マッチングアプリや婚活イベント、ちょっとした飲み会など、初対面の相手に自己紹介をする場面になったとき、私は緊張する。万が一「新卒で入った会社は?」と話題を振られたらどうしよう、と密かに冷や汗を流してしまう。
なぜかって、私が新卒で入った会社は、葬儀会社だからだ。
この記事は、葬儀屋からフリーライターになった私の、おそらくちょっと変なキャリア論。まったくの異業種から異業種へ移った私が得た答えは「好きなことを仕事にすれば精神が安定する」だった。
目次
「好きなことを仕事にする」のは、つらいのか?
あなたは、いまの仕事が「好き」だろうか? それとも「嫌い」だろうか?
こう質問されて、堂々と「好きです!」と答えられるビジネスパーソンは、どれくらいいるのだろう。おおよそ「まあ嫌いではない」か「嫌い」に分類されるのではないだろうか。
某動画投稿サイトの宣伝キャッチコピーから広まった「好きで生きていく」といった概念は、おそらく「嫌いな仕事をなんとかこなしながら、それでも生きている」層にミラクルヒットした。好きなことを仕事にしよう! 好きなことで生きていこう! といった機運が、一気に高まった感触がある。
あれから数年。ちらほらと現実が見え始めているのが、いまかもしれない。「やっぱり好きなことで生きていくのは難しい」「現実って、厳しい」と痛感した層が、早々に道を変えていく。好きなことから嫌いなことへ、もしくは特別好きでもないけれど、嫌いでもない仕事をやる方向へ。
私も、5〜6年勤めた葬儀会社を辞め、次にやりたいことがなかなか見つからず、ニートやフリーターを行き来していた時期があった。
葬儀会社の仕事は、やりがいや達成感はあったけれど、とにかくつらかった。仕事内容そのものが好きなわけではなかったし、何より休みがない。葬儀式はやり直しが効かないし、「取り返しのつかないことをしたら、どう責任を取ろう」と強いプレッシャーを感じる日々で、精神も削られていった。体力・気力のある20代のうちはがんばれたとしても、定年まで働ける自信がなかった。
どうせなら、好きなことを仕事にしたい。「好きで生きていく」が実現できたら、どんなに良いだろう。でも、安易に好きなことを仕事にしてしまうと、つらくなるって話も聞くし……。そんなふうに迷っていた。
でも、ふと思った。
「好きなことを仕事にする」のは、本当につらいのだろうか?
この問いについて考えたとき、私が大事だと思ったポイントは2つある。「好きなこと」と「嫌いなこと」を細かく分けること、そして「好き」を因数分解することである。

ポイント1. 好きなことと嫌いなことの細分化
まず必要なのは、好きなことと嫌いなことを細かく分けること。「趣味」「日頃から好きでやっていること」「これまで時間やお金を費やしてきたこと」などを羅列してみる。ついでに「嫌いなこと」も書いてみる。「どうしてもやりたくないこと」「向いてないと思うこと」を並べてみるのだ。
好きなことと嫌いなことが出揃ったら、そのなかでも「強弱」「大小」「濃淡」がないかどうかをランク付けする。俯瞰すると、「これは好きだと思ってたけど、そうでもないな」「嫌いだと思ってたけど、意外と向いてるのかもな」と思える項目があるかもしれない。好きと嫌いが入れ替わったり、順序が変わったりするかもしれない。
でも、実際のところ、まとまった時間を作って自分と向き合うことは難しい。物理的な時間や心の余裕がなければ、めんどうすぎてやっていられないだろう。私も、葬儀会社で働いていた当時に「まずは自分と向き合ってみよう!」なんて言われたら、そんな時間があったら3分でも寝たいと思ったに違いないから。
だから、私は会社を辞めてしまった。まともに自分と向き合う時間を作る前に、気力も体力も底をつき、もはや辞めるしか選択肢がない境地までいってしまった。世間的には「ニート」や「フリーター」と言われる状態である。書店でアルバイトをしてみたり、パソコン教室で契約社員をやってみたり、とにかく迷走していた。
