アーケードゲームのレンタルやオンラインクレーンゲームなどを手掛ける株式会社GENDA(以下、GENDA)。2018年設立のベンチャー企業でありながら、ラウンドワンとの協業やナムコの米国旗艦店舗のM&Aなど、アミューズメント業界で大きな存在感を示しています。
特にセガ エンタテインメント(現 GENDA GiGO Entertainment、以下GiGO)のM&Aでは、従業員規模が100倍の大企業を傘下にしたことで話題になりました。
この記事でお話を伺った重村裕紀さんは、M&A当時GENDA側で唯一のIT担当を務めていました。重村さんに課せられたのはGiGOのIT改革。GENDAグループに参画する前のセガ エンタテインメントのIT部門は、基本的に社内でエンジニアを抱えずに、ベンダーにシステムを開発を委託する方針でした。重村さんはシステム開発の内製化を推進するなど、IT部門をプロフィットセンターに生まれ変わらせるために自ら先頭に立って指揮を進めてきました。
当初の道筋を整え、現在はGENDAのCPO(Chief Product Officer)に就任した重村さんに、GiGOのIT部門を変革させた秘けつや、今後の展望などについて伺いました。
株式会社GENDA CPO 重村裕紀氏
2016年4月 FiNC Technologiesの立ち上げ期にエンジニアとしてジョイン。2018年12月に同社プロダクトマネージャーに転向し、ヘルスケアアプリFiNCのプロダクトマネジメント業務に従事。
2020年10月 株式会社GENDAに入社。同年12月よりCTOに就任し、開発組織づくりやコーポレートITの導入支援などを担当。2021年10月に同社CPOに就任し、オンラインクレーン事業などのデジタルエンタメプロダクトのマネジメント業務に従事。
ひとりで4,000人の業務システムを内製し足固めをスタート
――まずは、GENDAとセガ エンタテインメントが合流した際、両社のIT部門がどのような状況だったのか教えてください。
重村裕紀氏(以下、「重村」):当時、セガ エンタテインメントの社内には、多少のプログラミングスキルを持った方はいましたが、プログラミングを専門スキルとする、エンジニアと呼ばれる職種の方はいませんでした。というのもIT部門には、当時8名程度の社員が在籍していましたが、メインとなっていたのは業務システムの運用や、ITサポートの業務、ベンダーコントロールの業務だったからです。自社サービスのアプリやオンラインゲームはすべてベンダーに開発を依頼していました。
また、経理などのコーポレートITに関しても、親会社であるセガサミーホールディングスのグループ企業全体のシステムを利用していたため、独立した社内システムもありませんでした。
わたしが在籍しているGENDAの社員は当時20名強、IT部門は2020年10月に入社したばかりのわたし1人のみでした。両社が合流するまでの準備期間は1年。そのあいだに、1人でセガサミーホールディングスの社内システムからGENDAグループの社内システムへの移行を完了させ、IT部門を変革していく必要がありました。
――相当に難易度の高いミッションだったと思います。その中で、重村さんとしてはまずどういったところから手をつけて、どんな方向に進んでいこうと考えていましたか?
重村:そのころはまだCPOではなくCTOという立場でしたが、「テクノロジーに強い会社」を作っていきたいと考えていました。そこをゴールに掲げ、ではそのためにどうしたらいいかを考えて問題点を洗い出していきました。
1点目の課題として挙がったのは、コーポレートITの整備です。セガ エンタテインメントの社員4,000人の業務が滞ることなく、かつできるだけコストをかけずに基幹業務システムを構築することが急務でした。
2点目の課題は、ビジネスIT部門にありました。これまでもセガ エンタテインメントでは、新規事業として自社サービスをリリースするなど、さまざまな取り組みを行っていました。しかし、なかなかコストに見合った成果を得られていませんでした。現状を正確に把握するのも難しい状態ではありましたが、IT部門を利益を出せるプロフィットセンターに変えていく必要がありました。そのためには、お客様が本当に求めているサービスが何かを考え、それに応えるものを提供していかなくてはなりません。
コーポレートIT、ビジネスITそれぞれに課題がありましたが、まずはコーポレート系業務のシステムを整備し、IT化への地盤固めをすることにしました。
――そのような状況において、具体的にはどのように4,000人の業務システムを構築していったのでしょうか。
重村:私自身はベンチャー企業出身で、しかもコーポレートIT領域は経験がなかったのでかなり苦労はしました。
