生成AIには、もっともらしい嘘をつく「ハルシネーション(幻覚)」が発生しやすいという課題が依然として残っています。このハルシネーションを抑制する有効な手段として期待されているのが、「グラフ文書技術」です。
OKIが研究開発を進めるグラフ文書技術を活用し、誕生したのが「ダ・ビンチ グラフ®」です。これは生成AIを用いたイノベーション創出を支援する独自のシステムで、2025年5月から全社展開を開始。2026年3月時点で、利用人数は約2,000名に達
「ダ・ビンチ グラフ®」の研究開発に携わる前橋さんに、グラフ文書技術の特徴や研究にかける思いを聞きました。

前橋 祐斗さん プロフィール
沖電気工業株式会社 技術本部 技術企画部 データマネジメント室 生成AI活用推進チーム所属。2020年に新卒入社。学生時代には、機械学習やサイバーセキュリティを組み合わせた技術の研究開発をおこなう。入社以来、自然言語処理(NLP)の研究開発に従事。
目次
LLMが理解しやすい「グラフ文書技術」とは
グラフ文書とは、単語や文章を『点(ノード)』、それらのつながりを『線(エッジ)』で表した、ネットワーク図形式の文書のことです。

グラフ文書の例とそのデータ構造 画像提供:OKI
一つひとつの文章を情報の最小単位(ノード)とし、それらの関係性や構造を線(エッジ)で直接つなぐため、通常の文章よりも情報の流れを直感的に把握できます。この構造により、LLM(大規模言語モデル)は回答に必要な情報を過不足なく正確に抽出できるようになり、結果としてハルシネーションの抑制が可能になります。
では、LLMとグラフ文書を組み合わせることで、具体的にどのような相乗効果が生まれるのでしょうか。

「データの構造化によるハルシネーション対策が有効です。また、情報をグラフ化すれば人間とAIの双方が理解しやすくなり、意思疎通がスムーズになります」(前橋さん)
では、私たちが使い慣れている一般的な文書と、このグラフ文書は何が違うのでしょうか。前橋さんは、「情報の『つながり』を可視化することによって、人間にとってもAIにとっても、内容の正確な把握が格段に容易になるというメリットがあります」と言います。
OKIにおけるNLPの研究開発の歴史は、生成AIが注目される以前にまで遡ります。当時から取り組んできた機械翻訳や対話エンジンの知見は、現在の生成AIアプリ開発を支えるコアの技術として継承されています。
「ダ・ビンチ グラフ®」誕生のきっかけ

「ダ・ビンチ グラフ®」の対話画面(対話と随時更新されるグラフ文書)画像提供:OKI
このグラフ文書技術を具体的なシステムとして具現化したのが、「ダ・ビンチ グラフ®」です。その歩みは、2023年に同技術の研究開発チームを含む、様々な部門のメンバーで構成されたグループがOKI社内のイノベーションコンテストで準大賞を受賞したことから始まりました。
「『ダ・ビンチ グラフ®』の最大の特徴は、ビジネスアイデアの創出に不可欠な思考プロセスやフレームワークがあらかじめ組み込まれている点です。通常の生成AIにアイデアを相談する場合、実はユーザー側にある程度の明確なビジョンや質問力(プロンプトスキル)が求められます。しかし『ダ・ビンチ グラフ®』なら、まだ考えがまとまっていない曖昧な段階からでも大丈夫です」(前橋さん)

