「eスポーツなんて所詮ゲーム、遊びの延長でしょ」そんなイメージを持っていませんか。

愛知県の大学でマーケティング論を教えるかたわら、京都eスポーツ協会会長を務める堀川宣和さんは、「eスポーツを楽しみながら、世界に通用するビジネスパーソンに必要な5つの能力を高められます」と語ります。マーケティングとeスポーツの交点に立つ堀川さんに、eスポーツを通して高められる5つのスキルについて聞きました。


堀川宣和(ほりかわ のぶかず)さん:1970年生まれ。京都大学大学院経済学研究科博士後期課程。専門はeスポーツとマーケティング。京都eスポーツ協会会長、学生eスポーツ(SeS)、中部学生eスポーツ協会の顧問などを務め、eスポーツの普及活動に取り組む。著書に『子供の成長はeスポーツで飛躍する!』(1万年堂出版)がある。

eスポーツ=電子機器を用いて娯楽で人と競うもの


――eスポーツという名前は聞いたことがあっても、どのようなものかよくわからない人も多いと思います。eスポーツの定義を教えてください。

堀川:
「eスポーツは実際に身体を動かさないんだから、スポーツとはいえないでしょ?」とよくいわれます。日本では体育=スポーツと思われがちですが、本来の意味のスポーツは身体を動かすものだけを指すわけではありません。

スポーツの語源はラテン語「deportare(デポルターレ)」で、「気分を転じさせること」や「人と競う」といった意味があります。つまり、「娯楽で人と競う」がスポーツの定義なんです。

多くの方が考えるスポーツが「フィジカルスポーツ」であるのに対し、チェスや将棋などは「マインドスポーツ」と呼ばれます。僕は「娯楽」であり「競技」であるものはすべてスポーツだと思っています。

そこにエレクトロニックの概念が加わったのがeスポーツなので、「電子機器を用いて娯楽で人と競うもの」はすべてeスポーツです。身体を動かすスポーツと比較してITをフル活用できるという特徴があり、産業的・社会的にさまざまな可能性があります。

eスポーツは、FPS(ファーストパーソン・シューティングゲーム=1人称視点シューティングゲーム)や、TPS(サードパーソン・シューティングゲーム=3人称視点シューティングゲーム)などの激しめなものが人気ですが、幅広い世代が楽しめる「ぷよぷよ」、「太鼓の達人」、そのほかオンライン麻雀やオンライン将棋ももちろんeスポーツです。

――堀川さんはeスポーツの魅力はどんなところにあると考えていますか?

堀川:
裾野が広く、ゆるく関わることもどっぷり関わることもできて、身体能力に左右されないのがeスポーツの醍醐味だと思います。プレイヤーはZ世代中心と思われがちですが、実際には幅広い世代がプレイしているんです。

僕はeスポーツは陸上競技に近いものだと思っています。陸上競技には、100m走、マラソン、幅跳び、砲丸投げのように、瞬発性を求められるゲームもあれば、力自慢みたいなものまで、いろいろな特徴を活かした種目がありますよね。eスポーツも同じで、タイトル、種目に応じて、力を活かせる部分が異なるんです。

ですので、自分に合うものを選べますし、体格に左右されないから、高齢者や体が不自由な人も楽しめます。そういう面では、eスポーツをユニバーサル・スポーツだという方もeスポーツ関係者には多くいます。

狭い捉え方をされがちなeスポーツですが、プロ選手として活動している人もいれば、休日に娯楽として楽しむ人もいるのが実情です。実際は裾野が広いのに、ピラミッドの一部だけが切り取られてしまっているので、全体像を見てほしいなと思っています。

eスポーツを通して高められる5つのスキル


――堀川さんは著書『子供の成長はeスポーツで飛躍する!』で、eスポーツが子供の能力を高めると書かれていますが、eスポーツはビジネスパーソンのスキルアップにも役立ちますか?

