企業は生き物だと言われることがあります。成長し、「寿命」を伸ばすためには、自社のステージや経営環境の変化に対応していかなければなりません。
そして、現代の企業においてエンジニアリング組織は生き物にとっての「心臓」と言ってもいいでしょう。エンジニアリング組織が機能不全を起こすことは、企業にとって致命的な事態になりかねません。
このコーナーでは、数々のスタートアップ企業を支援してきたK.S.ロジャース株式会社の代表取締役CTO・民輪一博さんが、スタートアップのエンジニアリング組織が陥りがちな代表的な問題と「組織の処方箋」を解説します。
第4回は、スタートアップにおける中長期的な人材育成についてです。
スタートアップは中長期的な人材育成をどう考えるべきか
こんにちは、K.S.ロジャース株式会社の民輪です。
今回は、中長期的な人材育成についてお話ししたいと思います。
とは言え、前提として創業間もないスタートアップは、そこに注力できるほどリソースの余裕がないというのもよく理解しています。
わたしはコンサルティング業務の一環として、OpenWorkでいろいろな企業の評判を見ることがあります。もちろん口コミのすべてを鵜呑みにするわけではありませんが、会社の状態が如実に書かれており、「たしかにこのビジネスモデルであれば、そういうところにひずみが出てくるだろうな」と納得することもあります。
OpenWorkの項目には人材育成のレーダーチャートがあります。スタートアップ企業の場合は軒並みへこんでいて、出っ張っている企業はほとんどありません。おそらくほとんどの企業が、育成にまで手が回っていないのでしょう。
人材育成の課題は、主にふたつあると考えています。ひとつは、キャリアが浅い人たちを育てていく仕組みをつくることです。将来的に新卒採用を進めていくのであれば、彼らを育成する仕組みや彼らが伸びる土壌がないと、会社として戦力を上げることはできません。ただ、新卒採用を検討するような企業であれば、そうした取り組みはすでに視野に入れていると思います。
さらに難しいのはもうひとつの課題で、経験があるエンジニアの中長期的な育成です。そういった人材をさらに育てて伸ばせるような人は、そもそも限られていて、どこの企業にでもいるわけではありません。だから優秀な経験者が企業に所属するモチベーションは、自分が成長できる環境というよりも、サービスや会社が面白いか、もしくは給与が高いかに偏ってしまいがちです。
ただ企業としては、給与額で何とかするのも限界がありますよね。すると、経験者はある程度お金が貯まったころに、誰かから「一緒にスタートアップをやってみないか」といった誘いを受けると、そちらに心が傾いてしまう。そんな事例を非常に多く見てきました。スペシャリスト人材をしっかり捕まえておくのは、企業にとって非常に難易度が高いと言えます。
エンジニアの育成に必要な環境
若手エンジニアは「モダンな技術やおもしろい事業内容、プロダクトに触れたい」と考えている人がとても多いので、それらを企業が提供できていれば、彼らは自ら学び伸びていくかと思います。スタートアップは、そういった環境は提供しやすいのではないでしょうか。
ただし、新卒の育成で難しいのは、彼らをケアできるメンバーが必要だということです。新卒社員に対して「今どんな感じ? 相談事はない?」といったフォローは絶対に必要になってきますが、これができるスタートアップは限られていると思います。やはり、そこまで手を回す余裕のない企業のほうが多いのが現状です。
さらに難しいのが、だからといって彼らをマイクロマネジメントしてはいけないということです。あれこれと細かく指示をしたり、間違えたときに過度に詰めたりすると、やる気が削がれてつぶれてしまいます。うまくヒントを出しながら、彼らを正しい答えに導ける人が必要なわけですが、なかなかそこまでできる人はいません。
別の方法としては、そもそもエンジニアチームを技術のスペシャリストで固めてしまう方法があります。新卒でもスペシャリスト人材を採用するという考え方です。周りにすごい人しかいない環境になると、エンジニアにとってはそれがモチベーションになります。あとは、どれだけその人に権限を持たせてあげるかなど、いかにやりがいを与えられるかが重要となるでしょう。もちろん給与も重要な指標のひとつではありますが。
受託開発における中長期的な育成
さきほどはどちらかといえば、自社サービス開発の企業をイメージしていましたが、受託開発がメインの企業でも、新卒はそれほど変わらないかと思います。
ただ、スペシャリストの育成はかなり悩ましい問題ではないでしょうか。本人の興味と業務内容(案件内容)が必ずしも合致しないケースが多い上に、構造的にもジェネラリストが生まれやすく、スペシャリストが残りづらい状況は避けられません。
スペシャリストを育成したいのであれば、R&D(研究開発)部署のようなチームを別途切り出して、スペシャリスト集団を作っていくしかないと思います。そこでR&D部署が開発したノウハウや技術を受託開発業務にも生かしたり、特許・ライセンスを取ったりするようにしていけるとよいでしょう。
採用選考における伸びしろの見極め
育成の観点で言うと、当社は経験者に限らず伸びしろ枠でもエンジニアを採用しています。スタートアップでも教育係がいればポテンシャル採用を取り入れてもいいと思います。
採用をする前には、社内で「この人は多分1年後にこれくらいは伸びているだろうから、この期間でこれくらいまではできるようになるだろう」「そうしたら一年後の給与はこれくらいになるんじゃないか」という会話をします。そして育成に関する投資も含めて、トータルでかかるコストが浮き彫りになったときに「その金額を許容して採用すべきか否か」を判断するのです。
応募者に伸びしろがありそうか否かをどう判断しているかですが、正直なところわたしたちの面接の経験値によるところが大きいと思います。今まで1300~1500人程度の人数を面接してきましたが、それくらい場数を踏んでいると「この人は伸びる、この人は伸びない」というのが感覚的に見えてきます。
逆に言うと、はっきりとした判別のメソッドがあるわけではありません。ただ、伸びしろがある人に共通しているのは、とてもポジティブな人が多いという点ですね。やはり前向きにいろいろなことに取り組んで成長したいと思っている人は、それだけで伸びしろがあると言えるのかもしれません。
また、10年後とまではいかなくても、3~5年後のキャリアプランについてきちんと考えられている人もよく採用しています。当社では、二次面接の面接官も「あなたはキャリアパスについてどんなことを考えていますか」と聞いています。
あとは、技術的な難しい質問をしたときに「わからない」ではなく、「これはわからないけど、ここまではわかる」としっかり話せる人は高く評価しています。問いに対する答えの評価は、0か100の二択ではありません。学校のテストでも、途中までは合っているからと部分点がもらえることがありますよね。面接でもそういった見方で評価をしています。
当然経験値がたまるまでは、失敗をすることもあります。しかし、新卒にしろ中途にしろ完全には避けては通れないのが採用です。失敗を軽減するために、最初は正社員ではなく業務委託の方を採用する、フィルタリング(選考回数や面接官の人数)を増やすなどの対策も用意して取り組んでみてください。