若手エンジニアへのアドバイスを問われた澤円さんは、「リセットする瞬間を狙え」と言います。澤さん自身、バブル崩壊、インターネット時代の到来という大きなリセットのタイミングでキャリアを転換してきたそうです。

次にリセットが来るタイミングはどういったときなのでしょうか。そして、そのときどのような行動を取ればいいのでしょうか。さらに、「プレゼンの神様」の異名を持つ澤さんに、コミュニケーションのコツもお聞きしました。

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画像提供:株式会社圓窓
澤円(さわ まどか)さん
立教大学経済学部卒。 生命保険のIT子会社勤務を経て、1997年、大手外資系IT企業に転職。情報共有系コンサルタントを経てプリセールスSEへ。最新のITテクノロジーに関する情報発信の役割を担う。2006年よりマネジメントに職掌を転換し、ピープルマネジメントを行うようになる。直属の部下のマネジメントだけではなく、多くの社内外の人たちのメンタリングも幅広く手掛けている。数多くのイベントに登壇し、プレゼンテーションに関して毎回高い評価を得ている。2015年より、サイバー犯罪に関する対応チームにも参加。
2019年10月10日より、株式会社圓窓 代表取締役就任。企業に属しながら個人でも活動を行う「複業」のロールモデルとなるべく活動中。また、美容業界やファッション業界の第一人者たちとのコラボも、業界を超えて積極的に行っている。テレビ・ラジオ等の出演多数。

今こそ「生成AI」使い倒せ

――澤さんにとっての1995年のインターネット時代到来のような、エポックメイキングな出来事はこれから起こり得るのでしょうか。

:実はすでにリセットがかかっています。それは、Chat GPTに代表される生成系AIの登場です。これだけ生成系AIがたくさん登場していて誰でも触れる状態は、リセット以外の何物でもない。生成系AIに興味を持ったら使い倒す。この一択だと思うんです。

 

よいとか悪いとか、あるいはキャリアにとって有利になるかどうかではなく、一個人としてそのテクノロジーと向き合っていく。この姿勢が一番大事だと思うんです。この姿勢を今の若いエンジニアに求めたいところですね。

 

――IPA(独立行政法人情報処理推進機構)の「IT人材白書2020」によると、ITエンジニアの約3割が文系でした。その一方、現場で苦労している文系出身エンジニアの声も少なくありません。経済学部出身の澤さんは、文系エンジニアのパイオニアでもあります。文系エンジニアはどのような資質やスキルを磨いていくべきとお考えでしょうか。

:文系・理系というカテゴリ分けは、実はほとんど日本だけのものなんですよ。念のためさっき、Chat GPTに「文系・理系という表現は日本以外でも使われる言葉ですか?」と聞いたんですね。「いいえ、文系と理系は主に日本で使われる表現です」と明確に否定しているんです。

 

日本のエンジニアたちは、文系と理系という呪縛にかかりすぎているんじゃないかなと思います。どんどんその垣根を飛び越えていけばいいんじゃないでしょうか。たとえば、エンジニアなんだけれど経営や人事制度に対してどんどんモノを言っていくとか。

 

物事をする順番はメチャクチャでよい

――経営陣が技術をどう理解し、技術者側が経営をどう理解していくかというのは、Tech Team Journalでも非常に重要なテーマとして捉えているところです。たしかに、日本は文系・理系という固定観念に捉われすぎていると感じられる場面が多々あります。

:「なになにしてから思考」と僕は言っているのですが、「何かをするときにはきちんと順番を追ってしなければならない」という思考はいったん忘れていいんじゃないでしょうか。

もちろん、守破離の守は大事だということは概念としては理解します。

僕は空手と茶道をやっているのですが、どちらも守破離の守から始まります。空手で言えば、初級から始まって、最終的に段持ちになっていくんですけれど、順番を守らないと危ないからという意味合いが強いんですね。茶道にしたって、基本を知らないとお茶を美味しくいれられない。命に関わるものでなかったり、ものすごく効率が悪くなかったりといったこと以外であれば、物事をする順番はメチャクチャでよいと思っています。

 

僕、実は3歳のころからずっとピアノを弾いていたんです。ただ、基礎練習をきちんとやったことがないんですよ。耳がよかったので、楽譜を読まなくても“耳コピ”である程度、弾けちゃうんです。基礎練習をやったことがないにもかかわらず、僕のピアノは「かなりうまい」と小学校で評判になっていました。

 

なぜかと言えば、耳が極端によくて、ほかの人より早く曲を覚えて弾くことができたから。ほかの人が苦しい思いをしながら基礎練習をしていた中で、僕は弾きたい曲を自由に弾いていたから、同級生からはうまく見えたんでしょう。

 

何が言いたいかと言えば、「オッサンたち(経営者)は基本を知らなくてよい」ということです。経営者は、周りから格好よく見えるものだけ知っていればそれでよいんです。たとえば、最新のアプリであれば、経営者は技術面の詳細など知る必要はなく、スマートな使い方だけ知っていればよい。それを見た周りの人は、その経営者に「最新技術に触れている人」というタグ付けをすることになるからです。

