わたしは普段からよく散歩をします。
タスクに追われて頭の中がごちゃごちゃしているとき。
悩みごとがあって心がモヤモヤしているとき。
1日中家に閉じこもっていたせいで身体を動かしたくなったとき。
気持ちのよい気候のとき。
タイミングはさまざまですが、わたしが散歩の秘める力をとくに感じるのはネガティブな状態のときです。それまで持っていたモヤモヤが、ただ散歩をするだけでなんとなく改善される。あくまで「なんとなく」であり、その理由については「外の空気を吸うことでリフレッシュになっているのだろう」くらいにしか考えていませんでした。
そこでふと、散歩の効果について科学的な根拠を知りたくなり、手に取ったのが『ひらめく!ひとり散歩ミーティング(著・有田 秀穂)』です。脳生理学者、医師としてセロトニン研究を続ける著者が、散歩がもたらす効果を脳科学的に紹介している一冊です。
本書で紹介されている「なんとなく感じていた散歩の効果の根拠」を学ぶことで、また「活躍しているビジネスパーソンが散歩に助けられたエピソード」を知ることで、散歩の魅力が再確認できると思います。
目次
散歩はセロトニン神経を活性化させる
外の空気を吸いながら、ゆっくりと自分のペースで歩く。すれ違う人や天気について考えているうちに、さっきまで頭の中を締めていたモヤモヤが晴れていく。
散歩を通してこのような経験をしたことがある方も多いのではないでしょうか。これは「歩行」というリズム運動によって、脳内のセロトニン神経が活性化された結果だと著者は唱えています。
「セロトニンは幸せホルモン」と俗称されるほど、人が心地よい生活をするために欠かせない存在。セロトニン神経は、ネガティブな気分の解消を司っていたり、自律神経を整えたり、さらに顔つきや姿勢をシャキッとさせたりなど、心や身体に大きな影響を与えます。
脳内セロトニンの分泌を積極的に増やす因子は、以下の3つとされています。
- 歩行、呼吸、咀嚼などのリズム運動
- 太陽光(高照度の電灯光)
- グルーミング(毛繕い行動。人間の場合、マッサージやおしゃべりなど)
つまり「太陽の光を浴びながらの散歩」はセロトニン神経が積極的に活性化されている状態だと言えます。散歩をするとなんとなく気分が晴れる秘密はセロトニンにあったのですね。
反対に、セロトニン神経の活動を妨げる因子はストレス。
人と比べることでもないですが、わたしはストレスを感じやすい性格だと自覚しています。最近、よく耳にするようになった「HSP」気質なのでしょう。音や光など外部からの刺激が苦手で、相手の言葉や表情ひとつから吸収してしまう情報が多いため、結果的に受けるストレスが大きくなってしまう(らしい)のです。
日常のストレスをまともに受けていたらキリがないので、2年前あたりから「ストレスをなるべく減らす生活」を心がけてきました。
具体的には、1週間で人と会う回数を決め、予定が空いていても自分の状態と照らし合わせながら決める。外に出るときは温度調整がしやすい服を着て、サングラスをつける。人の多い場所にはなるべく行かない、などです。
しかし、この本を読んでハッとしました。快適に過ごすための手段として「ストレスを減らすだけでなく、セロトニンを自力で増やすアプローチもアリかも!」と。
ストレスに気を取られていると、刺激の多そうな挑戦をすることが難しくなってしまいます。しかし、セロトニン神経を活性化させる手段を知っておけば、多少のストレスを引き受けたとしても回復が早そうです。
これからは「ストレスを減らす」ことだけを頑張るのではなく、同時にセロトニンを増やす行動を積極的にしていこうと思いました。しかも、こんなに身近な手段で増やせるのですから、活用しない手はありません。
インスピレーションを司る「直感脳」
散歩によるセロトニン神経の活性化は、仕事にも役立てることができます。
著者は仕事で使う脳として、言語や論理を処理する「言語脳」と、入ってきた情報の可否や正誤の判断を下す「仕事脳」、インスピレーションを司る「直感脳」の3つを挙げています。
資料に目を通すことで「言語脳」が働き、「仕事脳」を使って情報を集約しながら最適な意見を考える。仕事中の自分に置き換えても、なんとなくイメージができます。
こういった通常のミーティングの環境では「直感脳」が働く余地はありません。直感とは、言語や論理を超えた脳の働きのことだからです。つまり、「直感脳」を呼び起こすためには「言語脳」と「仕事脳」を休ませる必要があるのです。
さらに「直感脳」の活性に関与しているのが、セロトニン神経。そして、セロトニン神経を活性化させるための手段として本記事の主役である「散歩」が出てくるわけです。
おもしろいなと思ったのは、著者が「散歩の際は慣れ親しんだ道を歩く」ことをお勧めしていたことです。「散歩によるひらめき」というと、なんとなくニュートンが落ちるリンゴを見て重力を発見したときのような情景が浮かびます。
