ソフトバンク子会社のGen-AX(ジェナックス)でCEOを務める砂金 信一郎さんは、音声認識AIの領域の第一人者だ。LINE(現:LINEヤフー)のAIカンパニーでもCEOを務め、AIテクノロジーブランド「LINE CLOVA」などを世に送り出してきた。

そのキャリアの歩み方はグローバルかつ先進的だ。日本オラクル、ローランド・ベルガー、スタートアップ企業であるリアルコム(現Abalance)、マイクロソフト、LINE(現:LINEヤフー)を経て、Gen-AXのCEOに就いた。

「要素技術を応用するという観点でキャリアを紡いでいる気がします」

このように振り返る砂金さんは、どのようなキャリアを歩んできたのだろうか。

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砂金 信一郎
Gen-AX CEO。マイクロソフトでエバンジェリストを経験したのち、LINE(現:LINEヤフー)に転職。AIテクノロジーブランド「LINE CLOVA」などの開発を牽引する。同社AIカンパニーのCEOを経て現職。

ローランド・ベルガーで徹底的に学んだ現場感

大学で工場の最適化というテーマに取り組んだ砂金さんは、日本オラクルを経て、ドイツに本社をおくローランド・ベルガーに転職した。

ローランド・ベルガーは、ヨーロッパでも最大の規模を誇る戦略コンサルティングファームだ。自動車業界などの製造業に強みを持っている。部品メーカーなどの工場の強い業界と携わることの多かった砂金さんは、この2年間で徹底的に「現場感の重要さ」をたたき込まれたという。

「戦略コンサルティングなので、300ページほどのPowerPointをつくり、クライアントに提案します。資料をつくった後には、当時日本法人の代表取締役社長だった方に見せるのですが、『現場感が足りない』とつき返されることがありました。現場の写真を撮ったり、働いている人々のコメントを貰ったりしろと言われて、何度もつくり直しました。この時期にエンドユーザーがどう思っているのかを捉えて、現場にどのような課題があるのかを捉える重要さを学ぶことができました」

その後、スタートアップのリアルコムを経て、2008年にマイクロソフトへ転職。エバンジェリストとして、Microsoft Azureを世に広める業務を担った。

2013年ごろにはディープラーニングが広く知れ渡り、AIブームが起こる。そのときにはAIとIoTを組み合わせたプロダクトに携わった。

「当時、IoT系のAIが流行っていました。故障検知のようなログデータを大量に読みこませて、学習させた上で、個々のエラーを判定させるプロダクトなどがありました」

インフラとなるクラウドにAIなどを組み合わせたプロダクトが増えていくと、AIの領域への興味が強まる。そのきっかけは、雑談AIボット「りんな」の開発に関わったことだという。

「りんなは、会話を続けることを目的にしたAIボットです。正確な答えを投げることを目的としたチャットボットとは異なります。たとえば、今日の天気をAIに聞くと、チャットボットは『東京地方の天気は晴れです』と答えます。一方でりんなは『どこか行くの?』と質問を投げて会話を続けるんですよね。相手との会話を続けるために一番いい選択肢を取るチャットボットなんです」

りんなの開発では、集まった会話のデータを元にアルゴリズムを磨き上げて、さらに自然な会話ができるようにアップデートしていった。このときに、AIに重要なのはアルゴリズムではなくデータだと気づいた。

また、りんなはLINEを活用したサービスだったため、LINEと深く関わる機会も増えた。案件を主導していくうちに、LINEのプラットフォーマとしての強みを認識し、新たな道へと進んだ。

「LINEがエンドユーザーと信頼関係を築いているのを見て、すごさを感じました。マイクロソフトはOSという道具を提供している企業でしたが、LINEはその道具を使って素敵なアプリをつくっている会社ですよね。これからおもしろいことに取り組もうとしていた時期でもあり、LINEに行くことにしました」

