成功するチームづくりに重要な心理的安全性という言葉。2016年、ニューヨーク・タイムズの記事で注目されて以来、日本でも新聞、ラジオ、テレビ、雑誌などで数多く報道され、耳にする機会が増えてきました。
このような心理的安全性について、科学的なデータに基づいた数値で表せるようにしたサービスが、ZENTechの「SAFETY ZONE®️」です。
心理的安全性とはどのような考え方で、SAFETY ZONE®️にはどのような機能があるのでしょうか。
ZENTechの代表取締役社長を務め2022年にスタートした「心理的安全性AWARD」の実行委員長である金亨哲氏、ZENTechの代表取締役であり『心理的安全性のつくりかた』の著者である石井遼介氏に話を伺いました。
【プロフィール】
金 亨哲(きん ひょんちょる)氏
株式会社ZENTech 代表取締役社長
Shakr株式会社 代表取締役 CEO。慶應義塾大学法学部政治学科卒。 福澤諭吉記念文明塾3 期修了。世界最大の社会起業家ネットワークAshokaより2010年 日本初のAshoka Youth Ventureの一人として選出。TEDxKeio 2013Founder / Director。「世界中を故郷にする」を Mission にコミュニティを経済圏にするサービス TiTiを展開している。
石井 遼介(いしい りょうすけ)氏
株式会社ZENTech 代表取締役
慶應義塾大学システムデザイン・マネジメント研究所研究員。東京大学工学部卒。シンガポール国立大学 経営学修士(MBA)。心理的安全性の計測尺度・組織診断サーベイを開発するとともに、ビジネス領域、スポーツ領域で成果の出るチーム構築を推進。2017年より公益財団法人 日本オリンピック委員会より委嘱され、日本オリンピック委員会医・科学スタッフも務めた。著書に、『心理的安全性のつくりかた』。監修に、『心理的安全性をつくる言葉55』。
目次
「学習する組織」こそが心理的安全性の高いチーム
――そもそも「心理的安全性がある」とは、どのような状態のことなのでしょうか。
石井:
「心理的安全性がある」とは、ひとことで言えば、地位や立場に関係なく率直な意見や素朴な疑問をチームで言える状態のことです。チームの成果を上げるための土台や土壌と考えていただくとわかりやすいかと思います。
この土壌があると、気づいた課題や問題について話し合い、改善しやすくなります。つまり、組織やチームとして「健全に意見を戦わせ、生産的でいい仕事」に取り組めるため、中長期的に高いパフォーマンスを発揮できるようになるんですね。
――これまでは、話し合いではなくトップダウン型で指示を遂行していくチームが多かったように思えます。現代のチームにおいて、心理的安全性が必要な理由を教えてください。
石井:
経験に基づき予測すれば未来がわかるーー正解のある時代は、過去のものになりました。現在は、市場の変化が激しく、また業務も複雑化し続ける「正解のない時代」です。VUCAの時代なんて言われますよね。
このような正解のない時代には、素早く行動して「暫定的な正解」を探し、実際に取り組み、実践や失敗から学ぶ必要があります。そのため、安心して意見を表明し、また挑戦できる環境、つまり心理的安全性のあるチームが大事なのです。
心理的安全性という言葉の語感からは、誤解をされることもあります。例えば「心理的安全性があるチームって、妥協し合うヌルい職場なんじゃないか」と指摘をいただくことがあります。
でも、そうではありません。心理的安全性の高い状態とは、チームのために発言しても、責められたり、罰せられない状態で、目標に向かっていけることを指します。意見をぶつけあい、健全な衝突を元に、組織として学習していく。これこそが心理的安全性の高いチームです。
組織の心理的安全性を測定するSAFETY ZONE®️とは
――チームの心理的安全性を測るためにつくられた「SAFETY ZONE®️」について、どのようなサービスなのか、教えていただけますか。
金:
SAFETY ZONE®️は、20の設問に回答すると、チームごとの心理的安全性のスコアが可視化されるサービスです。
石井の提唱する心理的安全性には、「話しやすさ」「助け合い」「挑戦」「新奇歓迎」の4つの因子があります。SAFETY ZONE®️ではその因子ごとのメンバーの点数から、チームのスコアを算出します。そのチームの「心理的安全性の高さ」に加え、「仕事の基準の高さ」が見られるようになっています。
――調査を行う上での工夫はありましたか。
金:
SAFETY ZONE®️では、回答者の「サーベイ体験」を最大化することを意図してサービスをつくっています。急に担当部門からサーベイを実施する旨と期限だけが明示され「現業で忙しい中、意味もわからずサーベイをやらされる」ような状況が、残念ながら多くの日本の組織では起きています。そうではなく、回答の意義、意味、意図がよくわかり、またサーベイ回答を通じて、回答者やチームが学習できるような体験を意図的に設計しています。
