食品と医薬品の製品を通し、人・社会・地球のすべてが健康、サステナビリティであるより良い未来を実現することを目指す明治グループでは、DXを積極的に推進しています。明治製菓と明治乳業の統合により生まれた食品事業会社「株式会社 明治」(以下、明治)のDX推進組織が、2024年4月から純粋持株会社「明治ホールディングス株式会社」(以下、明治HD)に移管され、明治グループ全体でDXを加速させようとしています。

明治グループのDXを推進する執行役員 グループDX戦略部 管掌 古賀 猛文氏、グループDX戦略部 部長 水口 貴英氏の両氏に、明治グループのDXについて現在と未来を伺いました。

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古賀 猛文
古賀 猛文氏 プロフィール
1987年に明治乳業株式会社に入社。2011年に明治に事業再編された後、2017年に情報システム部長に就任。その後、DXを含めた業務改革を推進。とくに、2019年7月から2022年4月まで、会計関連の証憑を完全ペーパーレス化するプロジェクトの責任者として、プロセスの改善をリード。2022年4月にはデジタル推進本部長、2023年6月には明治の執行役員、2024年4月には明治HDの執行役員およびグループDX戦略部門管掌。


水口 貴英氏 プロフィール
1990年に明治乳業株式会社に入社。情報システム部に配属された後、業務商品販売部・グループ会社での大手テーマパークの物流センター立ち上げを経て2020年に情報システム部長に。コロナ禍でリモートワーク環境を構築する。2022年4月にデジタル推進本部デジタル戦略部長、2024年4月には明治HDグループDX戦略部長に就任し、グループのDX戦略を立てる。イギリス・スイスへ聖地巡礼するほどのロックバンド「Queen」ファンだが、2国のチョコレートやヨーグルトなど食品の価格の高さにはびっくりしたとのこと。

二人三脚で運営、DX推進組織を移管した意味

――明治グループでは、2022年4月に明治に「デジタル推進本部」が設置され、2024年に「グループDX戦略部」として明治HDへ移管されて現在に至ります。古賀さん・水口さんの役割はどのように変わっていったのでしょうか。

古賀:デジタル推進本部が作られたときには経理の業務改革のプロジェクトチームにいました。当時は、いわゆる守りのDXを進める専任チームを作ってDXを推進しようとしていて、その流れでデジタル推進本部を立ち上げることになり、私が本部長になりました。

当社では、自前で情報システムを構築しますし、情報システム部門のスタッフが現場の業務を実際に体験します。物流倉庫で着用する冷凍用の作業服や靴、ITインフラ工事や確認作業で必要なフルハーネス型の安全帯を自前で持っているほどですから。

当時の情報システム部門が担っている業務範囲が広すぎて、一人で掌握するのは難しいと感じ、情報システム部とデジタル戦略部という2つの部を設けました。その際、デジタル戦略部の部長を水口さんにお願いしました。

部の定例のミーティングには、あえて私は出席を控えるようにしていました。出席すると口出しして命令になってしまうのがよくないと思いまして。とはいえ、会議動画はきちんと確認し、部下の説明が2度手間にならないようにしていましたが、結果として、口も手も出さなくていい形で回っていました。

DX推進部門を明治HDに移管する前は、明治のデジタル推進本部内に二つの情報系の部があり、部内のグループ(課)では横断プロジェクトが複数走っていました。

インフラやセキュリティ、ガバナンスや人財についてはグループ全体で統一できた方が効果的という判断と、明治グループのDX戦略をステークホルダーにわかりやすくお伝えするためにも明治HDにDX推進部門を設置しようと考え、その際に明治のDXがパワーダウンしないよう、明治のデジタル推進本部全体を明治HDに移管したんです。

水口:古賀さんがおっしゃった通りです。オペレーションは私が回しており、セキュリティ面やお客さま関連のトラブル、人事についても相談に乗ってもらっています。海外出張中にトラブルが発生した際には、古賀さんに責任者として対応いただいたこともありました。

――二人三脚で運営できるのは心強いですね。

古賀:普段から参加してしまうと口を出したくなるので控えていますが、やはり現場が好きです。昇進すると現場の仕事から外れてしまうので残念ですが。

水口:古賀さんは「なぜこの会社にいるのか」と思うほど技術に精通しています。工場系のインフラまで理解しているし、今も最新のテクノロジーの情報収集をこまめにしていて、頼れる存在です。

――DX組織が明治HDに移管したことで、ほかのグループ企業にもDXの流れが伝播していく状況ですか?

古賀:今まさにそれをどう進めるかを検討しているところです。食品(明治)と医薬品(Meiji Seika ファルマ株式会社、KMバイオロジクス株式会社)では、ビジネスモデルがまったく異なります。

医薬品では堅固な業務システムを構築しますが、食品業界では注文が来る前に出荷することが多いです。チルド事業の場合、注文前に第一便を出荷し、第二便で調整するといった対応も時には必要です。こうした事業を標準的なパッケージシステムで行うのは難しく、障害が発生した他社事例もありますからね。

事業の違いとシステム統合の難しさは認識しており、事業に近い業務アプリケーションの統一については、明治HDにDX部門を移したからといって劇的に変わるわけではないかもしれません。ただ、インフラやセキュリティ、ITリテラシー向上のための教育についてはグループ全体で取り組むことが効果的であり、この点は投資家さまにはご理解いただきやすいのではないかと思います。

メインフレームからAWSへ。明治のドラスティックなシステム刷新

――明治ではメインフレームで構築していた基幹システムをAWSベースに切り替えました。きっかけや効果をお教えください。

水口:2020年当時、2025年度にメインフレームのホスト契約を更新しなければならないことがわかっていて、さすがにその前にシステムの刷新をしなければならないだろうと考えていました。一方で、試算してもコスト的に割に合わないこともわかっていました。メインフレームの保守運用費用もそうですが、ミドルウェアの保守料も非常に高額なんです。

