BCG マネージング・ディレクター & シニア・パートナー、BCG X 北東アジア地区リーダーの平井 陽一朗さん

商社や世界的なエンターテインメント企業の日本法人、上場企業の社長兼CEOなどを経験してきた平井 陽一朗さん。これまでに5社で働いてきた経験を持ち、多くの「キャリアの決断」をしてきた。

現在は、ボストン コンサルティング グループ(BCG)のマネージング・ディレクター & シニア・パートナーとBCG Xの北東アジア地区リーダーを務める平井さんのCareer Decisionとは――。

関連記事:BCGのデジタル専門家集団ヘッドが語る、イノベーション成功の極意|求めるのは「役割を越える人材」

BCG マネージング・ディレクター & シニア・パートナー、BCG X 北東アジア地区リーダーの平井 陽一朗さん

平井 陽一朗 さん プロフィール
BCG マネージング・ディレクター & シニア・パートナー、BCG X 北東アジア地区リーダー。
三菱商事を経て2000年にボストン コンサルティング グループ(BCG)に入社。その後、ウォルト・ディズニー・ジャパン、オリコンCOO、ザッパラス社長兼CEOを経て、2012年にBCGに再入社。キャリアを通し、一貫して事業開発に関わっており、とくにデジタルを活用した新規事業立ち上げやイノベーションの創出を多く主導。 2016年にBCGデジタルベンチャーズ東京センター(現BCG X)を立上げ、同年よりジャパン・ヘッド、2021年からはアジア・パシフィック地区のヘッドとして組織をリードした。現在はBCG X北東アジア地区のリーダー。

就職先に三菱商事を選んだ理由

平井さんのキャリアは商社からはじまった。新卒で商社を就職先に選んだのは、学生時代をアメリカで過ごした経験が大きかったという。

「高校卒業までの大半をアメリカのニューヨークで過ごしました。そのとき、周りにいる日本人の知り合いや友人の父親に、商社で働いている人が多かったんです。それで、なんとなく商社で働いて大好きなニューヨークに赴任できたらいいな、と軽い気持ちで思っていました。

商社のなかでも三菱商事を希望したのは、メディア産業に関わりたかったからです。当時、三菱商事は『ディレクTV』という衛星放送サービスに出資していました。私はケーブルチャンネルがたくさんあるアメリカで育ってきたので、日本はなんてメディアが少ないのだろうと感じていました。それで、マルチメディアを実現したいという想いがあったんです。ドラマや映画といったコンテンツ制作に関わりたいという憧れみたいなものもありました」

メディアに関わる仕事をしたいと考えていた平井さん。放送局の内定も得ていたが、商社でもメディア関連の仕事ができると考え、入社を決めたという。しかし商社には、必ずしも希望した部署に就けるとは限らない、いわゆる配属リスクがあった。

「当時は配属希望部署を8つくらいリストアップする決まりがあり、第1希望にコンテンツ関連部署を挙げました。そこに行けるものだと思い込んでいたのですが、第2希望だった自動車関連部署への配属になりました。これが私にとっては青天の霹靂でして、ショックを受けましたね。いま大人になってみれば、当たり前だろうと思いますけどね」

平井さんはアメリカでの生活が長かったため、米州・豪州チームに配属された。ただ、実際に担当になったのは、アメリカではなく南米だった。

「いざ南米へ行ってみたら、おもしろかったですね。三菱商事で多くを学び、すごく成長させてもらいました。三菱商事には大変感謝していますし、当時の自分を褒めてあげたいくらい、新卒社員としてはとても頑張ったと思います」

平井さんはコロンビアでジョイントベンチャーを設立するなど、自身が話すように活躍した。

BCGに転職し、インターネットに出合う

BCG マネージング・ディレクター & シニア・パートナー、BCG X 北東アジア地区リーダーの平井 陽一朗さん

当時の商社は部署異動の機会が少なかったため、自動車関連部署で最後までキャリアを過ごすことが決まっていたという。しかし、平井さんはメディア産業に関わりたい気持ちを抱き続けていた。

「BCGへ新卒入社した大学の同期から入社しないかと誘われました。当時のBCG Japanは従業員が80人くらいしかいない時期でした。話を聞きにいったら面接みたいになり、オファーをもらったんです。一度は断って、社会人の先輩である父親に相談しました。そのときにBCGから『いまあなたがBCGに転職する理由は3つあります』といったメールが届き、それを父親にみせたら転職を後押ししてくれたんです」

BCGへ転職して4~5か月が経ったころ、インターネットに出合った。ブロードバンドや放送と通信が融合するプロジェクトへ参加したのだ。

「思い描いていたマルチメディアが、もしかしたらインターネットでなら実現できるかもしれないと思いました。当時、まだ3Gにもなっていない時代に、PHS(移動型無線通信機器)のバンドで映像配信をしようと試みていました。無我夢中で取り組んで、すごく楽しかったですね。そのときに、コンサルは本気で関わったほうが楽しいと思いました」

希望していたメディア関連の仕事に本気で取り組んだ平井さん。このあとのキャリアでも、メディア・コンテンツに関わり続けていくことになる。

ディズニー、オリコンを経て上場企業の社長に就任

BCG マネージング・ディレクター & シニア・パートナー、BCG X 北東アジア地区リーダーの平井 陽一朗さん

コンテンツやエンターテインメントに関わりたい、と周囲に言い続けていた平井さん。ウォルト・ディズニー・ジャパン(以下、ディズニー)に転職したBCGの同僚から、事業開発責任者として入社しないかと誘われ転職した。

「ディズニーに転職し、念願だったケーブルチャンネルをつくることができました。契約書作成の大変さなど、いろいろなことがわかりましたね。短期間の在籍でしたが、エンターテインメントビジネスについて、多くのことを教わりました」

