まっすぐな瞳の奥に滲む信念と優しさ。初対面の瞬間に感じた印象は、取材を通して、尊敬と親近感に変遷していった。

藤田康男氏。

法人向けオンライン相談窓口「Smart相談室」のCEO。

人が抱えるちょっとしたモヤモヤ。その段階からカウンセラーに相談してもらうことで、メンタル不調に陥ることを防ぎ、従業員の生産性を向上させるサービスだ。

SmartHRグループの一企業として2021年2月に設立され、そのサービス利用社は拡大の一途をたどる。

人の心と触れ合うサービスはいかにして生まれ、今日に至ったのか。それを探りたく、藤田氏の幼少期の話から、コアな事業に関することまで、話を伺った。

ルーツは「岡山と水泳練習」

経営者の創業には理念を伴うことが大半だが、その考えに至ったその人の価値観やルーツは意外と知らないことも多い。今回の取材に際し、私はまずそれが気になり単刀直入に伺った。

「僕は岡山県の生まれ育ちなんです。岡山県は日照時間が長い県なのですが、その中でも僕が育ったところはめちゃめちゃ晴れる街で。瀬戸内のほうでおだやかなんですよね。

それが明らかに性格的に効いていると思います。

いつもニコニコしちゃってて、みんないい感じで無理せずにやっていこうよ!って思っているんですけど、そこからきているのでしょうね」

「幼少期から水泳をやってたんですよ。水泳ってリレーでもない限りは個人プレーじゃないですか。でも実は、チームで声をかけ合わないとすぐメンタルがダメになっちゃうんです」

実際プロの水泳選手でも、五輪でメダル獲得が増えていったのはチームで練習することの重要性が認識されてからだ。

個人のスキルを向上させるためには、個人の練習だけでなく、チームとしての環境作りが大切。他の選手も頑張っているとか、選手同士で声掛け合うなどだ。

これは会社組織に置き換えても同様のことが言える。当たり前に聞こえることだが、意外と疎かになりがちなことでもある。

「これがきちんとしていると、会社組織もうまくいくんですよね。これがまず、僕の仕事における基本的な考え方になっています」

メンタルを崩してからの対症療法じゃ遅い

藤田氏は、30歳を過ぎてマネジメントをする立場となった。そこで今の「Smart相談室」設立に至る出来事が起きた。

「当時、会社の事業はいたって順調で、組織も大きくなっていく途上でした。

しかし、そのころから調子の悪い人が出てきてしまっていました。会社の雰囲気がすごく悪いとかでもないんです。

対応しなければと思い、外部のサービスとか仕組みとか試しました。それでもやはり調子の悪い人が一定量、出続けてたんです」

「これはサービスが悪いとかではなかったのです。そういうサービスとかって調子が悪くなった人に対するものなんです。対症療法というか。

いやいや、調子が悪くならなくなってほしいんだよと。お医者さまにも相談したのですが、いやそれはそうよと」

たしかにメンタルに限らず体調を崩してから医者に行くケースは多い。健康な状態で医者に行っても、医者にできることは限られるわけだ。

どうしたらよいものかと考えた藤田氏は、既存の仕組みを変えるべきとの考えに至る。

「10年くらいかけて腹落ちしていったんですよね。それがSmart相談室に繋がっていきます。こうなったら自分でやろうと思ったわけです」

藤田氏が今のサービスに信念を持って取り組んでいることには私も腹落ちしたが、もう一つ疑問が残った。

イチからの起業ではなく、SmartHRのグループ会社として起業したということだ。

「本当にたまたま、SmartHRで社長ポジションを募集していたんです。新しい会社をつくるという募集です。それで創業者の宮田さんと会って事業の話をしました。意気投合して出資いただいたという流れですね」

こだわりが感じられるUI/UX

「Smart相談室」のサービスページを最初に見終えた後、ある疑問が浮かんだ。メンタルに関するサービスなのだが、とっつきにくさがない。要するにUI/UXデザインに相当なこだわりがあるのではないかということだ。

