電子書籍の黎明期から取次事業を行う株式会社メディアドゥ(以下、メディアドゥ)。国内最大手の電子書籍取次事業者として市場を牽引し、2,200社以上の出版社と150店以上の電子書店をつなぐ巨大な流通システムを支えている。
本記事では、その基盤システムを統括する執行役員CIOの中野 要さんに、国内No.1のシェアを誇るシステムをどのように構築・運用しているのか、その技術戦略と課題解決について伺った。

中野 要さん プロフィール
株式会社メディアドゥ 執行役員CIO。上場企業でオープン系開発部門を経験した後、2009年にメディアドゥへ入社し、電子書籍配信システムの開発などに従事。16年から18年まで技術部長。退社後にIT企業で取締役を務め、21年にメディアドゥへ再入社。現在はグループ全体のIT戦略の策定と推進を担う。
目次
国内No.1の電子書籍流通を支える技術的強み
2009年にメディアドゥへ入社したが、一度退社して別の会社で働いていた時期がある中野さん。2021年にメディアドゥへ再入社し、技術本部長や情報セキュリティ統括室長、IT統括本部長を経て執行役員CIOになった。
中野さんがメディアドゥに戻ってきた2021年は、業界一位の出版デジタル機構をメディアドゥが買収し、名実ともに国内No.1の電子書籍流通を支える企業になって4年が経過した時、企業統合によって2つ存在していた基幹システムから1つを選び、クラウドシフトしたが、システム上の課題が山積している状態だったという。中野さんはこの課題を解決するため、基幹システム改善に向けたプロジェクトを推進。同時に、組織課題の解決にも取り組み、内製化を推進して外注比率を30パーセント減らしながら、生産性の向上を実現した。こうした改革を実行した今、どのような役割を担っているのだろうか。
「現在は、基幹システムを担う技術本部と、情報システムやインフラを管轄するIT統括本部を統括しています。メディアドゥでは、出版社さんと電子書店さんをつなぐ電子書籍取次事業を行っていますが、そのうち基幹システムの開発を技術本部が、サービスインフラの構築や会社全体がスムーズに働くことができる仕組みづくりをIT統括が担っています」
技術本部には、エンジニアのほかにプロジェクトマネージャーや品質管理の人員も在籍している。IT統括部にはエンジニアと社内ITの運用担当がおり、会社全体でのエンジニアの数は、外部協力者を含めて約60人の規模になる。
電子書籍黎明期から電子書籍の流通を支えてきたメディアドゥ。主軸事業の電子書籍流通事業は、国内No.1の流通シェアを誇る。コンテンツが増加し続けるなか、流通を支えるメディアドゥの強みはどこにあるのだろうか。
「安定した基盤の構築や大規模なデータ量を引き受けて、低コストかつ迅速にコンテンツをお届けできることが当社の強みであり、出版業界へ提供している価値です。プラットフォームとしての安定性や堅牢性にこだわって開発を進めています」
以前はオンプレミスで運用していたが、 費用や管理工数などのコストの最適化を図る目的でAWSを主軸とした クラウド移行を断行したという。拡張性や耐久性、管理効率を飛躍的に向上させ、 現在はGCP、OCIも一部で活用するマルチクラウド構成を構築しているそうだ。
【著作権を守る盾】サイバー攻撃からコンテンツを守る、高度なセキュリティ対策

近年、メディアドゥは情報セキュリティを強化している。電子書籍流通企業として、著作者や出版社、書店や読者といった各ステークホルダーが安心して利用できるシステム構築は欠かせない。
電子書籍市場が拡大する一方で、コンテンツを権利者に無断で掲載する「海賊版」が大きな社会問題となっている。業界全体で対策が進められており、コンテンツデータの保護は重要なテーマとなっている。
「もしも外部からのサイバー攻撃などによって当社からコンテンツデータが漏洩し、海賊版として読まれてしまえば、大変な問題です。会社の存続だけでなく、日本の著作物の健全な創造サイクルを壊しかねないほどの重大なリスクであるため、情報セキュリティ対策には注力しています」
近年、企業がサイバー攻撃を受ける事例が増加しており、結果として大きな被害が発生するケースも少なくない。メディアドゥではこうした被害を防ぐため、セキュリティに特化したチームを編成し、ツールの導入のほか、社内規定の整備や情報セキュリティ教育などを通じて、リスク管理を徹底し、ITガバナンスの強化に努めているという。
「コンテンツの予期せぬ流出も警戒し、電子書籍のデータを安心してお預けいただけるように、お預かりしたあとのコンテンツの配信までの経路をトレースし監視する体制を構築しています。たとえば、営業時間外にコンテンツデータが外部に送信されたとしたら、即座に検知し、現場に問い合わせて運用状況を確認できる体制を整えるなどです。当社にコンテンツデータを預けていただければ、セキュリティ面の心配はないと強く信用いただけるよう、取り組みを日々強化しています」
コンテンツの海外展開を加速させる生成AI活用戦略

