「神は細部に宿る」という言葉がある。近代建築の巨匠ミース・ファン・デル・ローエの名言と言われており、「細部へのこだわりが作品の本質を決める」という意味を持つ。

一方で今回の取材では「熱き想いが優秀な人を集める」と思った。

マネーフォワードのグローバル採用責任者を務める保科岳志氏。淡々と言おうか、飄々と言おうか、淀みない言葉でグローバル採用を語る取材の節々に熱い想いを感じた。

今回はそんなマネーフォワード社の外国人エンジニア採用についてのストーリーをお届けしよう。

グローバル採用責任者という仕事

保科氏は2021年7月にマネーフォワード社へ入社した。そのころのマネーフォワード社は人事にグローバルの名のつく仕事をしているメンバーはいなかった。

「グローバル採用の立ち上げから始めました。海外から日本語を話せないメンバーを採用すると、受け入れの準備なども必要になりますし、そういったことを2年前から今年の頭くらいまで幅広くやってきました。2023年の4月からは中途採用部とグローバル採用部を兼務して、両方のマネージャーをしています」

中途採用にはもともとリクルーターがいるようでマネジメント業務がメイン。グローバル採用は、もともと保科氏ともう一人だけで開始した部署であったが、現在はチーム内外の多くのリクルーターに対して、保科氏自身の経験に基づくノウハウの共有などをメインでおこなっている。

グローバル採用の第一線で働くことになった経緯

取材前に伺っていたご実績や、冒頭から淀みなく力強く語る姿には、自信と信念が宿っていた。では、なぜ保科氏はグローバル採用という仕事に携わることになったのか。それは初めて働いた企業がルーツとなっていた。

保科氏が初めて働いた会社は池井戸潤著の大ベストセラーである「下町ロケット」に出てくるような町工場。そこで工場の営業マンのような仕事を始めた。

あるとき海外へ営業する機会が生まれ、初めて海外に行く設計担当者とともにアメリカへ渡った。設計担当者の通訳仕事もこなし無事に海外出張を終えたとき、その設計担当者が「価値観が変わったわ」と目をキラキラさせていたようだ。保科氏が今でもグローバルな仕事に関わる原体験はここにあるのだ。

「町工場のようなところで働き、外の働き方を知らなかった方の価値観が広がって、実際により生き生きと仕事をしだすみたいな。そういう体験をもっとたくさんつくれたらいいなと。自分の子どもや孫の世代で、当たり前に海外出身の人がいて、いろいろな価値観に触れながら仕事や生活ができて、育てられたらいいなと漠然と思って、グローバル採用の仕事を始めたんです」

それ以外にも、保科氏の前職で日本に来た人が、保科氏の高校時代の友人と結婚したということがあったようだ。日本で生まれ育った人とは違う価値観を持つ人が、日本に定着する喜びを感じた瞬間だと、嬉しそうに語ってくださった。

良くも悪くも多様性が重視される時代だからこそ、それに関わりたいというのが保科氏のパッションとなっているわけだ。

マネーフォワードにおけるグローバル採用の発端

保科氏のルーツを理解したところで、マネーフォワード社の話に戻ろう。いざグローバル採用をしようと思ったところで、すぐに優秀な人材を確保できるわけではない。確保できたとしても受け入れ態勢をしっかり整える必要がある。

マネーフォワード社においては、保科氏が入社する以前の2018年から、グローバル採用に関する動きを開始したそうだ。スタート地点はベトナムだ。

「ハノイ工科大学という日本の東京工業大学みたいな大学で、日本語とコンピュータサイエンスのダブルメジャーみたいなコースがあったんです。日本語能力試験に合格しないと卒業できないコースで、ある程度日本語ができる外国籍のメンバーを採用してみようとなったのが、最初のグローバル採用でした」

これだけ聞くと最初からうまくいっていたのだなと思ってしまうが、実はこれは、今のマネーフォワード社のグローバル採用とは異なる。今のマネーフォワード社のグローバル採用は日本語を求めない、日本語不問での採用だからだ。