システムの規模を小さくしてコストを抑える案もありましたが、たまたま情報システム系の専門誌を読んでいたときに、AWSがメインフレームをリプレースできるソリューションを開発し、日本でも展開予定だという記事を見かけました。その記事を後にこのプロジェクトの責任者になった部下に見せたところ、興味を持ってもらえたんです。

すぐにその部下がAWSに相談すると、日本での初事例ということで大きな協力を得ることができました。構築期間も大幅に短縮でき、コストも抑えられ、とてもよい結果になりました。初事例としてのリスクはありましたが、現時点ですでにコスト面や技術者の確保において、メリットが見え始めています。

AI活用のきっかけは、機密情報の流出防止

――LLMの活用も始めていると伺っています。よくあるのはヘルプデスク的な業務コストを下げるための導入例ですが、どのように活用されていますか。

古賀:AIが流行し始めたころ、放っておくと業務上の機密がAI事業者側のシステムの教育データとして使われてしまう可能性があることがわかりました。社内で安心して使える環境を準備し、機密情報も入力できるようにする必要があると考えたのが、LLM活用のきっかけです。

社員もどんどん使い始めてしまうため、規制をしっかり整えるためにベンダーさんに協力を得て、セキュアに使える「meiji AI Talk powered by ChatGPT」を立ち上げました。

水口:現在、約1,000ユーザーが利用しています。使い方動画を作ったり、アイデアソンやハッカソンを開催したりして、利用者の増加を促しています。今度、プロンプト競技会も行う予定がありますし、楽しみながら学んでもらおうと思っています。

ヘルプデスク業務についてはLLMではなく、社員がオープンソースを使って自前のシステムを作ろうと取り組んでいます。コストをかけずに作れると言っているので、本当に大丈夫かと心配もありますが、まずは任せてみようと思っています。

他部門出身のメンバーが4割を占めるDX推進本部

――これから明治HDのDX組織をどのように進めていきたいと考えていますか。

古賀:明治HDのDX推進については、DX推進本部のミッションである「デジタルで『やりたい』を『できる』に変える」を制定した際にビジョンやバリューも整理しました。24人の若手・中堅社員を中心に、半年間ほど議論を重ね、プロのコピーライターにも協力いただいて作ったミッションです。

水口:メンバーの約4割は、営業・管理・工場など他部署から異動してきた社員たちです。今は動画の学習コンテンツも充実しているので、プログラミングをはじめとしたITの基礎知識を身に付けてもらってます。プログラミングからITを学ぶことで、開発者やITベンダーとのやり取りもスムーズにできるようになると思っています。

古賀:部内には副業制度があり、生産工場での業務をしながらセキュリティ部門の業務を経験することもできます。海外のセキュリティ業務で広州に出張してもらい、現地のセキュリティチェックをすることもあります。

自社の業務を理解していることも大切ですが、アプリとインフラのどちらかにおいて、技術的に優れた部分を持ってほしいとも思います。上の立場に立つと、幅広い領域にわたる決裁申請が上がってくるため、さまざまなIT領域を理解しておかないと大変ですからね。

私もいまだにAWSの試験勉強をしています。ただ、実際に認定を取得すると、メンバーに余計なプレッシャーを与えるかもしれないので、少し悩んでいますが(笑)。

技術面で秀でている、自分で手を動かせるDX人財を求めている

――キャリア採用を見据えた場合、どのような人財を求めていますか?

古賀:企業を発展・継続させるためには「差別化」は必須です。商品やサービスで差別化するだけでなく、会社の運用そのもの、つまりバリューチェーンで他社と差別化するのも、その企業を生き残る戦略の一つであることは、有名な経営学の本でも取り上げられています。

ITの担当やその会社が安易にパッケージの標準機能に合わせるのが正しいというのは、他社とバリューチェーン部分で戦わないと宣言するようなもので、経営手段をひとつ投げ捨てていることにならないでしょうか?

明治HDは、そのようなことをしないために人財を確保し、当社にバリューチェーンが競争力を保つために、最適なシステムを構築する力を持つようにしています。

競争力を保てるシステムを構築するために、エンジニアにはビジネスのことも理解してほしいですが、まずは技術面で何か秀でたものがほしいですね。現在(2024年10月)ですと、インフラ周りに加えてアプリ開発関連のキャリア採用も募集しています。

水口:海外対応もこれから増えてくるため、活躍の場は間違いなくあります。自分で計画を立て、関係部署やベンダーと協力し、実際に手を動かして進められる人が理想です。

取材後記:ITを他人任せにしない事業会社のスタンスを見た

ユーザ企業だからとITに関して詳しくなくてもよい、IT業務はベンダーやSIerに任せ、本来の業務領域に集中する、という考え方がよく聞かれます。

明治HDの取材を通じて、この言葉をよい意味で裏切られたように感じました。古賀氏は執行役員でありながらAWSの認定資格を取得するために勉強し、複数のプログラミング言語を習得しているほど学んでいます。水口氏は半歩引いて古賀氏を立てつつ、巻き込み力を発揮して人財育成やDX組織の形成に力を注いでいるようすが見て取れました。

「決裁する立場になれば、あらゆるIT知識が必要になる」

古賀氏の言葉はまさにその通りで、ユーザ企業であってもITに取り組む人財が必要な理由が存在することを痛感させられました。ITの技術力を軸に業務を理解することを繰り返すことで、デジタルによる変革が必要な時代にユーザ企業が主体的にビジネスを進められるようになるのでしょう。

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(取材/文:奥野大児、撮影渡会春加

―<presented by paiza>

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