コロナ禍以降、エンジニアの働き方としてスタンダードになりつつあるリモートワーク。しかし、制度を導入するにあたって、出社頻度やコアタイムの検討、居住地をどこまで許容するのかといった課題に悩まされた企業も多いのではないでしょうか。

株式会社ミクシィ(取材時の社名、2022年10月1日より「株式会社MIXI」)は、リモートワークとオフィスワークを融合した新しい働き方である「マーブルワークスタイル」の制度化を進め、2022年4月から正式にスタートさせました。部署ごとに出社回数を定めることができ、日本国内の12時までに出勤可能な場所であれば、それ以上の居住地制限もありません。社員数が1000名を超える規模の企業では画期的な取り組みといえます。

この制度によって、すでに遠方への引っ越しを決めた社員も出てきているといいます。一方で、2020年3月に移転したオフィスも引き続き強固な機能を有しており、リモートワークが中心の部署にいながら自主的にオフィスへ出社する社員も多数いるそうです。

今回お話を伺った、人事本部 労務部 西花菜さんと次世代エンターテインメント事業本部 TIPSTAR開発部 マネージャーの萩原涼介さんは、「オフィスに来る魅力も大切にしていきたい」と言います。ミクシィが考えるマーブルワークスタイルの在り方、そして働き方の未来像に迫ります。


人事本部 労務部 西花菜氏
新卒でブライダルジュエリーの販売職を経験後、人事総務部署で勤怠管理などの労務業務を担当。ITベンチャー企業へ転職し、安全衛生など法令に関わる労務業務を経験後、2018年4月ミクシィ入社。労務管理業務や、多様な働き方に対応できる制度の企画、子会社の労務管理業務を担当。


次世代エンターテインメント事業本部 TIPSTAR開発部 マネージャー 萩原涼介氏
2018年にエンジニアとして新卒入社。minimo で Web版サービスの改善やサーバサイド開発を経験。2020年7月にTIPSTARに異動し、API開発や運用業務に従事。2021年4月にTIPSTAR開発部システム2グループのマネージャーに就任。2022年7月から福岡移住。

働き方の選択肢を増やすためのマーブルワークスタイル

――リモートワークについては、2019年頃から検討されていたということですが、これまでの働き方にはどのような課題があったのでしょうか。

西花菜氏(以下、「西」):当時の社員の年齢構成から、これから育児や介護といったライフステージの変化を迎える人が増えてくるだろうと予測していました。もちろん以前から育児休暇や時短勤務の制度はあったものの、たとえば時短勤務では、給与が低くなってしまうといった問題点もありました。「もっと働き方の選択肢を増やせないか」ということが、経営層の間でも課題となっていました。

――逆に、リモートワークの実施に対しての懸念はなかったのでしょうか。

西:検討していたのはコロナ禍よりも前で、当社ではリモートワークを経験したことがなかった時期でした。そのため当時は、社員から「本当にリモートでも問題なく働けるのだろうか?」といった声はありましたね。

萩原涼介氏(以下、「萩原」):そもそも入社時は、リモートワークができる会社だとは思ってもいなかったので、あまり考えたこともありませんでした。エンジニアの間で、「満員電車で通勤するのは大変だね」「暑い日や台風の日は嫌だね」といった話がときどき出ていたくらいです。

――本導入の前、マーブルワークスタイルを試験的に運用している段階ではどんな課題がありましたか。

西:コロナ禍に入ってからは、特にコミュニケーションの観点での検証が難しかったですね。この2年間でリモートワークのよさは十分享受できましたが、一方で出社していたころは普通にできていたコミュニケーションの機会は大幅に減ってしまいました。これをいかに担保していくかが、制度を設計していく中で特に難しかったです。

たとえば、検証期間中は全社一律で、最低週2回の出社を義務付けたりもしました。対面でのコミュニケーションをなくさないための検証としてやってみたのですが、結局本当に一律の頻度で対面が必要なのか、ある程度の期間はリモートでも十分なのかは、部署の状況によってまちまちで、一律で定めることができませんでした。最終的には、出社回数は部署ごとに決めてもらうようにしました。

