ハーバード大学のエイミー・C・エドモンドソンらの研究によって、心理的安全性の高いチームは、チームの学習能力が高く、中長期的に成果を残すことがわかっています。

それでは、具体的にどのような行動をチームで取れば、心理的安全性を高めることができるのでしょうか。

ZENTechで心理的安全性向上を測定する「SAFETY ZONE®️」を開発し、2022年から始まった「心理的安全性アワード」の実行委員長を務めた金氏、日本における心理的安全性の第一人者で著書「心理的安全性のつくりかた」の石井氏に、それぞれが実践しているチームの心理的安全性を高める方法を伺いました。

【プロフィール】

金 亨哲(きん ひょんちょる)氏

株式会社ZENTech 代表取締役社長
Shakr株式会社 代表取締役 CEO。慶應義塾大学法学部政治学科卒。 福澤諭吉記念文明塾3 期修了。世界最大の社会起業家ネットワークAshokaより2010年 日本初のAshoka Youth Ventureの一人として選出。TEDxKeio 2013Founder / Director。「世界中を故郷にする」を Mission にコミュニティを経済圏にするサービス TiTiを展開している。

石井 遼介氏

株式会社ZENTech 代表取締役
慶應義塾大学システムデザイン・マネジメント研究所研究員。東京大学工学部卒。シンガポール国立大学 経営学修士(MBA)。心理的安全性の計測尺度・組織診断サーベイを開発するとともに、ビジネス領域、スポーツ領域で成果の出るチーム構築を推進。2017年より公益財団法人 日本オリンピック委員会より委嘱され、日本オリンピック委員会医・科学スタッフも務めた。著書に、『心理的安全性のつくりかた』。監修に、『心理的安全性をつくる言葉55』。

成果を出すためにメンバーのコミュニケーションの手間を減らす

――金さんと石井さんは会社の代表も務められており、マネージャーとしての経験も豊富だと思います。心理的安全性をつくるために、心がけていることを教えていただけますか。

石井:
メンバーから企画や書類をもらったときに、まずは「受け取った」とすぐに反応を示すように心がけています。

たとえば、週末に報告を受けて、きちんと検討して回答しようと思ったら週明けになることはよくありますよね。その場合、何も反応しないと、メンバーは「中身がまずかったかな」「反応くれないな」と悩みながら休日を過ごしてしまうかもしれません。

でも、報告をもらったタイミングですぐ検討や返答ができなくとも「送ってくれてありがとう。火曜日までに返事をします」と反応を返すと、メンバーも安心して週末を迎えられます。ちなみにスタンプだけでも無いよりはマシなのですが、メンバーが判断を求めているときは「❤だけ」「いいねマークだけ」だと、相手が「承認なのか、認識しただけなのか分からない」というストレスを抱えさせてしまうので「OKです、進めてください!」なのか「承りました、(いつまでに)検討して戻します。」なのかは、明瞭に判別がつくように反応することが重要です。

金:
僕は、メンバーからのDMだけは即レスするようにしています。DMは送付する側にとっても心理的に重いものなんですよね。普段、チャンネルでオープンにやりとりしているのに、直接相談してくるわけですから。その重さを超えて連絡をくれたことに、きちんと報いたいと思っています。

あとは、メンバーとの関係性では、相手の状況を考えて、相手のコミュニケーションの手間が減る状況をつくるようにしています。たとえば、「ドキュメントを読んでください」と投げるだけではなく、「ここの何行目から何行目は大事と思っているので、ぜひここだけでも読んで反応をください」と伝えています。チーム全体のコミュニケーションの手間をいかに下げるかという観点はすごく大事にしているんです。

――コミュニケーションの手間を下げるようにするという考え方は、いつからお持ちなのでしょうか。

金:
大学時代に参加した、社会人と学生が一緒に、対等に議論するリーダーシッププログラムが原点ですね。ポジティブフレームですべての議論を交わしましょうと言われていたんです。関係の対等性をつくるためにも、「全員さんづけにしましょう」だったり、反対意見を言う場合にも「そういう考え方もありますよね。でも僕はこういう考え方もあると思うんですけど、いかがでしょうか」と一度受け止めてから返したり。

