コロナ禍以降、リモートで働くことが一般的になり、オンラインミーティングやチャットツールを活用して仕事をする機会が増えている。今後、人間が自分のアバターを使って働く世界も一般的になるかもしれない。
本記事では、「Developer eXperience Day 2024」(主催:日本CTO協会)にておこなわれた講演を紹介する。
大阪大学 教授、AVITA株式会社 代表取締役 石黒 浩さんが「アバターと次世代技術が創る新しい未来社会」をテーマに講演した。

石黒 浩 さん
大阪大学 教授、AVITA株式会社 代表取締役。ロボット工学者。大阪大学大学院基礎工学研究科システム創成専攻(栄誉教授)、ATR石黒浩特別研究所客員所長(ATRフェロー)。遠隔操作ロボットや知能ロボットの研究開発に従事。
目次
アバターの社会実装
石黒さんはこの2-3年、アバターを社会実装することに注力している。2025大阪・関西万博でつくられるパビリオンのなかにも、多くのアバターを使うそうだ。
人と関わるロボットや人のようなアバターの研究開発に関して、日本はオリジナルに研究を進めてきた。2000年に新しいロボットの可能性を広げていくため、石黒さんやカーネギーメロン大学、マサチューセッツ工科大学等の研究者が研究をはじめた。
「アニメの世界では、昔から人と関わるロボットは登場していました。小説や物語にもたくさん登場していましたが、ロボット研究者が本格的に取り組みだしたのは、だいたい2000年くらいからです。2006年には私自身のコピーロボットをつくるにいたりました」
石黒さんは、最初から2タイプのロボット研究開発をおこなっていた。1つは完全自律型ロボット、もう1つが遠隔操作型ロボットだ。遠隔操作型ロボットはいわゆる「アバター」と呼ばれる。ロボットのなかに人間が入り、人と関わっていく。石黒さんは、自律型ロボットを開発するためのデータ収集手段として、アバターの開発をはじめた。
「ところが、アバターそのものが非常に役立つというか、むしろアバターのほうが先に実用化できそうでした。そこからアバターもつくるし、自律型ロボットも開発していくようになりました。自律型ロボットの研究開発が進むと、アバターをより簡単に効率よく制御できるようになります。一方でアバターの研究開発が進むと、データが蓄積されてロボットの自律化も進んでいきます。こうしたループで研究開発をしてきました。最近ではAIの技術が入ってきたことで、自律型もアバターも境界がなくなってきました」
もともとは操作者が声を出したらロボットから声が出てきたり、操作者の動きを取り込みロボットで再現したりするようなものをアバターと呼んでいた。
それが、いまでは操作者の意図を伝える範囲にまで拡大してきている。今後はブレインマシンインターフェース(BMI)により、脳から意図を読み取って自分の身体のように動くところまできているそうだ。
「研究開発としては、もうある程度動いています。それがいつ社会実装されるのかは、まだ見通しは立っていませんが、大阪大学では10年前から埋め込み型のBMIを研究開発していました。脳に電極を埋め込めば、複雑なアバターでも動かせることがわかっています」
人間とはなにか? 人間を探求する

