現代の企業において、優れた人材の採用は組織の成長を左右する重要な要素です。本記事では、『Developer eXperience Day 2024』(主催:日本CTO協会)で行われた「強いテック組織をつくるために。採用ブランディング戦略をつくれるCTOになるワークショップ」のようすをレポートします。
野崎耕司氏(株式会社トラックレコード)と坂本龍太氏(株式会社ログラス)による具体的な事例と実践的なアドバイスが満載のセッションを通じて、採用ブランディングの重要性とその実践方法を探ります。
野崎 耕司
株式会社トラックレコード
代表取締役 共同経営者
DeNAを経て、2018年トラックレコード創業。イオン、モノタロウ、NHK、プレイド、タイミーなどの採用戦略、採用ブランディングなどを手がける。イオンのDevRelプロジェクト、プレイドのissue採用、タイミーのDevEnableなどの取り組み実績多数。
坂本 龍太
株式会社ログラス
共同創業者 取締役 CTO
2013年初代新卒としてビズリーチに入社。求人検索エンジン、採用管理SaaS、新規SaaS事業の開発責任者など、新規事業を中心に経験。サイバーエージェントに移り、AIチャットボットの基盤を担当。2019年5月に株式会社ログラスを共同創業、CTOに就任。Startup CTO of the year 2022 オーディエンス賞受賞。
目次
「採用ブランディング」の成功事例と手法(トラックレコード野崎氏)
本日はワークショップということで、まず私から採用ブランディングに関する手法論と事例を紹介をいたします。続いて、ログラス坂本さんからログラスでやってきた採用の取り組みについてご紹介し、その後にワークショップを行います。

トラックレコードでは、採用領域の支援、戦略設計からブランディングまで一気通貫で行っております。これまでイオンやモノタロウ、タイミー、プレイドといった企業の採用支援を行ってまいりました。本日はその中からいくつか事例紹介をいたします。
そもそも採用ブランディングとはなにか?
我々が考える「採用ブランディング」とは、「特定の候補者の関心に対して、差別化された価値を理解してもらうこと」と定義しております。この構造を軸として、採用ブランディング、各種支援等を行っております。 平たくいうと「AといえばB」といった想起がされる状態です。

Developer eXperience AWARD受賞企業のように、名前を見ればイメージが浮かぶ企業は、採用ブランディングが成功している状態だと言えるでしょう。たとえば、Rubyエンジニアが活躍している会社といえば〇〇社、プロダクト開発をするなら〇〇社、SREといえば〇〇社といった具合です。

この、AといえばBを実現するために、大きく3つのステップが重要だと考えております。
1.ポジショニング:差別化された価値を定義する
2.ツール:その価値を伝えるツールを用意する
3.リーチ:対象となる候補者に伝える
これらのステップについて、実際に事例を見ながらご説明いたします。

イオンの事例から学ぶ、ブランディング実現のポイント
イオン様の事例では、「エンジニア界隈に対して十分な情報発信ができていない」という課題がありました。この課題を解決するために、3つのステップを踏んでいきます。
まずは、ポジショニングの確立です。ハイレイヤーなエンジニアを対象に、社会を変えるインパクトを持つ企業であり、エンジニアが大きな意思決定をリードできるチャンスがあることを訴求しました。

続いて、ツール。訴求したいメッセージとエビデンスをスライドに集約し、採用活動の軸として活用できるようにしました。
よくある会社紹介スライドとは異なる構成にしたうえで、単なる会社紹介ではなく、エンジニアフレンドリーな言葉遣いで「口説く」ことを前提とした作りにしています。このスライドをエンジニア向けに特化した採用サイトに載せ、ブログやイベント、PR・取材記事からの集客ポイントとしました。

参考:イオンのエンジニア向け会社紹介スライド
https://speakerdeck.com/aeonpeople/aeon-engineer-recruitment-deck
そして、2023年12月から2024年2月にかけて、連続的な情報発信活動を実施しました。Zennの立ち上げやイベント登壇、スライド・サイト公開など、複数の取り組みを短期間に集中させることで、多方面からのリーチを狙いました。