LINEでは、優勝賞金1,000万円のコンテストを開催

砂金さんがLINEへ移ったのは2016年。2020年のオリンピックイヤーが間近に迫り、日本が注目を集めている時期だった。海外のようすを見ていた砂金さんは、大きな仕事に取り組もうと意欲を燃やしていた。

「中国の深圳に出張で行く機会があったんですけど、ドローンが飛び回っていたり、QR決済が普及していたりとIT化が進んでいて驚きました。同じようなことを日本でもやりたいと思ったんですね。LINEアプリをスマートフォンにインストールしていれば、買い物もコミュニケーションも何でもできるようになったらいいなと思っていました」

LINEに入社してから最初に担った役割は「Messaging API」のオープン化だ。それを実現すると、そのAPIを活用した開発を促進しようと考えた。企画したのは、「LINE BOT AWARDS」と名づけたプロダクト開発のコンテストだ。この大会を初めて開催したときのことは深く印象に残っているという。

「優秀なエンジニアに、世の中の役に立つプロダクトを本気でつくってもらうにはどうしたらいいか考えました。その結果、賞金は重要なポイントになると思って。コアプロダクトをつくっている社内のエンジニアにヒアリングを重ねて、1,000万円という賞金を設定しました」

コンテストの初回グランプリに輝いたのは、目や耳の不自由な人をサポートする「&HAND(アンドハンド)」。このアプリは、困難を抱えた人と、その手助けをしたい周囲の人をビーコン端末「LINE Beacon」でつなぎ、チャットボットを介して具体的な行動をサポートするというものだ。たとえば、目の不自由な人の場合、白杖にビーコンをつけて、そのビーコンをオンにするとビーコンの範囲にあるスマホに通知が届く。社会課題の解決につながるようなプロダクトだ。

また、LINEのキャリアの後期にはAIを活用したプロダクトの開発にも取り組む。サービス名は「DUET(デュエット)」。音声認識、チャットボット、音声合成などの技術を活用し、AIを使って電話で飲食店の予約ができるプロダクトだ。

「いまの生成AIを活用したプロダクトの走りですよね。当時はGPT-2も出ていなかったと記憶しています。このデュエットのプロジェクトで、人とAIが対話するときに気をつけないといけないことがわかりました。AIの会話は課題を解決すると打ち切りをする傾向にあります。それって、ちょっと寂しいですよね(笑)。そんなときに自然な会話って何だろうと考えて、重要なのは応答速度だと気づきました。正しい答えを返すより相づちを早く返すことが大事かもしれない。このようなことをデュエットのプロジェクトから学びました」

要素技術を組み合わせ、新しいプロダクトを生み出したい

技術の最前線で走り続ける砂金さんは、ソフトバンクの新しい企業でさらなる挑戦を続けている。その根底には開発への飽くなき探究心がある。「仕事と趣味の境界線がわからないです」と笑顔で語る砂金さんは、どのようなときに喜びを感じるのだろうか。

「技術的な難しさは置いておいて、未知の領域のものを自分の手でつくれた時は楽しいですよね。たとえば、PayPayで使われている本人確認の仕組みの技術開発などにも携わっていたのですが、その時はOCRと顔認識の要素技術を組み合わせてつくりました。こういった要素技術を組み合わせて別のものをつくるのはレゴブロックを組み合わせて一つのものを完成させていくみたいで楽しいですよね」

楽しみながら技術で新しいものを生み出していく。その先には日本社会へのインパクトを見据えている。最後に日本への熱い思いを語ってくれた。

「外資系の勤務が長かった影響か、日本への想いは強いです。自分の力で役に立てることがあれば、力になりたい。と次の世代にポジティブな影響を当てられるように、IT業界に貢献していきたいです」

Gen-AXで砂金さんはどのようなプロダクトを生み出し、社会を変えていくのだろうか。これからの未来が楽しみだ。

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(取材/文:中 たんぺい、撮影:野田涼

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