2022年1月1日、株式会社CARTA HOLDINGSの新CTOに就任した鈴木健太氏。今回は鈴木氏に同社のCTOに就任して考えていることについてインタビューを実施しました。

注目したいのは、本メディアで昨年6月に紹介した小賀昌法氏から企業統合によりCTOが継承された点です。いわゆる企業内での代替わりとしてのCTO交代ではなく、企業統合とともに継承されたCTOが考えることとは? そもそも、異なる企業が統合される場合、新しいCTOは何を意識し、何を目指すのか。本音とこれからのビジョンについて伺いました。

師匠からの継承の形となったCTO交代

――まず、鈴木さんのこれまでのキャリアについて教えてください。

鈴木健太氏(以下、すずけん):2012年に、前身の株式会社VOYAGE GROUPに新卒として入社しました。SSPのfluctなど、配信システムのバックエンドエンジニアとしてキャリアをスタートし、2019年株式会社fluct CTOに就任し、今回の交代を迎えています。

入社は2012年ですが、2010年からインターンとして働いていたこともあり、入社前からずっと小賀さんの下にいたことになります。いわば、今回は師匠からの継承とも言えますね。

――なるほど。今回は、師匠からの(技術・組織・文化の)継承、伝承となったわけですが、最初にCTO交代の話が上がったとき、率直な気持ちはどうでしたか?

すずけん:率直な気持ちは「やばいな」と(笑)。

先にお話ししたとおり、10年来の関係があり、旧ECナビから含め、VOYAGE GROUPのエンジニア組織について、教えてもらい、また、ともに文化を作ってきた中で、自分自身育ってきたと自覚しています。

その中で、CTO交代とまではいかなくとも、いつか小賀さんから委譲されることは考えられましたし、実際fluct CTO就任以降、そういった話題で話し合ったことはあります。ときに「CTOに興味はあるか?」と尋ねられたこともありました。

ですから、少なからず意識はあったものの、まさか小賀さんが退職するタイミングでその役割を引き継ぐとは思っていなかったんです。その意味で「やばいな」と。

既存組織をただ混ぜるのではなく、尊重し合う関係を第一に考えた

――対外的には2021年11月にCTO交代が発表されました。企業統合についてはそれ以前から話があったかとは思いますが、いざタイミングが公表され、この2ヵ月間(2021年11月~2022年1月1日まで)、何をしようと考え、また、実際どのような準備をしたのでしょうか。

すずけん:繰り返しになりますが、10年一緒に同じ組織で、エンジニアとして働いてきたため、VOYAGE GROUPのエンジニア組織のあり方は共有できていたと思います。また、それを一人ひとりのエンジニア、また、他部署を含めた会社全体へ共有するための言語化をともにしてきたため、抽象的な表現ではありますが根底の部分は通じていました。

ですから、交代するから何かを変える、何かを加えるというのではなく、現状のエンジニアリング組織を改めて見直して、今ある課題、強み・弱みを自分の頭でまとめるところから始めました。

強みは、前回の小賀さんのインタビュー記事にもあるように、事業につながるエンジニアリングの力が、VOYAGE GROUPのエンジニアの強みでもあり、特徴でした。エンジニア自身が自分たちで考え、事業を作り、育てていく文化、また、その評価制度は浸透し、大きく変える必要はないと判断したので、踏襲することを決めました。

一方で、特徴であり強みである「事業につながるエンジニアリングの力」は完成形ではなく、まだまだ上のレベルを目指せるとも考えています。つまり、最初に定義した課題はここでした。たとえば、より技術を活用した事業計画や事業開発、そして、その実現に向けたスピード感を実現する組織の作り方です。

――強みをさらに強くしていく、それを最初の課題として進めているわけですね。具体的に考えている施策はありますか?