「出身国や出身大学が海外というだけで、実際にはほかの採用とそこまで大きくは変わらない状態でした。それを日本語不問に切り替えたのが2年前(2021年)です。東証一部に市場変更したのも2年前ですし、そういったタイミングで日本国内だけで閉じずに、グローバルカンパニーとしてミッション、ビジョンをより広く達成していこうとなったわけです」

国内にも優秀な人材はたくさんいるが、採用するとなると当然優秀な人材をそのまま一社で獲得できるなんてことはない。そこで、海外にも目を向けて優秀なエンジニアに、日本国内はもちろん海外からも入社してもらおうという経営の意志決定がなされたわけだ。

まずはベトナムから始まったが、その後はインドにも目を向けた。インドは人口が多く、インド工科大学などには優秀な人材が多くいる。このインド工科大学は避けては通れないとの考えがあり、ジョブフェアの参加などから開始していった。

また、新卒と中途採用とで異なる戦略を立てた。これは日本人の雇用においても大半がそうであるが、日本人採用とグローバル採用とではわけが違う。

「新卒に関しては、お付き合いのあったエージェントさんに頼るケースと、直接のアプローチと両方あります。基本的にはマーケットを決めて、トップの大学軍にアプローチしています。現地のジョブフェアなどにも積極的に参加していました。

中途採用に関しては、反対にマーケットを区切って攻めるといったことはあまりしていません。japandevやTokyoDevといった、世界中の日本で働きたいエンジニアが見ている媒体があるのでそこを攻めたり。あとはLinkedInなどにジョブを掲載して、最初からある程度日本に興味のある人から応募してもらって、そこから選考しています」

日本企業・日本人の永遠の課題「英語」

マネーフォワード社のグローバル採用で気になったのが、「エンジニア組織から公用語を英語化している」ということだ。全社的にしているわけではない。

しかしこれは、マネーフォワード社のビジネスモデルを考えれば理解できる。マネーフォワード社のメインマーケットは日本国内だ。営業やマーケティングにおいては、日本語不問で採用してもレバレッジが効かない。日本を知っていて、日本人と日本語でやり取りできることに理がある職となる。一方で、エンジニアであればレバレッジがしっかり効くわけだ。

よって、マネーフォワード社では、日本語が話せない社員のいる部署で英語のコミュニケーションが採用されている。全社的ではない。そうは言っても、英語を社内公用語にする際(切り替える際)は反発が多いとも聞く。マネーフォワード社はどうだったのだろうか。

「英語に反発はなかったのかという話は、必ず聞かれます。経営陣や人事が不安視していたよりも、社員はポジティブにとらえてくれましたね。当然英語アレルギーがある人は、少々不安だったようですが」

では、英語に壁を感じる社員のサポートはどのようにおこなったのだろうか。

これは「期間を決めてサポートする」と示した。いきなり近日中に全部英語でといった感じにせず、ソフトランディングするシナリオを示して乗り越えた。

「英語力を4ステージくらいに分けて、まずは基礎力をつけようという部分とか、あとは運用能力を高めようというレベルだったり。それぞれに応じた適切な教材や、コーチングによって、学習ペースをサポートしたり、振り返りを一緒にしたりしています」

では、一方でカルチャーフィットの部分はどうだったのだろうか。日本人同士でもカルチャーフィットに関しては常に議論の的となる。

「マネーフォワードは相手に対するリスペクトやユーザーフォーカスをバリューとカルチャーで掲げています。それを選考の中で、日本人だろうが外国人だろうが見ているので、前提としてカルチャーフィットしているメンバーが集まっています。不健全な摩擦は起きにくいですね」

一方で働き方ではなく、日本の会社の基盤部分では、丁寧に説明する必要が出たこともあったそうだ。

評価制度や裁量労働など働き方の制度。日本語ネイティブ同士で話すと単語一つで伝わることも、単語の意味まで含めて、丁寧に説明する必要が出た。

「今でこそ外国籍のマネージャーも増えてきましたが、英語に切り替えた当初は、日本人が外国人エンジニアをマネジメントする関係になることが多かったので、難しさを感じていたかと思います。