ただ、まったくゼロからシステムを構築したわけではありません。もともとセガ エンタテインメントで使用していたセガサミーホールディングスのシステムは、パッケージソフトを組み合わせたものでした。そのため、基本的にはそれらの構成をテンプレートに、一部導入するシステム構成を変更して設計しました。
その際何よりも重視したのは「システム間連携の内製化」です。前述のとおりパッケージソフトを使用するにしても、たとえば人事システムと経理システムなど、異なるシステム同士をつなぐオペレーションが意外と多かったんです。人の手が介在するということは、すなわちそれらを監督する人も必要で煩雑になっています。
そのような状態のシステムの移行を従来どおりベンダーに依頼するとなると、相当なコストや時間がかかります。よって、技術的なスキルを持つ人を業務委託や社員として適宜採用し、データ関連周りは自分たちで内製していくことにしました。
その結果、構築はちょうど1年ほどで完了させることができ、予算も当初の予定より大幅に削減できました。データ連携はシステムがアップデートしていくたびに改修が発生するものであり、これを内製したことで自分たちでより自由に業務を自動化できるようになるのと同時に、コーポレートITの社員のスキルアップにもつながりました。
結果的に、内製化を進めたことにより、コスト面と今後のシステムの汎用性やメンテナンス性、どちらにもインパクトを残せたのではないかと思います。
ビジネスIT領域でも利益を生み出すべく改革へ
――コーポレートITのシステム構築により足元が固まったうえで、ビジネスIT領域にもメスを入れていったのですね。
重村:はい。コーポレートIT部門で開発の内製化を進めたので、次のステップとして「攻めのIT」を強めていきたいと考えました。
なかなか利益の出ていなかったビジネスITの領域においては、まず顧客が求めているものを正確に把握し、投資に見合った利益を生み出すことを第一の目標として事業の拡大を目指しました。
具体的には、セガ エンタテインメントでリリースしていたクーポンアプリ『SEGAプラトン』の戦略策定およびアプリ開発内製化と、オンラインクレーンゲーム『GOTON!』のデータ分析支援、そしてデジタルマーケティング支援です。
自分がまず手掛けたのは『SEGAプラトン』のリニューアルです。当初はセガのゲームセンターに足繁く通っていただけるコアなお客様を優遇するアプリになっており、トップユーザーをランキングで表彰する機能を提供したり、何度も通っていただいたお客様に対してオリジナルグッズをプレゼントしたりといった施策を打っていました。しかし、ランキングに載るようなコアなお客様は全体のうちごく少数です。大きな開発費をかけたわりに、思うようにユーザー数が集まっていないのが実情でした。
そこで、ターゲットと提供価値を見直すことにしました。データを分析すると、売り上げの8割以上を占めているのが「月に1回以上ゲームセンターに行くミドルユーザー」だと分かりました。そこで、改めてメインターゲットをミドルユーザーに設定。そのうえで、もっとお客様に気軽に足を運んでもらうための方法を考えました。
――特に成果が出たのは、どういった施策だったのでしょう。
重村:もっとも効果的だったのは、クーポンの配布でした。実証実験として、どのようなクーポンが求められているのかリサーチをしたり、テストマーケティング的にクーポンをランダムに配ってみたりしたところ、配り方によって、お客様の反応や行動が大きく変わることもわかりました。また、ミドルユーザーの方々に積極的にクーポンを利用してもらうと、お店の売上も増えます。つまり店舗スタッフの方々からしても、このアプリであれば、お客様に勧めたくなるだろうと考えました。
お客様と店舗、両方にメリットのあるサービスを提供するために、新たにアプリ開発のチームを作り、こちらもコーポレートIT同様内製していきました。
クーポンによる販促に力を入れ、アプリのフルリニューアルなどもおこなった結果、昨年度よりも利用していただいているお客様の数は大きく伸びています。今後もアプリの開発にはより力を入れていこうと考えています。
つづいて手を入れたのが『GOTON!』です。こちらは現在、データ分析に取り組んでおり、わたしがデジタルマーケティング支援をおこなっているところです。いずれは内製化を進めていきたいと考えています。
反対意見を説得する鍵は「成功実績を増やし、信頼を得ること」
――お話を伺っていると、社内IT変革のキーポイントは内製化だったのですね。これまでベンダーに開発を依頼していたセガ エンタテインメント側からすると、従来とは異なるやり方だったと思います。社内からの反対意見などはなかったのでしょうか?
