「The Breakthrough Company」を掲げ、クリエイティビティを軸としたPR・マーケティング領域において、テクノロジーを活用した企業の新規事業開発や、革新的なプロモーションなどを手がける株式会社GO(以下、GO)。そんな同社が、新たな「Breakthrough」を生み出そうとしている。テレビCMに関わる一連のプロセスを一元管理するSaaS型のサービス「CM in-house(CMインハウス)」をリリースしたのだ。本サービスのローンチの経緯と特性について、事業責任者を務める田中陽樹さんに聞いた。
2006年電通入社、2018年よりGO入社。ファミリーマート、損保ジャパン、NTTdocomoをはじめとした大手クライアントのアカウントを担当。一心堂本舗「歌舞伎フェイスパック」の商品開発およびシリーズ展開をプロデュースし、海外広告賞を受賞。新規事業立ち上げ、リブランディング、大型キャンペーンなど、クライアント側のチームに参画して、組織体制構築まで含めたトータルマネジメントをする。ブランディング戦略から獲得プロモーションまで、数多くのプロジェクトをリーダーとして率いた圧倒的な経験量をもとに、前例のない企画、不可能に思われるアイデアを実行まで導き、その後の売上・利益まで含めて事業成長に貢献するビジネスプロデューサー。
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テレビCMの出稿のハードルを「ぶち壊す」新サービス

企業や事業の成長にとって、効果的な広告出稿は重要なファクターだ。実際、日本の総広告費はコロナ禍全盛の2020年に落ち込んだものの、2022年は7兆1,021億円と過去最高を記録した(※1)。反動需要もあるが、インターネット広告が依然として堅調な伸びを見せていることや、企業のDXへの需要増によるIT市場の拡大、事業成長に向けた広告予算の増加などの要因が挙げられる。
インターネット広告全盛といわれている中、マスコミ四媒体(テレビ・ラジオ・新聞・雑誌)の広告費は苦戦を強いられている。一方で、広告において依然として高い存在感を示しているのが「テレビCM」だ。
テレビCMは短期間で幅広い属性に向けた訴求を大規模におこなえるため、認知向上に向けた施策として現在でも有効な選択肢といえる。しかし、広告主にとってテレビCMの出稿は難解でノウハウが求められるものだ。そのため広告主と放送局の間には広告代理店が介在し、プランニングや出稿業務を担う構造になっている。しかし、このような業界構造が、広告主にとって「不便」を生んでいることも事実だ。
「長年テレビCMに携わってきましたが、以前から考えていたのが『なぜこんなに大量の紙やPDFでやり取りしているんだろう』ということでした。企業のDX、それに対してのソリューションとしてSaaSが活用されている時代。なぜテレビCMの出稿はクライアント側が毎度大変な思いをし、使いづらいファイル形式で管理している状態なのか。まとめてシンプルにしたほうがよく、それならGOでやろうと考えたんです」
そう語るのが、インハウス型でのテレビCM出稿を実現するダッシュボードツール「CM in-house」の事業責任者、田中陽樹さんだ。田中さんは2006年に大手広告代理店入社後、テレビCMの買付を担当。その後営業に回りテレビCMのプロデュースなどに携わってきたエキスパートだ。そのような田中さんが抱いた課題こそが、広告代理店の介在、さらにいえば代理店都合のデータ提供のあり方だった。
テレビCMの種類には大きく分けて「タイム」と「スポット」がある。前者は特定の番組を指定する買い方で、後者は放送したい期間や地区、出稿する量をプランニングした上で枠を買いつける手法だ。スポットは番組指定ができない分、タイムと比べて視聴率1%あたりの金額は安くなる。より広範な認知獲得のためにはスポットが有効であるものの、データの煩雑性は上がっていく。
「指標はたくさんありますが、基本的に広告主の方々にお伝えしなければいけない事柄は、出稿するGRP(※2)と、視聴率1%あたりの単価です。そのため、代理店はクライアントから出稿したい期間・放映時間帯・想定予算をヒアリングし、放送局から単価見積もりを取って予算の最適なプランニングを提案します。
しかし、提案時に広告代理店から出てくるプランニングデータは使いづらいPDFやExcelファイル、しかも代理店ごとにフォーマットはばらばらです。フォーマットがばらばらなので代理店によって開示しているデータもまちまち。ひどい場合には代理店にとって都合の良くないデータを隠しているケースもあります。広告主にとって不透明で、管理しづらいデータ形式では、最適なCM出稿が実現できるはずがありません」
全国にスポットCMを出稿する場合120局以上の出稿データを扱うことになる。しかし、そのような膨大な情報を代理店都合のPDFやExcelファイルでやり取りしていて、そのデータ管理方法も広告主担当者個人に依存している。これでは企業として出稿データ管理が正しく行われず、継続的に勝ちパターンを検証・再現することもできない。
企業にとって、経営戦略に関わるあらゆるフェーズでデータを基にした判断がおこなわれる。そのような中で、煩雑な形式かつリアルタイム性の低い情報収集のあり方は、面倒な工数がかかる上に非効率に思える。このような点からも、テレビCMは構造により参入障壁を高めているといえる。そのような業界課題の解決を目指すツールが「CM in-house」だ。
※2 GRP(Gross Rating Poin)=過去に一定期間放送されたテレビCMの視聴率の合計、延べ視聴率。たとえば視聴率10%の番組に20本、5%の番組に30本の出稿と仮定すると、10%×20=200GRP、5%×30=150GRPであり、合計で350GRP分の買付となる。
効率化と適正価格で「テレビCMのLCC」を目指す

