日々進化していくテクノロジーの影響を受けているのは、ビジネスパーソンだけではない。教育現場ではタブレットなどのICT端末が活躍し、家庭では最新の技術を取り入れたゲームが子どもたちを魅了する。
文部科学省が実施した実態調査によれば、全国の公立の小学校等の96.2%が「全学年」または「一部の学年」で端末の利活用を開始。筆者も、とある高校の全校集会がオンライン会議ツールを通しておこなわれているのを目にしたことがあり、自身が学生だったころの環境とは大きく変化していることに驚いた。
ツールは順調に整備されている一方で、学習方法はどうだろうか。学習の目的や学校により使い分ける必要はありつつも、端末を最大限に活かした学習法となれば、さまざまな可能性が広がりそうだ。
今回お話を伺ったのは、テクノロジーを活かした新たな授業の考案、ひいては「魔法」という斬新な学習カテゴリーの創出を目指す、株式会社GENEROSITYでCTOを務める平沼 真吾(ひらぬま しんご)さん。「魔法の学校」に取り組んでいる背景や、教育にテクノロジーを取り入れる可能性について、話を聞いた。
参考*1:端末利活用状況等の実態調査(令和3年7月末時点)(確定値)
大学ではXR (AR/MR/VR)や近未来UIの研究に従事。大学卒業後は東芝、富士通を経た後、海外を視野に会社を辞めて中国へ渡る。帰国後は「海外ノマドスタイル」でのワークスタイルを確立し、自社のサービスや複数のスタートアップのサービスを開発。2015年に株式会社GENEROSITYの創業時に参画。現在もCTOを務め、XRやDXを用いた体験をアップデートする研究開発や制作をおこなっている。
目次
魔法を使って、子どもたちが夢中で学ぶ環境をつくりたい
──まず、魔法の学校とは何か教えてください。
名前の通り「魔法」を教える場所です。国語、算数、理科、社会のように「魔法」という科目があったらおもしろいと思って。
──な、なるほど。たしかにおもしろいんですが、具体的にはどういうことを教えるんですか?
実際にお見せしますね。用意するのはキャンドルと杖。そしてローブを着ます。
──言われた通り、私もハリーポッターのローブ(レイブンクロー)を持ってきました。
いい感じです。さて、キャンドルに向かって杖を構えて、上に振ると……。
──灯りがついた!!!
魔法が実在するかどうかはさておき、技術を通して教育に活かしていくのが、魔法の学校の狙いです。クラークの三法則の第三法則に「十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない」という言葉があって。たとえば、携帯電話という手のひらサイズの小さな無線の箱で遠くの人と通話している姿って、昔の人からすると魔法のように見えるのではないでしょうか。
ちなみに、いまお見せした魔法は、杖形のリモコンにシグナルとなる動きを記憶させて、LEDのキャンドルと連動させることで実現しています。
──これはテンションが上がりますね。子どもなら、なおさら。
普段の生活では当たり前になっている技術も、こうやって見るとおもしろいですよね。
──なぜ、魔法の学校を始めようと思ったんですか?
わたしは子どものころ、勉強がすごく嫌いだったんです。何に使えるのかも、何がゴールかもわからないまま、親や先生から言われるがままにやらなければいけない勉強が苦痛で。加えて、教える側の先生たちも楽しそうには見えない。
子どものころから抱いていた「もっと楽しく学びたい」という想いから始めたのが魔法の学校です。まだまだスタートしたばかりで、手探りですけどね。
「楽しく学ぶ」方法としてなぜ魔法を選んだかというと、単純に魔法への憧れがあったから。それから、高校生のとき美術の先生に言われた言葉もひとつのきっかけになっています。「集中力には『力』が必要だけど、夢中には必要ない。夢中になって没頭できるものはすばらしい」と。
たしかに、子どものころやっていたサッカーは時間なんて忘れて夢中で没頭していました。好きなものや興味が湧くものをフックにできたら、勉強も夢中で楽しめるんじゃないかなと思ったんです。勉強への時間感覚を変える魔法をつくりたくて。
──実際の取り組みとしてはどんなことをされているんでしょうか。
現在は、小学生をメインの対象にして、いくつかの小学校で実際に授業をおこなっています。先日は新宿区立柏木小学校でおこなわれた、「まなびのマルシェ」という特別授業のプロジェクト内でワークショップをおこないました。
教材のコンセプトは「触っていて楽しい」と「何度も触りたくなる」のふたつ。さきほどのキャンドルを使ったものや、クロマキー合成技術を使った透明マントなど、子どもたちが楽しめるような見せ方を通して、どんな仕組みなのかを解説します。
──魔法を教育に組み込んでいくうえで、コツはありますか?