すずけん:まず、技術に基づいた事業をするにあたっては、既存のプラットフォームや枠組みに基づく取り組みだけではなく、プロダクトによる課題解決をベースとした事業展開が考えられます。

では、それをより広く、多様に展開するにはどうするか。私たちができること、私たちの技術力、エンジニアリング組織としての能力をもっと外部に発信していく必要があると考えています。

たとえば、今回のインタビューもその一環と言えるでしょうし、私たちが運営しているCARTA TECH BLOGでの情報発信、先日開催されたDeveloper Summitなどの外部イベントでの登壇はその一環です。

技術力を習得する、人材を育てること、さらに、それを外部へ発信する(伝える)ことを課題とし、その解決に向けた施策を考えるようになりました。

――今のお話は、まさに前回小賀さんに伺ったVOYAGE GROUPのエンジニアリング組織が目指していたもの、また、そのために必要な施策と感じました。一方、今回は、新たに株式会社サイバー・コミュニケーションズのエンジニアチームとの統合が行われています。この点について、何か考えていること、目指すことはありますか。

すずけん:今回の企業統合で、エンジニアリング組織の人員が約170名となりました。ではこの170名をいきなり混ぜて再構築すればよいのかというと、そうではありません。それぞれの元の企業にある考え、文化、さらにその下に分かれる各事業ごとの考えや文化、組織構造など、階層的に分かれていきます。

この背景をふまえ、私が今回CTOに就任し、2つの企業の組織が合体することで意識したのは、「それぞれの組織の文化の尊重」そして、その先として「新生CARTA HOLDINGSとしての成長」です。

正直なところ、具体的なことはまだできていないのですが、今は、サイバー・コミュニケーションズに在籍していたメンバーと可能な限り1on1を行い、ヒアリングを行っている最中です。

どういう考えを持っているのか、何を目指してきたのか、何を課題として感じていたのか、そういった社内のエンジニア像を、自分の中に吸収している最中ですね。

事業継続と新規事業を意識したエンジニアリング組織の構築

――まず、新生CARTA HOLDINGSとしてのエンジニアリング組織を知ることから始めているわけですね。ただ、当然ながらヒアリングをしている最中も事業は継続し、企業統合と組織の融合を並行して実践しなければいけないわけですが、具体的に何か変えたことや取り組んだことはありますか?また、これからの評価や採用、育成をどのようにしていくか、可能な範囲で教えてください。

すずけん:基盤となるエンジニアリングの考え方は、VOYAGE GROUPから踏襲している部分が強いです。ただ、融合させる際に一方に偏ってしまう危険性もあります。ですから、今回の統合に伴い、CTO機能を1つの機能として分離、具体的にはCTO室として独立させました。

Tech Boardという形で、CTOが担う役割を組織化し、さらにそこへ技術広報、最近のIT企業でいうところのDeveloper Relationsの機能を付加しています。この形にできたのは、小賀さんがCTO在籍時に、CTOの機能をきちんと言語化し、まとめてくださっていたことが非常に大きいです。

また、これは旧来のVOYAGE GROUPにおいても同様ですが、背景が異なる複数の組織の融合により大きな組織になるため、技術的な判断をCTO一人でしていこうとは考えていません。これまでどおり、現場のメンバーで指針を考え、ボトムアップで決められる文化は残したいと考えています。

また、主力領域である広告を例に考えると、日進月歩変化や進化はあります。ここ最近では、広告におけるプライバシーやデータの扱いはまさにその1つで、GoogleはPrivacy Sandboxというプロダクトを推していますね。このような変化の時代では、私一人で決めていく、エンジニアだけで決めていくのではなく、事業開発メンバーはもちろん、プライバシーに関しては法務部門とも連携を取り、議論を重ねながら指針を出す必要があります。

そういう状況から、全社規模での投資やエンジニアリング組織の文化づくりを支援する機能はCTO室が担っていきます。その上で、各組織、各事業の具体的な意思決定は現場で行えるようにしていきます。

――CTO室設立は、CARTA HOLDINGSのエンジニアリング組織の新たな特徴になっていきそうです。また、そのCTO機能として、人事評価や育成、さらには採用といった業務が含まれますが、このあたりはどのように進めていくのでしょうか。

すずけん:人事評価は会社のOSです。会社を動かすために必要なシステムです。ですから、今回の統合では、VOYAGE GROUPおよびサイバー・コミュニケーションズ双方のエンジニアに対して、「評価基準(何をしたら評価されるのか)」を共通認識として持たせることに取り組んでいます。

今回のタイミングで改めて評価制度を設計し、新生CARTA HOLDINGSとしての評価を改めて構築しています。

ただ、今は目指す方向を決めている段階で、完成した人事評価ではありません。というのも、人事評価はエンジニアリング組織だけで決められるものではなく、CARTA HOLDINGSという企業全体で決定しなければならないからです。