人間の日常生活のなかでアバターがさまざまな形で助けていく社会を実現しようと、20数年間にわたり研究開発を続けている石黒さん。人間型ロボット開発の意義には、人間の探究があるという。
「人間がなにかというのは、定義がありません。人間は、つねに技術を取り込み、能力を拡張しながら進化していく生き物ですよね。技術には人間性がどこかで反映されているので、技術を通して人間とはなにかを理解することは自然だと思いますし、それを極端な形で取り組んでいるのがわれわれの研究かなと思います。人間らしいロボットをつくりながら、そのロボットを通して人間とはなにかという問題に答えていきたいわけです」
人間型ロボットとの関わりを通して、人間とはなにかを探求している。つくったロボットを通して感情や意識などを感じることができれば、人間の感情がどのような仕組みで動いているのかを理解できるようになる。
こうしたロボット研究でもっともボトルネックになっていたのが、「対話させること」だ。それが大規模言語モデルにより、状況に応じて非常に人間らしく対話できるようになった。以前は取り組めなかった研究開発が進む、と石黒さんは話す。
「高次の認知機能に関する研究開発を進めていきます。人間の研究を先にしてからロボットをつくるというよりも、ロボットにどうやって人間の高次な認知機能を与えるのかに取り組みます。同時に人間は本当にその機能を持っているのかについて、ロボットを使いながら人間を理解していくことができると思います」
日常生活のなかで、重要で人間にとって欠かせないと思われている多くのものが、じつは非常に複雑な脳と身体から生み出されている現象だ。その仕組みを解析的なアプローチできれいに説明することは難しい。
しかし自由に対話できるロボットがあれば、人間の高次な認知機能についての研究が進むと同時に深く関われるロボットもつくれるのではないか、と石黒さんは話した。
「ロボットへの意図や要求をどのように組みこめばいいのかは、これまでは文系の研究でした。たとえば哲学であったり、道徳であったり。しかし、そういった文系の研究として扱われてきた問題を技術者も意識して、文系と理系の垣根を越えて人間の高次な認知機能の理解に取り組んでいく時代になってきたと思います。意識を感じるロボットができれば、人間と人間が築いているような社会関係を、ロボットと人間の間でも築ける可能性が出てきます。こうしたことがロボットで再現できるようになると、世の中が大きく変わると思います」
アバターには人間の能力を超える可能性がある
セッションでは、石黒さんがこれまでに書いた10冊の本やメディアのインタビューをすべて取り込んだロボット「Geminoid HI-6+LLM」のデモ映像が流された。
「私以上に正確な回答をします。私のほうがはるかにハルシネーションが多くて、ついついあほなことを言ってしまうんですけど、絶対言わないですね。本当に教授らしい教授をやってくれる、いい人工知能だと思います」

この技術は、教育の現場で使える可能性があると石黒さんは話す。
「いまは1人の先生が数十名いる生徒に対して、同じ内容と速度で教えているわけですよね。でも、それでいいわけがありません。1人ひとりの学生は、興味も違えば能力も違います。アンドロイドのアバターを配るのは難しいですが、CGのアバターであれば全員に配れるわけです。アバターを相手にそれぞれが勉強していけば、自分のペースで自分の興味にもとづいて勉強ができます。これがおそらく近未来における教育の姿になっていくと思います」
2000年ごろからアバターの研究開発に取り組んできた石黒さん。2010年にアバターのブームが来たそうだ。世界中で多くの会社がアバターを活用し、働き方を変えようとしていた。しかし、当時はリモートで働くことが認められなかった。
だが、コロナ禍によってリモートで働くことが当たり前になり、これから本格的にアバターが広がっていくと石黒さんは考えている。さらに、アバターには人間能力を超える可能性があるという。

「人間が喋るときにジェスチャーをきれいにすることはとても難しいんですよね。でもこのアバターは私以上にちゃんとジェスチャーできます。録音されたプレゼンテーションに対して、ディープラーニングの技術でジェスチャーをつけているんですけど、いまはリアルタイムでジェスチャーを生成する研究に取り組んでいるところです。いずれにしろ、アバターを使ったほうがきれいにプレゼンできるし、表現能力が高くなります。それから、AIカメラを横に置いているので、画像解析によって年齢や職業、健康状態も確認できます。要するに人間以上の知覚能力と表現能力を持てるのが、アバターの可能性だと思います」
アバター共生社会の実現
アバターが私たちの生活を支えていく世界を実現するため、石黒さんが取り組んでいるプロジェクト。それが「ムーンショット型研究開発事業」だ。
「2050年までに実現しなければならない7つの技術が掲げられていて、それに向かって研究開発をしています。その1つが、アバター共生社会です。この目標が設定されたのは、コロナ禍の前でした。私はもう20数年やってきた研究開発ですから、当然手を挙げてプロジェクトマネージャーをやらせてもらっています。アバターを活用すれば、教育のほかに仕事のやり方も変わります。たとえば、医者がアバターになって患者さんの家に行けば、感染症がうつる心配もなくなります」

