企業は生き物だと言われることがあります。成長し、「寿命」を伸ばすためには、自社のステージや経営環境の変化に対応していかなければなりません。
そして、現代の企業においてエンジニアリング組織は生き物にとっての「心臓」と言ってもいいでしょう。エンジニアリング組織が機能不全を起こすことは、企業にとって致命的な事態になりかねません。
このコーナーでは、数々のスタートアップ企業を支援してきたK.S.ロジャース株式会社の代表取締役CTO・民輪一博さんが、スタートアップのエンジニアリング組織が陥りがちな代表的な問題と「組織の処方箋」を解説します。
第3回は、エンジニアの給与テーブルや評価方法にについてです。
スタートアップがぶつかる給与に関する課題
こんにちは、K.S.ロジャース株式会社の民輪です。
今回はエンジニアの給与の決め方や評価方法についてのお話をしようと思います。
エンジニアの給与面で起こりやすい課題として、ボラティリティが大きくて露骨な金額差が生まれやすいことがあげられます。
たとえば、立ち上がったばかりのスタートアップは、当然お金がないので給与は低めに設定せざるを得ません。その後、資金調達をしてお金を出せるようになったら、今度はとりあえず給与レンジを上げてエンジニアを囲い込む作戦に出ます。
あとになって「給与レンジを高くしすぎた」と気づいて戻そうとするのですが、途中から是正をするのは非常に難しい。すでに給与が高い人を理由なく下げるのはかなり大変ですし、だからといって放置していると会社の資金にダメージを受け続け、大きな問題となってしまいます。
スタートアップの初期はどうしても評価と給与額が見合わないケースも多いですが、ある程度の規模になる前に給与額は是正する必要があります。そうしないと、人数が増えれば増えるほど、あとから是正するのが大変になってしまうからです。
エンジニア職の給与テーブルは分けるべきか
「評価に見合った給与」とひと口に言っても実際はなかなか決めるのは難しいと思います。
そこでまず考えたいのが、エンジニアと他の職種で給与テーブルを分けるか・同じにするかについてです。いろいろな意見があるかと思いますが、わたしは分けたほうがよいと考えます。転職市場の状況から見ても、基本的にエンジニアと他の職種の給与レンジはまったくもって異なります。
IT系ではない業種の企業で、たとえば、総務職の年収額が450~600万円程度というのは、一般的にめずらしくない額かと思います。しかし、その金額で実務経験のあるエンジニアを採用できるかと言われると、他によっぽど魅力的な要素がなければ、まずできないでしょう。
知名度のあるWebサービス開発企業であれば、新卒エンジニアにも年収500万円台を出すような時代です。特にスキルの高い経験者を中途採用したいのであれば、450万~600万円程度で採用するのはほとんど不可能です。もちろん給与面以外の魅力も打ち出していく必要はありますが、エンジニアは採用競争が熾烈なので、最低限の給与は出せるようにしておかなければ競争の土俵にも上がれません。よって、給与レンジは他の職種と完全に分けたほうがよいと考えます。
わたしが考えるだいたいの給与レンジですが、まず幹部やCTOのポジションは必ず1000万円を超えてくるプレーヤーとなります。企業によっては、対象となる人材がいれば1000万円代後半くらいを出してでも採用しようとします。その下につくようなマネジメントポジションでは、1000万円あたりがラインになってくるかと思います。その次のシニアエンジニアと呼ばれる人たちは、800~900万円くらいです。メンバークラスのエンジニアで550~750万円程度、新卒や若手が450~600万円のレンジに当てはまるイメージです。
当然企業規模やフェーズ、事業領域によって一概に言えない部分はありますが、現在のエンジニアの市場感でいうとこのあたりの感覚を持っていただく必要があります。
この感覚がなく、低すぎる年収提示ではエンジニアが採用できませんし、逆にあまりにも高すぎる金額を提示して一時的にエンジニアを確保すると、さきほど挙げたような給与格差に悩むことになってしまいます。
他の職種の場合、たとえば、営業であれば歩合制を取っている企業も多いでしょう。インセンティブによって変動が出る職種はやはり考え方が異なります。また、人事などは、責任者のポジションであれば給与は高くなりますが、そもそも一社にそれほど多く必要な職種ではありません。こういった点からもエンジニアと他の職種を同じテーブルに置くのは難しいかと思います。
また最近は、ひと昔前と比べてフリーランスのエンジニアの相場も上がってきていると感じます。弊社も意図的に上げていて、具体的に言うと一年間で報酬を1.1倍にして、3年間では1.3倍に引き上げていく計画を立てています。
他社との競争率を考えると一気に2倍ほどにしてしまえば金額面では負けないので、優秀なフリーランスの方を抱えたい場合には、そういった強気の姿勢もいいかとは思います。一方で採算性を合わせる意味では、いきなり倍増するのはリスクもあります。
エンジニア評価方法に「正解」はまだない
給与につながるのが評価のやり方ですが、ご存知のとおりエンジニアの評価は非常に難しく、「これが正解だ」と感じるような最適な事例は正直ほとんど見たことがありません。
エンジニアに限った話ではありませんが、業務には数値だけでは測れない定性的な部分もあります。多くの企業では人事担当者が本人と(もしくは上司を挟んで)コミュニケーションをとりながら調整し、やや曖昧な状態になっているのではないでしょうか。
これは人事や企業が悪いわけではなく、そうやって評価をしていくしかないということです。そこを完璧にやれている企業は、まだ存在しないのではないかと思います。
当社の場合は、評価項目をたくさん作っていて、それらの項目に沿っていったん採点し、その点数をもとに給与額が決まるような仕組みになっています。これだと評価軸がはっきり見えるのですが、今後の運用としては苦しいなと感じます。そもそもの評価項目が必ずしも全員にとって正しいとは言いきれないので、評価項目に対する信頼性を上げていかなければなりません。
たとえば、ひとつの軸として「CTOを目指す」といった項目があるのですが、CTOと言ってもビジネスに強い人、マネジメントに長けた人、とにかく技術力に長けている人…など、いろいろなタイプがいます。
それにも関わらず、現在運用している評価項目シートでは、よく言えばオールマイティー、悪く言うと器用貧乏な人材を目指すことになってしまいます。それが向いている人もいますが、ひとつのスキルを尖らせたい人にはスペシャリスト向けに評価項目を設けるほうがよいでしょう。
いずれは各自のキャリアに応じたパターンを用意する必要があると考えていますが、どちらにしても運用面のコストはかなりかかってしまう問題があります。
リモート環境下での評価で気をつけたい点
また、わたしが危惧しているのは、フルリモート勤務における評価が、いわゆる成果主義・能力主義にかたよりがちになってしまうことです。
最近はあらゆる企業でリモートワークが推奨されていて、当社も例外ではありません。成果主義こそが正解だと言われる場面も多いですし、わたし自身も以前はそう思っていました。ただ、最近はそれだけを推し進めていくのは危険だと感じています。
個人的には、「どんな行動をとったか」「なぜその行動をとろうと考えたか」という行動評価や考え方、コンピテンシーなど、ウェットな部分の評価もリモートでもできるようにしていかなければならないと思います。
特にコロナ禍でリモートワークが余儀なくされた企業は、創業時からリモートワークを取り入れている企業と比べると、問題点も感じているのではないでしょうか。そのためフルリモートにあまりこだわりすぎず、オフィス勤務とのハイブリッドにすることをおすすめします。そのように柔軟性を持って対処していかないと、いつまでも組織が強固になりません。
もちろん、適切な評価方法は、リモートに限った話ではありません。当社でも新たな評価軸などを作りながら、検証をおこなっている最中です。