 

反対に、若手は最新技術のスマートな使い方を教える参謀になればいいんじゃないかと思います。これは、若手のエンジニアにとっては有効な生存戦略になるんじゃないでしょうか。

 

――澤さんも若いころ、最新ツールに触れていたからこそ、そこからチャンスを掴むことができたわけですよね。

:そうなんです。実は、マイクロソフトに入った後も、ポンコツエンジニアに逆戻りだったんですね。周りのレベルが一気に上がったから。スキルも能力もない人間がたまたまロータスノーツという競合製品にほんの少し詳しかっただけ。その状態で入社したので、大して役に立たないわけです。

 

そんなあるとき、営業担当から声がかかったのが、クライアント企業が「社内のグループウェアをロータスノーツから全面刷新したい」というもの。大手食品メーカーのカゴメさんの仕事でした。

 

「ロータスノーツで実現できている世界観を、マイクロソフトの技術で再現できないか」という相談で、ロータスノーツに詳しいということで僕がチームに入ることになりました。ただ、ロータスノーツからほかのグループウェアに完全に刷新したという事例が日本ではまったくない状態だったんです。

 

そのときに僕が武器にしたのは、技術力というよりはコミュニケーション能力。まず、先方の困っていることを徹底的に聞いたんです。いくつか困りごとはあったのですが、中でも一番困っていることが「ものすごく負荷のかかる仕事をしている人が2人いる。この2人を何とかしてほしい」というものでした。

 

具体的には「毎日7時台に出勤してきて、世の中の情報を集めて、Excelでグラフを作り、PowerPointでPDFにしてメールで送信するという仕事。これを自動化できないか」というオーダーでした。これを聞いたときに僕は「できるような気がする」と思ったんですね。

 

それは、ビル・ゲイツがダッシュボード化するという技術のデモをしていたことを思い出したからです。デジタルダッシュボードと言っていたのですが、今考えればiframeでブラウザを切って、貼り付けるだけの話なんですが、その当時、そんなことを考えている人は多くはありませんでした。この技術をOutlookと組み合わせることで、「Excelでグラフを作って、PDFにして~」という一連の作業をOutlookだけで完結できることに気が付いたんです。

 

実装するにはいろいろな技術的な問題はあったのですが、少なくともお客さんのニーズはすべて満たせた。仕事のための仕事をしなければいけない時間が激減したと、お客さんがとても喜んでくれたんです。その結果、お客さん自身がマイクロソフトのことを宣伝してくれるようになりました。

 

口下手なエンジニアに伝えたいこと

画像提供:株式会社圓窓

――最大の成功要因は、クライアント企業との間で何が解決しなければならない課題なのかという点を共有できたことにあるような気がします。

:それは大きいですね。目の前に解決したい課題があって、そのときに後押ししてくれるものが技術だと思っています。技術ありきではないんです。困っていることを解決したいからこの技術を使う。現状をよりよくしたい、より楽しくしたいとなったときに、「これが使えるんじゃないか、あれが使えるんじゃないか」と技術を当てていくんです。

今は技術に関する情報があふれていることもあって、「この技術を使って何かできないかな」という発想になりがちなんです。それはそれで否定はしないのですが、「自分たちがどんな未来を作りたいか」というところからスタートするほうが健全なんじゃないかなと思います。

 

――澤さんと言えば、「プレゼンの神様」とも言われています。コミュニケーションを取ることに苦手意識を感じている技術者は少なくありません。コミュニケーション能力を高める秘けつのようなものはありますか?

:口下手だと悩んでいる技術者に伝えたいのは、「口下手でも友だちはできるでしょ」ということ。社内に友だちを作って、その友だちに代わりに喋らせればいいんですよ。たとえば、同期にコミュニケーション能力がすごく高いけれど技術にはあまり詳しくないという人がいたとしましょう。コミュニケーションに自信がないエンジニアは、自分が喋りたいことをその同期に喋らせればいいんですよ。そして、「これを考えたのはあいつです」といったように、その同期に自分の存在をプレゼンしてもらう。自分がすべてをやろうと思わないほうがいいんじゃないでしょうか。

 

プレゼンというと特別なものに思われがちですが、僕は普通の会話もプレゼンだと思っています。友だちとの普通の会話を格好よくしなきゃなんて誰も思わないですよね。それと同じく、プレゼンも格好よくやろうなんて思う必要はまったくない。噛み噛みでも、頭真っ白で黙っちゃっても、まったく構わないと思うんです。ただ、相手が喜んでくれるかどうかだけを考えればいいと思います。相手から「その話おもしろいね」「知らなかったよ、ありがとう」と言われたらそのプレゼンは成功なんです。

(取材:新田哲史、文:箕輪健伸)

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presented by paiza

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