当時、議事録もたくさん取っていたんですけど、「決定事項は議事録の最初の方にまとめて書いておいてほしい」と言われたこともあって、「相手のことを考えきれていない議事録の書き方だった」という学びもありました。今はその経験をチームに還元しています。

あとは、先輩がよく使っていた素敵なコミュニケーション方法で、他の視点を持ってくるというものがあります。「開発の視点では確かにそうですね。一方で、マーケティングの視点ではどうでしょうか」のように客観的な言葉で視点を変えるんですね。

石井:
異なる視点を持ってくると、意見を否定しているのではなくて、同じ物事について色々な役割で考えるという見方、物事を立体的に捉えられるようになりますよね。意見がこじれにくくなります。

――相手の立場に立って、コミュニケーションを取ることは重要ですよね。ただ、業務に追われると相手を考える余裕がなくなるケースもありそうです。

石井:
そう感じてしまうことは、よくわかりますし、私も以前はそうでした。「こっちも忙しいんだし、言わなくても分かってよ」と思ってしまうんですよね。けれども、メンバーと幾つもの案件を一緒にやり切っていて、阿吽の呼吸で仕事が進められるならともかく、実際には丁寧なコミュニケーションを取ったほうが手戻りも少なく、トータルでは楽で効率が良かったりするんですね。

少しドライな言い方をするなら、本当に成果を出すために仕事をしようとすると、メンバーと丁寧にコミュニケーションを取らざるを得ないんですよ。リーダーやマネージャーがわかりにくい指示を出したら、期待した成果が上がりにくくなります。「相手だったらどう理解するかな」「こういう補足情報を入れたほうがいいかな」と考えてコミュニケーションを取ったほうが期待通りの成果物が上がってきやすくなるため、仕事はうまくいきますよね。

――金さんが部下とコミュニケーションを取る上で大事にしていることを教えていただけますか。

金:
僕自身が大事にしていて、個人的にマネージャーの方へおすすめしたいのが、仕事の重要な場面で ”その場にいる” ことです。重要な場面というのは具体的に言うと、開発のキックオフだったり、納品やリリースのタイミングだったりですね。その場に責任を取れる人がいるだけで、メンバーの心理的負担は相当軽くなりますし、信頼関係も深まります。大事な瞬間だけは、絶対にその場にいるということは徹底したほうがいいかと思います。もちろん、オンラインであってでもです。

――仕事ではトラブルも発生するかと思います。トラブルシューティングで心がけていることはありますか。

金:
トラブルはどうしても発生しますよね。まず、トラブルを伝えてくれた人に「報告ありがとう」と「一緒に原因究明しよう」と言うようにしています。

また、メンバーが報告しやすいように、マネージャーが普段から自己開示することも大事ですね。メンバーから自己開示するのはハードルが高いので、まずマネージャーが自己開示して、信頼関係をつくっていく必要があります。

石井:
そうですね。マネージャーの自己開示は重要です。マネージャーになると自己開示が難しくなるという方もいますが、その鎧を脱いだ方が仕事は進めやすくなります。

現場レベルの仕事内容を、リーダーやマネージャー自身が理解できていないケースって、現実的にはよくありますよね。そんな時に、「わからないから、教えてもらいたいんだけど~」「一緒に考えてもらえる?」のように言えると、メンバーから現場で起きている事実を教えてもらえたり、それらを踏まえた意見をもらえて、「この新人さんがいい観点を持ってきてくれた」「大事な着眼点がわかった」ということが起こる場合もあります。

リーダー自身がわからない状態を隠しながら、指示を出していくのもつらいと思うんですよ。なので、みんなに手を貸してもらいやすい状態になるように、弱みを隠さずに見せていくこと、マネージャーだからといって、万能ではないことを素直に認めたほうが仕事を進めやすくなります。

