「AIがコードを書くのは、もう当たり前」。生成AIが社会の隅々まで普及した2026年、エンジニアという職業の輪郭は大きく揺らいでいます。

かつては黒い画面と向き合い、非同期処理やアルゴリズムの最適化に向けて黙々とタイピングを続ける姿がエンジニアの象徴でした。しかし今、サイバーエージェントでは、エンジニアがビジネスのど真ん中に飛び込み、AIを相棒にして次々と事業課題を解決しているといいます。

同社の技術組織づくりを牽引してきた長瀬慶重氏に話を聞くと、そこには「生産性向上」や「効率化」といった冷たい言葉では語り尽くせない、熱っぽく泥臭いストーリーがありました。

長瀬 慶重 プロフィール

株式会社サイバーエージェント 専務執行役員 技術担当。 1975年生まれ、熊本県出身。大学院で情報系を専攻し、通信会社での研究開発を経て2005年にサイバーエージェントへ中途入社。アメーバブログの立ち上げやABEMAのローンチを裏側から支え続けた。2015年に執行役員に就任し、現在は同社専務執行役員および株式会社AbemaTV取締役を兼任。

※ABEMA / AbemaTV:サイバーエージェントとテレビ朝日が共同で展開する、テレビのイノベーションを目指し「新しい未来のテレビ」として展開する動画配信事業。

爆速で成長する「AIネイティブ」世代と、オーナーシップの正体

—— サイバーエージェントでは、20代の若い方がCTOや重要なポジションに次々と抜擢されています。今の若手エンジニアの能力について、どう感じていますか?

長瀬:僕らの会社では、評価制度としてジョブグレード(JBグレード)を設けており、 JB1 から 13 までのグレードがあるんです。5年ほど前は、入社して1年たった時点で「一人前」のグレードに達するのは全体の6割くらいでした。それが今は、ほぼ全員が1年で一人前になりますし、もっと言えばシニアの一歩手前まで行く子たちも普通に出てきています。5年前と比べても、成長の角度が飛躍的に上がっている実感がありますね。

実は2023年頃から採用方針をガラッと変えたんです。「AI時代に生き残れる価値のある技術者とは何か」を徹底的に議論し、その要件定義をもとに採用のやり方を切り替えました。その結果として入ってきた世代が、今まさに足元で凄まじい活躍を見せています。

—— その背景には、やはり「AIネイティブ」としてのリテラシーがあるのでしょうか?

長瀬:それもありますが、もはや情報リテラシーそのものが「コモディティ化」しているんだと思います。僕自身、毎年開催される、小学生向けのプログラミングコンテストで審査員をしていますが、今の小学生を見ていると、教師データを使ってアプリを作ったり、生成AIを活用して「社会のどんな課題をどう解決するか」を自分の言葉でプレゼンしたりしているんです。そんな環境で早くからテクロノロジーに触れてきた世代がこれから社会に出てくるわけですから、スタート地点のレベルが根本的に違うんです。

—— コードを書くスキルが劇的に底上げされた今、エンジニアに求められる評価軸はどう変わったと感じますか?

長瀬:これまで以上に「オーナーシップ」の定義が重要になりました。ここで言うオーナーシップとは、「言われたものをつくりきる」というものではありません。そうではなくて、「自分主語」で事業やサービス、顧客体験を捉え、自ら課題を咀嚼して「未来を考えるとこういう要素を入れたほうがいいんじゃないか」「事業の成長に向けて、今どこに手を打つべきか」を考え、提案していく姿勢です。

それに、チームで動いていると必ず役割の間に「隙間」ができるんですよ。そこを自ら埋めて全体を成功に導くために働きかけることも、組織に対する重要なオーナーシップだと捉えています。AIの登場でコーディングに物理的に取られていた時間が減った分、こうした本質的な課題解決に思考を割ける。今の若手は、自分がやりたいことをかなえられる環境を純粋に楽しんでいるように見えますね。

ドメイン知識を武器に、ビジネス側へ溶け込むエンジニアたち

—— ビジネス側からの要望をエンジニアが形にする、という従来の垣根もなくなってきているように感じます。

長瀬:そうですね。サイバーエージェントは以前からビジネス側とエンジニアの垣根をなくし、両者が一体となって事業成長を推進するカルチャーが根付いていたのですが、それがより加速しているように感じています。AIによって実装のハードルが下がったことで、エンジニアがより上流の課題設定や価値設計に関わりやすくなっている。ビジネス側とエンジニアが役割を分けるというより、同じ事業課題に向き合うチームとして、互いの領域を越えて連携する動きが広がっていると感じています。

—— 以前の開発チームに閉じこもるスタイルとは、全く違う動きですね。具体的にはどのような現場で起きているのでしょうか?

