1on1ミーティング(以下、1on1)でも、コミュニケーションスキルが必要になる。佐藤さんの1on1のやり方は、参考になると感じたので紹介する。

「1on1をしているメンバーの発言を、オンラインドキュメントに書いて残します。それをメンバーにも見えるようにしています。人というのは、話した内容をすぐに忘れてしまいます。それに、話しながら自分の頭を整理しているんですよね。なので、構造整理をお互いが見えるオンラインドキュメントでやって、相手の思考をクリアにしています」

コミュニケーションを支えるものには、ティーチングやコーチング、フィードバックやメンタリングなどがある。質の高い会議をおこなうには、ファシリテーションも必要だ。こうしたコミュニケーションに関する知識を、佐藤さんはどのように身につけたのだろうか。

「書籍を読んだり、勉強会で学んだことをひたすら現場で実践しました。実践して、うまくいかなかったことは改善します。これを繰り返していました。知識として身につけるだけではなく、とにかく実践することが大事だと思います」

インプットとアウトプットを繰り返し、うまくいかなかったら改善する。基本的なことだが、実践するのは難しい。

コミュニケーション以外に、エンジニアリングマネージャーになるために必要なスキルはなにか。佐藤さんに聞くと「経営の知識」という答えが返ってきた。会社全体がどのように動いているのか、事業はどう成り立っているのか、お金はどう動いているのか。こうした経営について考えることもマネージャーには求められる。

「プロダクト開発する際、”つくりたい”という欲求が強く生まれるんですけど、本当につくるべきなのかは、経営視点で冷静に判断しなければなりません。もしかしたら、機能を削る選択肢もあるかもしれません。そして最後には、こうした選択肢から意思決定することがマネージャーには求められます」

経営の知識を身につけることで、成果への考え方が変わる。成果をあげるために、進行しているプロジェクトや、すでにある機能を削る必要が出てくることも考えられる。「マネージャーの仕事は意思決定である」とも言われるように、マネージャーが業務をするうえで多くの意思決定が求められる。決断力もマネージャーに求められるスキルの1つだ。

良いチームのつくりかた

良いチームとはどのようなチームを指すのだろうか。佐藤さんは「組織の目指すビジョンがあり、それを成し遂げるためのチームのことだと思います」と話す。会社によってビジョンは違うので、良いチームの定義も異なる。

良いチームはどうすればつくれるのか。佐藤さんは「自己組織化が有効」だと話す。

「良いチームをつくろうと思っても、一朝一夕でつくれるものではありません。つくれないときもあります。そのうえで、良いチームをつくるには、自己組織化が1つの有効な手段です。チームをスケールするうえで、マネージャーが指示を出せる範囲には限界があります。指示を出さなくても、実行してくれるチームは強いですよね。自律的に行動してくれて、それが組織の目指しているビジョンにフィットしていると、力強くて良いチームになります」

チームの自己組織化をサポートするには、適切な権限の委譲が必要となる。これもマネージャーの重要な仕事の1つであるといえる。うまく権限を委譲できれば、チームは自律的に行動してくれるだろう。

これからエンジニアリングマネージャーになる人に向けて

最後に、これからエンジニアリングマネージャーになる人に向けてメッセージがほしいとお願いした。佐藤さんは、これまでに自分が経験してきたことを踏まえて話をしてくれた。

「エンジニアリングマネージャーの仕事は楽しいんだよ、と伝えたいです。いろいろな事例や知識を自分のものにするためには、実践してみて自分なりに応用していかなければなりません。最初はうまくいかないのが当然です。そのときに、マネージャーの仕事は大変だなと思うのですが、そこを乗り越えると楽しい世界が待っています。その世界が見えるまで、エンジニアリングマネージャーの仕事を頑張ってもらえるとうれしいです」

 本書の裏表紙には「すべてのエンジニアへ、マネジメントの楽しさを」というメッセージが書かれている。佐藤さんの伝えたいメッセージが、ここに凝縮されていると感じた。

(取材/文:川崎博則

― presented by paiza

 

 

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