堀川:
僕はeスポーツをすることで、以下5つのスキルを身につけることができると思っています。

  • コミュニケーション力
  • デジタルリテラシー
  • クリエイティビティ
  • グローバル感覚
  • ビジネス感覚

これらのスキルは、いずれもこれからの時代のキャリアアップに役立つでしょう。

Skill1:コミュニケーション力

――eスポーツでコミュニケーション力が身につく理由を教えてください。

堀川:
海外に比べて日本はまだまだeスポーツが強くありません。たとえば、野球なら、コーチがいて、監督がいて、公式試合が存在していて、情報も世の中にあふれていますが、eスポーツで強くなろうと思っても日本には人も情報も少ないんです。

うまくなるためにはネット上を調べまくり、SNSを活用して世界中の人とつながっていくしかありません。必然的に、デジタルのコミュニケーション能力はとても高くなります。

シューティングゲームを含めて、ほとんどのeスポーツは個人戦ではなく、チーム戦です。すると、勝利という共通の目的のためにチームワークができていきます。野球やサッカーなどのチームスポーツを通して身につけられるコミュニケーション能力と同じようなものは、eスポーツでもチーム戦のものを一生懸命にやっていれば身につくわけです。

それに加え、eスポーツを通して、オンラインでのコミュニケーション能力も上がります。高い実力を持つeスポーツプレイヤーは、SNSでの配信力を持つインフルエンサー的な力も兼ね備えているのが特徴です。

配信力は一種のコミュニケーション能力であり、eスポーツを好きな人は常にそこに触れています。一生懸命やっていれば、今の時代に必要なコミュニケーションが何たるかという本質が見えてきて、僕らの想像できないコミュニケーション能力が身につくでしょう。

昔は手紙という通信手段しかなかったけれど、そのあとに電話ができ、ネットができてきて、コミュニケーションの手段は変わりました。今でも手紙という手段はもちろん使われていますが、明日の予定変更をするときに手紙を送る人はいないですよね。

決して過去のやり方(アナログ的なコミュニケーション)を否定するわけではありません。しかし、従来のやり方と新しいやり方、どちらも知っていて、状況に応じて使い分けられることがこれからの時代には求められると思います。

Skill2:デジタルリテラシー

――デジタルリテラシーに関してはいかがでしょうか。

堀川:
デジタル技術を理解して適切に活用するスキルを高める一番の近道は、「デジタルを好きになること」。僕はIT企業を経営していたのでプログラマの知り合いが多いのですが、優秀なプログラマの家に遊びにいくと、プログラミング雑誌がたくさん並んでいます。

仕事に疲れたら息抜きにプログラミングの雑誌を読み、休みの日にも読む。彼らは単に職業として関わっているのではなく、プログラミングが好きで仕方ないのです。好きこそものの上手なれというように、好きという感情は強烈なモチベーションになります

最近はChatGPTを活用するためのプロンプトの話が盛り上がっていますが、発信している人たちは、それが好きで、おもしろくて仕方ないから追いかけているのでしょう。その結果として、最先端のIT事情やツールにどんどん詳しくなっていくのだと思います。仕事と娯楽の境目が溶け合っている感覚なのかもしれません。

僕は、日本のITが弱くなったのは、PCが仕事のためのものになってしまって、娯楽と切り離されてしまったことも大きく関与していると思っています。娯楽は、間違いなくPCの可能性のひとつです。義務ではなく、楽しくて仕方なく、ついやってしまうことができたら、エンジニアの仕事にも活きてくるのではないでしょうか。

PCやデジタルを好きになるのに、eスポーツはもってこいです。仕事としてITに関わるだけでなく、好きになること。好きになるとうまくなり、うまくなるとさらに好きになります。eスポーツはそのエンジンになりえるもの。強い人は楽しんでやっている人ばかりです。

Skill3:クリエイティビティ

――クリエイティビティが培われるのはなぜでしょうか?

堀川:
日本ではeスポーツはまだまだ社会的に支持されにくいです。だから、自分たちでチームを作ったり、イベントや大会を主催したりしていかないとうまくなれません。世の中に存在しないものを自分たちで一から考えてつくっていくのは簡単ではないですが、eスポーツの世界を広げていくためには必要なことなんです。

今活躍しているeスポーツプレイヤーは、「たかがゲームでしょ」「そんなことばかりやっていても食べていけないんだから」と親や社会や学校から反対されても負けずに、自ら道を切り拓いてきた人たちばかり。用意されていない道を行く過程でクリエイティビティが培われていったわけです。

僕は、本当のクリエイティビティは、ものをつくる行為そのものより、つくる素地としての常識にとらわれない生きる姿勢を指すと思っています。まだないものをつくる、魅力が人に伝わるように工夫する、eスポーツはそうしたクリエイティビティの源泉になります。

Skill4:グローバル感覚

――グローバル感覚が身につくのはなぜでしょうか?

