人間にとって、大切なもののひとつが『人生観』だと思う。自分の生き様や生き方を示す指針になるのが人生観だからだ。
そんな『人生観が変わる出来事』が、ある。これまでの自分の言動を顧みるきっかけや、考え方を変えるような出来事は、苦い記憶や強烈なエピソードとともにやってくる。
今回もわたし、ライター・少年Bの人生観が変わった瞬間をお届けする。
目次
わたしは、いじめられていた
中学生の頃、わたしはいじめられていた。目立って暴力を振るわれたわけではないのだが、遠巻きにひそひそ言われたり、こそこそ陰口を叩かれたり、ひたすら無視されたりしていた。
空気が読めない。でしゃばりでうっとうしい。自分勝手でわがまま。幼稚。今思うと、確かにあまり仲良くしたいタイプの人間ではなかったな……とは思うけど、そんなわたしでも、やっぱり心は傷付いていた。
当時のわたしは、今ほど図太い性格ではなく、どちらかといえばおとなしい性格だった。おとなしい割に、ナチュラルにでしゃばりで図々しかったから、余計にタチが悪いのだが。
親父の病気がきっかけでTVに出演し、かつてはそれなりに注目されていたから、勘違いをして、尊大になっていた部分もあった。また、多動症候群には特徴のひとつとして、「空気を読めずにしゃべりまくる」というものがあるが、それが強く出ていたのかもしれない。まぁ、一言でいえば、とにかく「ウザいやつ」だったのだ。
まぁ何にせよ、あまりお近づきになりたくない人間だったことには違いない。自分で思うんだから間違いない。クラスでも、部活でもうまくいかず、友達に誘われて入っていたサッカー部は、夏に辞めた。すでに友達と呼べるような関係性ではなくなっていたからだ。
当時のわたしは、「自分は何もしていないのに、どうしてこういう目に遭うんだろう」と思っていた。でも、身体が小さかったし、力もない。いじめてくるやつらに歯向かうような根性もなかった。とにかく、学校から早く解放されることを願うしかなかった。
数少ない居場所が図書室だった。図書室では、誰であろうと静かにするしかない。図書室が開く中休みや昼休みには、常に入りびたるようになっていた。
友達の少ないわたしには、遊ぶ相手なんていないから、ちょうどよかった。わざわざ探してまでいじめられるような状況でもなかったのは、救いなのか。それとも、そこまで関心を持たれなかったという悲劇だったのだろうか。
ある夜、ふと思ったこと
2学期になった。ある夜のこと。わたしは、いつものように泣いていた。
学校に行きたくない。普通に生活しているだけで、どんどん嫌われる。いじめられる。「キモい」「ウザい」。そんな、言葉のナイフを突き立てられる。どうしてわたしばかりこんな目に遭うんだろう。わたしがわたしじゃなかったら、こんな思いをしなくてもいいのに。どうしてわたしは、わたしなんだろう。
そんなことばかりが頭の中をぐるぐる回っている。
この家が1階でさえなければ、このままベランダから飛び降りて、ひとりで人生を終えることができるのに。どうせ死ぬなら夜がいいな。今人生を終えたら、そのまま夢の世界に行けるかもしれないから。
そっとカーテンを開けると、きれいな月が浮かんでいた。
「わたしをいじめているあいつらも、こんな夜には、楽しい夢を見ているのかもな……」
ハッとした。待って、なんで? おかしくない? いじめられてつらい思いをしているわたしが、どうしてこんなに寝られない夜を過ごしているんだ?あいつらはいびきをかいてぐーすか寝てるのに。ふざけんな。冗談じゃない。なんでこっちが嫌な思いをしなきゃいけないんだ。あいつらばっかり、ずるい……!