長瀬:たとえばABEMAだと、エンジニアがある日突然「今日からAIを使う技術者になります!」と宣言して、放送現場やマーケティングのそばに入り込んでいく。ニュース動画制作の一部工程を支援するAIツールを作ったり、ドラマの撮影現場でロケハンの工程をAIで効率化したりしています。脚本家やプロデューサーと連携しながら「脚本制作のプロセスの中でAIがどのような支援ができるのか」を一緒に議論しているエンジニアもいるんですよ。

—— プログラミングだけでなく、現場の「ドメイン知識」が鍵になっているのですね。

長瀬:おっしゃる通りです。ドメイン知識を持った技術者がエンジニアリングをやることで、今まで1ヶ月かかっていた改善が3日で終わるケースも出てくる、しかもそれを一人で完結させるような時代になっています。エンジニアがエンジニアだけでチームを組むのではなく、ビジネスサイドに飛び込んでいって困りごとを解決し、売り上げや事業に貢献したいというエンジニアがいっぱい出てきている。

こうした動きを会社としても明確にキャリアとして確立するために、2026年の新しい評価制度から「ビジネスリードエンジニア」というキャリアパスを作りました。ビジネスの現場に入り込み、エンジニアリングで直接的に価値を創造する技術者を、会社として正当に評価しようという看板を出したんです。

※ビジネスリードエンジニア:ビジネスと技術の橋渡しとなり、課題解決と価値創出を主導するキャリアパス。

野望に燃えた20代と、冷や汗をかいた「あの夜」の余白

—— 長瀬さんご自身が20代の頃は、どんな野望を持っていたんですか?

長瀬:周りを見渡して、誰よりも大きな仕事をしたいという思いがありました。若いうちから社会的に影響力の大きい仕事をやりたくて。最初は通信業界にいたんですが、5年ほど働いてみて、世の中の変化のスピード感と自分の仕事がリンクしていない感覚があって、インターネット業界のサイバーエージェントに飛び込んだんです。

当時は「仕事に必要な知識を人より早く手に入れたら、その分だけ差がつく」と信じて、仕事に没頭していました。もちろん今は健康や持続可能な働き方を大切にすることが大前提です。ただ、若いうちに惜しみなく自分の成長に時間を投資して、成果を出すことに全力で向き合うことはすごく大事だと思っています。

—— エリート街道を歩んできたように見えて、挫折や停滞期もあったのでしょうか?

長瀬:もちろんありました。今でも「あの時には絶対に戻りたくない」と思う瞬間があります(笑)。一番忘れられないのは、ABEMA開局直後の特番です。亀田興毅さんを倒したら1000万円という企画だったんですが、ゴングが鳴った瞬間にアクセスが集中し、システムが落ちたんです。大きな期待をいただいていた番組だったからこそ、非常に重く受け止めた経験でした。

そのあとに『72時間ホンネテレビ』という大規模な特番がありました。前回の経験があったからこそ、社内には相当な緊張感がありましたし、開発チームとしても「絶対に期待に応えたい」という気持ちで準備に臨み、安定した配信を実現することができました。そうした経験を一つひとつ積み重ねたからこそ、その後のFIFA ワールドカップ カタール 2022の全試合生中継では、想定できるリスクを徹底的に洗い出し、万全の準備を尽くした状態で本番に臨めました。あの時の緊張感と、チームで一つひとつ課題を乗り越えた経験は、間違いなく今の僕の財産になっています。

大言壮語を笑わない文化と、適材適所と本人の意思を重視する組織

—— 今の若手がそこまで主体的に動ける背景には、組織としてどのようなカルチャーがあるのでしょうか?