重村:やはり最初は内製化に対して賛否両論ありました。元々の親会社のサービスや支援から卒業し、GENDAグループに移行するまでの移行期間は1年間。時間的な制約があるうえ、さまざまなプロジェクトのシステムも並行して構築されていました。一部の方からは建設的な意見として、「内製では納期を守れないのではないか」とお声をいただくこともありました。
実際、アプリ開発の内製化は、最初わたしが開発チームを主導すると申し出たのですが、ありがたいことに、プロジェクト責任者の方に、率直に「現時点で重村さんを信頼してお任せするのは難しい」と仰っていただいたこともあります。確かに、その時点では、社内に開発チームもまだなければ、実績も見せていない状態でしたので、まっとうなご意見でした。
――なるほど、厳しいですね。そういった反対意見はどのように説得していったのですか?
重村:「何が信頼できないのか」をじっくりと話し合っていきました。もちろん、内製化にはリスクがあることも分かっていましたので、心配の声があがるのも無理はありません。
そこでマイルストーンを作り、「この段階までにエンジニアを採用して、要件を固め開発に着手できれば、この時期までにリリースの目処が立つので内製化を進めましょう」と細かく提示しました。このとき撤退ラインについても決めましたね。ひとつひとつの目標をクリアして、着実に実績を積み上げながら周囲に納得してもらうことを心がけました。
わたしのように若い人間が急に入っていったときに、親会社の偉い人のふりをして、指示をするやり方は通用しません。まずは自分から動いて成功事例を地道に作り、成果を上げて少しずつ信頼してもらうことが大切だと思います。
一方で現場の方は最初から内製化に協力的でした。もともと情シスとして業務をしていた社員には、「もっとスキルを伸ばしたい」という気持ちもあったようです。限られた時間の中でスケジュールがきつくても、「自分がなんとかします」と言ってくださる方もいて、とても助かりました。内製化により、各人がもっとプログラミングスキルを高めていきたいというモチベーションを抱いたのも大きな変化だったと思います。
IT部門のメンバーは、ITで自社のゲームセンターを変えたいという強い思いを持っています。収益化観点の意識の違いがあった部分はありますが、新しいチャレンジには積極的です。お客様のために、なにか新しくておもしろいことを始めたいという思いがとても強いです。管理職の方はわたしよりも上の世代が多いですが、新しいことへの取り組みにとても前向きでした。最初は私の提案に不安を持つ方もいらっしゃったと思いますが、結果的に信頼してくださりましたし、変化に対しても非常に柔軟で、救われました。
――これまでのお話から、重村さんは顧客分析やコスト管理も意識でき、マーケティング視点を持っている印象があります。また、IT部門のメンバーのみなさんからは、いいものを作りたいという熱意が感じられました。お互いにいい刺激を与え合ったことで、うまく歯車が噛み合ったのではないでしょうか。
重村:わたしは作り手とお客様をつなぐ存在になりたいと思っています。特に、作り手の熱意や努力を無駄にしたくない気持ちがとても強い。もし、お客様に求められないものを作ってしまったら、そこに至るまでの努力が水の泡になってしまいます。だから、エンジニアや作り手の血を一滴も無駄にしたくないという信条を持っています。
社内の方たちも、おもしろいものやお客様が喜んでくれるものを作りたいという気持ちを抱いています。おっしゃるとおり、そのメンバーたちと、私の信条がうまく噛み合ったおかげで、いい関係が作れたのかもしれません。
――重村さんがそういった考えを持つリーダーだからこそ、メンバーもついていこうと思うのでしょうね。
アミューズメント業界のDXはまだまだこれから
――最後に、今後の展望について教えてください。
重村:わたしは2021年10月にCTOからCPO(Chief Product Officer)に就任しました。CTO時代、エンジニアリング部門においては、これまで業務委託の方にお願いする部分も多かったのですが、正社員採用を進め、組織を拡大する段階に入ったと思います。
今後は、IT部門というコストの妥当性がわかりづらい領域だからこそ、コストやROIの意識を持ち、より一層の経営陣や社内からの信頼を獲得することが大事だと思っています。そして、他部署と連携して事業拡大することを考えています。
アミューズメント業界には実はまだDX化できていない部分が多くあります。特にゲームセンターは、機器のチューニングなど人の介在が多く、DXはこれからというところです。
GENDAは最終的には「世界一のエンタメ企業」を目指しています。まずは、国内のアミューズメント業界でトップになるために事業を進めているところです。それと並行して、より大きな市場を狙って海外展開もおこなっているので、その部分でデジタルプロダクトをどんどん作っていきたいと思います。
――ありがとうございました。