企業の成長においてもAIを中心に据えたサービスやプロダクトの開発が必須な時代に突入しました。実際に、ChatGPTをはじめとした生成AIを活用したソフトウェアを開発する企業は増えています。

その中でも、生成AIの力で完全自動運転の実現を目指しているのがチューリングです。AIによる完全自動運転のソフトウェア、そのソフトウェアを搭載した車両の開発に取り組んでいます。一見すると遠い領域のソフトウェアとハードウェアをどのように開発してきたのでしょうか。

7月17日に開催された「Developer eXperience Day 2024」にてチューリング CTOである青木俊介さんが登壇。「生成AIと自動運転開発の舞台裏」と題して創業の歴史と現在の取り組みについて語りました。

Turing(チューリング)株式会社 共同創業者・取締役CTO
青木俊介

米国カーネギーメロン大学計算機工学科でPh.D(博士号)を取得し、自動運転システムの開発・研究に従事。2021年より国立情報学研究所の助教に着任する。同年、山本一成氏とチューリングを共同設立した。

技術系スタートアップ成功への3つのカギ

まず、チューリングについて紹介させてください。僕たちは、2021年に創業したスタートアップです。テスラに勝つことを目標に完全自動運転の車両を開発しています。

創業者は、AI将棋「Ponanza」を開発した山本 一成さんとカーネギーメロン大学で自動運転を研究していた僕(青木)の2名。技術者がタッグを組んで作った企業です。社名は、エニグマなどの暗号を解読した天才数学者、アラン・チューリングの名前に由来しています。

また、アラン・チューリングの名前を冠した賞にチューリング賞という、コンピュータサイエンス界のノーベル賞があります。これまでにチューリング賞を受賞した日本人はいません。完全自動運転を実現することで、チューリングからチューリング賞を受賞する日本人を輩出したいと思っております。

それでは、チューリングを創業したときの経験を元に、技術系スタートアップの創業に必要な3つのポイントについて話を進めさせていただきます。

運命をともにするパートナーとしての共同創業者

まず、共同創業者を見つけること。これってよく言われますよね。共同創業者同士の喧嘩、仲違い、思想の違い……。スタートアップ創業期の3年間で失敗する大きな理由のひとつです。

創業期を振り返っても同じように思います。一緒に運命をともにできるパートナーがいることで乗り切れたこともありました。なぜ共同創業者を選ぶのがうまくいったのか。振り返ってみると、長い時間を一緒に過ごしたのが大きかったからだと思います。2人で毎日会っていました。議論を深めたり、ソフトウェアを作ってみたり、お互いの研究を伝え合ったり……。

共同創業者は一度決めると後戻りできません。この期間のアウトプットはなく、プロダクトもありませんが、非常に貴重な時間でした。

技術・営業を分けたプロダクト戦略

次に、技術的な実現と社会実装・営業を分けて考えることです。僕たちは技術的な実現を横軸、社会実装営業を縦軸としたグラフで考えています。両方が難しい領域ーーたとえば、実現が難しくて、誰が使うのかイメージできないプロダクトーーは避けるべきです。ただ、議論を重ねるばかりになります。

チューリングは技術者が創業した企業です。そのため、技術的には難しく、営業や普及に関しては簡単な道のりを進もうとしていこうと戦略を立てています。

起業経験者の参画

最後が、シリアルアントレプレナーやスタートアップの創業メンバーで上場までの経験を持つ方の力を借りることです。一度起業した方は非常に強いです。創業して、別のスタートアップでまた活躍していく。アメリカのスタートアップのメインストリームでもあります。また、スタートアップの創業メンバーとして企業を上場させる経験を持っている方も実力と経験を兼ね備えています。日本でもメルカリさんやZOZOさんの創業メンバーはいろいろな企業で活躍をされていますよね。

チューリングでは、創業者でありCEOの山本さんとCOOの田中さんが該当します。山本さんは将棋アプリを開発している「HEROZ」、田中さんは「メドレー」。2人ともに上場を経験しています。僕はたまたま2人に出会えたのでよかったですが、もし会えなかったときのことを考えるとゾッとします。それほどスタートアップの立ち上げと成長に当事者として携わっていた方の力は大きいと実感しています。

AIによる認識能力の現在地

それでは、多くの方が興味をお持ちだと思う自動運転と生成AIの話を始めさせていただきます。

最近ではChatGPTの革新が著しく、仕事の領域を破壊するという話題がたくさん上がります。ただ、AIが人間を上回ってきたのは、いまに始まったことではありません。将棋、画像認識、ボードゲーム……。この10年でAIは既存のルールを積み重ねて作ったツール・ソフトウェア・人間に勝ってきました。これからも巨大なAIは登場するでしょう。そして、その巨大なAIにより、自動運転が実現すると予測できます。

なぜAIにより自動運転を実現できるのか。まず、これまでの研究方法では完全自動運転の実現が難しかったという理由があります。というのも、これまでは一つひとつの条件をインプットし、それに対応するルールを作り、クリアしていくことで研究を進めてきたんですよね。ただ、道路の状況は無数にあります。たとえば、道路工事をしているときにパイロンの場所や数が異なると、それだけで条件が変わってくる。無数の状況をルール化して処理するのは現実的ではありません。

