エンジニアの組織体制は、企業によってさまざまです。どのような組織づくりをすれば、メンバーがそれぞれのスキルを最大限に発揮できるのか。そしてチームの成果をどう事業や経営の課題解決に生かしていくのか。CTOやエンジニア組織のマネジャーの方は、開発組織の最適な形を求めて、常に悪戦苦闘されているのではないでしょうか。
この記事では、引っ越しや結婚など日常生活に密着するさまざまなWebサービスを展開する株式会社エイチームライフデザインの開発組織の事例をご紹介します。2022年2月に、エイチームの各子会社で運営していた複数事業を統合して生まれた同社。複数のエンジニア組織を統合したことによる効果、さらにスペシャリスト集団として新たに設立した技術開発部について、同社技術開発部部長の大西勉さんに解説していただきます。
目次
現在のエイチームの事業内容と組織体制
まず、現在のエイチームグループ全体の事業内容や組織体制について説明します。
エイチームは、インターネットを軸にさまざまな事業を展開する総合IT企業です。自動車、金融、ライフイベント、エンターテインメントといったさまざまなマーケットにおいて、インターネット技術やサービスを駆使してサービスを提供しています。
株式会社エイチームは、スマートフォン向けゲームを開発するエンターテインメント事業、日常生活に密着したWebサービスを中心に展開するライフスタイルサポート事業、自転車をはじめ複数商材のECサービスを展開するEC事業など3つの事業を展開しており、それぞれ各子会社が運営する組織体制となっています。このうち、ライフスタイルサポート事業には、株式会社エイチームライフデザイン、株式会社エイチームウェルネス、株式会社エイチームフィナジー、Qiita株式会社があり、エイチームはホールディングス体制で事業を運営しています。
2022年の2月までは、サービスごとに専門の子会社が存在していました。例えば、株式会社エイチーム引越し侍が「引越し侍」というサービスを運営し、株式会社エイチームブライズが結婚式場情報サイト「ハナユメ」というサービスを運営するといった形で、子会社ごとに各事業領域のサービスを展開していました。
ライフスタイルサポート事業では、以前から引っ越し、車、結婚、住宅、金融関連など、まさにゆりかごから墓場まで、人生のあらゆるイベントをトータル的にサポートするための各種サービスを展開していました。ただ、サービスごとに事業会社が分かれていると、一つのサービスを利用したらそれで終了で、別のライフイベントに対して継続的なサポートができないことが大きな課題でした。そこで、ユーザーの人生を統合的にサポートするために、事業と組織を再構築しました。まずは各種サービスをエイチームライフデザインという一つの会社に統合した上で、ユーザーデータを一括で管理するデータ基盤を構築し技術部門も共通化しています。こうした経緯で、エイチームライフデザインが誕生しました。
エイチームライフデザインのエンジニア組織
会社が統合されたことで、エンジニア組織も大きく変わりました。現在も細かい組閣は実施中ですが、エンジニアが所属する組織としては、技術開発部とデザイン開発部という部署があります。
デザイン開発部は、エンジニアとデザイナーが所属しており、事業に絡むプロダクトを作っていくのが主な業務です。一方、技術開発部は以前からあったCTO室というチームが前身となっています。CTO室は、子会社内の技術的なオフィサーや、経営に関する発言ができて、技術的な知見もある人などを集めた、スペシャリスト集団のような組織でした。当時は彼らが各子会社における技術選定や技術的な課題の優先度付けなど、技術に関するリードを行っていました。これを統合の際にまとめて機能を強化したのが、現在の技術開発部です。
では、なぜこの部署を設立したのかをお話しします。
これまでも、売上や利益に関わる意思決定はとてもスピーディでした。しかし、事業的な成長を優先してサービスを作っていくと、どうしても技術的に取りこぼしてしまう部分も発生してしまいます。ビジネス的な評価観点だけでは、どうしても「技術的に」という文脈が落ちてしまう。結果として「将来的な技術の動向を踏まえてこうしておくべきだ」「今ここにこれを入れると危ないからやめておいたほうがよい」など、技術的な改善や取り組みが必要とされる判断が先送りにされてしまう。こうした技術に関する問題は、なかなか腰を据えて取り組むのが難しくなりがちです。
こうした懸念を払拭し、技術的な事業課題に立ち向かっていくのも、技術開発部の仕事です。技術的なスペシャリストチームとして口を出すことで、バランスが保たれるようにしています。
ただ、技術開発部が門番みたいに口うるさくなってしまったり、逆に何でもやってあげたりする状態になってしまうのは避けたいです。うまく技術的なコンサルティングをしたり、必要であれば介入もしたりすることで、デザイン開発部のメンバーも一緒に成長できる状態にするのが理想ですね。
