時代の移り変わりとともに、エンジニアの役割は常に変化し、求められる要件も高くなり続けています。近年では、指示どおりコードを書けるのはエンジニアとして求められる要素のひとつに過ぎず、企画力、設計力、実装力などさまざまな能力が求められます。
エンジニアが単独で企画を形にしていくためには、技術力はもちろん、ときに臨機応変な判断をしながらよりよいサービスを作ろうとするマインド、いわゆる「クリエイティブマインド」が必要です。しかしこうした積極的な思考は、ただ与えられた仕事をこなすだけでは培われません。では、どうしたらクリエイティブマインドを持ったエンジニアを育成できるのでしょうか。
今回は、会員制のファンコミュニティアプリ『Fanicon』を運営するTHECOO株式会社のリードエンジニアである城弾氏から、日々の仕事のなかで、どのように人を育て、何を重視しているのかを解説していただきます。
目次
Webデザイナー出身のリードエンジニア。異色キャリアだからこその強み
まずは、簡単にわたしの経歴を書こうと思います。
現在はリードエンジニアとして働いていますが、実はキャリアのスタートはWebデザイナーです。多くのCTOやリードエンジニアは、ずっと技術畑で仕事をされている方が多いと思うので、この経歴は異色かもしれません。
デザイナーを選んだ理由としては、新卒時に「Web開発の全部を自分でできるようになりたい」という思いがあったからです。
もともと学生時代から、友人と一緒にアプリやWebサービスを作っていました。その経験からデザインだけでなく、フロントからサーバーサイドまですべてを理解し、一人あるいは少人数で作れるようになれば楽しいだろうと考えました。そこでまずは、ユーザーとの距離が一番近いデザイナーとして就職することにしました。
経験を積むうちに開発にも携わりたいと考えるようになり、フロントエンドエンジニアへと転職。その後、部署異動や数度の転職を経て、サーバエンジニアやインフラエンジニアなど、さまざまな職種を経験しました。
一連の職種を経験したおかげで、プロダクトを開発する際、全体を見渡せるうえ、それぞれの立場や考えを理解できるようになりました。これは、エンジニアだけでなく、デザイナーやプロジェクトマネジャーが同じ部署に所属するTHECOOで働くわたしにとって、大きな強みとなっています。
たとえば、フロントエンジニアとしては、デザイナーの考えを理解し、対等の立場に立ってサービスを改良するための議論ができます。また、サーバエンジニアの仕事をしたことで、デザイナーやコーダーが困らないよう働きやすい環境を整えるノウハウを得ました。
プロダクト開発の際は、ひと通りの過程を理解しているわたしが緩衝役になっています。おかげで、各スペシャリスト間のコミュニケーションを円滑に進められているのではないかと自負しています。
エンジニアがクリエイティブマインドを持つ必要性
わたしがエンジニアが「クリエイティブマインド」を持つ必要性を痛感するようになったのは、当社の事業内容によるところが大きいかもしれません。
当社の主軸であるファンクラブ事業は、今後伸びていくことが予想される分野です。しかし、今はまだ市場をすべて獲得しているわけではありません。何がヒットするのかも未知数で手探り状態です。だからエンジニア自身も、自分でどんなものを作りたいか思考を巡らせてほしいと考えています。エンジニアの立場だからこそ思いついたアイデアがこれまでにない斬新なものである可能性もあります。そういった点も見越して、考える部分の権限移譲を少しでもしていきたいと思っています。
また、当社はまだそれほど規模が大きな企業ではありません。そのため、少人数、場合によっては一人でサービスを作る必要があります。まだ細かい仕様が決まっていない企画であっても、エンジニア自身がどのようなものにするかを決め形にしていくことが求められます。
こういった背景もあり、社員ひとりひとりの裁量も大きく、役職に関係なく責任ある仕事を任せています。誰でも挑戦したいことがあればどんどん手を挙げ、形にしていける社風です。
たとえば当社でリリースした、アーティストとファンをつなげる『Fanicon』というサービスは、これまで企画を担当したことがない社員からの提案でした。すぐに案が通り、約4か月という短期間でベータ版を作ることができました。
その後、コロナ禍でオフラインでのライブ開催が難しくなり始めたころ、現場から「アーティストのためにライブ配信機能を追加してはどうか」と声が上がりました。3日ほどで機能が完成し、2020年3月末の緊急事態宣言発令と同時にリリースできたことは、非常に大きな意味があったと思っています。決定権が現場にあるからこそ、このスピード感でサービスを提供できました。
新型コロナウィルスの影響で、わたしたちの生活様式はめまぐるしく変わりました。従来では考えられない早い変化に当社が対応できているのは、各メンバーがみずから判断し、行動するクリエイティブマインドを持っているからだといえるでしょう。
具体的なクリエイティブマインドの育成例
しかし、当社も社員全員が最初からクリエイティブマインドを持っていたわけではありません。入社当初は、自分で判断するのが苦手な人も少なからずいました。
ここからはふたつの事例をあげて、育成について詳しくご説明したいと思います。
~ 受託開発出身のエンジニアの場合 ~
