エンジニアリング組織に限らず、多くの企業で悩みとしてあがるのが人事評価制度です。特にここ数年は「働き方改革」や新型コロナウイルスによって、企業や組織のあり方が大きく変わってきました。こうした変化の中で、いかに社員のエンゲージメントを高めるような制度を設計するか。各企業が模索を続けていることと思います。

ヘルステックスタートアップのUbie株式会社では、「評価をしない」「役職を置かない」「人事がいない」というユニークな組織づくりをしながら成長を続けています。本記事では、同社の共同代表取締役でエンジニアの久保恒太さんに、同社の組織制度や、エンジニアを含む社員のエンゲージメント向上の取り組みについてお伺いしました。

久保恒太さん:Ubie株式会社 共同代表取締役/エンジニア

AIの力で医師の過重労働問題を改善するUbie

――まずは、Ubie株式会社の事業内容について教えてください。

大きく2つのサービスを提供しており、1つは医療機関向けの「AI問診ユビー」、もう1つが生活者向けの「AI受診相談ユビー」です。

「AI問診ユビー」は医療機関向けのサービスです。医師の方々は非常に忙しいことで知られています。残業時間も非常に多く、国の定めている「過労死ライン」が80時間の中、医師の約4割が過労死ラインを超えた残業をしているというデータ(※)があります。その中でも彼らが時間を割いているのが、書類作業などのデスクワークです。われわれはAIの力を使って問診をデジタル化し、医師のDX・業務効率化をサポートしています。

具体的には、これまで紙に書くことが多かった問診票をデジタル化しています。タブレットにどんどん質問が出てくるので、患者さんはそれに答えていきます。たとえば「頭痛があるか」といった質問ですね。その回答内容に応じてAIが質問を変えながら、深ぼった問診を行い、診察室に着いたときにはすでに医師が聞きたい情報が手元にある、というサービスです。

一方、「AI受診相談ユビー」は、生活者向けのサービスです。AIが利用者から症状をどんどん聞いていき、適切な受診先や関連する病名を調べることができる、Web医療情報提供サービスになっています。

BtoCとBtoBの2つのサービスはつながっていて、「AI受診相談ユビ―」の結果は「AI問診ユビー」を利用している医療機関へ送ることができるので、それによってさらに利便性が増していくような仕組みを作っています。あとは医療機関だけではなく、製薬企業との協業もしています。

※:出典 厚生労働省「医師の勤務実態調査」(2019年9月実施)

適切に評価するのは難しいから「評価をしない」道を選んだ

――続いて、組織の話について伺います。Ubieでは「評価をしない」という制度を導入されているとのことですが、そこに至るまでの経緯を教えてください。

最初に、Ubieには2つの組織があります。立ち上げ〜事業化といった「0→10」を担う「Ubie Discovery」(以下、「Discovery」)と、「10→100」の事業のスケールを担う「Ubie Customer Science」(以下、「Customer Science」)です。「評価をしない」といった制度はDiscoveryチームでのものになります。 

2017年5月にUbieを立ち上げて、ちょうど4年くらいになります。スタートアップって最初のころは評価制度がないのが一般的かなと思いますが、会社が大きくなってきたときに評価制度が必要かどうかを考えた結果「評価をしない」というルールに決めました。

そもそも人を評価するのは難しいですよね。特にDiscoveryチームは定量的に正しく評価しづらいんです。「0→1」って、それが最終的にどれくらい大きなものになるか、最初の方向性だけだと分からないことも多いですから。

Ubieを立ち上げる前にいた会社でも、評価制度に対して職場のエンジニアが不平を言ったり、「あれは交渉のゲームだよ」などと言っていたりしたことがありました。その経験もあって「本当に誰もが幸せな形で公平性を保つことはすごく難しいな」と感じていたんです。また、評価をするためでなく、事業の成長のためにコストを使っていきたいという思いもありました。

評価を何のためにするかと考えると、まずは報酬面の査定のため、そしてフィードバックを通じて、個人を褒めたり課題を見つけたりするためにやっているのではないでしょうか。

このうち、報酬面に関しては、給料と評価が結びついている会社が多いと思います。評価によって自分自身の給料が決まるから重要なんですよね。であれば、たとえ評価しなかったとしても給料が上がるような仕組みになっていれば問題ないのではないかと考えました。なお、Ubieでは全社員にストックオプションを与えています。評価はなくても、社員は高いパフォーマンスを出すことで、会社の時価総額が上がり、EXITの際に自分に跳ね返ってくるようになっています。