「メンタルヘルス領域のサービスは、元来少し硬いUI/UXなんですよね。業務ソフトって言われることもあって、それが普通でもあるので悪いというほどではない。

ただ、もし僕がユーザーとして使おうと思った際、積極的に使いたくないなと。ユーザーフレンドリーでなきゃいけないというところから考え始めたわけです」

その考えから生まれたサービスコンセプトは3つだ。

1.エモい

2.めっかわ(めちゃくちゃかわいい)

3.誠実

要するに、

1.感情に寄り添いながら、思いをきちんと受け取ること

2.みんなが求めるデザインは可愛かったり、いいねって思われる

3.嘘のないありのままのサービス

ということだ。

「これを体現していった結果、今のUIデザインに行き着きました。

細かい部分だと、なるべくフォントを太めにするとか、角を作らないとか、グラデーションとかシャドウをしっかり使うとか、そういう部分は非常にこだわっています」

次にユーザーが使いやすいUXデザインのこだわりについて伺った。

「次の動作がわかるUXデザイン設計にしています。ここを押すんだなと誰もが直感的にわかるとか。あと何回くらいかわかるとか。そういうのをまず心がけています。

また、常に改善をしていくためにPDCAを回しやすく、ABテストがしやすい設計にもしています。表示切り替えとか色味とかを検証できるような作りにしていますね」

「Smart相談室」では、PDCAは週次で回している。毎週火曜日に会議があり、その中で変えるか続けるかや、もう少し様子見するとかの判断をしている。

ビジネスにおいては、検証事項や課題、そしてもう少しこうしたほうがいいのではという理想は日々積み重なっていくものだ。それが溜まる前に、週次で判断や改善を重ねていくことはマネジメントレイヤーの参考になるのではないだろうか。

では、週次で回らない大型開発などはどうしているのだろうか。これに関しては分けて組織しているようだ。

「エンジニアグループの構成を大型開発とPDCAに分けています。大型開発は別で走らせているわけです。これはPDCAで回しておらず、チャート上とかアジャイルの確認をしています」

ときには利用者からの厳しいご意見も

どのようなサービスでもユーザーからの厳しいご意見は付きものだ。「Smart相談室」でもそれは同じだ。では、「Smart相談室」はそれらをどのように活かしているのだろうか。

「捉え方として、痛烈なご意見は大変ありがたいです。改善に活かせるので」

カウンセリングはサービス利用者とカウンセラーの対話であるため、そこには当然相性がある。しかし、だからといって「相性だから」で片付けず、注意している部分がある。

「サービス利用者が感じている評価と、カウンセラーが感じている評価とが分かれることもあるのです。サービス利用者から高評価なのに、カウンセラー的にはイマイチとか。その逆もあります」

ここで両方とも悪いと思っている場合は、その原因を探っていく作業になる。それは改善がしやすいとのことだ。しかし、たしかに双方の評価に乖離があると、どう対応したらよいか、すぐには思い付かない。

「そういう場合はお時間をいただいてインタビューをします。インタビューをすると、その際の精神状態がより深く知れたり、それに伴うカウンセラーによるアプローチ方法の改善とか、さまざまな課題や改善点が見えてきたりするんです。痛烈なご意見や評価の乖離は一見大変に見えますが、僕らにとっての宝ですね」

これを聞いてとてもすばらしい企業姿勢だと思ったが、正直なところそこまでやる必要があるのかとも思った。満足度0では問題はあるかもしれないが、限度もあると思ったからだ。

「通常のカウンセリング業務ではそこまでやらないです。しかし、僕らはそれをしますし、できます。それによって日本のカウンセリング業界の今後についても大変いい貢献をしていると思います」

では、UI/UXに関する改善はどのように考えているのだろうか。

「そもそも使わない機能みたいなのが結構ある。もともとは導入すべきだと思ってつくりました。きちんとヒアリングしながら開発していますが、どうしても外してしまうことがあります。改善こそ行いますが、それ自体をいかに排除していくかは課題ですね」

また、「Smart相談室」ではデフォルト表示をいかに最善とするかを重要視している。デフォルト表示とは、日程を選ぶ際に何日先まで表示させるとか、そういった基本表示の部分だ。