では、具体的な機能とはどのようなものか。「CM in-house」が提供する機能は、いわば「代理店主導から広告主主導への革命」といえるだろう。
先述の通り、これまでのテレビCMの出稿に関わる情報は、広告代理店の担当者の判断に依存している。見方を変えれば、担当者にとって都合のよい情報のみが提供され、核となる部分はブラックボックス化される傾向にあった。「CM in-house」の場合、そのような広告主に必要なデータがすべて共有され、そのデータ自体が広告主側でコントロールできる機能を有する。

「もともと、放送局各社と広告代理店の間では伝送システムというものを利用していて、20年以上も前からデータ管理が進んでいるんです。それが広告代理店の都合によって取捨選択された上に、フォーマットも変えられて提出されています。このような不透明で時間のかかるプロセスを省き、必要なデータをすべて公開するのが『CM in-house』です。
『CM in-house』ではCM出稿のご相談から見積り、実際の出稿作業から効果測定を含めたすべてのプロセスをワンストップで実現できることが特徴です。システムは常時稼働しているので、当然24時間365日常に相談が可能。見積りは最短で3営業日、発注後のタイムテーブルの提出に関しては最短発注翌日と、これまでのマンパワーでおこなっていた作業に比べて圧倒的なスピードで広告主に提供可能です」

データの開示をおこなう一方で、広告代理店としての必要な機能、つまり放送局各社との交渉業務などは大手広告代理店で経験を積んだテレビCMのプロフェッショナルを中心としたチームが担う。データは可視化・効率化しつつ、担当者は従来より求められている綿密なコミュニケーションにリソースを集中させられる仕組みだ。さらに、同社は「価格の透明化」にもこだわった。
「テレビCMで支払う手数料は『内マージン』であり、出稿料に平均18%から20%ほどの手数料を上乗せした額が提示されます。しかし、テレビCMの出稿業務を俯瞰すると、CM枠の買付とアクチュアル(放映したCMが実際に獲得した視聴率)の分析、効果検証などがあります。後者の2つは広告主からの要望があればおこなうことが通例です。言い換えれば、やってもやらなくても同じ手数料が請求されることになっています。
『CM in-house』では、広告主によって違うニーズに価格面でも対応しようと考えました。たとえばテレビCMを可能な限り安く出稿したいという企業もあれば、その後の効果検証までしっかりとやってほしいというニーズもあります。そういった面からも、効果検証まで含めたプランを基準として、CM枠の買付のみの場合は手数料から一律で5%割引きすることにしました。
『CM in-house』が目指すのは『テレビCMのLCC』。つまり、しっかりとデータを開示し効率化を実現しつつ、ニーズに合わせた適正な価格を提示することで、広告主にとってより利便性の高いサービスを提供できるということです」

『CM in-house』を全CM出稿のスタンダードに

『CM in-house』はこれまでの業界慣習をくつがえすものであり、業界にとっては驚きをもって迎えられた。実際、GOおよび田中さんには同業からの問い合わせも多いという。しかし、サービスローンチに向けた放送局各社との調整は好意的だった。
「業界として、デジタル広告への広告予算シフトは非常に懸念される問題であり、最も不安を覚えているのは放送局の方々です。一方で、広告代理店という存在はただ見積りのやり取りをするだけではなく、価格やプランニングなどさまざまな交渉を担う立場であることも事実です。そういった面でも、広告主と放送局の間に立つ立場がより効率化を図り、利便性を追求したサービスが提供されるのは放送局にとってもメリットが大きいのです」
テレビCMは依然として大きな影響力を持つものの、その市場規模は縮小傾向にあることも事実だ。前述の調査によれば、地上波テレビの広告費は1兆6,768億円と前年同期比で2.4%下落した。放送局各社としても、広告主のテレビCM離れへの焦りがある。そういった面からも『CM in-house』は三方よしのサービスだといえる。

