企業は生き物だと言われることがあります。成長し、「寿命」を伸ばすためには、自社のステージや経営環境の変化に対応していかなければなりません。
そして、現代の企業においてエンジニアリング組織は生き物にとっての「心臓」と言ってもいいでしょう。エンジニアリング組織が機能不全を起こすことは、企業にとって致命的な事態になりかねません。
このコーナーでは、数々のスタートアップ企業を支援してきたK.S.ロジャース株式会社の代表取締役CTO・民輪一博さんが、スタートアップのエンジニアリング組織が陥りがちな代表的な問題と「組織の処方箋」を解説します。
第7回は、新規事業を立ち上げる際によくある失敗例についてです。
最終目的はプロダクトのリリースではない
こんにちは、K.S.ロジャース株式会社の民輪です。
今回は自社で新規事業を立ち上げる際に注意すべきことをお話しします。
まず前提として、新規事業を立ち上げ、軌道に乗せ、利益を出すというのは簡単なことではありません。その上で新規事業の立ち上げには、スタートアップでも大企業でも、責任者の強い思いが必要になってきます。責任者が「とりあえず事業として儲かりそうだから」程度の感覚だとうまく立ち上がらない、もしくは立ち上がったとしてもその後あまり成長しないというケースは多くあります。
とはいえ、思いが強すぎて「絶対にこれでいく」と決め込んでしまうと、それはそれで弊害が出てしまいます。作る側としては、どうしてもプロダクトへの思い入れが強くなってしまい、ロジカルな判断ができなくなるからです。
実際にわたしも過去に「プロダクトを作ったものの、初期のPSF(プロブレムソリューションフィット:問題解決のための最適解の提供)に向けては必要なかった」という経験をしたことがあります。事業がプロダクトありきのビジネスモデルではない場合もあるため、本当にそのプロダクトが必要なのかも含めて考えたほうがよいでしょう。
市場が想定とは違っていた問題
もうひとつ、新規事業の立ち上げでぶつかりやすいのが「市場の想定が正しくなかった」という問題です。
対象としていた顧客や市場が想定と違っていて、見直しが必要になるケースは非常に多くあります。また、競合他社との優位性が見えなくなってしまうことも少なくありません。
最初のリサーチで、「ある程度こういうマーケットがあるだろう」という想定はすると思いますが、そこから広げていくと、どうしても想定とのズレが生じてしまいます。特に市場があまり大きくなかった場合は、そこで頭打ちになってしまう、もしくは立ち上がるまで時間がかかってしまうといったケースもあります。
重要なのは「何を成し遂げ、どんな価値を提供するか」
新規事業で重要なのは、プロダクト作りよりも「何を成し遂げたいのか」です。プロダクトのリリースをゴールにするのではなく、「何を成し遂げるのか、そのためにユーザーに対してどんな価値提供をするのか」までしっかり落とし込む必要があります。
当社の場合、まずはプロトタイプやノーコードでの開発をしながら、ユーザーヒアリングやユーザー調査を進めていきます。最初は極力コストをかけない。その上で、可能な限りユーザーにヒアリングする。まずは作って、あとからマーケットに合わせていくという進め方です。
よって最初にやるべきは「どういうことを成し遂げたいのか、なぜ成し遂げたいのか」から、「ユーザーにどんな価値提供をしたいのか」までを道筋を立てて考えることです。それからターゲットユーザーを絞り込んで、小さく作って当てていくような形で、PSFを測りにいくのがよいでしょう。
新規事業を作る際の悩みとして、「PSFからPMF(プロダクトマーケットフィット:顧客を満足させる商品を市場に適切に提供している状態)に移行できない」という話をよくお聞きしますが、まずはターゲットを絞って、「作ったものがちゃんと顧客の問題を解決しているか、ユーザーに価値提供できているか」を考えてみてください。マーケットフィットは、その先の話です。
わたしも現在、PMFフェーズの新規事業を進めています。PSFに関してはある程度詰められたところで、今はPMFに向けてアーリーアダプターとなる絞ったユーザー層から、少し広げたユーザー数に対してのヒアリングを繰り返しています。
ターゲットを絞るにあたっては、最初はアーリーアダプターの定義をていねいに考える必要があります。そのあとで、初めてマーケットに向けてターゲットを広げていくのがよいでしょう。
早くマネタイズしたいなどの思いから、はじめからターゲットを広く設定してしまうのはよいやり方とは言えません。
新規事業におけるtoBとtoCの違い
新規事業のターゲット設定については、わたし自身がtoB寄りの経験が多いということもありますが、toC事業のほうが難度は高いと感じています。
というのもtoBの場合、ロジックを立てて考えれば「これを改善したらこうなる」といった方程式に当てはめやすく、改善にもつながりやすい傾向があるからです。
一方、toCの場合は思いがけないところでユーザーがよいリアクションをしたり、逆に悪いリアクションにつながったりすることがあります。なぜこれでうまくいくんだろう、もしくはうまくいかないんだろうと悩むケースも多く、考え方の観点を身につけるのは非常に大変だと感じます。
ただ、どちらにしても顧客の課題を徹底的に追求しなければならないのは同じです。繰り返しになりますが、「何を成し遂げるのか、そのためにユーザーに対してどんな価値提供をするのか」をしっかり落とし込むのが重要だと考えます。