私はフリーランス20年目に突入した40代のライターです。フリーゆえの不安定さはあれど、取材で国内外あちこちに行けて、ユニークな体験ができたり、面白い話を聞けたりと、好奇心を満たしつつ自由度の高い働き方ができています。
さて、ライターと言えば言葉のプロ。当然、文章表現には気を使います。よく面接で使われる「優柔不断」→「思慮深い」、「計画性がない」→「柔軟に行動できる」の言い換えのように、表現ひとつで読み手に与えるイメージはがらりと変わってしまうからです。
相手のやる気を引き出したり人を動かしたりする「言い換え」をテーマにした書籍は、ビジネス・自己啓発カテゴリのみならず、子育てカテゴリでも人気があります。
「言い換え力」を身につければ、コミュニケーションスキルは向上するでしょう。しかし、もしかしたらそれ以上に大事なのは「認識変換力」かもしれない……。私がそう感じたのは、喜多川泰さんの著書『運転者 未来を変える過去からの使者』を読んだからでした。
運は貯めてから使うもの
「実力はほぼ変わらないのに、なぜあの人ばかり次々と魅力的な仕事が舞い込むのだろう」そんなモヤモヤした気持ちを抱いてしまうとき、つい「運」のせいにしたくなります。
- 「あの人はその業界にツテがあるから」
- 「親/パートナー/友達が〇〇だから」
- 「たまたまそのポジションにいたから」
私は頑張っている、でも運が悪いんだから仕方がないじゃないか、そう言いたくなります。でも、同時にふと思うのです。これって他責思考だよな、と。
”運は<いい>か<悪い>で表現するものじゃないんですよ。<使う><貯める>で表現するものなんです。先に<貯める>があって、ある程度貯まったら<使う>ができる。運は後払いです。何もしていないのにいいことが起こったりしないんです。周囲から<運がいい>と思われている人は、貯まったから使っただけです。”
『運転者』の主人公・修一が乗った、乗客の「運」を「転」ずるという不思議なタクシーの運転手は、運は後払いだと説明します。貯めてもいないのに使うことができないのは、お店のポイントカードと同じ。つまり、頑張っても報われないのは、まだポイントカードがいっぱいになっていないだけで、貯まればちゃんと使えるというのです。
それを読んだとき私が思い出したのは、以前訪れたタイの寺院で「タンブン」を行う人々の姿でした。タンブンとはタイの上座仏教の言葉で、善行を行い徳を積むこと。お寺への寄進だけでなく、物乞いに施しをするのもタンブンです。徳を積むことで自分も家族も幸せになれ、現在だけでなく後世にも良い影響を与えると考えられています。
これって善行の貯金、つまり運のポイントカードにスタンプを貯めているのと同じですね。とはいえ、頑張っているのにちっとも報われないと感じるとき、羨ましくなるような仕事がよりどりみどりの人を見ると、認めたくない感情がふつふつとわき起こってきます。
「むしろよかったんじゃないか」の発想
頑張っているけれど、運が悪いのだから仕方がない……。そう思っているとき私の眉間にはしわが寄り、不機嫌なオーラを発していたに違いありません。オンラインで顔が見えないとはいえ、そうした心のありようは打つ文字の端々から伝わってしまうでしょう。
本書では、運を貯めるのには「いつでもどこでも、明るく楽しくいること」「起こることを楽しむこと」が大切だと書かれています。未知のものに対して、損得勘定ではなく好奇心を持って向き合えば、運は好転していく、と。
プラス思考が大事なのは、私だってわかっています。そうはいっても、気の持ちようだけでいい案件を獲得できたり、売上を伸ばせたりするなら苦労しないよ、というのが本音です。理不尽な出来事に直面したとき、「起こることを楽しもう」なんて到底思えません。
真剣に取り組んでいた案件が先方の事業方向転換で白紙に戻ってしまったり、結果的に契約が終わったりしたときは、やはりショックですし、空しい気持ちにもなってしまいます。
でも、この本を読んでから振り返ってみると、ちゃんと以下のようなことが起こっていることに気づいたんです。
- 急な先方都合で業務委託契約が終了してしまった
→数か月後、その委託先で知り合った人から別の仕事を依頼された - 知人が困っていたので、手間がかかるわりに報酬が安い仕事を請けた
→半年後、その成果物を見た人から評価され、非常に魅力的な仕事を依頼された - この編集者さんと仕事できて嬉しいと思っていたのにメディアがクローズした
→その編集者さんが転職して、その転職先企業のメディアから執筆を依頼された
そのときはそうと気づきませんし、もっと言えば「不運」だと捉えていました。「あれがターニングポイントだったんだな」とわかるのは、いつも後になってからです。場合によっては、数年後ということだってあります。
だとすれば、理不尽な出来事に直面したとき、ただ嘆くよりも「これが何かのきっかけになるのかもしれない」「むしろよかったんじゃないか」と考えていくのが良さそうです。
運の転機に気づくには上機嫌でいること
”運が劇的に変わる時、そんな場、というのが人生にはあるんですよ。それを捕まえられるアンテナがすべての人にあると思ってください。そのアンテナの感度は、上機嫌のときに最大になるんです。逆に、機嫌が悪いと、アンテナは働かない。だから、最高の運気がやってきているのに、すべての運が逃げて行っちゃうんです。”
運が好転するときは、はっきりとわかるドラマチックなことが起こるわけではなく、後から考えて「あそこが始まりだったな」とわかるだけだそうです。
人やものとの出あいを無駄にしないためには、起こったことを素直に受け入れて楽しむのがコツ。それはライターに限らず、どんな仕事にもいえるのではないでしょうか。
この先、仕事や人間関係で「なんで私だけがこんな目に遭うんだ」と思いそうになったら(認めたくない感情がわいてきて呪いの言葉を吐きそうになったら)、「むしろよかったんじゃないか」とおまじないのように唱えてみようと思います。
ハードモードのときも、運のポイントカードを貯めている真っ最中だと認識変換できれば、運の転機に気づけて、予想もしないステージに進めそうです。
『運転者 未来を変える過去からの使者』がAmazonで9800件を超える評価が付き、7割以上の人が星5つを付けているのは、この本がどんな職業・年代の人にも刺さるからでしょう。決して押しつけがましくなく、自分の人生について考えるきっかけを与えてくれる本です。
(文:ayan)