「業務にあわせて働く環境を柔軟に選択できる」を実現

――全社的な出社日を定めないのは、思い切った決定だと感じました。もう少し背景を伺えますか。

西:出社日を残すことも考えたのですが、結局ルール化にあたって「全員がそろって出社したらこれがかなう!」と言える明確な根拠がなかったんです。

「今はリモートのほうが成果が出せる」と思っている社員に対して、「そこをなんとか出社してください」と言えるほどの根拠がない…となると、出社日をルール化してしまうよりも、社員が自然と出社したくなる施策について考えようと切り替えたんです。自宅のよさもオフィスのよさも知ってもらって、自発的に「今日は出社してみようかな」と思える人が増えたほうが、みんなが幸せになれますよね。

もちろん「なるべく出社してください」というわけではありません。出社はあくまで選択肢のひとつです。オフィスとしての機能はずっと残していますし、社内には社食もコンビニもあります。自宅は自宅で働きやすいけど、オフィスはオフィスで得られるものもありますから、「自分は絶対にこっちで仕事をする」と偏るのではなく、業務や場面にあわせて柔軟に選択してほしいと考えています。

――リモートワークを実施する際に、生産性が下がるのではないか、また社員の帰属意識が薄らいでいくのではないかといった懸念をよく聞きますが、そのあたりは制度や施策の中で担保されているのでしょうか。

西:リモートワークをするかどうかは個人ではなく部署で決めてもらっていますから、生産性が上がる、もしくは下がらないことが前提になっています。一方で、帰属意識はやはり課題なので、出社したくなる施策を実施したり、全社総会で表彰をしたりしています。あとは社長自らSlackでメッセージを流したりして、会社とのつながりを感じられるようにしています。

――エンジニアチームとして意識的に取り組んでいることはありますか。

萩原:私の部署のエンジニアでいうと、ほぼみんながリモートワークで、週1回出社する人が少しいる程度ですね。月に1回も出社しない人もいますが、逆に社食が食べられるから毎日出社する人もいます。私もその一人ですね(笑)。ただ、サービスを作っているチームですから、新しい施策を始める前にいろいろと取り決めをするときや、リリースをしたあとの振り返りなどのタイミングでは出社してもらって、みんなで議論をしたり、称え合ったりしています。

他には、懇親会もときどき実施しています。会社が費用を負担してくれる懇親会制度を利用して、チームで集まってランチをすることもあります。そういったところで、帰属意識というか「自分はこのチームの一員なんだ」とメンバーが意識できる機会は設けられていると思います。

自宅の開発環境を最適化し、エンジニアの生産性は向上

――マーブルワークスタイルが導入されてから、エンジニアのみなさんからはどんな声が上がっていますか。

萩原:基本的にはポジティブな意見が多いですね。たとえば、「気圧差がひどい日や天気が悪いときも出社せずに仕事ができるのはうれしい」という声もありますし、「オフィスで周りに人がいる環境だと気が散るから、家のほうが集中しやすい」というメンバーもいます。

逆に、ほぼ毎日出社しているメンバーには「オフィスの環境のほうが仕事がしやすい」「気持ちの切り替えになるので出社している」という人もいます。中には「通勤が運動になるから」というメンバーや、さきほど言ったような「社食を食べるために来ている」メンバーもいますし、本当に人それぞれです。

――やはり自分で好きなほうを選択できるのがよいですね。

萩原:そうですね。オフィスの機能がしっかり残っている状態で、リモートワークか出社かを選べるのがありがたいなと思います。私自身は出社派ですが、自宅が近いので、歩いて出社して、社食が食べられて、みんなと雑談ができることなどをメリットに感じています。ずっと家にいて、寝て起きて仕事しての繰り返しよりも、出社したほうが気持ちの切り替えがしやすいなと思いますね。