また、評価をしないことによって目標が見えにくくなったり、フィードバックがなくなったりしてしまいがちです。こちらについても、評価はしないですが、個人の成長や課題発見のためのフィードバックの機構は整えています。また、OKRによって目標を定めていて、各メンバーが困ることのないようにしています。

その他の課題として、この制度ではフリーライダーみたいな人が社内にいてはいけないので、組織設計的に最初の入口、採用の段階で、この会社でバリューを発揮できそうな人かどうかっていうのをしっかりと見ていますね。中途採用でも選考で面談を4回ほど実施しています。

――現在、Ubieでは各メンバーの給与はどのように決まっていくのでしょうか。

一番大きな要素は、その人が入った時のインパクトや、そのときの市場価値ですね。あとは入社するときに給料とストックオプションの比率を選べるようにしていて、2つのバランスを本人に決めてもらっています。

社内の上下関係を排した「ホラクラシー組織」を採用

――次にDiscoveryチームの組織体制について教えてください。評価をしないのとともに、役職も設けていないということですが、具体的にどのような組織体制なのですか。

 もともとは代表以外にマネジメントのメンバーを置かない文鎮型の組織でした。ただ、人数が増えるにつれて意思決定の速度に課題がでてきたため、今はホラクラシー組織を採用しています。

 ホラクラシー組織では、目的ごとにサークルと呼ばれるチームを作り、その中で意思決定を繰り返していきます。特に従来型の組織と違うのは、権限を人ではなく役割に対して与えているところですね。社員間の上下関係がなく、ピープルマネジメントが排除されています。

サークルの中での決定に対しては決裁なども必要ないので、サークルの中の人たちでどんどん決めていけるようになっています。

もちろん、ホラクラシー組織を運用していくには、個々のメンバーが優秀でないと難しいと考えています。トップから見れば、権限を移譲できる人、意思決定を任せられる人しか採用できないということです。採用選考ではそういう観点でも見るようにしています。

OKRやフィードバックがしっかりしていれば目標や課題を見失うことはない 

――各社員の目標設定についても教えてください。さきほど少しお話が出ましたが、目標設定のためにやっているOKRは具体的にどのように運用されていますか。

階層は大きくは3つに分けています。全社のOKR、チームのOKR、さらに個人のOKRですね。ただし、ホラクラシー組織ではサークルの中にサークルがあるといったこともあるので、サークルの階層ごとにOKRが設定されていきます。それを3カ月単位で回していくようにしています。

OKRは、チームのOKRから公開していきます。全社のOKRを見てチームのOKRを決めるのではなく、先にチームのほうから作ることによって、社内のボトムアップを大切にしています。そこでぶつけ合いながら、「ここは足りてない観点だね」とか、「全社OKRにもっとこれ入れたほうがいいんじゃないか」「ここにフォーカスできていないのでは」みたいな意見が出ることもあります。

――個人のOKRについてはどのように運用されていますか。

個人OKRは各チームの中で見てもらっています。しっかり見ているチームもあれば、そこまででもないチームもありますね。現状はチームOKRに対してかなりフォーカスされている状況です。 

「自分自身が何を達成しないといけないか」とか、「どこにリソースを振るべきか」といったことを考えるときの土台といいますか、「どこにフォーカスして、それをどうやってメジャラブル(測定可能)にしていくか」に使っているというイメージです。あとはホラクラシー組織の中で、その人が今どれくらいチームにコミットする気なのかを見るためにも使っています。

――フィードバックも実施されているとのことでしたが、こちらは具体的にどういう運用をされていますか。

1つは、3カ月に一度、OKRが変わるときにオフサイトミーティングというものをやっています。そこではUbieのDiscoveryチームで定めている3つのバリュー、「Giant Leap」「Launch and Launch」「Stay Healthy」を体現した行動を取った人やチームを称賛するようにしています。対象者に対しては、報酬ではなく体験、たとえば「温泉旅行に行きたい」のであれば、そういうのを渡したりはしています。これはGoogleのワークルールズなどでも書かれている方法ですね。

オフサイトミーティングでは、他にもメンバーから自身の「Will Can Must」を表明してもらってそれに対して同期的にフィードバックするといったことも実施しています。このあたりは、組織開発のチームにリクルート出身者がいるため、その文化を参考にしているところがありますね。

