企業は生き物だと言われることがあります。成長し、「寿命」を伸ばすためには、自社のステージや経営環境の変化に対応していかなければなりません。

そして、現代の企業においてエンジニアリング組織は生き物にとっての「心臓」と言ってもいいでしょう。エンジニアリング組織が機能不全を起こすことは、企業にとって致命的な事態になりかねません。

このコーナーでは、数々のスタートアップ企業を支援してきたK.S.ロジャース株式会社の代表取締役CTO・民輪一博さんが、スタートアップのエンジニアリング組織が陥りがちな代表的な問題と「組織の処方箋」を解説します。

第5回は、DX化を始める多くの企業が直面する課題についてです。

DX化を始めたい組織に多い2つのパターン

こんにちは、K.S.ロジャース株式会社の民輪です。

今回は、DXをこれから推進していこうと考えている企業に起こりがちな課題やその解決方法などをお話したいと思います。

当社でも企業のDX化をお手伝いをすることがよくありますが、スムーズに進めるのはなかなか難しいと実感しています。DX化を推進しようとしている組織は、大抵2つのパターンに分けられます。

まずは企業の代表がDX化をしたがっているケース。もうひとつは、いわゆる中間管理職に当たる人がDX推進を考えているケースです。

それぞれ、どんな経緯で課題が生まれるのかご説明します。

まず、代表がDX化を進めたがっている場合です。代表はトップダウンで組織に「うちもDX化を進めるぞ」と伝えることが多いのですが、「何をどう進めたい」という具体案や知見がない場合がほとんどです。そのため現場の人たちとの隔たりが大きく、言い出したはいいものの、なかなか具体的なことが進まないというパターンが多く見受けられます。

よくあるのは、社長が「うちもAIを使って何かやりたい」と言い出すケースです。AIはあくまでDX化の「手段」のひとつです。それにもかかわらず、AIという手段を使うこと自体が目的になってしまい、目的と手段がねじれてしまうので、うまく進むはずがありません。

次に、中間管理職の人がDXを推進したい場合です。代表よりは中間管理職の人のほうが現場に近く、実務における課題感もしっかり捉えられている場合が多い印象です。

一方で起こりがちなのが、幹部や代表に「DX化を進めたい」と提案したものの、稟議が下りないので進められないという問題です。これは当然と言えば当然で、なぜ稟議が下りないかというと、投資対効果がわからないからです。ここを突破するには、それこそスタートアップが投資家にプレゼンするような、事業計画レベルの説明が必要になったりするわけですが、そこまでのレベルのものは作れず、結局始められないというパターンが多く見受けられます。

また、仮に上からOKが出て予算がついたとしても、別の壁が立ちはだかります。今度は下のレイヤーにいる現場の人たちが、「面倒だから今のままでいい」と思っているため、積極的に手伝ってくれないという問題です。すでに上を説得できて予算が下りたのに、ふたを開けてみたら現場レベルではなかなか進まない…というケースも少なくありません。

DX化がスムーズに進まない企業は、ほとんど上記のパターンにあてはまります。

ちなみに現場レベルの人、若手の人が自らDXを推進することはほとんどありません。若手の場合、そんなに大変な思いをしてDX化をするくらいなら、すでにそういった環境がある会社に転職したほうが早いと考えて、早々に転職していくからです。

そもそも「DX」とは何かを理解できているか

ところでみなさんは、そもそもDXとは何なのかが理解できているでしょうか。「説明してみて欲しい」と言われると困ってしまいませんか?

わたし自身の考えでは、データやクラウドやSaaS、AIなどのデジタル技術を活用して、顧客への提供価値を向上させ、自社の利益につなげることだと定義しています。そしてこの利益をあげるには、コスト削減か売り上げ増加のどちらかに貢献する必要があります。これを実現できる組織を作ることが、DX化だと考えています。

最近はどこの企業もDX、DXと言っていますが、正直「DXとは何なのか」がきちんと理解できているところは非常に少ないと感じます。DXは、利益を上げるための手段のひとつにすぎません。それにもかかわらず、最近はDX化自体が目的になっている企業が増えています。

たとえば、代表はとにかくAIを使いたい。中間管理職の人は、組織の生産性を高めるために何か変えたいと思っているけど、何を使ってどう変えるべきかまではわからないし、上にもうまく説明できない。こうした問題が推進の壁になっているのだと思います。

DXの理解がDX化の第一歩

実際にDX化の支援をしていると、「DXとは何なのか」を理解してもらって、スタートラインに立ってもらうまでに、非常に長い時間がかかります。

具体的に言うと、「何のためにDXをするのか」を社内に浸透させて、社員のみなさんが「よし、やるぞ」となるまでには、どこの企業でも現実的には一年程度かかります。DX化というのは、それくらい難しいことですから、まずはそこを理解していただきたいと思います。

一方で、しっかり理解を深めた上でスタートラインに立った企業は、2年目からDX用の予算を大幅に増額する傾向があります。DXを進めていくうちに、想像よりずっと大変であることや、それでも投資をする意味があることに気づかされ、覚悟を決めるのだと思います。

組織編成についても同じで、初めはDX化の担当者は、とりあえず他の部署と掛け持ちで置かれる場合がほとんどです。しかし本格的に進めていくうちに、掛け持ちでは大変すぎるとなってしまうケースも多いので、可能であれば専門の部署を作ったほうがうまくいきやすいでしょう。場合によっては専任してもらう人材の採用も必要になってきます。

ただし、アウトプットがないと人件費も割けないと思いますので、専門部署を作った場合は、何かツールやプロダクトを生み出すことも目的のひとつとして掲げる必要があるかもしれません。

DX推進の担当者に必要なこととは

当社が支援させていただく場合、代表の希望でDX化が始まったケースであれば、とにかく課題をていねいにほぐしてDXについて浸透させながら、組織内に下ろしていくようにしています。逆に言うと、それさえ気をつけていれば、そもそもトップが協力的なので比較的進めやすいと言えます。

一方で、中間管理職の方が推進をしていく場合は、どういった人物を推進の担当者に置くかにも左右されます。DX化の担当に向いているのは、上下への根回しなど社内政治が得意で、今後発生する変化を前向きに捉えられる人です。推進中は、すぐにポジティブな影響が出る変化もあれば、どうしても一時的にネガティブな影響が出てしまう変化も起きてしまいます。こうした変化を恐れず、柔軟に受け入れることができる人でなければ、DXは推進できません。

最近は、人材紹介や業務委託を通して外部からDX人材に参画してもらうケースもあるかと思いますが、長きに渡って取り組んでもらうのは難しいのではないかと感じます。本当に企業をDX化していこうと思ったら、かなり泥臭く忍耐強く組織と向き合っていく必要があるからです。

外部の人材の場合、組織の内側に入り込めないと、そこでつまずいてしまって、本質的な課題に取り組む前に終わったり、単発のプロジェクトで終わったりしてしまうケースが多いだろうなと思います。

取り掛かりは大変かと思いますが、まずは組織全体で「DXとは何か」「なぜDXを推進するのか」を浸透させるところから始めてみてください。


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