――ありがとうございます。最初に、テキストコミュニケーションの話が出ました。リモートワークを中心に働くチームで心理的安全性をつくる方法はありますか。

石井:
実は、我々ZENTechって創業時からフルリモートで、何なら僕は海外に住んでたんですよね。テキストコミュニケーション主体やリモートでも心理的安全性が高く、成果の出るチームはつくれます。まずはそこはお伝えしておきたいと思います。

金:
そうですよね。具体的なTipsでいうと、5分や10分という時間を伝えた上で、通話をするのは有効だと思います。わざわざスケジュール調整をして、長時間話すというのは心理的にも重いので、「メンバーが迷ってそうだな」と思ったらすぐ「いま5分いけますか?」と、通話を繋いでいく。僕自身、よくやっています。

あとは、ネガティブフィードバックを即座に行うことですね。例えば商談中、若手メンバーがあまり適切ではない発言をしてしまったとしましょう。フォローには入れても、さすがに商談中、お客さまの前でフィードバックを伝えるわけにはいきませんが、商談が終わったらすぐに1 on1でフィードバックを返す。それこそ「商談おつかれさま、いまの商談でちょっと気づいたことあるんだけど5分くらい通話いける?」とリクエストして、気づいた瞬間に伝えて、それで終わり。既に改善しているのに、後で蒸し返さないことが大事です。

石井:
いいですね。通常業務以外の切り口では、たとえば、少しずつチームビルディングをメンバーにお願いするのは、いかがでしょうか。この間、我々もビジネスチームで合宿をしてきたのですが、合宿の冒頭、若手メンバー主導でチームビルディングや相互理解を深めるちょっとしたワークをやってくれました。このようにチームをつくる側・貢献する側という「役割」があることで、チームのことをより考えてくれるようになったりします。

この役割という観点においてZENTechでは、1週間に1度、全社の定例会議を開催しているのですが、司会進行役は持ち回りで行っています。このようにするとメンバー内でコミュニケーションが取りやすくなりますよ。

――マネージャーとしてもネガティブなことを伝えるのは勇気がいりそうです。

石井:
メンバーがフィードバックを受け止めてくれる環境を普段からつくっていくことが大事ですよね。あとは、言い方も重要だと思います。頭ごなしに「これがダメだ」と、相手の否定を伝えるのではなくて、状況認識を揃えた上で「こうしたほうがもっとよくなるよ」「こんな風にできると、もっとうまくいくと思うよ」と伝えると、相手にとっても改善する行動がわかりますよね。相手にとっても、ミスに怯えるより、うまくいくやり方を教えてもらって改善できたほうがいいはずなので、「よりよくしていこう」という視点で話をするのが大事かなと思います。

ミドルマネジメント層の心理的安全性のつくりかた

――ミドルマネージメント層の方だと、上と下に挟まれて大変になることもあります。どのように乗り越えていけばいいでしょうか。

石井:
この部分は非常に大事ですよね。私たちが手がける心理的安全性の計測を行うSAFETY ZONE®️でも、多くの会社では、一般のメンバーよりも管理職であるはずの課長職の方が心理的安全性が低く出る傾向にあります。このように組織状況を把握・可視化すると、個人の感想や懸念ではなく、数値で「ミドル層に負荷がかかっている」と全社の経営課題や部門の重要課題として認識を揃えられ、手を打てるようになります。

一方で、マネージャー個々人におすすめしたいのが、仲間をつくることです。チームで信頼をおいている人を1人選んで、「ちょっと率直に教えてもらいたんだけど、心理的安全性をつくっていきたいんだけど、どう思います?」と相談に乗ってもらう。普段のメンバーとの接し方によっては、「いや。ぶっちゃけてしまうと…、課長からいきなり言われるとビックリしちゃうかもしれません」と言われてしまうかもしれませんが「やっぱり、そうですよねぇ…」などとと返しながら、仲間作りの方法、心理的安全性のつくり方を「相談しながら実施」できると、1人で旗を振るより進めやすいかと思います。