一般的な生成AIアプリでも、質問に対してテキストで回答が返ってくるものは珍しくありません。では、なぜ「ダ・ビンチ グラフ®」はあえて情報をグラフ化し、それをどのように実現しているのでしょうか。
「『ダ・ビンチ グラフ®』の裏側では、LLM同士が連携してグラフを生成しています。
鍵となるのは、グラフ文書ではノード同士のつながりがエッジによって表現されていることと、それらの関係がラベルによって明示されていることです。私たちは、このデータの設計を工夫してグラフとしての理解度を最大化させるとともに、独自の文脈制御や指示のチューニングを組み合わせることで、実用性の高い出力を実現しています」
また、すべての文書をLLMだけで処理するわけではない、と前橋さんは付け加えます。
「約款やマニュアルのように、構成が決まっている定型的な文書をグラフ化したいケースもあります。その場合はLLMに頼るのではなく、あらかじめ決めたルールに沿って構造を抜き出す手法をとっています。そうすることで、一貫性と精度の高いグラフ文書を生成できるからです」
前橋さんは以前から、グラフ文書を要約してデータサイズを最適化する技術開発に注力してきました。長らく試行錯誤を続けてきた分野でしたが、「近年、LLMが飛躍的に進化したことで、かつての技術的な障壁をようやく乗り越えられるようになってきました」と、その手応えを語ります。
多様な「タスク」により、活用方法が大きく広がる
前橋さんは、「自社と同じように、イノベーションの壁に挑んでいる多くの企業にこの技術を届けたい」と語ります。
「イノベーションとは、必ずしも新規事業の創出といった大きな話だけではありません。日々の業務における小さな改善も、立派な変革の一歩です。『ダ・ビンチ グラフ®』は、そうした身近な課題も気軽に相談できる存在を目指しています。システムに内蔵された『タスク』機能を使い分けることで、活用の幅は無限に広がります」
カテゴリー別に用意された多様なタスクを活用することで、個々の業務ニーズに即した使い方が 可能になります。直感的なUIと、対話量に応じてニューロンが育つように見える可視化機能。この2つが組み合わさることで、ユーザーは楽しみながらアプリを使い続けることができます。自分のアクションが目に見える形で「成長」へとつながるデザインが、ユーザーのモチベーションをポジティブに刺激しています。

「ダ・ビンチ グラフ®」のカテゴリーとタスク 画像提供:OKI
技術のブレイクスルーを目の当たりにすることのおもしろさ

飽くなき探求心でNLPを突き詰めてきた前橋さん。長年の研究生活で得た、技術者としての喜びの源泉について語ってくれました。
「私がNLPの研究を始めたときに、1つのAIモデルでいろいろなタスクができる事前学習モデルが登場しました。そのときに、今後は事前学習モデルが主流になると思っていたのですが、LLMというとてつもないものが出てきました。そうした技術のブレイクスルーが起きて、しかも自分たちで使えることにおもしろさを感じています」
AIがいかに高度化しようとも、決して代替できない「人間にしかできない領域」が確実に存在する。前橋さんは、その境界線をしっかりと見据えています。
「開発の過程では、常に『ここは本当にAIに委ねて良い領域か』と自問自答するようにしています。例えば、倫理的な判断が求められる場面や、人々の生活・人生に直接的な影響を及ぼすような領域での活用には、極めて慎重であるべきだと考えています」
人間とAIが協力しやすくなる仕組みをつくり、社会実装を進めていく

将来的な研究テーマとして前橋氏が掲げるのは、テキストのみならず、図解や画像、音声など多様な形式の情報を統合して扱う『マルチモーダル化』です。
「私が今、強い関心を持っているのは『マルチモーダルな知識表現』、そしてそれを自在に扱うための『マルチモーダルAI』の研究です。文字だけでなく、視覚や聴覚情報をも有機的に結びつけることで、AIはより深く、より人間に近い文脈で知恵を編み出せるようになると信じています」
技術の最前線を走り続ける前橋さんは、その先にどのような景色を見ているのでしょうか。OKIのAI技術が将来、社会の中で果たすべき本質的な役割について伺うと、次のような答えが返ってきました。
「AIの不安定さを認め、それを安心・安全な価値へと変換して届けること。それがOKIの使命です」
OKIが進めるグラフ文書技術の研究開発は、生成AIの信頼性を損なうハルシネーションの低減に対し、構造化データという確かなアプローチで解を提示しています。
前橋さんが説くように、AIは決して万能な存在ではありません。しかし、そこに人間が介在し、知恵を掛け合わせることで、AI単体では到達できない「より良い結果」が生まれます。現在取り組んでいるテキストベースの解析に留まらず、画像や音声までも統合する「マルチモーダル化」への挑戦。その根底にあるのは、常に「安心・安全な形でユーザーに届ける」という揺るぎない姿勢です。
技術の不確実性を構造の力で包み込み、人間が主役となる共創の場を創り出す。この真摯な歩みこそが、AI技術が社会に本当の意味で根付くための、確かな道筋を示しています。OKIと前橋さんの挑戦は、私たちがAIと共に歩む未来を、より明るく、確かなものへと変えていくはずです。