しかし、目的はインプットではなく、セロトニン神経の活性化。見知らぬ景色では「仕事脳」が働いてしまうため、頭を使わずに済む「慣れ親しんだ道」もしくは「自然のなか」を歩くのがよいのです。
わたし自身はと言うと、これまで企画系の仕事で行き詰まった際に散歩をすることはありましたが、歩きながら仕事について考えすぎていたように思います。アイデアのヒントを得ようと書店に行ってしまったり、休憩しながらスマホで調べ物をしてしまったり。
振り返ってみると、そのせいで情報が頭の中に増え、余計にごちゃごちゃとしてしまうこともありました。「何も得られなかった」とその時間を悔いてしまうことも……。仕事に行き詰まったら、インプットで補おうとするのではなく、「直感脳」に託す感覚で散歩をするのがいいのかもしれません。
交渉に最適な「散歩ミーティング」
本書のタイトルにもなっている「散歩ミーティング」。これは(関係値のある相手となら)ぜひ実行してみたいと思えるものでした。
さきほども述べたように散歩をすることで「言語脳」と「仕事脳」を休ませた状態であれば、「直感脳」が働き始めます。これは、たとえ誰かと一緒に散歩をしている状態だとしても有効です。ロジックに捉われない、アイデア出しのミーティングには最適と言えるのではないでしょうか。
また「散歩ミーティング」は交渉とも相性がよい、と著者は述べています。その一例として挙げられているのが、アップル創業者であるスティーブ・ジョブズのエピソード。ジョブズのアップル復帰をめぐって、ジョブズ本人と当時アップル社のトップであったギル・アメリオが交渉を繰り返していたときのことです。
ジョブズの語るビジョンが、まるで魔法のように人の心に訴えかけることは有名な話。当然、そのことを承知していたアメリオは、ミーティングの前に「徹底的に論理で進む。カリスマ性は回避する」と心に刻んでいたそうです。
しかし、ジョブズに散歩を持ちかけられ一緒に歩きながら話しているうちに、その誓いは一変。ジョブズの復帰交渉は「散歩ミーティング」ですんなりと成立したのです。アメリオはそのときを振り返って「長年の友人のような気分になりました」とも発言していたそう。
これは散歩によりセロトニン神経が活性化されて、論理的な思考(損得勘定)や記憶(これまでの確執)を司る大脳皮質が抑制されたからだと、著者は考察しています。
「ミーティング」でこそないものの、散歩をしながらの会話によって、友人との心の距離がグッと縮まった経験はわたしにもあります。お互い散歩が好きだという話で盛り上がったことをきっかけに、その友人とは「食事」ではなく「散歩」でコミュニケーションを取るようになりました。
これは感覚ですが、同じ回数で比べたとしたら、食事より散歩のほうが心理的な距離が縮まる気がしています。その理由として
- 多少、無言になったとしても「歩く」という行動を共有している一体感がある
- 横並びで顔を見なくていいので、言葉以外の余計な情報が入ってこない
- 「外」という開放的な空間なので、なんとなく心も開ける感じがある
あたりを考えていましたが、この「心が開ける感覚」というのはまさにセロトニン神経の活性化によるものなのかもしれません。散歩するのはタダですし、お会計のことも考えなくていいので「損得勘定が抑制される」という状態とも相性がいいのかもしれませんね。
わたし自身、コミュニケーション手段の一つとして「散歩」の力は感じていましたが、これからは一つレベルアップして「散歩ミーティング」を実践してみたいです。「散歩ミーティング」を受け入れてくれる相手となら、なんとなく楽しく仕事もできそうですし。企業にも「会議室」じゃなくて「会議道」なんてあったらおもしろいですね。
散歩は継続することでより効果を実感できる
著者は散歩を継続することも推奨しています。セロトニンの活性化を継続することで「直感脳」が働く状態を作りやすくなるからです。
アスリートが、体験談として話すことの多い「ゾーン」という言葉をご存知でしょうか。「言語脳」や「仕事脳」などの「知力」が鎮静化されながらも眠くはない状態は、アスリートが体験する「ゾーン」に通ずるものがあるそうです。
体が勝手に動く「ゾーン」状態は、もちろん長年の繰り返し練習による土台があってこそ発生するもの。同じように、「直感脳」がより活発に働きパフォーマンスを発揮するためには、継続的にセロトニン神経を活性化させる必要があります。
気分転換としての「散歩」であっても継続的におこなうことで、インスピレーションが湧きやすい脳の状態を作ることができるのです。本書では、散歩を習慣に取り入れていた偉人たちがたくさん紹介されています。散歩がより楽しくなる1冊、ぜひ読んでみてください。
(文:たけもこ)