マネジメント、採用、育成、意思決定……エンジニアリング組織を率いるCTOやVPoEの方々は、日頃から大小さまざまな課題に向き合っています。このコーナーでは、エンジニアリング組織のお悩みを読者の皆さまから募集。UUUM株式会社の元CTOで、現在Repro株式会社の執行役員CTOを務める尾藤正人さんがアドバイスします。

第9回のお悩みはCTOとして現場と経営陣とをどう橋渡しするかについてです。

お悩み:現場と経営陣で意見が対立、CTOとしてやるべきことは?

会社の成長とともにエンジニア組織も大きくなり、開発リソースという意味では多少余裕ができましたが、会社の方針や計画といったミッション・ビジョンがあまり現場に伝わってないように感じます。中には会社の方針に納得ができていないメンバーもいるようです。CTOとしてどういった点に気をつけてメンバーに落とし込んでいくとよいでしょうか。尾藤さんが普段意識されていることがあれば教えてください。

尾藤さんからの回答

個々の最適化は大局を見据えてこそ

突然ですが、有名な兵法書である『孫子』では、戦略や戦術について書かれていて、現代のビジネスや組織づくりにもその考え方が当てはまる部分が多くあります。

現場でいろいろな施策をやるのは戦術にあたります。戦術は、戦略をしっかり立てた上で実施して初めて狙った効果が出るのであって、戦略なき戦術には意味がありません。ここでいう戦略とはエンジニア組織の方向性であり、トップダウンで立てるべきものなので、CTOが決める必要があります。ここを決めずに施策や改善を進めようとすると、部分的な個別最適になり、全体最適につながらないことがとても多いんです。

わたしはシステム設計の思想に大きく影響を受けているため、組織づくりもシステムづくりに近いと考えて取り組むようにしています。

UNIXにKISSの原則(Keep it simple, Stupid)というものがあります。「シンプルでつまらないものに保て」と訳されたりしますが、要はシステムをうまく動かすためには設計を単純(シンプル)にするのが重要だという思想です。

そしてもうひとつ大切なのが、それぞれの独立したモジュールが単一の役割を持ち、モジュールごとに改善を進めた結果をうまくインテグレーションをする仕組みを作ることです。UNIXの場合、パイプ(パイプラインとも)という仕組みがそれにあたります。パイプの利点は、独立した複数のプログラムを組み合わせることで、複雑なデータ処理を効率よく、かつ柔軟に実行できるところです。このパイプがうまく機能することにより、インテグレーションできている点が非常に重要なんです。

ここでピンと来た方もいらっしゃるかもしれませんが、つまりCTOがやるべきことはこのパイプのような役割、もしくは仕組みづくりです。それができれば、あとはモジュールごとに役割を与えて、その中で最適化を進めていってもらうと、結果として全体的にうまくいきます。

背景の説明はていねいすぎるくらいがいい

システムでいうところのモジュールは、エンジニア組織の各チームやプロジェクトにあたります。現場のエンジニアには裁量を与えて、現場で最適解を出してもらうようにして、それを全体最適させるのはCTOであるわたしの役目です。その際に大切なのは、「なぜこんなことをさせられなければいけないのか」と疑問を抱かせないための背景の説明です。

組織づくりとシステム設計は似ていると言いましたが、コンピュータと人間はまったく違います。特に大きな違いとして、人間は知りたがるという点があります。ただ単に「これが必要だからやってください」だと納得はしてもらえません。もちろん表面的には従ったように見える場合もあります。しかし本質的にはやるべきことだけを言ってもだめで、背景の説明はきちんとする必要があります。

「こういう理由でこういうことを組織として目指したいから、こういうことをやりたいと思っている」という背景の説明はCTOの重要な役割です。そこを怠ると現場に「やらされてる感」が出てきます。その点はかなり注意しないといけません。

大枠の仕組みはシステム設計の思想ををうまく取り入れてはいますが、エンジニアという専門職の組織であっても最後は人対人です。

始める前に「会社の戦略につながっているか」を考える

先日「会社規模が大きくなりエンジニアの人数は増えたが、システムアーキテクチャに問題点を抱えている。どうにかしたい」と相談を受けました。

話を聞いてみると、最近立ち上がったWebサービスであるにも関わらず、採用している技術はすでに時代遅れのもので驚きました。詳しく聞くまでもなくアーキテクチャの刷新が必要だと判断できるレベルです。