金:
特殊事例になってしまうんですけど、基本的に階層はできるだけ減らすようにしています。具体的にはミドルマネージャーのポジションを設けないようにしています。報告の階層が増えると、情報のギャップが増えてしまうんですよね。多くない人数であれば、メンバー→リーダー→マネジャー→役員の伝言ゲームをするより、報告は全部オープンな場で共有してもらったほうがいいかなと思っています。

ただ、このようなミドルマネージャーを置かない手法は、大きい企業だと難しくなります。その場合、一人ひとりのメンバーが、自分とミドルマネージャーという見えている範囲だけで考えるのではなく、他のメンバーとマネージャーや、マネージャーとさらにうえの上司との関係にまで思いを馳せるなど、ミドルマネージャーの大変さを想像する、想像力を持つことが大事だと思います。

あとはシンプルに、ミドルマネージャーが抱えすぎているものがあれば、組織として業務を見直すことも重要です。

石井:
たとえば、役員と管理職の関係などで考えると、オーバークオリティの仕事は見直したほうがいいと思いますね。特に日系大企業で見られがちな光景なのですが、役員が報告を聴いて、ふと漏らした一言にマネージャーが過剰に反応して、「先日おっしゃっていた件ですが…」と、数十ページにわたる完璧な資料をつくって報告するものの、役員は「何の件だっけ?依頼したっけ?」となっていたり…。

そういった場合、役員や上役の方が「これだけ頑張ってくれたのはうれしいけど、社内の報告書だからデザインをここまで整えなくていいよ」と伝えたり、「もしつくりたいものがあったら、1度相談して」と声をかけたりすると、マネージャーの仕事量は減ります。これらも、心理的安全性が確保されており、たった一言「その件、調査報告も可能ですが、必要でしょうか?」「いや、いったん大丈夫」というコミュニケーションがとれていれば、本来はしなくていい仕事なんですよね。

金:
僕も相談の声かけは重視していて。メンバーには「いつでも壁打ちするから、すぐ話に来て」と伝えています。

心理的安全性をつくるために会社に必要なこと

――会社として見たときに、心理的安全性の高い職場にするためには、何が必要でしょうか。

石井:
心理的安全性というのは、実は組織全体も大事ですが、チームごとの特徴なんですね。ですので組織というより、ひとつひとつのチームがうまくいっているのかという観点で見ていくことが重要かと思います。そのために、心理的安全性を計測する当社のSAFETY ZONE®️では、チームごとに結果が分かるようサーベイの仕組みを工夫しています。

また、サーベイというと、いわゆる「サーベイ疲れ」や、サーベイをやりすぎて「(重要なもの以外は)サーベイ禁止令」まで出ている企業もあるのではないでしょうか。サーベイの前後でも様々な工夫ができます。例えばサーベイ実施前に「こういう組織の状況がわかる大事なサービスで、何週間以内に結果を渡すので、ぜひ協力してください」とコミュニケーションを取ることから始めるのです。

これらは、部門を超えた、チーム間の心理的安全性の確保にも繋がります。「サーベイをやらせる人事」と「サーベイをやらされる事業部」という対立構造ではなく、お互いがサーベイを通じてより良い組織になるために同じ方向を向いていくというイメージですね。

――個人の時代とも言われています。現代において、会社と個人はどういった関係性にあればいいと思いますか。

金:
組織の中で個人の自己実現が少しずつできあがる状況が、大事だと思っています。幸せなチームには、幸せな個人が必要不可欠です。もちろん個人が組織を輝かせることも重要です。個人と組織がwin-winである状態が、双方にとっていい状態なのかなと思います。

(取材/文/撮影:中 たんぺい

― presented by paiza

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