そうやって、まともな時間ができて初めて、自分と向き合えるようになった。よく寝て、よく食べ、人間らしい働き方ができるようになってからじゃないと、人は自分と向き合えない。極限状態のまま下手に自分なんかと向き合ってしまったら、判断を誤る気しかしない。
いまの仕事が嫌いでたまらない方、なんとか好きなことを仕事にしたい方に向けて、「いますぐ仕事を辞めろ」とは言えない。けれど、休むなりなんなりして「時間」を作ってほしいな、とは思う。まとまった時間さえあれば、違う道を見つけられるかもしれないから。
ポイント2. 「好き」を因数分解する
好きなことを仕事にすること自体は、つらいことでも、ましてや悪いことでもない。
ニート時代、とことん自分と向き合ったおかげで、私は文章を書くことが好きなこと、かつ映画やドラマを見るのが好きなことに気づけた。そして、好きなこと同士を組み合わせた結果、映画やドラマに関するコラムを書いたり、取材をしたりするライターになった。
好きなことを仕事にするとつらくなってしまう原因として、まず「好き」を勘違いしている点が挙げられる。「好き」にはさまざまな種類があるし、大小も強弱も濃淡もある。その微妙な差異を正しく捉えて、どのゾーンの「好き」を仕事に変換したらいいかを考えよう。
私は「文章を書くこと」と「映画やドラマを見ること」が好きだ。しかし、「好きなことランキング」を作ったときに、この2つがワンツーフィニッシュするわけではない。毎日文章を書かなければ気が済まないわけでもないし、映画やドラマを見られない日が続くと禁断症状が起きるわけでもない。なんなら本を読んでいるほうが好きだ。
私のなかで「文章を書くこと」と「映画やドラマを見ること」に対する“好き度”は、TOP10の5位くらいにランクインするレベルの、中くらい・強くも弱くもない・ちょうど真ん中くらいのゾーンなのである。
好きなことを仕事にするとつらくなる理由は、一番好きなことを採用しているせいかもしれない。もちろん嫌いなわけではないけれど、寝ても覚めてもそのことを考えてしまう……わけでもない。そんな範囲に散らばっている要素を探してみてほしい。
より自分のことを知るうえで、好きなことの細分化と因数分解は外せない。好きを細かく分けつつ因数分解してみることで、私は、自分のやりたいことがより明確になった。

何もしていない自分にも、OKを出せるように
長々と書いたけれど、要するに、私は葬儀会社での仕事がいやでいやでたまらなかったのだ。お給料は良いけれど、この仕事をずっと続けていくと想像したら、未来が見えなすぎて真っ暗になった。この仕事から抜け出せるなら、そして食べるのに困らず、そこそこ楽しくやっていけたら、それでいい。ライターの道に進んだ最初のきっかけは、そんなものだった。
しかし、ライターを始めて5年目になったいまなら、はっきりと言える。好きなことを仕事にすることは、私にとっての「精神安定剤」だ。
葬儀会社で働いていた当時、私は自分のことを「価値のない人間」だと思っていた。ただ存在しているだけでは意味がない。売り上げを立て、会社に貢献し、お客さんにも喜んでもらえる社員にならなければいけない。そうじゃないと、ここに立っている資格はない。毎日そう思いながら、仕事をしていた。
でも、いまなら「何もしていない自分」にもOKを出してあげられる。そりゃ、原稿を納品する期日は守らなきゃいけないし、ライターとしての仕事はしっかりやらなければいけない。責任が伴う点は、葬儀会社のころとなんら変わらないかもしれない。
それでも、ゆるく「好きだなあ」と思える仕事をし、支えてくれる周りの人に感謝をしながら、文章を書く。そんな自分は、ただ存在しているだけでOKだよね、と思える。最初のきっかけは「なんとなく」でもいい。「嫌いだ」「イヤだ」と歯を食いしばりながら仕事をするよりも、ゆるく漂うような「好き」が土台にある仕事をしているだけで、心が穏やかに保たれる。
それが「好きなことを仕事にする」効用のひとつだと、私は信じている。
(文:北村有)