堀川:
野球やサッカーで国際大会に出場しようと思ったら日本を代表する選手にならないといけませんが、オンラインで競えるeスポーツなら、ほかのスポーツよりも垣根が低く、比較的簡単に世界大会に出ることも可能です。

アメリカ、韓国、シンガポールといった一部の国は、コンテンツビジネスとして経済的効果が高いという理由で、国策としてeスポーツを推進しています。eスポーツなら日本にいながら世界のトッププレイヤーたちの対戦を眺められるだけでなく、プレイヤーとして参加することも難しくありません。物理的な距離や言語の壁に阻まれないので、どの国の人とも同じゲームができますし、世界のプレイヤーたちと簡単に対戦できます。

さきほどのコミュニケーション能力にもつながりますが、うまくなってくると海外の人とSNSでやりとりするようになり、国境を越えたコミュニケーションができるようになって自然とグローバル感覚が身につきます。そこから英語ができるようになりたいという気持ちがわいてくるかもしれません。

僕もインターネットの黎明期にPCを触り始めたばかりのころは、しょっちゅう英語の壁にぶち当たっていましたが、「これをやりたい」という強い思いはその壁を乗り越える原動力になるんですよね。eスポーツを通して、世界に目が向くのは間違いないでしょう。

Skill5:ビジネス感覚

――ビジネス感覚を高められる理由を教えてください。

堀川:
日本ではまだまだeスポーツに対する偏見が根強く、ほかのスポーツに比べて環境が整っていないと言わざるを得ません。しかし、今活躍しているeスポーツプレイヤーは、自分が本当にやりたいことをするためにどうしたらよいのかを考え、周囲に認めてもらえるようにさまざまな工夫をしてきています。

整っていない環境で前例のないことをやるにはどうすればいいのか、周りに応援してもらうためにはどうプレゼンすればいいのか。そうしたことを真剣に考え、行動していく経験は、ビジネス感覚を高めるのに大いに役立つでしょう。言われたことをするだけでなく、自ら率先して考え、実行する人材は、これからますます求められていくはずです。

人は好きなことなら夢中になれる

――最後に、堀川さんがビジネスパーソンに伝えたいことがあればお聞かせください。

堀川:
バブル経済崩壊後の1990年代初頭から現在に至るまでの日本経済の低迷・ 停滞期間は「失われた30年」と言われていますが、僕はこの30年で日本はITにおいて世界から取り残されてしまったと感じています。

僕は小学生のときにゲームがやりたくてPCを買ってもらい、おかげでITに詳しくなって、IT企業を立ち上げるまでになりました。僕の周りのIT長者といわれる人たちも、PCとの最初の接点はゲームだったといいます。『マイコンBASICマガジン』を見て、一生懸命プログラミングを覚えて、自分のPCでゲームをできるようになって……。

人は好きなこと、楽しいことなら夢中になれます。eスポーツも同じで、好きになり、うまくなりたいと思って一生懸命やった人だけが、とんでもないところにたどり着けるんです。

これから「Web3」「メタバース」の時代が来るといわれていますが、僕はeスポーツはその入り口になると信じています。かつて、日本は電気や自動車の時代に世界に勝ちましたが、通信の時代には負けてしまいました。

来たるWeb3時代、日本が勝ち抜いていくためには、国内でいかにeスポーツが肯定され、真剣にeスポーツに取り組める環境を用意できるかが鍵を握っていると確信しています。

この記事を読んでくださっているビジネスパーソンに伝えたいのは、PCを娯楽の一部だと思って楽しんでほしいということです。そのためには、みなさんがPCを活用してeスポーツを娯楽として楽しむことがとても大切なことだと思います。

いろいろなeスポーツがあるので、得意なものをひとつでも見つけて、楽しくなってきたらeスポーツのコミュニティにも入ってみてください。きっと、世界が広がっていきます。

(取材/文:ayan

presented by paiza

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