社会人になり6年目の秋、勤めていた惣菜会社を辞めた。

その後なんやかんやあり、私は28歳でフリーライターになった。なんの下積みもないままいきなりフリーランスとして食べていけるわけもなく、家の近くにある古い居酒屋で週3日、アルバイトをさせてもらっている。

会社を退職してアルバイトを始めたばかりのころ、バイト先の常連である“松永さん”というおじいちゃんが、私に言った。

「おいおい28歳でアルバイト!?︎ なーにやってんだよ!」

日本酒で真っ赤になった顔でゲラゲラ笑う。

松永さんの笑顔を前に、どこか冷静にこの様子を俯瞰して見ている自分が「世間から見た今の自分は、そんなもんだよ」と言っている。そのころの私は、実力も何もないまま、とにかく仕事を探す日々だった。

まあそうか……と思いながらも、その笑い声がどうしても耳障りで、心の中で片手に持っていた生ビールを松永さんの顔にぶっかける妄想をすることで、なんとか笑顔で受け流した。

この記事は、他人に正論をぶつけられて苛立つことしかできなかった私が、「好きなことをする」ってどういうことなのかに、やっと気づけたお話です。

私と同じように、好きがわからない、とくに向いているものもない、自分に興味が持てない……そう思っている方に届いたら幸いです。

私が会社員を辞めた理由


私が惣菜会社を辞めた理由は、2つある。

1つは、キャリアアップに興味がなかったから。退職するころには、私は“店長”という役職についていた。店長は、いくつかの店舗で経験を積んだのち「SV(スーパーバイザー)」という、エリア単位での売り上げの責任を持つポジションになる。それが社内でのある程度決められた道筋だった。でも私は、現場のみんなと仕事をすることに楽しさを感じていたので、その楽しさがなくなるSVというポジションに、あまり魅力を感じていなかった。

もう1つは、店舗のパートさん同士でいじめが起きたことだ。大人の陰湿な現場にあまり直面してこなかった私は、その得体の知れない怖さから逃げ出した。店長なら従業員1人ひとりと向き合い、いじめの問題を根本的に解決するのが使命だと思う。でも私にはそれができなかった。

本音を言うと、これ以上自分の人生の時間と精神を消費するのが耐えられなかった。「無責任だ」「逃げた」と言われてもその通りだし、ただただ無力で、最低な店長だったと思う。

そんな経緯で、お店というひとつの小さな世界から無我夢中で飛び出してきた私は、当然先のことなど考えていなかった。しばらく何もせず、1ヶ月くらいの時間を過ごした。でも今思えば、あの1ヶ月はとても大事な1ヶ月だった。とくに何をしたわけではないけど、一度自分の中のものをすべて0にするには、時間がかかる。

好きが分からなければ、本棚へ


そこから何を始めるのか、まったく思いつかなかった。趣味で絵を描くのが好きだという理由だけで彫り師を目指そうとするぐらいには、人生に迷走していた。彫り師を目指す気持ちの強さと覚悟なんて1ミリもなかった私は、昔お世話になっていた先輩に人生相談をした。

「好きなタレントとか本の作者とかいる? そういう人たちがどんな会社と仕事をしているのかを調べて、その会社を受けてみれば」というアドバイスをもらった。

アドバイス通り、家に帰ってからなんとなく部屋の本棚を眺めてみた。最初に目に留まったのが、「夜明けの若者たち」という書籍の作者、カツセマサヒコさんの名前だった。試しにカツセマサヒコさんをリサーチしてみると、あるWebコンテンツ制作会社と仕事をしていることがわかった。

その会社のサイトを見てみると、なんとなく、ワクワクした。たったそれだけの理由で、問い合わせ窓口からメールを送った。ちなみに社員募集の文字はいっさいない

その後、いくつかの会社にメールを送り続けていた。当時は失うものは何もなかったので、おもしろそうだと感じた会社にとにかくメールを送りまくっていた。

すると、最初にメールを送ったWebコンテンツ制作会社の代表の方から、返信があった。呼ばれるがまま事務所に行き、今までの経緯を話す。

「おもしろいね、採用ということで」

もちろん業界未経験者なので正社員採用ではないが、仕事を教えてもらえることになった。27歳、自分の興味があるものは何かを考えて人生の選択をしたのは、このときが初めてだった。

私は、就活をするときには避けて通れない、“自己分析”がとにかく苦手だった。「好きなことは?」「得意なことは?」採用試験の面接でも、今ではなんていったかなんて覚えていないような、当たり障りのない回答をしていたと思う。その結果、27歳で無職になった。

今までの人生を振り返ると、大学は高校が附属高校だったためそのまま推薦入学。当時付き合っていた彼氏の地元が東京ということもあり、便乗して一緒に上京。大学が栄養学系だったことから、食を扱う会社に入社。流れに流されてきた私が、些細なワクワクをきっかけにして、自分でも思ってみなかった方向に進む道を開いた。