すでにアバター活用を実践している病院もあるという。
「長崎県の久賀島という、2回船に乗らないと到達できない島があります。約200人の方が住まわれているんですけど、そこにいる医師が脳外科医の先生1人なんですね。その先生がすべてを治療しないといけないのですが、専門性の異なる症状もあるので、それは無理です。そこで、長崎大学病院からアバターをつないで、いろいろな先生が乗り移ってサポートする仕組みをつくっています。実証実験として一定期間で終了する予定でしたが、現在も続いている取り組みです」
石黒さんは、ほかにも保育園やアミューズメントパーク、パン屋などの事例も紹介してくれた。
アバターを活用すれば、誰もがアバターを用いて身体的・認知・知覚能力を拡張しながら、常人を超えた能力でさまざまな活動へ自在に参加できるようになる。いつでもどこでも仕事や学習が可能になり、通勤や通学は最小限にして自由な時間を十分に取得できる。
ロボットは、やらないと決めた
石黒さんが設立して代表を務めるAVITA株式会社では、「ロボットはやらない」と決めた。20数年の経験から、ロボットのマーケットをつくるのは難しいとわかっているからだ。これまでにさまざまなロボットが生まれてきた。しかし、社会に浸透しているロボットはまだない。そこで、ロボットの役割として石黒さんは「アバター」を推進しようと考えた。
「アバターを使えば、誰もがいろいろな仕事につけるし、いつでもどこでも働けるようになります。どうやってアバターを普及させるのかというと、CGのキャラクターなわけです。スマートフォンやコンピュータは誰でも持っているので、そういったところでアバターを用いて働ければ、それが定着します。創業して3年が経ち、順調にビジネスとして伸びてきているところです」

AVITAのアバターを用いた事例として、人材派遣やネットでの保険販売、コンビニの事例を紹介してくれた。さらに、AIを搭載したアバターによる、営業や接客のトレーニングもしている。
「営業側をAIにすると、ハルシネーションを心配されます。ただ、お客さん側をAIにすれば、ハルシネーションは関係ありません。大事なのは、優しい人から難しい人まで、いろいろなレベルのお客さんを再現することです。従来の新人研修には、ベテランの人が指導する必要があるため、すごくコストがかかっていました。それがAIを搭載したアバターのトレーニングであれば、家にいながら1人でトレーニングできるようになります」
AVITAのアバターは、すでに多くの企業に導入されており、今後さらに広げていく。最後にアバターの重要性について、石黒さんがまとめた。
「実世界の問題は、失敗すると取り返しがつかないことです。生身の身体は置き換えられませんから。アバターを使えば、違う自分になりながら働いて給料も稼げます。なおかつ身体の問題が関係なくなるので、ダイバーシティやインクルージョンを実現できます。障害を持っている方や差別を受けている方も、アバターであれば一切の差別を受けずに働けるわけです。これから日本は人口減少という大きな問題に直面していきます。働けなかった人がアバターで働けるようになる。そんな世界をつくっていきたいと思っています。興味関心があれば、われわれと一緒に新しい世界をつくっていければと思います」
取材後記:アバターで人間の可能性が拡がる
石黒さんの話を聞き、アバターには大きな可能性があると感じた。年齢や障害、置かれた状況などに関わらず、誰もが自由にいつでもどこでも働けるようになる。まさに制約を取り除いてくれる技術だ。
セッションではアバターのデモ映像もいくつか放送された。ジェスチャーを交えて話す姿は、リアルで驚いた。
教育や医療の現場で活用できる話は効果的で説得力があり、すぐにでも進めてほしいと思ったほどだ。アバターであれば多言語対応しているため、増えている外国人観光客にとっても便利で助かる存在だ。
メリットが多く導入もしやすいため、アバターの浸透は想像以上に早く訪れるのかもしれない。
(取材/文:川崎博則)