長瀬:僕らの会社には、自分の野望を「宣言する」というちょっと変わった文化があるんですよ。若手がプレゼンする場面やマネージャーとの面談で、「自分が2代目社長になる」とか「こんなサービスを作りたい」って恥ずかしげもなく公言したりする。普通なら笑われそうな大言壮語でも、うちでは上司も同僚も「おっ、いいね!」って本気で応援してくれる風土が根付いています。

こうした熱い志を持った若手が毎年入ってきて、「自分はこうなりたい」とあおってくる。すると先輩たちも「頑張んなきゃ」って刺激を受けるんです。このポジティブなループが組織全体に回っているのが、サイバーエージェントの強みかもしれません。

—— 個人の「Will(意志)」に対して、組織はどう伴走しているのですか?

長瀬:実は、サイバーエージェントは会社都合の社内異動というものを原則行っていません。適材適所と本人の意思を重視したうえで配属を行うことが前提になっています。そのために、エンジニア専門の「エンジニアキャリアエージェント」という人事専門組織があります。彼らがひたすら社員と面談し、本人のキャリアプランを聞き出して、全社から最適なポジションを見つけてあげる。今も「チャンスがあったら新たなキャリアに挑戦したい」という人をリストアップし、常にアップデートされています。

私が昔から参考にしている『1兆ドルコーチ』という本があるんですが、そこに書かれているように、どんなにAIが進化しても、働く人の根底には「家族を支えたい」とか「この目的を果たしたい」という人間くさい価値観があります。だからこそ、マネージャーはただ業務を管理するのではなく、対話を通じて個人のWillを引き出し、チームのパフォーマンスを最大化する「コーチ」でなければならないと思っています。

※Will:個人のキャリアに対する強い意志や「こうなりたい」という希望を指し、サイバーエージェントの適材適所な配置において最も重視される要素の一つ。

※エンジニアキャリアエージェント:エンジニア一人ひとりのキャリア意向(Will)を客観的な第三者視点で把握し、全社から最適な挑戦の場を提案する社内の人事専門組織。

足腰を鍛え、変化の波を面白がれ

—— AIが発展し続ける中で、エンジニアが「自分の頭で考える」ことにはどのような価値が残るのでしょうか?

長瀬:AIが整理してくれた情報を土台に、「さあ、ここからどう頭を使って考えようか」という意思決定の質が問われています。エンジニアリングで言えば、指示をすればコードは出てくる。でも、それによってセキュリティに穴がないか、レスポンスが遅くないか、最終的な品質の責任を取れるのは「人」だけです。AIは共生するパートナーですが、最後のクオリティを担保する覚悟は、技術者にこそ求められています。

—— これからエンジニアを目指す若手や、キャリアを築こうとしている方々が、今一番取り組むべきことは何だと思われますか?

長瀬:とにかく「足腰」を強くすることです。僕が言う足腰とは、コンピュータサイエンスやデータ、セキュリティといった基礎知識はもちろん、課題を抽出する力や、人から意見を引き出すソフトスキルのことです。これからの時代は、昔よりも「深く、かつ広く」知っていることが求められます。そのためには、何か一つのジャンルをしっかり深く学ぶ経験を持ってほしい。いわゆる「T型」人材のように、一つを深く掘り下げた経験があれば、新しい技術が出てきても同じように深く学ぶことができます。僕らが採用基準に「知的好奇心」を明確に入れているのも、変化の激しいこの時代に学び続ける姿勢こそが最大の武器になるからです。

—— 最後に、AI時代に不安を感じている若手エンジニアへ、力強いメッセージをお願いします。

長瀬:はっきり言えるのは、AI時代においてもエンジニアの未来はめちゃくちゃ明るいということです。AIによってコードを書くスピードは上がり、開発のあり方も大きく変化しています。ただ、その変化はエンジニアの価値がなくなるということではありません。むしろ、AIを使いこなしながら、何をつくるべきか、どんな課題を解くべきかを考えられる人の価値は、これまで以上に高まっていくと思います。

大切なのは、変化を恐れるのではなく、面白がれることです。新しい技術に触れ、自分の武器を増やしながら、事業や社会に与えられる影響を広げていく。そのプロセスを楽しめる人にとって、これからの時代はとても大きなチャンスに満ちています。

大きな野望を持って、不完全な変化の波を思い切り乗りこなしてください。

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