AIの目まぐるしい発展は、あらゆるものごとを高速で自動化するだけでなく、可能性を広げることにもつながる。それはこれまでマイノリティとされてきた人々をエンパワーメントしている。とくにIT業界では女性エンジニアの起業が世界的トレンドとなり、総数の増加とともに着実に成功事例が増えている。AI時代とも呼ばれる現在、起業家はサービス開発や組織つくり、雇用にどのような視点を持ち、戦略を描いていくことが求められるのだろうか。今回は7月16日、17日の2日間にわたって開催された「Developer eXperience Day 2024」のうち、17日に行われたセッション「AI時代の起業家戦略:サービス開発、組織構築、開発者雇用の新たな視点」の模様をレポートする。

(画像左から)

咸 多栄(だむは)
bgrass株式会社 代表取締役 CEO 兼 CTO

小島 舞子
株式会社クラフター CEO

朝比奈 ゆり子
パーソルホールディングス株式会社 グループデジタル変革推進本部 本部長

AIを活用した世界の女性起業家が増加

本講演では、まず朝比奈氏からイントロとして、現在世界的に女性起業家が増加している点が提起された。その中でもとくに増加傾向にあるのは、AIを活用する女性の起業家の割合だ。朝比奈氏はチャートを示しつつ、2023年にAIを活用した世界の女性起業家の数は世界で1.1億人で、総数のおよそ37%になり、その割合は年々増加していると説明。

「このように、AIを活用した女性起業家の数が増えたことで、その分成功事例も生まれていると思います。私はそのような彼女らの存在から学ぶものも多いと考えています。今回は、この時代の女性起業家として小島氏と咸氏をお招きし、組織構築や開発者雇用について考えたいと思います」(朝比奈氏)

このようなイントロの後、小島氏と咸氏の両名が紹介された。小島氏が代表を務めるクラフターは2016年に設立、MAツール「CraftChat」や、ChatGPTを企業や自治体が安全に使える業務効率化ツール「Crew」を手がける。2年前からマネックスグループにジョインし、以降は金融機関や大企業向けのIT、AI支援を行っている。

bgrassのCEOとCTOを兼務するだむは氏は、もともとエンジニアとして8年ほど開発に従事し、インフラからサーバーサイド構築を得意とする。デジタル時代と呼ばれる現代において、IT業界のジェンダーギャップは依然として埋まっていない。だむは氏はマイノリティ当事者として課題を感じ、以前は個人開発で女性エンジニア向け1on1サービスを展開していた。

しかし、だむは氏は「女性だけ、マイノリティだけががんばるのではなく、社会構造や企業に直接アプローチしなければジェンダーギャップは埋まらない」と強く考え、2022年にbgrassを設立した。現在では女性エンジニア向けハイスキル転職サービス「WAKE Career」を運営している。

今回登壇した3名は企業規模や事業は異なるものの、共通してIT業界の中で事業や起業を成功させた経験を持つ。そのようなさまざまな立場から、今回のセッションの各テーマが議論された。

効果的な組織の作り方

最初の議題は、「効果的な組織の作り方」。朝比奈氏の「組織づくりを行う際には、まずは何よりもMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)を定め、そこからリーダーシップを取ることから始めていくと思う」という投げかけから始まった。

小島氏は、自身が在籍していたリクルート時代から顧客獲得の難しさを感じていたという。今ではオンラインやSNS、広告などさまざまな顧客流入を図っているが、投入したリソースに対して求めるような結果が得られなかった事例もあった。リクルートのような大企業でもそのような結果が起きるので、さまざまな企業でマーケティングや顧客獲得は需要があると考え起業を決意した。

「実際に起業してみて顧客やBtoB向けに話をしていったところ、顧客獲得の問題の前に、人間の手間が発生する業務の多さに気付かされました。チャットボットやマーケティングのワークフローの自動化を通して、従業員が本来の業務やクリエイティブな業務に集中できないかと考えたことから、現在のビジョンが形成されていきました。

スタートアップに集まってくれる人は、何よりもビジョンへの共感が大きいです。その会社の代表者が目指すものがあり、社会にある課題に対してその会社なりの手段とやりたいことを求めて会社を経営していき、そこに共感する人が集まるからこそ組織が生まれていくのだと考えています」(小島氏)

だむは氏の場合は、「個人開発の時代から掲げるミッション・ビジョン『IT業界のジェンダーギャップを解消する』は一度もブレたことがありません」と述べ、組織のつくり方について以下のように説明する。

「現在、正社員は役員含めて3名と業務委託が6名の合計9名でやっていますが、週に2.5日稼働の業務委託の方でもミッション・ビジョンへの共感は非常に重視しています。一度だけ、こちらの採用基準が甘く、コミュニケーション不全になってしまったことがありましたが、それ以降ミッション・ビジョンをみるようになってからは採用での大きな失敗はなくなりました。そのため、私たちは正社員も業務委託も関係なく、ミッション・ビジョンのブレがないように採用活動を行い、組織をつくっていっています」(だむは氏)

