DX事業を中心に成長を続ける、経営コンサルティング会社の船井総合研究所。デジタル領域の事業をリードするのは、執行役員を務める清尾 修さんだ。入社3年目まではコンサルタントとして働いていたが、パソコンやインターネットが普及し始めた1995年ごろからIT領域にキャリアの軸足を移した。まだまだITインフラが整っていない時代に、なぜITの領域を歩んでいこうと考えたのだろうか。
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船井総合研究所 執行役員
DX支援本部 副本部長
清尾 修さん
1993年船井総合研究所に入社。同社社長室副室長、情報システム室室長、株式会社船井総研デジタル取締役などを経て、現職。船井総研グループの基幹システム開発プロジェクト、船井総研デジタルの管理会計制度設計、リスクマネジメント業務に携わる。現在はDX支援本部にてこれまでの経験を活かしてITコンサルティングを行っている。
目次
特技を習得するためにIT部門へ異動
新卒で入社した1993年。創業者である舩井幸雄さんによる、生き方をテーマにした講演会の人気はうなぎ上りだった。ファン層は経営者から一般の人へと拡大し、参加人数は100人、1,000人、1万人と増えていった。
講演会の人気が高まりイベントの規模が大きくなると、予約を管理するための基幹システムをつくることが決まった。
このプロジェクトに手を挙げたのが、入社2年目の清尾さんだ。「システム関係の仕事に少し興味があったんですよね」と振り返る。
「このときにシステム関係の基本的な構造を学びました。顧客マスターと商品マスターが連動し、トランザクションの処理が起こって、売上が上がる。ベンダーに依頼してシステムをつくったことで理解が深まりました」
プロジェクトが終わるとコンサルタントの仕事に戻った。社員の1人ひとりにパソコンが貸与されていなかったため、仕事でテクノロジーに触れる機会はない。しかし、清尾さんのパソコンやインターネットへの興味は失われなかった。

自分でパソコンを購入し、モデムにケーブルをつなげてインターネットに接続したという。「初めてインターネットを開いたときの感動は忘れられません」と振り返る。
そして、1997年に転機が訪れる。会社で基幹システムをつくるプロジェクトが発足し、そのメンバーとして声をかけられたのだ。
Windows95の登場とADSLの普及により、一般家庭にパソコンとインターネットは広まりつつあったが、パソコンよりもワープロのシェアが高く、インターネットの一般家庭への普及率は約9.2%だった。
当然、企業のIT部門の規模も小さかった。船井総研のシステム部門に所属していたスタッフはプレイングマネージャーの1人だけだった。
もし異動を受けると小さな部署に所属することになる。今後のキャリアにも大きく影響するため、その道に進むべきか強い葛藤があった。
「異動するとコンサルタントの現場からも外れます。上司からも『本当に移るの?』と心配されていました。それでもシステム部門に移ろうと決めました。コンサルタントを4年ほどガムシャラにやってきたのですが、優秀な先輩や同期、後輩をたくさん見てきて、ここからキャリアを築いていくには得意技が必要だと感じていたんです。本気で何かにどっぷりつかって、社内の第一人者になる。強みを身につけようと思い、IT部門へ異動しました」
仕事を終えて帰宅すると、自宅のパソコンを使って勉強に打ち込むようになった。休みの日は一日中パソコンの前に座り、簡易的な業務アプリを作成していたという。
そして、部署の人数が少ないこともあり、プロジェクトの責任者を担う機会は増えていった。
IT化プロジェクトをリードする上での困難

もっとも記憶に残っているプロジェクトは基幹システムをクラウドへ移行するプロジェクトだ。「しんどかったですね」と当時を振り返る。
「いままで使用していた基幹システムは、業務に合わせてシステムをつくっていました。ただ、クラウドの場合、そうはいきません。移行できない機能もでてくるので、業務を棚卸ししてシステムに合わせた仕事の進め方を見つける必要がありました」
このプロジェクトで大きな影響を受けたのはバックオフィスだ。膨大な業務を整理しながら、新しいシステムの使い方を習得しなければならなくなった。システムリプレイスへのモチベーションを上げるために、コンサルタント部門の協力を仰いだという。
「たとえば、経費精算のシステムであればクラウドの方が使いやすいですよね。直感的に操作できますし、機能が更新されることでより便利になります。スマートフォンでも操作できる点もメリットです。実際に入力する人に使いやすさを理解してもらって、管理系の部門に感想を伝えてもらいました」
ビジネス思考の強いエンジニアと共に事業を進めていく
システム部門に異動して10年がたつと、社内におけるIT領域の第一人者としての地位を確立した。もともと担当者としてシステム開発に携わっていたが、メインの業務はマネージメントになった。プレイヤーからマネージメント層への移行は、スムーズにできたのだろうか。

「最初のころは若い担当者に対抗意識を燃やしていました(笑)。ただ、自分よりも新しい技術を習得するのが早いし、スキルに長けた人が多いので、数年経ってからは素直にリスペクトを持つようになりました」
その後、船井総研のバックオフィス部門を集約したシェアードサービス会社の船井総研コーポレートリレーションズが立ち上がり、役員として経営に携わる。このときに、外販事業の強化というミッションを受けた。バックオフィス部門は自社グループのサポートが主体になるため、収益を意識した活動は苦手な傾向にある。
「そこで、まず収益につなげるためのデータを可視化しました。次にそのデータを元に計画を立て、その計画を達成するために携わる案件の数を決めていくようにしました」
そして、船井総研コーポレートリレーションズは船井総研デジタルへと社名を変える。社名変更から2年がたつと、船井総研デジタルは本社に統合された。それにともない、清尾さんはDX支援本部の副本部長に就任し、新体制の組織の一部を管掌するようになった。
統合による影響が落ち着いた現在、ビジネス思考の強いエンジニアと協業しながらコンサルティングを進める体制は整っている。これからはビジネスの拡大に向けて、組織を成長させていく必要があると話す清尾さんから、最後に意気込みを語ってもらった。
「新体制になり、顧客のニーズにマッチしたコンサルティングや開発をより実践できるようになりました。まだまだ増える需要に対応できるように、エンジニアの採用を増やしながら組織を拡大し、会社の利益に貢献していきたいです」
生成AIも登場し、テクノロジーが業界改善に寄与する範囲は広がっている。IT領域の夜明けからシステムに携わり続けた清尾さんは、どのような組織をつくっていくのだろうか。飛躍の物語は続いていく。