「たとえば、ホテルや航空券の予約をする際に何日間くらい先まで確認するかとか。そういった検証や改善をSmart相談室では重要視しています。

改善を繰り返していく中で、UI/UXに違和感を覚えない、負担のないサービス利用をしていただきたいと考えています」

Smart相談室の意外な使い方

「Smart相談室」の良さが腹落ちしていくにつれて、使ってみたい気持ちが沸々と湧いてきたが、同時に「どういう使い方がよいのだろう」と疑問も湧いてきた。メンタル不調になる前の相談とは、何をどう相談すべきなのだろうか。

「利用者の多くが当初の相談と異なる着地点になります。たとえば、仕事で悩んでいますと相談してきたが、話を聞いていくと実際はプライベートで悩んでいたりとか。

これは強がりとかではなく、カウンセリングの中でそういう気付きを得るんです。俺仕事で悩んでいると思ったけど、仕事じゃなくて彼女とうまくいっていないからもんもんとするんだとか。

それがすごく多いんですね。サービス利用者たちもとても驚くんですよ」

なるほど。たしかに若いころ友人に話を聞いてもらって、その過程で原因がふと見えてきたりと、そういう経験を思い出した。

とは言うものの、やはり切り口としては仕事の相談が多いのだろうか。これがそうでもないらしい。

「プライベートにおける相談が非常に多いですね。当初は仕事の相談が多くなるだろうと思っていたが、プライベートの悩みを打ち明けて心が軽くなって、結果的に仕事の生産性向上にもつながるケースが非常に多いです」

ところで導入を決めた企業側はどう思っているのだろうか。

「企業様の担当者は、想定以上に社員の利用者が多いということに驚かれます。中には導入した企業社員の20%ぐらいが利用するんです。

相談件数が多いと企業様は不安に思うようですが、その後メンタル改善による生産性向上が数字で目に見えてきて喜ばれるケースが非常に多いです」

メンタル不調を事前に防ぐことを目的としているが、それこそ心身ともに元気と自分では思っている者は利用しないほうがよいのだろうか。

「調子が悪くない人もカウンセリングを受けていいんです。普通の人もめっちゃカウンセリングを受けるんですよ。

その人たちがカウンセリングで結構モチベートされて、目標管理とかを自分でするようになりパフォーマンスが上がるケースも多いです。

そいういう意味で経営者の方にも多くご利用いただけています」

気軽に相談していいんだよ

人に相談することにハードルを感じる人が一定量いるはずだ。私自身もその類であり、その思考回路から企業導入を悩まれる担当者もいるのではないだろうか。

「まずは世界観というか、相談すること自体が悪いことではないです。気軽に相談していいんだよという、広報とか情報発信をよりしていこうと思っています。

また、「Smart相談室」の利用が、経営にどうインパクトを与えるか。それがわかるようなレポートもしっかりと届けていきたいと考えています」

取材後記

終始言葉に尊敬と親しみを感じた穏やかな取材時間となった。

その後の撮影時にも知り合いが通ると手を振ったり、藤田氏の人柄を表す場面に遭遇した。この優しさと信念が「Smart相談室」のサービスの優しさに宿っているのは言うまでもないだろう。

イギリスにおいてコモン・ローの法思想を理論化したエドワード・コークは

「法は人が手に入れることができる最もたしかな聖域、最も弱きものを守る最強の城砦である」

という言葉を残した。法律は人を助けるということだ。

話が脱線したように見えるが、、この言葉を紹介したのには理由がある。

エドワードコークが生まれたのは、1552年2月1日。

「Smart相談室」が設立されたのは2021年2月1日だ。

長い年月を経て「人を助ける」という目的において共通項を感じざるを得なかった。

今回私はイチ取材をしただけではあったが、帰り道の私の心は軽かった。「Smart相談室」のCEO(=人)のパワーを感じた。

一社でも多くの企業が「Smart相談室」を導入し、一人でも多くの人のメンタルが救われ、企業の生産性が向上されれば喜ばしいことだ。取材を終えた今、私は心からそう願っている。

(取材/文:柳下修平、撮影:渡会春加

presented by paiza

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