サイバー・コミュニケーションズの評価はより詳細に、VOYAGE GROUPはよりシンプルにという傾向がありました。どこに落とし所を作るか、その基準が評価制度につながると考えます。また、人事評価でもう1つ大事なこととして、評価の仕方です。

2022年はまず半年に1回実施することを決め、評価を行う場(評価会)の開催を決定しました。

いずれにしても、CARTA HOLDINGSの経営理念に基づき、事業を推進できるかどうかを大事な基準としています。

ですから、エンジニアの採用についても、現段階で希望したい人材は、技術力だけではなく、技術をどのように活用するか、事業にコミットメントできる人材を募集したいと考えます。

グローバルでもなく、スタートアップでもない、数百人規模の企業が考える新規事業とテクノロジーとの向き合い方

――お話を伺っていて、新生CARTA HOLDINGとして目指しているエンジニアリング組織の形が見えてきました。1つはVOYAGE GROUPから続いている「事業につながるエンジニアリング力」の確保と強化、もう1つは、異なる組織の協調による事業成長を実現する組織です。この理解で合っていますか?

すずけん:おっしゃるとおりです。前者は前回のインタビューの繰り返しもありますので省略します。後者が今回の統合による効果と目指す形ですね。

今回の複数企業のエンジニアリング組織の統合は、いろいろな見方があるかと思っているのですが、客観的に見て、私たちはエンジニア組織だけで1,000人を超える大企業でもないですし、一方で、実績の少ないフットワークが軽いスタートアップでもありません。

誤解を恐れずに言えば、突出した規模の組織ではないので、自分たちの規模感と実績に見合った組織づくりを行いたいです。その中で、サイバー・コミュニケーションズ、VOYAGE GROUP双方のメンバーがこれまで積み重ねて構築してきた事業をさらに成長させていくことが大命題です。

これから入ってくるメンバーに対しては、ともに事業成長を目指せるかどうかが1つの基準になります。戦略としては、中途・新卒からの育成、双方を実施していきます。

新卒採用に関しては、私たちは事業として学生向け就職活動支援サイト「サポーターズ」を運営もしていますし、市場の変化をきちんと見ながら手段を変えています。ここ数年の傾向として、市場自体の高騰・底上げがあるため、来年度のエンジニア新卒採用枠の設定初任給を上げました。

採用基準としては、学生時代にその人が向き合ってきた課題や研究に対して、どういう好奇心を持っていたか、それは(エンジニアの素養として)再現性があると私は考えているので、とくに重視している項目の1つです。

中途採用は、私たちと一緒に事業を作っていけるかを第一に考えています。そして、採用基準として、私たちが求めている技術の言語化とその技術力を持っている人材が私たちと一緒にチームを組む意味を正しく伝えられるよう、広報の観点から取り組んでいます。もちろん、条件面を含めた強いオファーを出すことも重要と考えています。

――働き方の観点で、異なる組織の融合で見えてきたこと、課題はありますか? とくにコロナ禍におけるリモートワークをどのように考えていますか。

すずけん:(2022年2月上旬の時点で)東京の感染者数は増えており、とくにエンジニア陣に関しては(ネット回線が弱いなどの理由で出社する場合を除き)自宅から仕事をする状況が続いています。その中で、今後、職種としてフルリモートワークをどうするかという議論をしています。

現状、沖縄からリモートワークをするメンバーなど遠隔地で働いている社員がいるのは事実ですが、社としては、コロナ禍が落ち着いたら出社をすること・出社ができることを前提には考えています。

そのうえで、フルリモートワークを導入するのであれば、どういう職責、ポジションならフルリモートワークを可とするのか、職種として分けて考えるべきなのかどうかということを内々で議論している最中です。

コロナ前を振り返ると、自分を含めVOYAGE GROUPとしては、チームを作ること、文化を作ることについてオフィスという場所そのものに大きく頼っていました。その1つに、社内Bar「AJITO」という存在がありますし、そこでの社員間のコミュニケーション、また、昼休みなど業務以外での日常的な時間での会話などが、その醸成に大いに役立っていました。