サービスのリリースから約2か月が過ぎた現在、すでに利用を開始したのは10社を超え、広告主からの問い合わせも150社を超えている。特筆すべきは、これまでテレビCMへの関心が薄いとされてきたスタートアップからの問い合わせが多い点だ。
「現状では、スタートアップからの問い合わせが半分ほどで、いわゆるナショナルクライアントと呼ばれる大企業からの問い合わせも約3〜4割。やはりこれまでテレビCMに出稿したいと考えているものの、その不透明さが障壁になっていたことがわかります。
また、大企業にとってもテレビCMのインハウス化へのニーズは高いことがわかります。特に、今後はコネクテッドTVとの最適なプランニングが課題になってくるので、データを代理店まかせにせず自社で保有しておきたいというニーズで『CM in-house』の利便性をより実感いただけると考えています」
テレビCMにおける広告代理店としての機能に一石を投じた『CM in-house』。今後サービスの方向性はどのように考えているのか。事業責任者としての田中さんの考えを聞いた。
「まずは全テレビCMの出稿におけるスタンダードとなるようなサービスにしていきたいと考えています。現状テレビメディアにおける広告費は約1.7兆円ですが、これから日本経済を担うスタートアップからの問い合わせが多いことからも、テレビCMにはまだ伸びしろがあると考えています。広告主にとって利便性の高い機能を強化していくことで、『CM in-house』での出稿が第一選択肢となるようなサービスとしていきたいです」
より快適なユーザー体験を実現するサービスへ
「実は、構想自体は10年くらい前から考え始めていました。当時は大手広告代理店で働いていて、スタートしてどれくらいのお金がかかるのか、データで渡すときに適したまとめ方や取り扱いなどをどうするのかなど、具体的なところまで踏み込めなかったんです。GOに入り構想を本格化させ、サービスに落とし込んでいったという流れです」
サービス構想の経緯を田中さんはこのように説明する。サービスのリリースから2か月が経ち、すでに150社以上の問い合わせを受けている注目のサービス「CM in-house」は、テレビCMに長年携わってきた田中さんの顧客に対する想いからスタートした。では、具体的にどのような開発体制でシステムを組み上げていったのだろうか。
「わたしは事業責任者としてビジネスサイドを担当し、開発体制はPM1名、デザイナー1名、エンジニアはサーバサイドとフロントエンドを1名ずつで開発していきました。グループ会社のメンバーも含まれますが、開発自体はGOでおこなっています」
具体的な開発は、サーバサイドはGoogle Cloud Platformを用い、GraphQLで構築、フロントエンドはTypeScriptとNext.jsなど、モダン開発言語とフレームワークを活用しているという。GOはクリエイティビティに絶大な評価を集める企業だが、一方で特筆すべきはテクノロジーの活用だ。これまでPR・マーケティング領域で幅広く、社会的にも大きな反響を呼んだ施策が実行できているのは、自社グループで高い技術力を持ったテック人材を抱えていることが所以だ。
「注力したのは、これまでテレビCMを出稿したことのない企業でもわかりやすいUX/UIを提供することです。端的にいえば『データがわかりやすく可視化されていること』『誰でも使いやすいUIであること』『データを簡単に管理できること』に重点を置きました。
ただローデータを見せるだけでは専門的な知見が求められ、それこそハードルが高くなってしまいます。たとえば、見積りや出稿状況などのステータスがすぐに把握できることや、これまでの出稿履歴を見て、効果検証が一目でわかるように図式化するといった仕組みです」

「CM in-house」を利用するメリットは、今後の拡張性にもあるという。テレビCMの出稿データがクラウド上に集約されれば、GO内でも知見が集約される。サービス自体でもデータの利活用が見込めるためだ。最後に「CM in-house」が今後予定している技術的な展望について、田中さんに聞いた。
「さきほどの通り、まずは広告主にとって利便性の高い機能を強化していくことで、『CM in-house』での出稿が第一選択肢となるようなサービスとしていくことを目指します。その一方で、今後『CM in-house』にはさまざまな業種・業態の出稿データが蓄積されていきます。そのデータを活用することで、たとえばテレビCMの最適な出稿を後押しする出稿支援機能やタスク管理支援などを追加し、より快適なユーザー体験を提供サービスへと拡張していきたいと考えています」
(取材/文/撮影:川島大雅)