企業は生き物だと言われることがあります。成長し、「寿命」を伸ばすためには、自社のステージや経営環境の変化に対応していかなければなりません。
そして、現代の企業においてエンジニアリング組織は生き物にとっての「心臓」と言ってもいいでしょう。エンジニアリング組織が機能不全を起こすことは、企業にとって致命的な事態になりかねません。
このコーナーでは、数々のスタートアップ企業を支援してきたK.S.ロジャース株式会社の代表取締役CTO・民輪一博さんが、スタートアップのエンジニアリング組織が陥りがちな代表的な問題と「組織の処方箋」を解説します。
第2回は、カルチャーフィット軽視が招く『採用数=離職数』組織についてです。
給与が高くても人が辞める組織は何が問題なのか
こんにちは、K.S.ロジャース株式会社の民輪です。
今回は採用や組織づくりで重要なカルチャーフィットのお話をしようと思います。
エンジニアに限った話ではありませんが、スタートアップ企業での採用時はカルチャーフィットを見極めるのが非常に重要です。
スキル面での評価だけで採用を進めてしまうと、どうしても会社のMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)や方向性にマッチしない人が増えていきます。すると組織としてのひずみがどんどん大きくなり、個人の能力は高いにも関わらず、チーム単位ではパフォーマンスが出せない組織になってしまいます。
そういう企業は、だいたいが給与は高くてスキルがある人は集まってくるのに、なぜか人の入れ替わりが激しいという負のループに陥っています。
カルチャーフィットの重要性
実際に弊社も、採用時はカルチャーフィットを重要視しています。弊社の経営アドバイザーからもよく言われるのですが、組織が大きくなるにあたって、採用プロセスの中に一番組み込まないといけないのが「カルチャーフィットするかどうかを見極めるプロセス」です。
弊社では3段階の採用プロセスを設けていて、具体的には、1段階目は弊社で仕事をしている現場のメンバーが見て、2段階目は経営幹部が見て、最終的にわたし自身が選考をします。その3段階すべてで共通してカルチャーフィットを見ています。
スキル評価よりもむしろカルチャーフィット評価を重視しているくらいで、ほかの企業でももっとカルチャーフィットをしっかり見極めるべきだと思っています。他社の事例を見ていると、あまりカルチャーフィットを見ていない、代表の人がそこの評価をおろそかにしている、もしくはしっかり見る余裕がないというケースがよくあります。その場合は、代表以外の幹部メンバーや投資家が指摘をしたほうがよいでしょう。
またMVVなどは、選考の精度を上げるために早めに作成したほうがよいと思います。MVVは一度策定したらそれで終わりではなく、会社のステージに合わせてアップデートしていく必要があります。弊社も最近企業としてのフェーズが上がったので、アップデート作業をしています。他社を見ていると、特にシリーズA以降ではMVVの策定が必須になってくると言えます。
スキルは高いがカルチャーフィットしない人をどうするか
もしカルチャーフィットしない人がいると感じている場合、端的に言えば辞めていただくのがお互いにとって一番です。ただし、現実はそう簡単な話ではありませんよね。
たとえば、組織がまだ小さい時期に即戦力としてスキルが高い人を優先して採用したが、よくよく一緒にやってみるとカルチャーフィットしないことがわかってきたとします。その場合に大切にしたいのが、結果として退職してもらうことになったとしても、その人に対して全力で向き合い続けるということです。
現在は弊社でもノウハウがたまり、プロセスも明確になってきたので、そういった方に対するアプローチも明確になっていますが、ノウハウがなかった約2年前は、わたしと人事部のトップでずっと議論をし続けた時期がありました。精神的に疲弊する議論ではありましたが、そのときにとことんやって、指針を定められたのは非常によかったと思っています。
カルチャーフィットしないメンバーがいるとき、会社がそこに対してコストをかけると、実は組織全体にとってはよい影響があります。逆に組織が「もうこの人は合わないから辞めさせよう」という姿勢でいると、会社全体の精神的な健全性が失われてしまいます。最終的に本人が辞めることになったとしても、社内で議論をして、本人とも極力話すように意識してみてください。
似たような事例はどんな企業でも起こり得ます。組織が成長できるかどうかは、そのときにコストをかけて、泥臭く向き合っていけるかどうかにかかっていると思います。
カルチャーフィットをおろそかにし、合わない人をただ辞めさせているだけの企業は、やはり人の入れ替わりが激しかったり、なかなか組織が成長できなかったりするところが多いと感じます。トータルで採用した人数が辞めた人数よりも多くなっていれば、全体としてはプラスになったと言えますが、逆にわずかでもマイナスが続いているのであれば、組織の成長は見込めません。
必要なのは組織側の意識改革
カルチャーフィットを重視しすぎると、組織が宗教のようになってしまうのではないかと思う方もいらっしゃるでしょう。
しかし、極端な意見かもしれませんが、組織は宗教か軍隊かに振り切ってしまうという考え方もあると思います。どちらにしても組織が大きくなればなるほど、メンバーたちへのトップの影響力は薄れていくものです。だからこそ、文化が合わなさそうな人とはしっかり話す必要があります。
そこをおざなりにしている企業は、メンバーに対して「高い給料を出しているのに額面ほどのパフォーマンスが出ていない、じゃあ辞めてください」と言うだけになってしまいます。優秀なはずの人がパフォーマンスを出せていないのは、組織がカルチャーフィットを軽視し、その人と向き合うコストをかけていないからです。
「いつか額面に見合うパフォーマンスを出してくれる人が現れる」と思って採用を続けていても、根本的な問題の解決にはなりません。間違いなく、優秀な人を生かしきれていない組織側の課題を改善するほうが先でしょう。