大転職時代が到来していると言われている。
キャリアアップを目指す人、ライフステージに合わせて環境を変える人、やりたいことを見つけた人。転職する理由は、人によってさまざまだ。
そして、転職する理由が決してポジティブなものだけではないことも、事実だ。「つらいのはあなただけじゃない」なんて言葉をよく聞くが、みんなそれぞれ、自分だけの絶望を抱えて生きている。
そんな人たちにとって、次の一歩を踏み出すのはとても“怖いこと”なのだ。人によっては明るく見える道も、暗くて落とし穴だらけの道に見える人もいる。
そんな人にこそ、この本の言葉は刺さる。
「どうか、この声があなたに届きますように」
目次
世の中は自分が思っているより、自分のことを見ていない
「小松夏海に、失うものなんてあるのか?」
そして覚悟を決めた菜々子は、さながら侍のように応える。
「……派手に散ってやりますよ」
新しい世界に飛び込むには、勇気がいる。
とくに、過去にいた場所でつらいことや傷ついた経験がある人は、なおさら勇気がいる。
「また失敗したらどうしよう」「うまくできなかったらどうしよう」「期待に応えられなかったら」「がっかりさせてしまったら……」
私は、人間関係がぐちゃぐちゃになったことが原因で5年間働いていた会社を辞め、無職になった。とにかく逃げ出したくて、どうにでもなれという勢いで退職をした。そしてときは経ち、無事に次の仕事先が決まり新しい場所を手に入れたのだが、いざその状況になると怖くなった。
職場に行くのがつらくて、玄関の前で立ちすくむ昔の自分がよみがえるのではと思うと、とても怖かった。
だから私は、この黒木の言葉にとても背中を押された。黒木の言う通りそのときの私は、何も持っていなかったから。どこにでもいる、ただの27歳無職の女だった。とくに自慢できる資格もなければ学力もない。こんな私の存在なんて、自分から動かない限り誰も見向きもしないだろう。そう考えると急に楽になった。世の中は自分が思っているより自分のことを見ていない。
新しい仕事にビビっていたあのころの私に伝えたい。「どうせ何にも持っていないんだから、自由に世界を走り回っていいんだよ」と。
転職はリセットではない
「でも、だからって小松菜々子の存在をなかったことにはしなくていいんじゃないかしら」
私は現在、フリーライターという仕事をしている。
前の仕事とは360度くらい違う世界に身を置いて、まるで生まれ変わったような気持ちになっていた。自分の中で過去のことはなかったかのような気持ちになっていたけど、このノッコの言葉で、なんとなく今まで目を逸らしていたことを突きつけられたようだった。会社員だったあの5年間は、ちゃんと自分の中に蓄積されていて、その分時間は経ち、歳もとっている。
仕事を辞めるときはとてもつらかったが、思い返せば多くの優しい先輩や上司に恵まれていた。私はそのつながりごと、蓋をしていたような気がする。
世の中には私よりもずっとつらい思いをし、絶望的な気持ちで仕事を辞めた人もたくさんいるだろう。でも、そのときの自分にいつかはちゃんと向き合わなくてはいけないと思う。
転職はリセットではない。
そう気づかせてくれたセリフだった。
変わらないものと、変わりゆくもの
岡本は契約の場面で、黒木にこう伝える。「そのことに気づいたときに思いました。変わらないものは、変わりゆくものの中にこそ存在するんじゃないかって」
この岡本のセリフが指しているのは“ラジオ”のことであるが、私はこの言葉を自分にも当てはめることができるのではないかと思う。
仕事を変え、環境を変え、生きていれば見た目や住む場所だって変わっていくけど、自分は変わらず生きている。どんなに辛くても楽しくても、日々は過ぎるし、時間はたつ。
人生にとって「仕事」は大事な要素だけど、一番大切にしなければいけないことは、そこにあり続ける“自分”なのではないだろうか。変わらないものは、変わりゆくものの中にこそ存在する。ずっとここにある自分を大切にし続ければ、きっとどんな場所に行ったって大丈夫なのではないだろうか。
だから、自分を大切にしろと、大人は言うのではないだろうか。
おわりに
私はこの本を、転職に悩むすべての人に読んでほしいと思う。
前向きな性格とは言いづらい主人公・菜々子と、斜陽産業だと言われながらも心の中ではラジオを信じている黒木が、きっと背中を押してくれるはずだ。
新しい世界に飛び込むことは怖い。それは変えられない。踏みとどまったり、逃げたくなるのも当然だ。
でも気づいてほしい。はなから自分は何も持ってないし、今さら失うものもない。思っているより周りは自分のことなど見ていない。なんならちょっと自意識過剰くらいだ。そう思うと、重たくて開けられなかった玄関のドアもきっと、開けられるようになる。
(文・はるまきもえ)