例えば、「このサーベイは、こういう目的で行っています」と、目的や意図を記載し、サーベイ終了後にも担当者からのメッセージを表示する欄を機能として設けることや、回答終了後、チームで見れるワークショップ動画を提供しており、その動画を見ながらチームで自分たちの組織の心理的安全性について、話し合えるようにデザインしています。
石井:
大企業におけるサーベイ疲れはよくある現象ですよね。調査へ回答した後、結果の判明に数ヶ月かかる場合もあり、そのような結果のフィードバックまで時間をかけ過ぎることが、回答した意義を感じにくくさせてしまいます。SAFETY ZONE®️では、回答終了直後に自分自身の心理的安全性の結果がすぐに見られて、チームの心理的安全性の結果も、同じチームで3人以上の回答が集まれば、確認できるようにしています。
――ありがとうございます。SAFETY ZONE®️の開発のきっかけについて、お聞きしてもよろしいでしょうか。
金:
SAFETY ZONE®は、心理的安全性という考え方を広めるだけではなく、実際に心理的安全性が高く、成果の出しやすい組織づくりのために考案されたサービスです。
創業当時、特にクライアント企業の中で心理的安全性という考え方を広めようと思った際のボトルネックとなったのが「定量化できない」という点でした。客観的な手段を持たない中で「あそこのチーム、心理的安全性が低いですよね」と言っても、あくまで個人の感想や感じ方ともいえ、経営課題には挙がりにくかったのです。しかし定量化すれば「この部門のチームは総じて心理的安全性が、全社平均から●ポイント程度低く、またその悪影響で若手離職率が●%と高止まりしている。」のように、手を打つべき経営課題として現状を可視化できます。
けれども当時は、その状態をしかもチーム単位で定量化する方法がありませんでした。そのため、まずは「チームの心理的安全性の状態を客観的に測定しよう」と思い、このサーベイツールの開発を決めたんです。
サーベイツールを開発するために、課題となったのが、結果を出力するためのロジックです。当時、どのような状況が心理的安全性につながるのか明確にわかっていませんでした。心理的安全性に関する設問がアメリカの就業環境に紐づいたものしかなかったため、日本の就業環境に於いても計測可能な尺度(設問)を見つける必要がありました。
そんなときに、思い浮かべた人物が、以前から親交のあった石井です。当時、石井はシンガポール大学のMBAに通っていました。その石井に心理的安全性の因子づくりをやってもらえないかとお願いして、SAFETY ZONE®️の開発が始まりました。
石井:
金に声をかけてもらったとき、私は心理的安全性というよりは、個人でリーダーシップを取るために重要な「心理的柔軟性」について研究をしていました。
心理的柔軟性とは、「その時々に応じて、役に立つ行動を取る」――しなやかに、「変えられないものを受け入れる」「大切なものへ向かっていく」「それらをマインドフルに見わける」リーダーシップのスタイルです。
このような個人に焦点を当てた研究を進めていたのですが、個人だけを研究の対象とすることには限界を感じていました。結局、人間は社会的な生き物です。個人の才能と情熱を解き放ち、全ての機能を発揮し輝くためには、逆に組織やチーム、働く環境や家庭・友人関係から、個人だけを切り離して考えることは難しかったのです。そこで、個人だけを対象とするのではなく、チームや組織へ拡張して研究に取り組もうと思いました。もちろん、心理的安全性という概念についても研究の射程に入っていました。
金に声をかけてもらってからは、毎月シンガポールから日本に帰国して、イベントに登壇したり、データを収集したりしながら、心理的安全性の因子について調査を始めました。
――双方の進んでいく方向が一致したのですね。開発はどのように進めたのでしょうか。
金:
心理的安全性のサーベイシステムをつくることは決まっていましたが、どのような設問が適切かはわかっていなかったので、まずは心理的安全性について、ビジネスの第一線で活躍する実務家ゲストと石井が登壇し、実践智×科学的知見で理解を深める「ZENTech Night」というイベントを設け、アンケートを取ることにしました。イベントで心理的安全性に関する発表スライドをお渡しして、代わりにアンケートで約100問の設問に答えていただいていたんです。
石井:
初期の心理的安全性の調査では、100問近く設問を出していました。その上で、設問を統計的な手法で絞り込み・カテゴライズし、また米国版のエドモンドソン先生の指標とも比較検討しながら設問を完成させていきました。COSMINと呼ばれる国際スタンダードの手法を参照して設けたものです。
その回答内容を分析していくと、日本の組織では、「話しやすさ」「助け合い」「挑戦」「新奇歓迎」の4つの因子があるときに、心理的安全性が感じられると判明しました。因子のラベルがわかると、サーベイの重複する設問がわかるので、そこを削ったり、代表的な質問が心理的安全性と接続できていることを確認したりしながら、テストを繰り返し、最終的には20問に答えることで心理的安全性を測定できるようにしました。