人間は「創造すること」と「干渉した世界から反応が返ってくること」を楽しいと感じる生き物です。ピアノの鍵盤を押すと音が鳴るって、初めて触ったとき感動しませんでしたか?さらに、組み合わせて音楽を創るとさらに楽しくなる。そういった性質を組み込むことは意識していますね。
これはまだ実現できていないのですが、今後は別のアプローチとしてARやVR、あるいはMRの技術を用いた教科書をつくっていきたいと考えています。立体的な日本地図や、自分の手で結合したり解離させたりできる元素記号。おもしろい表現方法はたくさんあると考えています。
──具体的にはどのようにカリキュラムに組み込んでいくのでしょうか。
現代は「情報」に関するカリキュラムが設定されていますよね。これは文部科学省が「これからの時代、コンピュータの知識やスキルは必須だ」という判断をしたから生まれたものなんです。
つまり、きちんと筋が通った学問体系のもと申請すれば、カテゴリとして認めてくれる可能性があるということです。
さきほど話に出た柏木小学校の竹村校長先生は、「みらい科」を文部科学省に申請して認めてもらったらしくて。その一環として魔法の学校を実施させてもらえたという背景があります。
ただ、魔法の学校の場合は、必ずしも義務教育の学校ではなくて、私塾のような形でもよいと考えていますが。
「やりたいこと」を実現させるためには、口に出して言い続けること
──何事も前例がないなかでの実現はハードルが高いものですが、一番初めの授業はどうやって実施したのですか?
魔法の学校をやろうと決めてから、いろいろな知り合いに「こういうことをやりたい」と話していて。その中で最初に声をかけてくれたのが、デジタルハリウッド大学でゼミを持っている教授でした。やりたいことは口にして、言い続けることが大事だとあらためて思いましたね。
だから、初めての授業は大学生への実施だったんですが、反応を見て大人へ持っていくにはまだ早いなと感じて。狙いである「驚き」からの導入がうまくいかなかったんですよね。
あらためて、対象を小学生に絞って機会を探っていたときに、いろいろなイベントを企画している中学生の子に協力してもらえることになって。
──待ってください。中学生の子ですか?
はい。小学生のころから活躍している井上美奈ちゃんという子がいて。彼女は、小学4年生のとき、クラウドファンディングで資金を集めてエストニアへ渡航して、そのときの経験を取り入れたアイデアをもとにEdTech Asiaでピッチをやっちゃうスーパー小学生。現在は中学生になっていて「誰でも未来に貢献できる」というテーマを掲げた法人「TSUNAGU OÜ」のCEOも務めています。
初めて会ったのは、わたしが過去に運営を手伝っていたイベントに参加してくれたとき。当時から美奈ちゃんは、地方の小学校に対して「起業」や「サービス作り」についてのイベントを開いていて、そこで授業をやってくれないかと相談してくれたんです。
実際に授業をすると、すごく反応が良くて。やっぱり、まずは小学生向けにやるべきだと確信しました。
魔法の学校で目指すもうひとつのゴールは「日本の経済を盛り上げる」こと
──今後のビジョンについて教えてください。
まずは、もっと教材を充実させてパッケージ化していかなければいけません。新しい取り組みに前向きな小学校を中心に、積極的にアプローチしていきたいと思っています。
それから、魔法の学校には「日本経済を盛り上げる」という裏テーマがありまして。
バブル崩壊後の経済停滞を表現して「失われた20年」、今や「失われた30年」とまで言われていますが、このまま何も手を打たなければ40年、50年と伸びていくと思っています。
個人的には、日本が誇る漫画やアニメなどのコンテンツを活かせるシーンをもっとつくっていきたいなと考えていて。魔法の学校をそのひとつにしていきたいですね。
たとえば、魔法が登場するコンテンツと授業の教材をコラボさせることができれば、話題性は広がります。ハリーポッターを筆頭に、魔法は世界共通のエンタメなのでグローバルに向けたブランディングも視野に入れて、可能性を探っていきたいです。
──最後に、魔法の学校を通して子どもたちに伝えたいことを教えてください。
スケールの大きい話をしましたが、根底にあるのは始めた動機である「楽しく勉強をしてほしい」という想いです。そして、魔法の授業が「物事の見方が変わるきっかけ」になればいいなと思っています。
過去の自分もそうでしたが、授業って受動的に受けているだけではつまらないものなんですよね。能動的に疑問を抱いたり、当たり前だと感じていることにも目を向けることで勉強は楽しくなる。魔法の体験を通して、自分で知識を獲りにいくことの面白さを伝えたいです。
わたしの本業はあくまでもGENEROSITYのCTOで、目の前の仕事にも日々向き合っていますが、魔法の学校はGENEROSITYの「人々に感動・愛着・熱量を創出する」という理念に沿っています。技術的にも、XRやハードウェア制御など、同じものを使っているので、相乗効果はあると思います。
長年やりたかった「魔法の学校」について考えているときは本当に楽しくて。自分も楽しみながら、これからもっと多くの人を巻き込んでいきたいです。