――制度導入後、チームの生産性が低下することはありませんでしたか。

萩原:そうですね、むしろ生産性は上がっていると思います。自宅のデスクを好きに整備して、最高の開発環境を整えているメンバーも多いんです。出社による移動時間もなくなったし、自分が一番集中できる環境が整えられて、コードを書く時間が増えた・書ける量が増えたといった声も聞いています。

一方で、人によっては、ずっと一人だと寂しいときがある、ちょっとラフに話したいことがあっても話しかけづらいという話も出てきてはいます。

そこで、最近はSlackのハドル機能を使って、私や話したいメンバーはミーティング以外の時間にハドルに入っておいて、誰か来たら雑談をしています。これはここ1、2カ月の間で始めた取り組みですが、メンバーもちょくちょく入ってきてくれて、雑談をすることもあればライブコーディングをすることもあります。だから、リモートだから議論がしづらい、話しづらいといった課題はすでにかなり解消されていると思いますね。

――そのほか、現在の働き方になって、エンジニアチームでよい効果を感じることはありますか。

萩原:コードレビューやドキュメントの質は非常に向上したと思います。全員が出社していたころは、何かあっても「この人に聞けばいいや」となっていたことも、文字情報を中心に聞いたり伝えたりしないといけなくなった効果で、以前よりもしっかり文字に起こすことを意識するようになってきたと思います。コードレビューも、みんな細かい背景までていねいに伝えてくれるようになりましたし、ドキュメントについても「きちんとルール化しよう」と議論が起こるようになってきました。

――さきほどのお話からも、個人の作業は最適化されていることが伺えましたが、チームでの作業や定例的な集まりについてはどうでしょうか。

萩原:チームでの定例を増やして、振り返りの時間を明確に設けました。というのも、以前メンバーから「最近あまりみんなとほめあっていない!」と言われたことがありまして。

出社していたころはメンバー同士で「あなたがこれをやってくれて助かった」「ここはもうちょっとこうしてくれたらうれしい」といったフィードバックを気軽にしあっていたのですが、たしかにリモートワークになってからはその機会が減っていたんですよね。だから、毎週金曜日に振り返りの時間を設けることにしました。どちらかといえば雑談会みたいな形で、「今週はこの人がこれをやってくれて、そのおかげですごくここの業務が進みました」「ここはリモートだとやりづらいから、こんな仕組みがほしいです」といった話をしています。

――コロナ禍でのリモートワークといえば、新卒入社の方の受け入れは大変ではなかったですか。

萩原:たしかに、昨年の新卒社員の育成はすごく大変でした。お互いの顔を覚えることすら難しかったですし、受け入れる側の我々も慣れていなかったですからね。

ただ、そういった昨年の取り組みを経て、今年はなるべくいろいろな人と顔を合わせる機会を設けました。各チームのリーダーやマネジャーとの1on1を設定したり、全社定例の場で自己紹介してもらったりして、早めにお互いを知ってもらうようにしたので、以前と比べるとかなり改善できたと思います。

全国どこでも居住OKになり「福岡に引っ越します」

――全社的には、現在の出社率はどれくらいでしょうか。

西:今年の4、5月で4割程度ですね。リモートワークを導入しているIT企業としては、比較的出社している人が多いほうだと思います。

――全国で居住OKになったことで、すでに遠方に引っ越された方などはいらっしゃいますか。

萩原:それで言うと、まさに私が来月から福岡に引っ越します(笑)※6月の取材時点

――えっ、そうなんですか!