金:
サーベイのシステム面では、回答のしやすさと分析結果の画面の仕様にこだわり、たくさん調整しながら開発を進めました。とにかくプロダクトアウトにならないように注意していましたね。
石井:
そうですね。「ユーザーにいい体験を届けるために、どうしたらいいんだろう」という観点で、社内外の意見やフィードバックを取り入れながら、進めていました。
金:
弊社では人事領域で活躍されてきた方が多いので、「どういった回答を得られるといいのか?」というテーマを、社内でディスカッションさせていただきました。リリース前から現場・人事・経営という3つの観点から機能をつくり込めたのは幸運だったと思います。
――サーベイの結果の活用方法について教えてください。
金:
たとえば、同じ営業部門の中で、あるチームは高い数値で、別のチームは低い数値になることがあります。その場合、低いチームに着目するのではなく、高いチームのやっていることを調査し、その実践事項を横展開すると低いチームの心理的安全性が改善されるケースがあります。
石井:
他には、リーダーが「うちの部署は、こんなに数値が低いのか」と気づくと、心理的安全性の改善に乗り出すケースがあるんですよね。レコーディングダイエットみたいに、数値を計測してリーダーやチームで見るだけでも効果的です。
ZENTechの目指す未来
――サーベイを開発されたのが2018年です。心理的安全性という言葉の市場への浸透とともに、サーベイも成長してきたと思います。最近の反響はいかがですか。
金:
「心理的安全性」の重要性について、2016年にGoogleが発表した当時は、アンテナが鋭い人事の方や経営者に限られました。2020年頃からは広く一般の方にも心理的安全性という言葉が知られてきたように感じます。
昨年、弊社では「ZENTech Day」という心理的安全性についてのトークイベントを開催したのですが、500人の定員が即日で埋まりました。また石井が登壇した心理的安全性をテーマとした他社イベントでも数千人が登録・参加するなど、市場の拡大を実感しています。
石井:
そうですね。製造業、IT、金融機関等を中心に、ご依頼を頂くことが多いのですが、全社的に心理的安全性醸成を行おうという機運が高まっています。例えば、組織風土をより良くするキックオフとして、トップと私の対談を全社や管理職に配信するところからスタートするという上場企業様も増えてきました。
――石井様が『心理的安全性のつくりかた』という本を出版されたのも大きいのでしょうか。
金:
そうですね。メディアや新聞での出演は大きいように感じます。もともと石井と2人で、「心理的安全性の市場は伸びていくだろう」という話はしていたんです。いまは心理的安全性の市場が伸びてきて、さまざまなアプローチ方法が編み出されてきました。目標とする山の登り方がたくさん出てきて、うれしいですね。
石井:
「こういうやり方があった」「こうやってみるとすごい成果が出た」という事例が世の中にあふれて、みんながチームとして幸せに働きながら成果を出せる社会になってほしいですよね。
――これまで見てきた企業の中で、心理的安全性について印象的な取り組みはありますか。
石井:
そうですね。たとえば、テキストコミュニケーションのグランドルールとして、「相手に行間を読ませない、読まない」とルール化した事例があります。
「明日までにお願いします」と言ったら、「本当は今日やってほしいけれど、気を使って明日にしました…」ではなく、「ほんとうに明日までで大丈夫」と捉えるという意味です。もし今日やってほしい場合は、「今日お願いします」とお願いする。行間を読んだり、読ませたりしないことを、あえてルールとして定めておくと、安心してスムーズなやりとりができます。
――ありがとうございます。最後に、ZENTech として、目指す目標はありますか。
金:
我々は、2023年度の戦略コンセプトとして、「心理的安全性を塗り拡げる」を掲げています。
石井の本は、監修した「心理的安全性をつくる言葉55」と合わせて2冊で20万部以上発行されていますが、日本の就労人口は6000万人以上いるんですよね。心理的安全性をテーマにした書籍もたくさん世にはでていますが、それでも就労人口の99%にはまだ届いていないのでは?と考えています。僕自身、心理的安全性の考え方自体は社会に属する全員に知ってもらいたいコンセプトだと思っているので、これまでと桁違いに多くの方々へ、広く伝えていきたいと思っています。
そのためには、開発部門の強化とスピードアップが非常に重要です。「SAFETY ZONE®」や開発中の「チームと伴走する」デジタルプロダクトを用いながら、みなさまへ価値提供を続けていきます。
石井の研究する「日本のチームにおける心理的安全性」の考え方は、ビジネス界だけでなく、学校教育や医療機関、研究室のような専門機関へも応用できるものと考えています。
世の中に、成果を上げるしあわせなチームを増やすこと。これが私たちの使命です。
(取材/文/撮影:中 たんぺい)