このような説明の後、小島氏とだむは氏は両社でのミッション・ビジョンのあり方について意見を交わした。小島氏はさきほどのだむは氏の話を受け、「スキルとミッション、どちらのマッチを優先するのかはスタートアップの永遠の課題だと思う」と述べつつ、スキルマッチがありつつもミッション・ビジョンへの共感にこだわることへの重要性を語った。だむは氏も同様の悩みを持ち、先輩起業家たちにアドバイスを求めたが、全員から「スキルマッチよりもミッション・ビジョンへの共感を見ろ」と言われたと語る。

多様性のある開発者雇用

企業規模の成長に合わせた採用のあり方や、ミッション・ビジョンに連動させた組織づくりの難しさ、各社の取り組みについて話し合われた後、議題は「多様性のある開発者雇用」へと移った。朝比奈氏はまず「だむはさんは転職の支援をサービスとしているが、現在の採用のトレンドや気を付けるべき点はあるか」と尋ね、だむは氏は以下のように解説した。

「採用について、まず当社の課題から話をさせていただくと、私たちのプロダクトは、IT業界のジェンダーギャップを解消する女性エンジニア向けの転職サービスです。そのため、マイノリティである女性やセクシャルマイノリティの方、外国人の方に共感していただきやすいと感じています。一時はチーム全員がIT出身でありながら女性であったこともあります。これは、同質性の高い組織ではなく多様性のある組織を目指す私たちのミッション・ビジョンとして、よくない状況であると感じました。

共同経営者が2人とも女性なこともあり、どうしても女性であったり課題を持っている人の方が働きやすいというバイアスがかかってしまいます。これはきっと今の日本で起きていることと同じだと思っています。意識しなければ女性が管理職に上がっていきません。組織自体も、実は日本において女性エンジニアは23%もいるにも関わらず、プロジェクトに女性エンジニアが一人しかいない場合が組織はざらにあると思います。

よく企業からは『母集団が少ない』と言われますが、そういう見せ方をしていることが一因になっていると思います。つまり、組織としても男性的であったり、採用自体にバイアスがかかっているということです。人間にはバイアスがあって、どうしてもカテゴリによって意識が向いてしまうことを理解した上で、どうアクションを取るかが重要です」(だむは氏)

だむは氏の話を受け、小島氏は自社事業を踏まえながら人材の多様性について、以下のように重要性を述べた。

「とくに私たちのサービスはAIを活用したサービスであり、さまざまなエンドユーザーが利用するものです。そういった背景をもとに、自分たちがあまりにも同質的になり過ぎると、抜ける部分も生まれてしまいます。そのため、さまざまな視点を持っている人材を採用することは非常に重要になっていると思います」(小島氏)

人材の多様性を意識した採用活動の重要性についてより深掘りするため、朝比奈氏は「異なるバックグラウンドを持つ人がいると、組織としての課題解決能力も増えていくといったメリットはあると思います。あらためて多様性はなぜ必要なのかをお二人にうかがいたい」と質問を投げかけた。

小島氏は「組織の同一性が固まっていくと、ミスが増えたりオペレーション上の不足が発生しやすいことがあります。これは社会学でも結論は出ていて、調べれば100年以上の研究から生まれたアウトプットが出てくるものです」と語る。

だむは氏は「このような多様性やジェンダー、女性活躍の話になると、思想や感情論の話にされがちです。しかし、小島さんがお話ししたように、すべて学術的な成果やデータによる客観的な調査でファクトとして出ているものです」と述べる。

「昨年、男女の賃金格差の研究でノーベル経済学賞を受賞したクラウディア・ゴールデンさんが高く評価されているように、しっかりアカデミックな領域でも証明されていることです。そのような中で、『なぜやらねばならないのか』と疑問に思うこともナンセンスな時代になりつつあると考えています」

取材後記

「今回のセッションは、ある方にとっては刺激的に、ある方にとっては答え合わせのようになったと思います」。朝比奈氏が最後に締め括った言葉が印象に残る。現在、日本CTO協会をはじめ業界全体の働きかけにより、徐々にエンジニアの待遇は改善され、開発者体験の向上がIT業界全体のトレンドとなっている。一方で、本質的な開発者体験の高い組織を目指すための重要なピースは、あらゆるバイアスを排除し多様な人材が平等に活躍できる組織文化の存在だ。そのような意味でも、「Developer eXperience Day 2024」で日本CTO協会が本セッションを開催したことは、業界全体に向けた強いメッセージを含んでいる。

取材/文川島大雅

― presented by paiza

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