AIの研究開発や新技術の検討など何でも行う
また、AIなどの分野における研究開発も技術開発部で担っています。例えば、事業部から「AIを使ってこんなことがしたい」といった相談がきた場合、技術開発部で「実現に向けて検討すべきこと」「それは具体的にどのような方法でできる」とか「実現するのはデータ不足でかなり難しいので、別のアプローチが良い」といった判断もします。他にも、新しい言語やフレームワークなどを試してみるなどといった新技術の検討や評価もしています。
サービスに関わるシステム開発はデザイン開発部が取り組みますが、新しい技術を採用するリスクやデメリット、技術的にマッチするかどうかの検証に時間がかかるなど、プロダクト開発をミッションとするデザイン開発部だけでは検討しきれないものもあります。そこで、我々が機動的に試してみて、知見を共有していくことで、開発組織全体での判断スピードを早められると考えています。技術開発部とデザイン開発部が密に連携しながら技術的な課題に取り組んでいきます。
「ここはこの技術を使った方がいい」「経験がないのであれば一緒にやってみよう」といった伴走もするし研究開発もする。他社で言うとどんな部署に当たるのかはわかりませんが、エイチームライフデザインならではの、ユニークな組織だと思います。
もともと各子会社にいたスペシャリストたちをそろえたチームですから、若手メンバーにも「会社にとってこんな働きができるエンジニアに価値があるんだ」「こうなるために自分のスキルを磨き続けよう」と思ってもらえる組織にしたいとも考えています。技術的な問題の解決とともに、人の成長にも寄与するのが部のミッションです。
組織統合と技術開発部発足のメリット
実際に新体制になってまだあまり時間が経っていませんが(※2022年4月に取材)、少しずつメリットを感じる機会が増えています。
もともと再編前からエンジニア同士の横の情報共有は活発にしていましたが、統合してみると「話として聞いていただけのときと、実際に見て一緒にやるのとでは大きく違った」という声が上がっています。組織自体が分かれていると、お互いに細かいプログラムやアラートのオペレーション、コードベースのプルリクエストの内容までには踏み込めません。例えば、深夜のアラート対応が発生したとして、それに対する意思決定や、根本対処としてどうすべきかといった情報も、今ではより深いレベルで共有できています。他にも、この子会社だけにあった知見が別のサービスにも使えそうだとか、お互いのサービスの問題に共通項が見つかったとか、統合されたことで見えてきた部分もあります。
さらに、各子会社によってそれぞれ得意だった分野は異なるので、得意分野を共有しあって、全体を最高水準にしていきたい。そうして技術的な穴が減っていけば、今までできなかった改善に割ける時間も増えていくはずです。また、社内での新たな技術イベントの実施など、統合によるコミュニケーションが各所で増えたことで、新しいものが生まれる土壌ができてきました。
組織統合や技術開発部が発足してからまだまだ日は浅いですが、今後も会社に対しては技術を使った経営課題の解決、ユーザーに対してはライフイベントの継続的なサポートを目指した組織づくりを続けていきます。
スペシャリスト集団に対するマネジメント
最後に、技術開発部部長としてのマネジメントの話もしたいと思います。
よく「技術開発部に入るための条件は何ですか」と聞かれることがあるのですが、まずは得意な技術領域において、この会社でトップレベルのスキルを持っている人でなければなりません。人事評価の側面でいえば、マネジメント方面やゼネラリストとしての評価を受けている人よりは、最低でもスペシャリストとしての評価をされている人ですね。あとは、経営課題を見て自ら企画立案をして動ける人です。
そのように各子会社でトップクラスだったメンバーで構成された組織なので、正直言って現在私があれこれ指示を出すようなことはしていません。「各々が必要だと思うことをやってください」というスタンスでいます。高いスキルを存分に発揮できるような、難易度もバリューも高い課題に当たってほしいという考えが根底にあり、技術開発部は彼らがのびのび働けるようにするための組織だと思っています。
もちろん、その中で事業部とのコミュニケーションが発生した場合や、KPIに関する説明が必要になった場合には、私が間に入って、事業部のリーダーたちと一緒に話をします。ただ、技術的に何に対処すべきなのかは各々に考えてもらう。自律して動けるメンバーたちですから、それで成立している反面、まだ組織として立ち上がったばかりなので、マネジメントの最適解は今後も考え続けていくつもりです。