当社が最初にとったアクションとしては、前職においてシンガポールでエンジニアマネージャーの経験がある日本人メンバーをマネージャーに立て、外国籍メンバーを集めた英語化先進チームをつくりました。

その日本人マネージャーから、前職のシンガポール時代の経験や英語化先進チームでのノウハウや失敗談を語ってもらう「しくじり先生」みたいな、ナレッジをシェアするセッションを社内でしてもらって、ぶつかった壁についてもざっくばらんに話してもらいました。

そういったマネジメント教育もしつつ、マネージャーに対する英語教育もしつつ、同じようなバイリンガルマネージャーも雇いつつ、そうすると受け皿が広がってくるので、一極集中で採用したメンバーを徐々に社内に広げていきました」

コミュニケーションの垣根と来日後のサポート

マネーフォワード社のグローバル採用のスタンスは、新型コロナウイルスが「withコロナ」「afterコロナ」と言われ始めた2023年において大きく変わっていない。日本人採用も、グローバル採用も引き続き積極的におこなっていく形だ。

「変化があるとしたら、これまで海外拠点ではローカルの言葉で、ベトナムならベトナム語や英語で業務をしていました。国内も英語化に取り組み始める以前は日本語でのみ業務をしていたので、海外拠点とのコミュニケーションについては、橋渡しになる、いわゆるブリッジエンジニア的な人が必要だったのですが、日本の組織が英語化し始めたことによって、その垣根がより低くなったんですよね。

拠点こそ国境を越えていますが、実際は一つのチーム、コミュニケーションで使う言語も一緒なので。すでに始めていますが、海外拠点と日本の拠点のメンバーの行き来をより密にして、連携を高めたり開発プロセスを統合したりといったことなど、そういった海外拠点を含めたオールマネーフォワードでより生産力を高めていこうと取り組んでいます」

一方で、来日して日本のオフィスで英語を使って働くエンジニアも多くいるのがマネーフォワード社。いくら英語で仕事ができたとしても、日本という国に住むとなると、旅行とは違い行政の手続きなどをしなくてはいけない業務が負担となる。マネーフォワード社はどのようなサポートを敷いているのだろうか。

「日本語がわからないことによる不安は、なるべく解消してあげるようにサポート体制を敷いています。日本に来る際のビザやフライトの手配に始まり、配偶者や扶養家族がいれば、扶養家族も含めたサポートをしています。

最初の1か月は家具付きアパートを手配していて、だいたいみなさんそこに入ります。その後、家を決めて引っ越されるケースもありますが、すぐに決められないケースも多く数か月はそのまま住まれるケースもあります。多少個人的にも負担をしてもらいますが、延長できる形を取ることで少しでも不安感を払拭しています」

日本人であっても、新しい都市での生活はどの地域に住もうか、どういった物件に住もうかと迷うものだ。東京のどこに何があって、どの街が住みやすく、会社にアクセスしやすいかということなどの理解から始めなければならないのだ。その不安にも真摯に全社的に相談に乗り、サポートしているとのことだ。

「ほかにも、日本に来た際に区役所に行って、住民登録をしたり銀行口座を開設したりといったことは、アテンドするようにしています。あとは日本に来たときに、オフィスや周辺ツアーがあったりします。日本人だったら、オフィスビルがあったら近くにコンビニがあるよね、みたいな感覚があるじゃないですか。そういったことも外国では当たり前ではないこともあるので、細かな文化の違いを埋めにいくようなことはしています。

あとは、全社員にむけた社内向けの発信や一部社外向けの発信なども日英で行うようになっています。役員陣も、最近は全社に対して英語で話すことが増えましたね。日本語で話すこともありますが、そのなかでも英語を織り混ぜて、全社の一体感をつくるようにしていますね」

グローバル採用は他社で再現できるか

グローバル採用は、優秀な人材を全世界から採用できるメリットがある。しかし、マネーフォワードのエピソードを聞くに、越えるべき壁は一つや二つではない。いくら優秀な人材を確保できても、働き続けてもらえないのであれば、コストが無駄にかかるだけだ。