もし、私と一緒で自己分析が苦手なら、部屋の本棚を1度眺めてみるのはけっこうおすすめだ

仕事は仕事ではなく、RPGのクエスト


働き始めた制作会社で、「Webコンテンツとは何か」を1から学ぶ。そのときの私はSlackという存在を知らないくらい、Web業界に関しては無知だった

先方にも会社にも迷惑をかけまくった。あまりにも自分が使えない人間すぎて、「消えてなくなりたい」と思いながらもとにかく必死で覚える中、記事を書く機会をもらった。

文章なんて大学のレポートくらいしか経験がなかったが、なんとか世に出しても大丈夫なくらいには書けていたらしい。記事を書くのは楽しくて、あまり仕事という感覚ではなかった。

そこからは、当時ペアを組んで基礎を一から教えてくれていた先輩から仕事をもらいつつ、自分でも営業をして仕事を取り、フリーライターの道を歩み始めた。

そして今、フリーライターになり丸2年が経とうとしている。週末のアルバイトは続けているものの、定期的に仕事をくれる人とも出会い、なんとか毎日を過ごしている。

そして気がつけば、会社員の時代に比べ、仕事に対しての考え方が大きく変わっていた

たとえるなら、RPGに近い。納得のいく報酬で、かつ自分がおもしろそうと思った案件=クエストを選び、クライアントが納得のいくものを納品できるのか=今の自分のレベルで敵を倒すことができるかを判断して、挑戦する。もちろん世界はゲームではなく現実なので、クエストが始まってからは死ぬ気でやる。「できませんでした」は許されない。

こう見ると「フリーランスって大変」と思うような気もするが、私は会社員のときに比べて、今のほうがはるかに気持ちが軽い。仕事というよりか、一つひとつのチャレンジを繰り返している感覚だ。ひとつとして同じチャレンジはなくて、難易度もバラバラ。クエストに挑むたびに新しいキャラクターが登場する。

ちょっとしたワクワクの気持ちにしたがって、あの制作会社にメールを送って本当によかったと思う。それと同時に、もっと前から自分の感覚に素直になっていれば、本能的に好きなものに挑戦していればと、少し後悔もしている。

アラサー女、好きなことをするという意味がようやくわかる


そんなきっかけで出会ったライターの仕事は、「好きなこと」だった。

今までは、自分の人生そのものに興味が持てなかった。だからこそ、自己分析も苦手だったのかもしれない。自分で自分に興味がなかったから。面接官の顔も、他人事のように見ていた。

会社員時代は、売り上げなんて悪くても会社が潰れなければ生きていけたし、業務を“こなして”いたときもある。でも今は、自分が書いた記事を読む人がいる。自分がしたことに対して周りにどんな影響が起きるのかが気になる。初めて、自分のしたこと、自分の人生に、興味が持てるようになった。

技術や知識が足りなくて、先方に多大な迷惑をかけた日は本当につらかった。周りとの圧倒的な力の差を感じて、自分の書いた記事が死ぬほど恥ずかしかった。今も迷惑をかけているし、相変わらずライターとしての力がついているかと言われれば疑問だ。

でも、投げ出せない。気がついたら手を伸ばしている。誰に言われたわけでもないけれど、足りないところを埋めようとして、頭を動かす。会社員のときの自分に比べて、明らかにちゃんと仕事に向き合おうとしている。それが苦じゃない。気がついたらそうしている。どうしたらいいのか、しつこく考える。

ああそうか、これが「好きなこと」なのか。

周りに比べて特別ライターの才能があるわけではないし、大成功を収めているわけじゃないけど、「好きなこと」って、こういうことなのか。「向いている」って、こういうことなのか。

おわりに


現在深夜の2時30分。この原稿の構成案を組み立てる。

自分の人生の出来事を書いたメモが床に広がっている。そのメモを入れ替えたり戻したりして、どうやったら記事を読んだ人におもしろいと思ってもらえるのかを、ひたすら考える。

あー、今回のゲーム(案件)も楽しいなあ、と感じながら、構成を練る。突如、いつかの松永さんの顔がフラッシュバックする。

「おいおい28歳でアルバイト!?︎ なーにやってんだよ!」

あれから2年が経った。松永さんは足が悪かった。歩くのが難しくなり、今は入院しているそうだ。お店にもずっと来ていない。

「今ちょっと楽しいゲームにハマってて、そのための軍資金を用意してるんです」

松永さんにどうやって言ったら伝わるだろうか。こんなことを言ったら、このアラサー女はニートなのかと思われるだろうか。きっと松永さんはチンプンカンプンな顔をすると思うけど、私が楽しそうにしているのがわかったら、ああそうなのか、と一緒に笑ってくれる気がする。

松永さんは、そういう人だ。

そしたら今度は、松永さんが今までの人生で夢中になったものは何か聞いてみよう。

“仕事”の話じゃなくて、好きで“夢中”になったものの話だ。

(文・はるまきもえ

presented by paiza

Share

Tech Team Journalをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む