人間にとって、大切なもののひとつが『人生観』だと思う。自分の生き様や生き方を示す指針になるのが人生観だからだ。
そんな『人生観が変わる出来事』が、ある。これまでの自分の言動を顧みるきっかけや、考え方を変えるような出来事は、苦い記憶や強烈なエピソードとともにやってくる。
今回もわたし、ライター・少年Bの人生観が変わった瞬間をお届けする。
目次
大阪人の言語感覚
わたしは大阪生まれ。9歳のころ神奈川に引っ越して、もう30年が経つ。気付いたらもう関西弁の発音も忘れてしまった。ただ、気持ちは今でも大阪人のつもりだ。自分の中には、大阪への愛着と「大阪人だ」というはっきりとしたアイデンティティがある。

さて、そんなわたしが関東に来て一番驚いたことは、言葉に対する感覚の違いだった。
たとえば大阪では、「アホ」は「何やってんだ!しょうがないなぁ、まったくもう」というニュアンスだ。怒られたって、言われた側も「ごめんごめん」で済む。場合によってはかなりおいしい。
逆に「バカ」は「おまえはどうしようもないクズだ、このド低能め」くらいの、もう相手の存在を全否定する言葉だ。引っ越してきてすぐのころ、担任の先生が他の生徒に「何やってんだ! この馬鹿!」と怒鳴ったことがあった。
そのときは「いきなり生徒を全否定するなんて、なんという野蛮な教師なんだ……。わたしは修羅の国に来てしまったのか……!?」と衝撃を受け、転校したことを本気で後悔したものだ。言語感覚の違いを理解した今では笑い話だが、当時は心からそう思っていた。思えば、これが初めてのカルチャーショックだったように思う。
大阪では、みんながアホだった

大阪に住んでいたころに通っていた小学校は、アホなやつばかりが揃っていたように思う。何せ、うちのクラスときたらやばかった。
女子はみんな、ドラゴンボールZのトランクスに夢中だった。8割の子たちが「あんなー、うちなー、大きくなったらトランクス様と結婚すんねん」などと熱弁していた。
男子はそんな女子たちを「女軍団」などと呼び、敵対視していた。男は男同士、ドッジボールやドラゴンボールごっこをするのが正義であり、女の子と仲良くするなんていうのは、裏切りにも等しい行為だった。
わたしはどちらかというと、教室で折り紙を折ったり、ノートに迷路を書いているほうが好きだった。それでも、なんとなくその雰囲気に合わせて、外で苦手な運動をしたり、男子間でつるんでいた。
ただ、いいこともあった。小学校の規模が小さかったこともあり、いわゆるスクールカーストが明確には存在しなかったのだ。
もちろん、一目置かれているやつもいた。インドア派で、運動が苦手なわたしは冷やかされたり、時にはいじめられたこともあった。だが、なぜかそのうちいじめっ子たちとも仲良くなって、気がついたら一緒に遊んでいた。
どいつもこいつもアホなので、みんなあまり深く物事を考えないのだ。だから、ずっと仲間外れになることはない。何かあっても翌日に引きずらない、カラッとした性格のやつが多かった。
つよいやつは、カッコいい

男子トイレには、一番手前に障がい者対応の小便器がある。パイプ状の手すりがついているやつ、といえば伝わるだろうか。
あれをわざわざ好んで使うような人は、まずいないだろう。だが、当時の「おれたち」の間では、なぜかあれが大人気だった。
戦隊ヒーローを想像してもらいたい。追加戦士と呼ばれるやつがいるだろう。物語の途中から出てくる、6人目の仲間だ。
5人と同じヒーロースーツの上に、そいつひとりだけヨロイみたいなものがついている。そして、それまでの5人よりも明らかにつよい。かっこいいのだ。
ウルトラマンだって、ふつうのウルトラマンよりも、ツノが生えたウルトラセブンやウルトラマンタロウのほうがつよい。パンチりょくも、飛ぶはやさも、何倍もすごいとヒーローずかんに書いてあったのだ。
小学校低学年の子どもたちにとって、つよいはもちろん、かっこいいと同義である。
おれたちの間では、あのパイプがついたトイレは「つよいトイレ」だった。だってそうだろう。ひとつだけ、あの頑丈そうなパイプに守られている。まるでヨロイやツノのようだ。つまり、あいつは「とくべつなやつ」だ。つよいに違いない。つよいトイレはかっこいい。
休み時間。トイレに向かうたび、みんなこぞってつよいトイレに並びたがるのだ。出遅れてしまったやつが仕方なく、普通のトイレを使う。くそう、次こそはあのつよいトイレを使ってやる……! そんな目をしながら。
つよいトイレを使いたい
小学生の中では、勉強ができるやつよりも、足の速いやつのほうがえらい。つまり、あの「つよいトイレで一番最初に用が足せること」は、おれたちにとって最高のステータスだった。かつて「2位じゃダメなんですか」と言った政治家がいたが、絶対に負けられない戦いが、そこにはあったのだ。
授業が終わるやいなや、教室から駆け出し、誰よりも先につよいトイレを目指す。それはいつも、とてつもなく熾烈な競争だった。
ギリギリで出し抜かれてくやしがるやつがいた。最短距離でトイレに向かい、内側からまくろうと企てたやつがいた。今思うとアホすぎる。いったい何と闘っていたんだ。
障がい者への配慮とは、無縁の世界がそこにはあった。
そんなものは、くだらない大人たちの考えたものにすぎない。あのつよいトイレは、ただただおれたちの憧れであり続けたのだ。

神奈川に転校して最初の日。初めての休憩時間。当然おれは、ダッシュでトイレに向かった。
おや? みんな、ゆっくりのんびり歩いてやがるぜ。なんだ、みんな大したことねぇな。関東ってのはぬるいところだ。
自信満々。勝ち誇った顔で用を足すおれを横目に、後からやってきたクラスメイトたちは口々にこう言った。
「うわっ、シンショーだ!」
価値観は人それぞれ
ものの価値は、見かたによってぜんぜん違ってくる。
あのころのおれたちは、ただただアホだった。だからこそ、大人たちの思い描いていた世界とはまったく別の、おれたちだけの価値観を生み出した。アホどもばかりが集まっていた、あのクラスにいたからこそ、知ることのできたものだった。
本当に、アホでよかったと思う。
駅や公共施設のトイレに行く。生活をしていれば、そういう機会はよくあるだろう。30代も後半。もう、とっくにいい大人だ。わざわざ障がい者用の便器になど、並ぶわけがない。あれがある理由も、その必要性も、とっくのとうに理解している。社会性を身につけてしまったのだ。
でも―
気がつくと、ついあの「つよいやつ」に視線を向けてしまう自分もいる。
そう。あの小さくて楽しかった日々と変わらず、おれは今でもずっと、アホのままだぜ。
(文:少年B)