その結果、エンジニア向け採用スライドはSNSで大きな反響を集め、1000人超えの集客イベントの実現やテックブログ・アドベントカレンダーに注目をいただくなど、大きな成果を得ることができました。 
実際にイオンが目指している「AといえばB」というところは企業秘密とさせていただきますが、個人的には「エンタープライズでおもしろいことやるならイオンだよね」と、皆さんに感じていただければうれしいです。

小さいブランディング戦略の事例
一方で、ここまでの取り組みをやるほどの体力や必要性がないケースもあります。ブランディングにも大小サイズがあり、たとえば会社規模やどれくらいの人に知ってもらいたいか、といったところが採用規模につながるものと思っています。

これは大手のベンダーの事例です。社員1万人以上の大きな会社ではあるのですが、採用したいポジションの人材(ハイレイヤーな情シス)は年間で1、2名取れれば、というところでした。さきほどの事例同様、3つのステップを抑えて施策を実施しました。

まず部署やポジションについて、実際に経験できることを表す名前に変え、魅力あるポジションであることを示すようにしました。また、採用ポジションの難易度、希少性を考慮して提示年収もアップしています。

ポジション新設にともない、組織におけるミッションや業務内容を説明する簡易採用ページを作成しました。訴求ポイントとしては、SIerのアーキテクトとしての経験を生かして、さらに市場価値を高めることができるポジションであることが一つ。さらに、全社システムに資するプラットフォームエンジニアリングの実績が得られる、稀有な企業であることを正確に伝えるよう文章にしました。とくに、経営の意思決定スピード向上に寄与できること、社員が仕事しやすくなる環境をつくれるといった点は、今後のキャリアでも生かせる要素ですね。
リーチ手法としては、シンプルにスカウト送信を採用しました。さまざまな要因が重なり、これまで4年ほど採用が難航していたところ、3か月で採用が決まり大変喜ばれました。
2つの事例から言えるのは、必ずしも多くの人に知ってもらうことや発信することだけがブランディングではない、ということです。冒頭でお伝えしたとおり「特定候補者の関心」に対して、自社の「差別化された価値」を「理解してもらう」ことが重要です。
どのような規模感で採用ブランディングに取り組むべきか、まずは自社にあった適切な戦略を立てるところから考えてみてください。
ログラス社のテックブランディング(ログラス坂本氏)

ログラスの共同創業者でCTOをしております坂本です。ログラスは2019年に創業したスタートアップで、現在158名の社員がいます。大企業向けの経営SaaSを提供しており、今後も事業と組織の拡大を進めていくフェーズにあります。本日は、弊社のテックブランディングについて、3つのフェーズに分けてお話しします。

黎明期は優秀なエンジニア組織形成に注力
プロダクトマーケットフィットが最重要とされる創業期、開発組織の正社員エンジニアは私のみで、他のメンバーは全員副業という体制でした。
上場企業を含む大企業の経営情報をセキュアに扱うというプロダクトの特性上、開発の難易度が高く、技術力のあるエンジニアを採用しなければなりません。しかしながら、採用に割くリソースはなく、技術的な面白みもない段階でした。高い技術力に加えて、スタートアップマインドを持つ人材を欲しており、理想が高い状況でした。

そのような中で目指したポジショニングが「理想的な開発手法と、プロダクトを真ん中に置いた優れたカルチャー、その双方を持つ未来あるスタートアップ」です。CEOがドメインエキスパートであり、全社員でお客様にとって価値あるサービスをつくれるフェーズであること、そしてスタートアップのワクワク感を押し出すのがよいと考えました。

テックブログやX(旧Twitter)で技術情報発信を積極的に行い、優秀なエンジニアだけが所属しているという認知を広げ、これらに反応してくださった方にひたすらXでスカウトを送りました。全社でのリファラル採用の推進や入社前の副業を必須にし、全社員が面接に出るといった手厚い選考体験を積み重ねることで、エンジニアのリファラル率が50%という結果につながりました。

「DDDもスクラムも当たり前」という組織カルチャーを形成し、2022年にはDeveloper eXperience AWARDを受賞。技術的負債への取り組みが、t_wadaさんの「質とスピード」に事例として取り上げていただくなど、目に見える成果が現れるようになってきました。