ジョインしてくれたメンバーの中には前職が受託中心だった方もいます。技術力があり、決められたことにしっかりと沿うことはできても、自分で企画を立てたり、仕様を検討・決定してコードを書いたりする経験が少ないために、最初は積極的に行動するのが得意ではないケースも多くあります。
こうしたケースで「もっと自分で考えてください」と突き放しても当人の成長にはつながりません。まずは当社が求めている人物像をていねいに説明し、なぜ自走できるようになってほしいかという点を理解してもらいます。そのうえで、すでに一人でひと通りのことができるメンバーと一緒に働き、どんなマインドで仕事をしているか、必要なスキルは何かを実践を通して学んでもらいます。
彼らからすれば、転職前と仕事のやり方が大きく違うと感じたはずです。彼らが行き詰まることがないように、こちらも逐一フィードバックすることを徹底し、密にコミュニケーションすることを心がけています。大抵のメンバーはとても素直で、学んでほしかったことをしっかり吸収してくれています。入社当初は受け身になりがちだったメンバーも、現在は積極的に自分で考えて行動できるようになったと思います。
エンジニアの採用に関して、年齢やこれまでの経歴はそれほど重視していません。スキルは入社後に伸ばせますが、大切なのは当社のマインドをスポンジのように吸収できる素直さです。「人柄重視の採用です」と言っているのはそういった意味があります。
とはいえ、きちんと自分で考えながらプロダクトの開発ができるようになるには、ある程度の時間はかかります。前述の通り、1on1ミーティングを定期的におこなうなど、コミュニケーションコストや時間は惜しみません。
~ 新卒採用者の場合 ~
中途採用者がすでにある程度の技術力や経験を持っているのに対し、新卒採用者は社会経験がなくまっさらな状態です。
当社の新卒社員の一人は、学生時代からすでに相当の実力があり、自分で考える力もありました。こうした場合はもちろん、エンジニアとして実力を伸ばし、どんどん活躍してもらえればよいと思っていました。
ただ、この社員はすでに自走する力を持っていたため、さらに上のレベルを目指してもらいたいと考えました。そのため本人からの希望もあり、本来の担当業務であるサーバサイドエンジニアとしての仕事だけでなく、協業する他のエンジニア(たとえばフロントエンドなど)の仕事にも参加してもらったのです。
プロダクト開発には、チームワークも必要となります。ただ個人で突っ走るのではなく、周囲の様子も把握し協力体制をとることも重要です。わたし自身の経験からも、さまざまな業務に参加することで、プロダクトを多角的に見られるようになることを知っています。それがひいてはプロジェクト全体を把握することにつながり、他者の働きやすさについても配慮ができます。
新卒入社の彼には、早い段階から多角的な視点を身につけてもらい、一緒に働く人たちのことも考えて仕事ができるようになってほしいと願っています。
積極的なコミュニケーションでリモートでも社員は自走できる
新型コロナウィルスの影響により、当社は原則として全社員がリモートワークとなりました。今後、状況が変わっても在宅勤務は継続する予定です。この点においては、以前から各自で判断して仕事をすることに慣れているため大きな心配事はなく、順調に業務を回せています。
一方で、直接顔を合わせる機会が減ったことで、社員間のコミュニケーションは取りにくくなってしまいました。その対策として、わたしが率先して雑談を振るなど話しやすい環境づくりは意識して作っています。
Slackでも、意図的にくだらない話をしてみたり、積極的にほめたりする機会を増やし、絵文字もたくさん貼ることで気さくな雰囲気づくりにも努めています。もし当社のSlack発言数ランキングがあるとしたら、1位は常にわたしかもしれません。
いわゆる「心理的安全性」の確保はリードエンジニアであるわたしの役割だと自覚しています。メンバーに対しても「伝え方力(つたえかたりょく)」というものをかなり重視しており、全社的に見渡して、意図が伝わりづらい文章を見つけると指摘していく取り組みもおこなっています。結果的に素直な人を採用するという方針が功を奏し、この取り組みもうまくいっていると思います。
それほど、リモートワークで円滑に業務をおこなうためには、「うまく伝えられるか」が大事なのです。
「できっこないに挑み続ける」というビジョンを体現していく
当社が掲げるビジョンは「できっこないに挑み続ける」です。現状に満足するのではなく、今後も挑戦を続けていく会社でありたいと思っています。
当然、これまでにないものを作り出すためには失敗はつきものです。「失敗したのは、挑戦したからこそ」と社員が誇りに思えるように、挑戦を讃える失敗ランキングの発表なんかもおこなっています。失敗を恐れず、冒険心や開拓心は常に抱き続けたいですね。
会社としては現在、0→1が終わり、1を掛けてどれだけ事業を広げられるかというフェーズにきています。ここを乗り越えるには、エンジニアであっても全体を俯瞰でき、企画力はもちろんビジネス観点を持つ必要があるでしょう。
そして業界的には、新型コロナウィルスにより、これまで当たり前だったリアルでの公演ができなくなる事態に陥りました。そこでようやくテクノロジーの重要性が注目され始めたところです。今後、さらに多くのチャンスや、新しいサービスを生み出す余地があると確信しています。
これからもエンターテインメントとテクノロジーの組み合わせの可能性を信じ、事業を拡大させていきます。