企業は生き物だと言われることがあります。成長し、「寿命」を伸ばすためには、自社のステージや経営環境の変化に対応していかなければなりません。
そして、現代の企業においてエンジニアリング組織は生き物にとっての「心臓」と言ってもいいでしょう。エンジニアリング組織が機能不全を起こすことは、企業にとって致命的な事態になりかねません。
このコーナーでは、数々のスタートアップ企業を支援してきたK.S.ロジャース株式会社の代表取締役CTO・民輪一博さんが、スタートアップのエンジニアリング組織が陥りがちな代表的な問題と「組織の処方箋」を解説します。
第6回は、DXを推進する際の具体的な取り組み内容や進め方についてです。
守りのDXと攻めのDX
こんにちは、K.S.ロジャース株式会社の民輪です。
前回の記事では、DXを進める際に起こりがちな課題についてお話ししました。今回は、DX化の進め方や、具体的にどのような取り組みから始めるべきかについてお話しします。
DXの取り組みには、大きく分けて「守り」と「攻め」の二種類があります。
守りはコスト削減です。現状の業務プロセスを、IT技術によって最適化して、コストを削減させるための取り組みですね。攻めは売上増加への貢献です。新しい事業や価値を作り出して、売り上げや利益の向上を目指します。
この守りと攻めのDXについて、みなさんはどちらのほうがやってみたいと感じますか?
DXを推進したい企業の多くは、最初攻めのDXからしたくなるものです。もちろん会社で働いている以上、誰しも売り上げは増やしたいでしょう。それにAIなどを使って新規事業を立ち上げたり、数値を伸ばしたりできたら、企業としてはかなり格好いいですよね。でも、「実際にどんなことをするつもりですか」と聞くと、答えられない人がほとんどです。
ほとんどの企業では、そもそも組織の文化や体制において、DXの風土すらできていません。そのため、まずは守りのDXから固めていく必要があります。組織の中で日々やっている業務のコストをDX化によって削減していくのです。
わたしは、DX化には「仲間づくり」の側面があると考えています。組織全体を巻き込んで、一緒に手伝ってくれる仲間を増やさないと、DX化は一向に進みません。
特に最初は自分の本来の業務もこなしながら「DXをやりたい!」と思っている人なんて、組織の中でもごく一部の人にすぎません。そんな状態から、いきなり新しい価値を作ったり、AIを導入して利益を上げたりするなんて、相当難しいのが分かりますよね。それよりも、まずはみんなの手元の業務改善を目指しましょう。
重要なのは早く小さく失敗すること
DX化には失敗がつきものです。開発経験がある方にはわかっていただけると思いますが、DX化というのはアジャイル的に進めていくものです。早い段階で小さな失敗を繰り返して、知識や経験を積みながら、徐々に精度を上げていくしか道はありません。
大企業やレガシーな体制の企業では、取り組みの一歩目で失敗すると、その時点で終了という風潮の組織も多いのではないでしょうか。本来は早く小さく失敗すべきなのに、最初から絶対に成功を求められるハードルがある。序盤で失敗をしてしまうと、「やはり自社では無理なのでは」という空気になってしまう……。
こうした組織では、何から始めるべきかというと、まずは守りの中でも、ほぼ答えが出ているような取り組みから実施していくとよいでしょう。
たとえば、紙を減らすためにGoogleドライブを導入する、帳票発行をRPAで自動化する、そのレベルでいいんです。明らかに改善するとわかっているような取り組みから始めれば、投資対効果がわかりやすいので、上層部への説明もしやすくなりますし、現場で働く人たちもすぐに導入の効果が実感できます。
まずはそこから「DXいいね、必要だね」と思ってくれる仲間を増やしていきましょう。攻めのDXを始めるのは、そのように守りで足場を固めてからでないと、なかなか難しいと思います。
DXにおける5つのレベル
具体的なDXの取り組みについては、大きく分けて5つのレベルがあります。
レベル1は資料などのペーパーレス化です。レベル2はコミュニケーションのデジタイズ。対面やメールでのコミュニケーションをチャットベースに変更したり、情報の共有をデジタル化したりすることです。レベル3が業務のクラウド化。レベル4で、ようやく自社のビジネスのデータ化。在庫やCRM、売り上げ相関データなどの経営に関わる情報をデジタル化して、分析します。
ここまでをクリアして、レベル5で初めて、新たな価値の創出に向けて動き出すことができます。
最近は、ペーパーレス化やチャットの導入などをすでに実施している企業も増えてきました。そうした企業は、次のレベルから取り組んでいけばよいのですが、実際にはレベル1から始めなければならない企業もまだまだ多くあります。
つらく厳しい攻めのDXの道のり
守りを固められたところで、ようやく攻めができるわけですが、攻めも同様に早く小さな失敗を繰り返す必要があります。ここでも、やはり大企業ほど最初からホームランを打って成功しようとする風潮があるようです。
多くのスタートアップが失敗を繰り返しているように、最初から成功させるのは、かなり無茶な話です。現在軌道に乗っているスタートアップでさえ、立ち上げたときの事業内容を変えていない企業はほとんどないと言ってもよいでしょう。みんなどこかでピボットしているはずです。
よって攻めのDXで重要なのは、とにかくたくさん打席に立つことです。
予算においても、最初からひとつの案に高額を投じてしまうのではなく、失敗を見越して少額から始めていきましょう。たとえば、まずは一千万から始めてみて、「ここまでやれるんだ」という感覚を掴む。それを繰り返して、マネタイズできそうなものが見えてきたら、本格的に投資していくのがよいでしょう。
どんな大企業でも、最初はこうしたスタートアップのようなアプローチから始めていくしかありません。初めから何億もの予算を投じて、「この新事業を絶対に軌道に乗せなければならない」なんていう状況を作っても、まず成功はしません。
DX化に必要な覚悟と時間
攻めのDXから始めたがる企業のほとんどが、そもそも組織の中にDXの基盤がなく、アイデアを考えられる人すらいないという状態です。そのままでは、打席に立ちたくても、その方法が分かる人すらいない。だからこそ、まずは守りから固めて、DXについて考えられる人を増やす環境づくりから進めていかなければなりません。
前回の記事でもお伝えしましたが、こうした風土を作るための取り組みだけで、まず一年はかかります。一年後に、攻めに適用できるアイデアを考えられる人が一人か二人、育成できていればよいほうです。
さらに失敗を繰り返して、なんとかひとつマネタイズできそうなプロジェクトでも見つかれば、かなり成功に近いと言えるでしょう。このフェーズにたどり着けるまでの期間は、少なくとも3~5年はかかると思ってください。大企業で、既存事業での知見やリソースなどがあったとしても、数年がかりのプロジェクトになります。
「DXをやりたい」と言う企業の温度感では、そこまで長期で考えている人は本当に少ないと思います。ほとんどの人が、DXがどういうことなのか、何を使ってどうなりたいのかすら考えられていないので、「どれくらいの期間でどんなフェーズまで行きたいか」という考えもありません。
弊社も企業のDX化を支援していますが、まだまだ試行錯誤しつつ、ノウハウをためている段階で、完全なメソッドができているわけではありません。実際に攻めのDXで利益を上げられるようになるまでには、組織全体で相当な覚悟を持って進めていく必要があると思います。