ただアーキテクチャの刷新には、かなりのリソースを割くことになります。エンジニアの人的リソースはもちろん、ビジネス的にいうと利益を生む作業ではないのに時間もお金も相当かかります。在籍しているエンジニアのスキルセットと違う可能性もあり、将来的な開発速度にも影響します。会社の事業そのものにも影響があり、事業計画にも大きく関わってきます。

しかし、そのあたりの影響範囲や開発組織としての全体の戦略や計画について尋ねてみても具体的な回答は得られませんでした。もちろん目の前にある問題を解決するためにシステムをリニューアルしたいというのはよくある話で、理解できる部分もあります。

とはいえ、それらを考慮せずに刷新をしようとしてもあまりうまくいくとは思えません。まずは会社としての技術戦略をしっかり立てた上で、その中の施策のひとつに落とし込んだほうがいいですよとお伝えしました。

既存とは異なる技術でのシステムリニューアルには、それなりに技術力のあるエンジニアが必要です。新たに採用をしないといけないかもしれません。また、既存のエンジニアはどうするのか(新しい技術を覚えてもらうのか)、事業計画をどう調整するか、さらにはスケジュール感や開発規模の見積もりも必要になってきます。そしてリニューアルを実施しているあいだも事業は止めずに走っていくという話でしたので、そのあいだの開発・運用はどうするのかも考える必要がありました。

さきほども述べたとおり、たしかにリニューアルで目の前の問題はいくらか改善するでしょう。ただ、その視点はどちらかというと現場レベルに近いものです。やはりCTOとしては、全体の戦略の中のひとつの施策に落とし込み、費用対効果なども含めて見通さなければなりません。

人間は必ずしも合理的な判断ができるわけではない

ときどき「立場としては経営陣に近く、エンジニアの気持ちも理解できる状況で、それぞれの意見がバッティングして板挟みになったときはどう対処しているか?」と質問をいただくことがあります。

基本的には背景を含めてしっかりと説明すれば納得してくれます。ただし、こういったことをうまくやるには会話のテクニックも必要です。たとえば、一方的に(特に上から)意見を主張されてムッとすることってありますよね。逆の立場で考えると、まずは相手を「たしかにあなたの考え方はよく分かる」と受け入れた上で、こちらがおこなおうとしていることの背景や理由を伝えるべきです。その上でこちらのやり方のほうがよい・正しいと言わないと相手は納得しません。

あとは提案するときは相手に対してのメリットを必ず示しましょう。経営サイドのメリットだけではなく、相手すなわち現場のメリットを説明に盛り込むのはとても大切です。

説明の仕方ひとつで相手の反応や理解度はまったく変わってきます。組織のマネジメントにおいて、この気遣いは馬鹿にはできません。以前、1on1を大切にしているという話をしたと思います。さきほどもお伝えしたとおり、一番コントロールが難しい対象はコンピュータではなく人です。そこは関係性の構築含め、ていねいにやる必要があります。

やや乱暴に聞こえるかもしれませんが、人は正しさで物事を判断するのではなく、感情で判断する生き物です。正しさの押しつけは往々にして通じません。それを理解せずに物事を進めようとしてもほとんどの場合よい結果は得られません。

戦略を持つことは大前提ですが、理を説くのではなく、人と向き合って話すこと、その上で物事の背景を説明することの大切さをお伝えしてきました。さきほどの例で言うと、まず会社としての戦略があって、そこに対してアーキテクチャの刷新という戦術をやるという説明があって初めて、「やれと言われたからやる」ではなく、納得感を持って取り組むことができます。

もちろん言うは易しです。簡単にはいかないと思いますが、まずはその意識を持っていただければと思います。

戦略の立て方の観点・ポイント

最後に戦略の立て方について少しお話ししておきます。

念頭に置くべきなのは「仕組み化」です。ここを個人に依存してしまうと、人がいなくなったときに成立しなくなってしまうためよくありません。システマチックに仕組み化することを前提にして、その仕組みの中に人材をあてはめていくというやり方がよいでしょう。

CTOという肩書きは一見するとスマートに見えるかもしれません。しかし、実際には地道な積み重ねや泥臭く繰り返していく部分も多くあります。エンジニアとしてはそういったことを避けたいと思う気持ちもあります。ただ、責任のあるポジションとしてはしっかりと向き合わなければいけません。それができる人こそCTOの役割をまっとうできると言っても過言ではないと思います。

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