では、なぜマネーフォワードはその壁に挑み、成功できたのか。

実際にグローバル採用に踏み込んだ企業へのヒアリングなどもおこなったとのことだが、それを踏まえて3つの論点について方針を出した。

「1つ目は、今いる人たちの英語力をどう上げていくか。最終的には、業務時間を使って英語のトレーニングを提供するという着地に落ち着きました。そこをどう内製化していくのか、どこかに外注するのか、自分で頑張るスタイルにするのかといった議論はありました。

2つ目は、日本語がわからない状態で日本に来て、マネーフォワードに入ってくる社員のサポートです。最終的には社内に通訳、翻訳のチームを立ち上げました。人事部の中でも今となってはいろいろな部がありますが、各領域に英語で業務ができるメンツが揃っているので、そういったところをどうやって整えていこうかということです。

3つ目は、対象の職種をどこまで英語に切り替えるか、対象職種をどこまでとするかです。まずはエンジニア組織に限定して、営業などはその時点では英語化するかどうかという意思決定はせずに、エンジニア組織のみにしました」

事業計画などもそうだが、マネーフォワード社では、論点のすり合わせにより明確な方針を打ち出した格好だ。

また保科氏は、グローバル採用に関してスタートアップでは比較的意思決定の上で進められるが、中堅企業だと難しさが出ると語った。

「難しいだろうなと思うのは、まずは一人だけ採用してみようというケースです。

入社してくれたその一人は会社ではマイノリティになるわけですから、しっかりとケアしないと孤独を感じてしまうと思います。ケアの施策を人事や経営のマネージャーが取り組んだとしても、その人たちにノウハウや信頼が偏るというような属人化が生まれてしまうので、その人がいないと入ってきたメンバーが活躍できないといったことになってしまいます。

採用の準備をしたり、受け入れ環境を整えたりするのはなかなかハードルが高いことかもしれませんが、1-2人採用してみて、やはり大変だったよねと決めつけて止めてしまうのはもったいないなと思います。スモールに始めてまずジャッジを、みたいなやり方を考えがちですけど、そこで可否を決めるのはもったいないです。

外国籍のメンバーがいる、マルチカルチュラルな組織というのはとにかく楽しいです。異なる文化を持つメンバーが集まると刺激も多く多角的な視点が生まれるので、組織や事業の成長にもポジティブな変化が生まれると思います」

企業のグローバル採用において、やはりマネーフォワード社が示した3つの論点と、各企業とのミッション・ビジョン・バリューなどと照らし合わせた議論が必要と感じた。

取材後記

淀みなく語ってくださった保科氏の言葉の節々に、仕事への信念を感じることができた。

ちなみに保科氏の取材は夕暮れ前に終了したが、その後に取材させていただいたコスタリカ人エンジニアのセルジオ氏の取材は夕暮れ時となった。

コスタリカ人が日本企業でテックリードとして働く本音<マネーフォワード、グローバルエンジニアチームの最前線>

セルジオ氏の撮影時間の方が俗に言う「エモい写真」が撮れる時間となったため、保科氏のリクエストに応じ、保科氏の決め写真もその時間に撮影し直した(会場は笑い声に包まれた)。

そのエモい写真とともに、保科氏の今後の意気込みを紹介し、本記事を終了とする。

「日本人採用はこうしよう、外国人採用はこうしようとか、どちらかを特別扱いする気持ちや予定があるわけではないですが、やはりまだ日本語が話せないとコミュニケーションができない部署はいくつか残っています。わたしとしては来年度末の英語化完了の期日までには確実にすべてのエンジニア組織で、英語さえ話せたら、あとはもうカルチャー・バリューへのフィット度とスキルベースで採用していける環境をつくっていきたいです。そうすると当然ダイバーシティが高まっていくので、ダイバーシティがしっかり事業価値につながるサポート体制を人事としてもつくっていきたいです」

(取材/文:柳下修平、撮影:野田涼

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