その瞬間に、悩んでいるのがばかばかしくなった。自分ひとりの大事な時間を、どうしてあいつらのために使っているのか。わたしだって、楽しい夢を見てやるんだ。その資格があるんだ。
背中を押してくれた本との出会い
ちょうどその頃、遊ぶ友達もほとんどおらず、もともと暇を持てあましていたわたしは、とにかく読書にのめり込んでいた。ちょっとでも興味のある分野の本は、片っ端から読み漁った。
そして出会ったのが1冊の本だ。タイトルはもはや覚えていないが、建前や理想論は一切書かず、いじめに対して現実的で具体的に解決する手段を記した本だった。確か、いじめによって自殺した子の親が書いたものだったと思う。
「死にたければ死んでもいい。でも、その前にあなたにはやることがある。両親に校長先生、教育委員会、市長さんにマスコミなど、考えつく限りの大人たちに『誰々にいつからこういういじめを受けています。つらくて苦しいので、何月何日に死のうと思います』って、いじめの詳細な内容を書いた手紙を送ることだ。
えっ、そんなことをするのは恥ずかしい? それに、バレたらもっといじめられるって? いいじゃない、だってあなた死にたいんでしょ。それでも全然解決しなかったら『こんなに苦しんでいるのに、誰も助けてくれませんでした』って遺書を書いて、それから死ねばいい」
文章に関してもうろ覚えだが、確かこのようなことが書いてあった。めちゃめちゃ過激で、でも「確かにその通りだな……」と思わせるだけの説得力が、そこにはあった。
さすがに、そこまで過激なことをするだけの勇気はなかったが、何かあったらめちゃくちゃにしてやればいいと思うことができたのは、この本を読んだおかげだと思う。
わたしだって、声を上げていい。泣いてるだけじゃなくたっていいんだ。覚悟が、決まった。
勇気を出したら、性格が変わった
そして、ついにその日がやってきた。昼休み、後ろからシャーペンが投げつけられた。振り返っても、誰が投げてきたのかわからない。今までだったら、ただ黙って前に向き直るだけだったが、今日からは違うんだ。
シャーペンを掴み上げると、そのまま力いっぱいグラウンドに放り投げた。
わたしはビビリの小心者だ。心臓は高鳴り、身体は震えていた。それでも、その素振りを見せないように、近くの机を力いっぱい強く叩き、声を上げた。「いつまでもくだらねぇことやってんじゃねぇよ!!!」。
初めての反逆はささやかだったが、わたしにとってはありったけの勇気を込めた、大きな一歩だった。
放課後になった。何も知らないやつが、わたしに何か嫌がらせをしようとしたのだろう。「おいやめとけ、今日のあいつヤベぇぞ!」と、静止する声が聞こえてきた。行動ひとつで、確かに世界を変えることができたのだ。
そこから、わたしは怒りや不満の感情を出すようになった。内心びくびくしながら、壁や机を叩いたり、時には叫んだりしながら、いじめに対して反抗するようになった。
最初はあくまでも「キレた姿」を演じていただけだった。でも、次第にそれが身体に馴染み、性格もだんだん変わっていった。
結果として、言葉遣いは荒くなったし、態度も悪くなった。嫌われ者なのは相変わらずだったが、直接的ないじめはだいぶ減った。もちろん、いじめが完全になくなることはなかったが、クラスの大半はわたしに触れてこなくなった。それだけでも、ずいぶん気持ちが楽になった。
「新しい自分」になって思ったこと
乱暴になれ、というわけじゃない。怒ることや、物に当たるような振る舞いがいいことだとは決して思わない。ただ、「それまでひたすら虐げられていた自分が、ついにやられっぱなしじゃなくなった」と思えるようになったのは、本当に大きかった。
声を上げたことで、わたしは初めてやつらと対等な存在に、人間になれたのだ。
今のわたしの性格は、この頃に自分で作ったものがベースになっている。根っこはビビリのままだが、無茶な誘いや初めての仕事も積極的に受けるようになったことで、「物怖じしないよね」と言われることも多くなった。
もちろんいいことばかりじゃないし、人によってはそんなことできないと思う人もいるだろう。でも、何もわたしと同じようにする必要はない。これまでひとりで抱えていたことを他人に話せるようになるのも、立派な「新しい自分」のはずだ。
こんなことを書いているわたしもきっと、これからまた何かに出会い、少しずつ変わっていくだろう。
新しい自分が見る世界には、いったい何があるんだろう。それをちょっとだけ、楽しみにしていたりもする。
(文:少年B)