しかし、AIの登場で、これらの一つひとつの条件をクリアしていく研究方法は、メインストリームではなくなりました。なぜなら、AIは風景を認識し、現実のルールと照らし合わせながら一瞬で判断することが可能だからです。人間と同じように世界を認識するAIが開発されれば、完全自動運転の実現は可能です。そのAIは遠くない未来に登場します。

AIの認識能力について、2つの実例を紹介します。僕たちの会社ではマルチモーダルな生成AI「Heron」を開発しています。文章と画像をインプットすると文章が生成されるAIです。

まず、道路工事をしていて、1人の誘導員がいる写真をインプットしました。すると、写真通りの説明を行い、さらに進んでもいいか判断を仰ぐと、「道路を進むのは難しい」と判断しました。

次に、高速道路で輸送車から豚が脱走した写真をインプット。「これどうしたらいいですか」と文章を添えて。すると、豚の存在を認識した上で、注意しながら前の車に追従して走ってくださいと出力されたんです。

僕らが出会ったことのないようなケースでも、いろいろな学習データから類推して判断できるレベルまでAIが到達しているんですよね。ある論文では、一部が不鮮明な画像をAIに読み込ませると霧でカメラがくもっているという指摘もします。

ただ、いまのマルチモーダルなAIだけでは完全自動運転には届きません。というのも、身体性や空間性にまだまだ改善の余地があるからです。

たとえば、ガラス瓶を片手に持っていた場合、地面に落としたら割れるだろうと予測できます。これは、一度割ったことがある、割った場面を見たことがあるという経験があるから理解できるんですよね。でも、AIは手に持っているものがどのような位置にあって、それがどんな材質で何をしたらいけないのかわからないことがある。その認識力の改善に余地があります。

他にも、GPT-4oを搭載して自動運転の実験をしたのですが、前とうしろ、右と左を理解しにくいこともわかりました。物理世界に生きている我々からすると当たり前のことなんですが、AIはまだそこには到達していません。しかし、おそらく数年以内に空間認識力を改善したAIが登場すると思います。エンボディードAIと呼んでおり、チューリングでも研究を進めています。このエンボディードAIが実現した先に完全自動運転が実現するだろうと考えています。

AIの領域で戦う余地のある部分について

欧米による生成AIの開発は熾烈を極めています。では、日本にいる僕たちはそこに立ち向かえないのでしょうか。非常に厳しい戦いではありますが、入り込む余地はまだあると思います。完全自動運転もその領域の一つです。

ただ、そのためには自社で生成AIの知見を蓄積し続ける必要があります。チューリングは創業2年目のときに、マルチモーダルAIの「Heron」を開発しました。実は、GPT-4oより前に画像認識を実現しているんです。他にも、世界で初めて700億パラメータのモデルを公開。日本語のベンチマークセットも発表しました。ぜひ皆さんも利用してみてください。

その他にも、完全自動運転の実現に必要な学習データも自分たちで記録しています。LLMの学習には整えられたデータセットが必要です。ここでポイントとなるのが、量・質・多様性。量は、データ量の多さです。データの質もとても重要です。

たとえば、運転の場合、画像や動画は多く存在します。ただ、一般の人が車を運転する場合、一時停止を無視したり、信号を少し無視するようなデータが多く含まれます。それはハレーションになりますよね。そして、多様性。さまざまな道路と条件のデータが必要になります。これら3点をそろえないと、正しい学習が行われず、自動運転の実現からは遠のきます。

さらに、生成AIの車内へのデプロイも解決されていない課題のひとつです。生成AIを使う人はほとんどクラウド上で利用していますが、あまりエッジ側での利用は進んでいません。この解決方法には、2つのアプローチがあると思っています。ひとつは、ハードウェアでの調整です。まだ生成AIにチューンナップされた車載半導体は登場していません。その半導体が登場すると解決しますが、供給などのリスクもあります。

もうひとつは、ドライバーとナビゲーターのAIを分けることです。ラリーのレースがヒントになります。ラリーは2人で臨むのですが、1人がドライバー、1人がナビゲーターです。ドライバーは目の前の岩や崖を避けて、ナビゲーターは地図や他車の状況を考えながら指示を出します。ドライバーの判断は、目の前の事象に反射で対応しているので、あまり判断のリソースは大きくないんですよね。AIでも活用できるんではないかと思い、計算するリソースを分割する方法を考えています。

将来的に自動車業界は一変する

自動運転システムの登場で日本の自動車産業は激変します。これまでカーメーカーを頂点としたピラミッド構造でしたが、完全自動運転が実現した場合、自動運転システムを作っている企業が頂点に立つかもしれません。

これまでもソフトウェアで覇権を撮られ、プラットフォームでも覇権を取られて、世界で戦えなくなる姿を見てきました。おそらく自動車産業でも起こりえます。ただ、チューリングはその技術革新の波の中で世界と戦える場を作りたいと思っています。本日はありがとうございました。

編集後記:世界と戦えるAIスタートアップへの情熱

青木さんの話を聞くと、日本から世界と戦えるAIスタートアップを作ろうという情熱を感じます。完全自動運転が実現できると社会のあり方は良い方向へ進むと思います。社会的に大きなインパクトを与え、世界で戦える新時代のカーメーカーが登場するのか。今後のチューリングの動向により強い興味を抱きました。

(文:中たんぺい

― presented by paiza

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