助走期の課題はブランディングの方向性
続いて、2022年12月から2023年12月の助走期についてお話しします。エンジニア組織が約30名にまで拡大したフェーズです。ある程度チーム形成ができた一方で、採用の再現性がなく、ブランディングの方向性が迷子になるという課題がありました。

そこで目指したポジショニングが次の2点です。
・急成長期においても、強いエンジニアとおもしろい技術テーマが続々と増え、開発組織が順調に進化し続けていること
・最も勢いのあるスタートアップであり、開発組織の事業成長への貢献が大きいと認知されていること
これらのカルチャーにマッチするエンジニアへの訴求と同時に、社内のエンジニアの一体感を強められる施策を実施しました。

全社員参加のアドベントカレンダー達成やライブ配信による情報発信、外部イベントへの積極的登壇など、急成長を迎えている中でも、優れたカルチャーや技術的な取り組みが変わらず存在していることを伝えるよう意識しました。

とくに、2023年7月から開始した技術マラソンブログは、現在52週続いています。自分たちが心から発信したいものは何なのかを可視化ができたことは、社内のメンバー自身にとっても大きな愛着への気付きになりました。

姿勢や組織カルチャーが言語化できた飛翔期
2024年1月から飛翔期としています。開発組織が複雑化する中、自分たちが大切にしてきた活動原則を集約し、「Tech Value」を策定しました。

ログラス社の魅力もあらためて定義し、真に価値ある取り組みを行い、学び成長し、還元していくことを訴求しています。我々がこれまで培ってきたエンジニアリングへの姿勢や組織カルチャーが言語化され、皆さんへ正しくお伝えできる形になってきたと感じます。

Product HRチームの立ち上げにより、採用ブランディング施策もより強固なものとなりました。SNSでのポジティブな反応も多く見られ、採用力の向上を肌で感じております。本当に「人事のプロフェッショナルってすごいな」と感じます。

とくに、toB向けスタートアップは強みを見出しにくいため、プロダクト戦略上の重要事項に積極的に投資し、強みをつくることが正攻法だと思っております。

個人的な見解ですが、エンジニアって嘘をつくのが下手なんですよね。本当に楽しい、いい環境だと思っていないと、面談の場などですぐにわかってしまいます。
エンジニアが自信を持って「いまの環境イケてますよ!」とちゃんと言える環境を作りたくてログラス社の開発組織を作った面もありますので、これからもっともっと頑張りたいと思っています。

ワークショップのようす
ワークショップでは、ほしい人材を明確化し、自社の魅力を抽出し競合との差異を精査するなど、優位なポジションを見つけるためのステップを参加者同士で話し合いました。

トラックレコード野崎様のnoteにて、ワークショップの詳細資料が公開されていますので、ぜひご覧ください。
参考記事:https://note.com/nokonunu/n/n618dcd00015e
取材後記:採用ブランディングの現場から学ぶ成功の鍵
私もDevRelとしてエンジニア採用に力を入れていた時期があり、トラックレコードさんと採用施策に関するお話をさせていただいたことがあります。タイミーさんやモノタロウさんのご支援をされていた時期で、本講演のような事例紹介に加え、自社に適した提案をいただいたことが印象的でした。サービス紹介がていねいで、資料も詳細に作り込まれており、いわゆる採用代行(RPO)とは一線を画す取り組みをしていると感じました。
また、ログラス坂本氏の講演からも、採用戦略は事業の特性や組織フェーズによって柔軟に変化させる必要があるとあらためて感じました。スタートアップの創業期から、累計調達額100億円規模の開発組織を築くには、相当な胆力が求められるでしょう。限られたリソースの中で、最適な採用ブランディングを選択することで、ログラスのような「強いテック組織」が形成されたのだと思います。
本講演で紹介された体系的なステップを踏むことで、より重要な部分にフォーカスした採用戦略が実現できるでしょう。採用ブランディングを意識することで、社員一人ひとりが自信を持って誇れる開発組織の実現が近づくのではないでしょうか。
(文:星影)