ディズニー在籍時、オリコンで代表を務める小池 恒さんとランチをする機会があった。当時、小池さんと面識はなかったが、共通の知人を介して会うことになったそうだ。

「小池さんとWeb2.0の話をしていて『インターネットのことをわかっている人と仕事がしたいから、COO(最高執行責任者)として会社に来てほしい』と、会ったその日に誘われました。話を聞くと、すべてが混沌としていて常に変化しているんですよね。ベンチャーのスピード感にも感動し、私にはそれがとても魅力的に思えました。その場で即決して、転職しました」

2006年、32歳のときにオリコンへ入社した。オリコン時代は楽しく、充実し、もっとも働いた時期だと平井さんは話す。

「株主総会や子会社の上場、資金調達などをしましたね。すべてが順風満帆というわけではなかったですが、ダイナミックで本当に楽しかったです。いろいろと深い経験をさせていただきました。そこから、オリコンでの業務などとも関連して、ザッパラスの社長になりました」

上場企業であるザッパラスの社長に就任したのが35歳のときだ。新規のコンテンツやエンターテインメントの立ち上げに取り組み、2年ほどで退任する。その後、1年近くにわたって仕事から離れていた平井さん。当時、東日本大震災が起きたため、ボランティア活動などをしていた。

BCGに再入社し、驚いた変化

BCG マネージング・ディレクター & シニア・パートナー、BCG X 北東アジア地区リーダーの平井 陽一朗さん

ザッパラスの社長を退任した直後、BCGの先輩である内田 有希昌さん(現 BCG日本共同代表)が連絡してくれたことを思い出し、連絡をすると会ってもらえることになった。面接を経て、2012年にBCGへ再入社した。

「BCGの人たちは、すごく信用できるんですよね。コンサルティング業界はドライに思われがちかもしれませんが、少なくともBCGはとてもウェットで人間味があります。BCGに戻った日に、昔からなじみのあるクライアントのもとへ連れて行ってもらいました。そこで、プロダクトをつくるプロジェクトがはじまりました。じつはBCG Xの前身は、私がBCGに再入社した日からはじまっているんです」

久しぶりにBCGへ戻った平井さんは、従業員数の多さとプロフェッショナルさに驚いたという。

「以前は全員がジェネラルコンサルタントのようで、フレームワークやアプローチなどに精通していましたが、業界に特化した知識を持つことはあまり求められていませんでした。BCGに戻ってきたときには、業界に深い知識を持ったコンサルタントが増えていて、その変化に感銘を受けました」

平井さんがBCGに再入社してから約12年が経った。これまでのキャリアで、これだけ長い期間を同じ会社で過ごすのは、はじめてのことだ。

「BCGに長く在籍できているのは、『揺らぎ』をつねに起こせているからです。BCGデジタルベンチャーズ(BCG Xの前身)を立ち上げたり、それがBCG Xに統合されたりしました。現状維持にとどまらず、新しいチャレンジができる環境なので頑張れています」

仕事をするうえで、カルチャーややりがいは大事だ。

キャリアを決断するうえでのシンプルな答えとは?

BCG マネージング・ディレクター & シニア・パートナー、BCG X 北東アジア地区リーダーの平井 陽一朗さん

これまでに複数回の転職経験がある平井さんに、キャリアを決断する際に大切にしている基準を聞いた。そのときのフェーズによって基準が変わっていったという。

「若いころは、ひたすら自分のやりたいことに近いかどうかを考えていました。やりたいことなら大変でも修行と思えるのですが、やりたくないことだと一気に苦行になってしまうんですよね。次のフェーズでは、決裁できる範囲を広げたいという願望が生まれました。すべてを自由にやりたかった。事業会社でそれができるのは社長かなと思い、経験したいと考えました。

次のフェーズで考えたのは経済的安定ですね。大企業にずっといれば、ある程度は安泰だと思います。ただ、転職して小さい会社に行くとそれがありません。いつまで元気に動けるかもわからないし、私には子どももいるので、いろいろな経験を通し、経済面の重要性も実感しました。

最近のフェーズでは、社会的なインパクトを考えています。それは社会貢献のみならず、一緒に働く仲間へのインパクトも含めてです。社員たちが働いているなかで毎日楽しくて仕方ない、という機会や環境をどれくらいつくれるかを一番大事に考えています」

さまざまな経験を経て、現在はともに働く社員へのインパクトや社会貢献を大切にしているという平井さん。最後にキャリアに迷っている人へのメッセージをもらった。

「たぶん、悩みは尽きないと思いますが、その瞬間に自分にとって一番大事なものがあるはずです。それがキャリア選択におけるシンプルな答えではないでしょうか。正しいか正しくないかという話ではないと思います。自分を受け入れることからはじめないと、次の道へ進めないというのが自分自身の実感を含めた私からのメッセージです」

平井さんはプロフィールだけをみるとエリート街道を歩んできたように思うが、話を聞くと大変な時期も過ごしていることがわかった。平井さんを再び受け入れたBCGの温かさにも驚いた。コンサルティング業界、とくに外資系の企業にはドライな印象を持っていたが、何年にもわたって気にかけてくれる人がいるのはありがたいことだ。

それも仕事に打ち込んできた平井さんの頑張りがあったからこそだろう。キャリアを築くには、やはり自分自身の努力と仕事に対する姿勢が必要だと感じた。

関連記事:BCGのデジタル専門家集団ヘッドが語る、イノベーション成功の極意|求めるのは「役割を越える人材」

(取材/文:川崎博則撮影:野田涼

― presented by paiza

Share

Tech Team Journalをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む