メディアドゥは、2026年2月期を初年度とする新たな中期経営計画を策定・公表しており、そのなかで生成AIの活用についても触れられている。
メディアドゥが開発を進める「MDTS(Media Do Translation System)」は、生成AIのサポートで翻訳家などによる翻訳スピードを向上するシステムで、スピーディーな多言語翻訳やオーディオブックを含む紙・電子のマルチユース化をおこない、世界中に日本のコンテンツを届ける計画だ。大量の電子書籍コンテンツを預かる電子書籍流通の分野でトップシェアを誇り、出版社と書店の双方から信頼を得ているメディアドゥだからこそ実現できる取り組みと言える。
「生成AIを活用したコンテンツの翻訳には、会社として積極的に投資をしています。現在の生成AIによる翻訳精度は日々高まっているため、リアルタイムで最適なAIエンジンを選び取り、効率的にコンテンツを翻訳できる仕組み作りに挑戦をしています。1〜2か国規模ではなく、利用者の多い言語を優先して複数言語を対象とした大規模な翻訳を進めていきます。もちろん、ただ翻訳をするだけではなく、コンテンツの特徴がしっかりと反映できているかを確認しながら、著作者や出版社のみなさまと連携して、承認いただければと考えています」
現在、日本のコンテンツが英語に翻訳されている割合は、マンガ全体で約2パーセント、近年の文字物の新刊では約0.5パーセントと非常に少ない。だからこそ、大きな伸び代がある。メディアドゥは日本のコンテンツを翻訳し、海外に流通できる体制を早期に構築していこうとしている。
一方で、生成AIに関しては過熱感も抱いていると中野さんは話す。
「IT業界では、ブロックチェーンやWeb3.0のように、バズワードが次々と生まれます。生成AIも同様で、流行に惑わされず冷静に見極めることが重要です。 どの程度の投資で、どのような成果を得るのか。そのROI(投資対効果)を判断するのは非常に難しい課題です。社内のエンジニアからも最新の生成AIを使いたいと要望が寄せられることがあります。しかし、生成AIを使って何を実現したいのか、手段と目的を整理する必要があると考えています」
本来、目的を達成するための手段として生成AIを活用すべきだが、生成AIを使用すること自体が目的になってしまうケースは、多くの会社で見受けられるのではないだろうか。
生成AI、ブロックチェーン、Web3.0など、いずれにしろ目的を明確化し、冷静な見極めが重要だと中野さんは話す。
守りを強めるため、安定的に稼働できる技術を選定
コンテンツの翻訳に生成AIを活用しているように、業務によっては最新の技術を採用しているが、基幹システムに関しては攻めよりも守りを重視し、安定性の高い技術を選定していると中野さんは話す。
守りが求められる一方で、フロントエンドやセキュリティに関しては、新しい技術の導入も積極的に考えているという。
「IT業界は、新しいサービスが誕生しやすい業界で、最近では生成AIによるサービス開発がさらに加速していると感じます。また、アプリケーション開発において、フロント部分はシェア率やトレンドが変化しやすい傾向にあり、シェア率の低いツールを使い続けていると、外部からの知見が得られません。また、セキュリティの要求レベルも高まっている状況であり、このような分野にはしっかりとした投資や新しいツールの導入が欠かせません。新しい分野に闇雲に飛びつくのはよくありませんが、時流に合わせて最新技術を積極的に取り込む姿勢も持ち合わせるようにしています」
基幹システムに関しては保守的で安定したものを目指しているが、それを構成する要素に新技術を導入することに抵抗はないという。その点では新しいチャレンジも可能だ。攻めの部分と守りの部分を明確に分けている。
市場の変化に対応する技術:顧客を支える柔軟なシステム

電子書籍流通という事業の特性上、メディアドゥが接する顧客からは、新しいビジネスモデルへの対応やコストカットへの要望が多い。日々増加するコンテンツを読者に届けるため、各電子書店は、さまざまな施策を実施するという。
私たちユーザーが広告でよく目にする「何話まで無料」といった電子書店のキャンペーンへの対応も、メディアドゥには求められる。
「電子書籍のコンテンツは、どの電子書店さんで購入しても中身は同じです。そのなかで各電子書店さんが読者様にどのような価値やコンテンツを提供したいかによって施策が異なります。そのため、各電子書店さんがそれぞれに異なる施策を実施する度に私たちも値付けや取引条件の変更が必要となり、細かく丁寧な対応を重ねていかなければなりません」
メディアドゥには電子書店150店以上との取引実績があるため、キャンペーン対応だけでも大変なことは想像できる。管理するキャンペーン数は年間18,000件を超えるそうだ。毎年、電子書籍市場の規模は拡大していくなかで、電子書籍流通はどのように変化していくのだろうか。
「国内で電子書籍が市民権を得た今、電子書店さんはそれぞれの特色を打ち出しています。そんな中で、私たちのシステムを活用いただくことで、多くのコンテンツを提供できるようになっていただきたい。また、海外においては、コンテンツを翻訳して配信する際には、流通に関する課題が発生しますので、テクニカルで迅速に解決できる基盤を整えることが、私たちの目指す将来の展望です。現在はその基盤を整え、次のフェーズに備える時期となっています。確実に流通を支えつつも、業界全体が迎える大きな変化に対応できる仕組みを構築していければと思います」
拡大し続ける電子書籍市場のなかで、国内最大手の電子書籍取次事業者であるメディアドゥの重要性はますます高まっている。今後は海外への配信も進むなか、長年の実績と堅実な技術をもとに出版業界を支え続ける。