さらに、Slackでフィードバックのためのbotを運用しています。『1兆ドルコーチ』で知られるビル・キャンベルを模したbotがSlack内にいて、そのbotがメンバーに対して、「今日は君に良いチャンスがあるよ、5人くらい選んでくれたら、その人からあなたに対してのフィードバックをもらってきてあなたに返してあげるよ」と語りかけてきます。

語りかけられたメンバーはフィードバックを受けたい人を選んで返信します。指名された人はフィードバックをしないといけないルールになっており、「Change」(変化すべきポイント)と「Continue」(これからも続けてほしいと思っている良いポイント)を書いてもらいます。

そういったシステムによって、個人の「変化・進化」を促進させているというのがありますね。

――評価をしない仕組みを作るには、目標や課題を見失わないようにするための機構を整えることが非常に重要ですね。

今後の課題は採用スピードを加速させること

――採用についてもお話を聞かせてください。ここまでのお話から、非常にメンバーに求める要件が高いように感じていますが、実際はどうなんでしょうか。 

おっしゃる通り、とても採用は難しいですね。現在はほとんどはリファラルでの採用になっています。自己応募やエージェント経由で入社した方はかなり少ないです。

実際に選考を受けていただいてから採用に至る率はそこまで問題とは考えていなくて、それよりもそのリードを獲得するところ、認知してもらうことのほうがより大きな課題と捉えています。リファラルだけだと、同じ層であったり近いコミュニティだったりにしか到達できない部分がありますから。新しい層を採るためにも自分たちで発信していかないといけないというのはありますね。

事業計画に対して採用が常にショートしている状況なので、もっと採用スピードを上げていきたいのですが、ここはカルチャーとのトレードオフかなと思っています。今も毎日のように頭を悩ませていますね。

なお、Ubieでは人事担当を置いていません。というのも、採用したい人の層は、同じ職種の人たちが一番分かっているものだと考えています。エンジニアなどは特にその傾向が強いのではないかと思います。熱量的にも、人がいないことで困っている人、採りたいという欲求がある人が行動しようという考え方でやっています。それもあって、現場の人間が、そのまま採用しているというのがずっと通例となっています。

――リファラル採用を促進するために社内でやっていることはありますか。

やはり社員自身の「採用したい」という気持ちを引き出すことですね。会社からも能動的に働きかけて、知り合いにいい人がいれば声をかけてもらうこともしています。そこに関しては非常に営業組織的に採用活動をやることもあります。

あと、人事担当ではないのですが、組織担当の役割を務めるメンバーはいます。リファラルがどれだけ生まれているかなどのウォッチをしながら、仕組み化を考えたり、「Ubieness」と呼ばれるUbieの人材要件を見直したりしています。現場の各職種のメンバーからの声を取り入れて、要件をどんどんアップデートしています。

――認知拡大のために採用広報で何か力を入れていることがあれば教えてください。

社外発信は積極的にしていくようにしています。去年の年末にやったアドベントカレンダーを、そのまま1月以降も続けて発信する、といったこともしています。

Ubieでは「自社メディアは持たない」という戦略でやっています。大きい会社さんであればテックブログのような形でまとめているところもあると思うんですけども、そうではなく、メンバーに自分自身のブログを使って発信してもらっています。Ubieのメンバーには実力がある人が多いと勝手に自画自賛ながら思っているので、そのメンバーたちが発信していること自体がブランディングにつながると考えています。

求めるのはプロダクトへの熱量を持つエンジニア

――最後に、エンジニアの選考時に見ている具体的なポイントについても教えてください。

まず技術的な面でいうと、コーディングの試験はやっていません。一方で、設計であったり、どうやったらそのサービスをつくっていけるかだったりは見ていますね。自分自身でそのプロダクトを要件に合った状態で作っていけるかを見るためのチェックです。 

人物面では、スタンスを見る面談を実施しています。Ubieが大事にしているカルチャーが、その候補者の方とどれだけマッチしそうかどうかを見るものです。Ubieの中でバリューを発揮できそうな方かを見るために、今までどういった行動、どういう意思決定をされてきたか、といったお話をします。作るのが好きっていうのも当然重要なポイントですけども、技術そのものっていうよりはプロダクトに対して熱がある人かどうか、どれだけWhatに対してアプローチしていけるかを見ていますね。 

「この新しい技術を使いたい」ということよりは、「何を作って、それによってどういう問題を解決するか」というところに興味がある人ですね。技術的にプロフェッショナルな人たちを採用していますが、一方で、そのプロダクトが解決する課題に対して興味があるタイプ、いわゆるプロダクト型の方がフィットする環境かなとは思いますね。

――ありがとうございました。

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