萩原:今は会社のある渋谷の近くに住んでいるのですが、住環境をもっと整えたいなと思いはじめて。東京を離れたら、もっとすごしやすい環境を安く整えられますよね。

加えて、私自身今までずっと仕事に力を入れ続けてきて、もう少しプライベートも充実させたいなと考えたときに、一度住んでみたかった福岡に住んでみるのもありかもしれないなと思ったんです。だから、深い理由があるわけでは全然ないのですが(笑)。マーブルワークスタイルの制度発表から一週間後くらいには「福岡に行きます」と宣言していました。

――引っ越しをされたあとは、どれくらいの割合で出社される想定ですか。

萩原:月に1、2回程度の出社を想定しています。ただ、仕事をしに来るというよりは、みんなと話しに来るために出社する感じですね。

ずっと一人だと私自身も寂しくなるだろうし、メンバーと話す機会がなさすぎると、チャット上にしか存在しない伝説の人みたいになってしまいそうで…(笑)そうなるとメンバーもますます話しかけづらくなると思うので、ちゃんと実在しているし、いつでもなんでも話しかけてもらっていいですよというアピールも含めて、出社しようかなと考えています。

――エンジニアに限らず、遠方に引っ越されるような方はすでにいらっしゃいますか。

西:これからという方もいますが、すでに10件以上は発生しています。家庭の事情の人もいますし、萩原さんのように自分の生活を豊かにするためにやってみたいという人もいます。部署の出社ルールや業務に支障がなく、12時に出勤可能な範囲の移動であれば他に制限は設けていませんので大歓迎です。

リモート中心になったことでエンジニアに求められる要素とは

――働き方が大きく変わり、エンジニアに求められる要素にも変化はあるのでしょうか。

萩原:最近は、大きく2つの要素が重要だと思っています。1つ目がコミュニケーション能力で、2つ目は課題を見極める能力です。

コミュニケーションはさきほどもお話しした通り、対面ではなくテキストベースやビデオチャットでの会話が中心ですから、適切な伝え方ができないと、スムーズに仕事を進めることができません。要点を端的かつ的確に伝えたり、表現の仕方を工夫したりするスキルが必要だと思います。

課題を見極める能力については、以前はマイクロマネジメントをして、細かくタスクを割り振ることもできましたが、最近は密なコミュニケーションもとりづらくなっています。だから、各メンバーが「今はこんな課題に直面している」「解決するにはこんな手段で取り組む必要がある」「誰を巻き込んでいく必要がある」などといったことを考えなければなりません。ただ技術を使うだけでなく、課題を見極めて解決の手段を順序立てて考えられる力はとても重要だと思います。

――採用においても求める要件のレベルは上がっていますか。

萩原:上がっている部分もありますね。ただ、単純な技術力というよりは、さきほどお話ししたようなリモートでの仕事の取り組み方に対する要件を重視しています。逆に技術については、ペアプロやモブプロ、ライブコーディングなどもしやすくなってきたので、今後は育成やサポートにも注力できると思っています。

仕事もプライベートも大事にできる組織を追求し続ける

――マーブルワークスタイルの制度を経て、中長期的には組織としてどんな働き方を目指していますか。

西:今年の4月からマーブルワークスタイルを開始しましたが、これで終わりというわけではありません。現在はコアタイムを短くして、居住地を広げて、フルリモートもOKにしていますが、今後も時代や働き方のニーズに合わせて、みんなが働きやすい、成果を出しやすい制度へとバージョンアップさせていきたいと考えています。

ミクシィでは「発明」「夢中」「誠実」という3つのバリューを大切にしています。これらを実現するには、仕事をがんばるのはもちろんプライベートの充実も必要だと思います。リモートワークかオフィスワークかもそうですが、仕事とプライベートもどちらかに偏るのではなく、柔軟にどちらも大切にできる働き方を推進していきたいと考えています。

――ミクシィの変化や働きやすさについて、転職を考えているエンジニアのみなさんへのメッセージをお願いします。

萩原:私自身、働き方がかなり柔軟に選択できるようになってきたと感じています。コアタイムが正午からになって、全国居住可能になったことで、みんなが個々のライフスタイルを保ちつつ、パフォーマンスも発揮しやすい時間や場所が選択できるようになりました。これはエンジニアにとって非常に魅力的だと思います。

もちろんエンジニア職に限らず、社内ではあらゆるチームが、さらに生産性を上げるためにはどうすべきか、議論しています。みんなが自分で働き方を選べるからこそ、生産性も上げられるという組織にするために、今後も試行錯誤していくつもりです。

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