今後の状況がどうなるかはわからない中、リモートでのチームビルディングをどうするかは現在も検討中の課題です。

コロナ禍においては、チームビルディングの中でもとくにオンボーディングだけは対面でのコミュニケーションを活用し、オフィスで実施する選択肢を取っているチームもあります。

いきなりオンラインで顔合わせをし、そのまま業務をすることに心理的な障壁を感じているメンバーがいるという声も上がり、その解決策として。一度対面で会うことにより、心理的安全性を作っていくことを目指した結果の1つです。

――最後に、2022年以降のCARTA HOLDINGSとしてのエンジニアリング組織の取り組みについて教えてください。

まだまだ始まったばかりで、施策の実施はもちろん、効果検証もこれからにはなります。それでも、外的要因の変化は大きく、コロナ禍でインターネットに使われる時間が格段に増えました。

私たちの大きな事業領域であるマーケティング・広告において、人々のインターネット活動時間をどのようにとらえ、事業に組み込むか、それが2022年以降目指すことです。

たとえば、TVの存在を例に挙げても大きく変わっている最中です。運用型テレビCMプラットフォーム「テレシー」はその答えの1つで、インターネット広告の一般的な指標であるCPM/CPA/CPIといったものをTVCMの効果測定にも導入しています。従来のTVCMのマーケティングではない、インターネットを前提にしたマーケティングを実現しています。

他にも、最近、多くのメディアで取り上げられているメタバースも重要な領域です。現段階で具体的なプロダクトやソリューションはないですが、そこに人が集まるのであれば、私たちは技術を使って何を提供できるのか、を考える必要があります。

今例に挙げたTVCMやメタバースなど、現存する領域から、一歩外に踏み出したもの、これから広がるであろう隣接領域を見つけ拡大していくことは、CARTA HOLDINGSとして目指していくことで、これを社のミッションとして「進化推進業」を掲げています。

「進化推進業」となるために、「進化推進力」を向上させることが私たちエンジニアリング組織の役割です。そして、そのための組織づくりが、私がCTOとして担う責任と考えています。

――ありがとうございました。

(聞き手:株式会社技術評論社 馮富久、撮影:中村俊哉)

すずけんさんに3つの質問

Q1:すずけんさんが考える優秀なITエンジニアが持っている要素

実は優秀さ、ということについてあまり考えたことがありません。優劣をつけることが仕事ではありません。すべての人が自分の能力を自由に使える社会であることを個人としては望んでいます。

ソフトウェアエンジニアリングを通じてものごとを実現しているのがどのような人かという観点でいえば、共通している要素は好奇心が持続していることです。技術についても、社会についても、知りたくてたまらない。そして調べていって、またさらに興味が湧いて調べていく。そういう習慣を持っていると思います。

Q2:すずけんさんが今注目している、技術、プロダクト、サービス

Slack、Google Meet、Zoomなどのテレワークを支えるツール群です。今年になって職務的にもコミュニケーションのあり方や将来をどうすべきかを考える機会が増えました。以前から利用していたツール類ではありましたが、2年以上のテレワーク期間を経て、文化形成に与える影響度合いがより一層大きくなりました。これまでオフィス中心に形成されてきた企業文化が、この2年間の生活スタイルの変化により、どのような価値変容を起こしているか。そして会社としてどうしていくべきか、というのを考えるにあたり、ツールの重要性がこれまで以上にあがりました。

Q3:すずけんさん個人として興味があること、これからの社会との関わり方

常に家族のことが一番です。そして弊社のメンバーが気持ちよく働き、ソフトウェアエンジニアリングによってものごとを実現できる環境をつくることをいつも考えています。

あとは今季のカープの調子と、日々のごはんに興味があります。

今はとにかくウクライナ情勢が心配です。

資本主義経済がどうあるべきか、東京でソフトウェアエンジニアとして働く個人としての活動が世界によい影響を与えられているか・・といったことについて日々考えています。個々人の合理的な行動が、本当に世の中を豊かにしているのだろうか。ソフトウェアにより経済活動が効率的になり、人間が創造的な仕事に使える時間が増え、より豊かになる未来を想像しているが、果たして少子高齢化社会の30年後に何を残せるのか。そういうことに興味があります。

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